第10話 ゲームではない世界
地下鉄の改札は、悠真のスマートフォンを近づけると開いた。
「戻ってきたことを歓迎する、か」
悠真は英語の表示を見上げた。
「俺はここに来たことがない」
「システムは、あなたではない誰かを待っていた可能性があります」
セラが先に階段を下りる。
地下は地上より古かった。
駅名は新宿。路線図も東京のものだ。しかし壁の奥からは、黒い金属製の通路が続いている。
現代の地下鉄へ、別の文明が継ぎ足されていた。
二人が奥へ進むと、壁に映像が流れた。
最初の映像は、現在の新宿ではなかった。
西暦二千年代。高層ビルと人波。
次は一万年後。ビルの骨組みに植物が絡み、人々は地下で暮らしている。
百万年後には、新宿駅の跡が巨大な神殿になっていた。改札機は祭壇として飾られ、交通安全の表示が旅人を守る古代文字として崇められている。
文明が滅びるたび、次の人々は残ったものへ別の意味を与えた。
「俺たちの常識も、未来では神話になるのか」
「すでになっています」
セラが壁画を指す。
電車を模した長い竜へ、人々が供物を捧げている。
「通勤ラッシュの神様か」
「毎朝、多くの人間を同じ場所へ運んだと記録されています」
「間違ってはいない」
悠真は笑いかけて、次の映像で黙った。
神殿ごと地下へ埋まり、そこへ未来文明の観測施設が建てられる。時代ごとの層が重なり、現在の通路になった。
新宿という場所は、何度終わっても別の形で使われ続けていた。
終わることと、何も残らないことは同じではない。
『ファンタシースタープリンセス』の戦闘画面だ。
剣士が魔物を倒し、経験値を得る。悠真も何百回と見た光景だった。
だが画面の端に、逃げる人々が映っている。
ゲームでは背景だと思っていた小さな点。それが一人ずつ、違う服を着て、子どもの手を引いて走っていた。
「これ、記録映像なのか」
セラが答える前に、別の画面がついた。
悠真のプレイ記録が流れる。
朝七時十二分、ログイン。
救援要請に参加。
報酬を受け取らず退出。
効率の悪い低レアキャラクターを最大まで育成。
「やめろ」
悠真は画面を消そうとした。
「過去の課金額まで出すな」
「月額としては節度があります」
「慰めなくていい」
最深部には、円形の部屋があった。
中央に古い端末が置かれている。文字は日本語だった。
観測拠点、東京第七層。
最終稼働日。
西暦四十一億八千六百万年。
悠真は数字を読み直した。
「壊れてる」
「何がですか?」
「西暦が四十一億年になってる。俺の時代から四十一億年後だ」
端末に地球の映像が現れた。
映像は現在までの地球史を高速で再生した。
海岸線が変わる。都市が海へ沈む。新しい文明が塔を築き、戦争で消える。人類が地上を離れ、再び戻る。
月が砕ける日には、画面全体が白く染まった。破片を固定するため巨大な環状施設が作られ、それが悠真の見た二つ目の月になった。
魔法と呼ばれる力の起源も映る。
空気中に散った微細機械が、人の意思へ反応して現象を起こす。世代が進むにつれ科学的な説明は失われ、呪文と伝承だけが残った。
「ファンタジーじゃなかった」
「十分に発達した技術は、昔の人間に魔法と区別できない」
レオンが言う。
「その言葉、俺の時代にもあった」
「俺の時代にもある」
「なら人間は、四十一億年たっても同じことを言ってるわけだ」
笑える話のはずなのに、悠真は笑えなかった。
歴史が何度途切れても、似た疑問を持つ人がいた。
ここは別世界ではない。自分たちが残したものの、遠い先だ。
大陸の形が違う。月は砕け、その破片が輪になっている。
二つあるように見えた月の片方は、巨大な人工物だった。
「ここは異世界じゃない」
悠真の喉が乾く。
「未来の地球なのか?」
警告音が響いた。
端末の奥で隔壁が開く。
人影が一つ、暗闇から歩いてきた。
男が来る前に、通路の照明が一つずつついた。
壁には無数の傷がある。剣で刻んだ日付だった。一年目から始まり、百年目まで続いている。
途中には名前もあった。
アリス。ガンテツ。ミナト。知らない名前の横に、死亡や離脱と短く記されている。
最後の十年は、レオンという名前だけだった。
誰かを待つために、一人で刻み続けた記録。
その男が、まるで昨日別れた相手に会うような顔で現れた。
古びた革鎧。灰色の髪。四十歳ほどに見える男が、片手剣を肩に担いでいる。
「やっと来たか」
男は悠真のスマートフォンを見た。
「何代目だ?」
「何の話だ」
「最後まで残った馬鹿の話だよ」
男の頭上に、ゲームのような表示が浮かんだ。
PLAYER LEON。
LEVEL 999。
## サイドストーリー 誰もいない新宿
排出された新宿に人はいなかった。
人がいないと分かっていても、悠真は一晩かけて声をかけ続けた。
「誰かいませんか」
駅のホーム。
地下街。
ホテルの客室。
返事はない。
セラには、生命反応がないと最初から分かっていた。それでも悠真を止めず、黙ってついてきた。
「無駄だと思ってる?」
「生命探知の結果は変わりません」
「聞き方が悪かった。付き合わせて悪い」
「それも違います」
セラは閉じたドアを一つ開ける。
「第二星剣から現れた死者の中には、生命探知へ反応しない者がいました。私の探知が、存在するすべてを見つけられるとは限りません」
「だから一緒に探してくれてるのか」
「はい。結果が出ないことと、確認する意味がないことは同じではありません」
悠真は少し驚いた。出会ったころのセラなら、探知結果だけで探索不要と結論づけただろう。
「それも覚えた?」
「あなたを観測していれば、嫌でも」
「嫌だったのかよ」
「言葉の綾です」
「やっぱり、使えば時間を戻せるのか」
「分かりません」
「使わない理由も?」
「分かりません。ただ、使ってはいけないと知っています」
二人は探索を続けた。
ホテルの一室に、開いたスーツケースがある。
子ども用の服。家族三人分の切符。観光案内。
人は消えても、来るはずだった旅の予定が残っている。
悠真は切符を元の場所へ戻した。
「いつか返せるかな」
「新宿全体を?」
「ここにあった予定も含めて」
「難しいでしょう」
「難しい、で終わらせないでくれ」
セラは部屋を見回す。
「では、方法を探します」
誰もいないと分かっていても、最後の部屋まで確認した。
無駄に見える行動を途中でやめない。
その夜の探索も、《運営》の観測記録へ追加された。




