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神々の残響  作者: 蒼凪 悠
寒脈の街編

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第九十話 静かなる怒

「くうぅ!!」


 黒ずくめの男の剣が、春の腕を切り落とそうとした時、春の神霊石から飛び出たトウが男に体当たりした。

 男はよろめき、その場に尻もちをついたが、すぐに体勢を立て直して剣をかまえた。


「はっはっは! いるじゃねぇか! 狐か? こいつは高く売れそうだぜ!」

「トウ!」

「くうぅ!」


 剣を振り上げて向かってくる男たちを、トウはひらりとかわして爪を立てていく。

 男たちは、トウの速度に翻弄されていた。

 しかし、黒の神霊石で侵された人間はやはり異常だった。

 トウの爪が深く食い込んで切り裂かれた首は、黒い霧とともに元に戻っていた。

 だんだんと息切れを始めたトウは、黒ずくめの男達に囲まれていた。

 

「なかなかすばしっこい狐だ。だが俺たちに敵うわけがねぇ!」

「くうぅぅっ……」

「何度やっても効きはしないんだよ! 俺たちには夜過神様がついているんだからな!」

「トウ! 逃げてっ!」


 男が発動した結界に囲まれたトウが、動きを封じられる。

 そして別の男たちが、その上から剣を突き刺した。


「トウ!!」

「くう……ぅぅ…………」


 剣を突き刺されたトウは、光を放って塵のように消えた。

 大笑いする黒ずくめの男たち。

 トウが消えたことを受け入れられず、ただ呆然とする春。


「ふんっ! 神獣ってのもたいしたことねぇな!」

「捕まえて高く売りたかったぜ」

「まぁ仕方ねぇ。あんなもの、存在するだけで目障りだ」

「ト……ウ……」

「おい。大事な神獣様が殺されて、おかしくなっちまったんじゃねぇか?」

「姫巫女、今日は満月だ。お前も今夜で終わりだ」

「それまで神獣様を悔やんどきな!」


 再び結界を張り、逃げることができないようにした洞窟の穴に監禁された春。

 気がおかしくなったように、ただトウの名を呼び続けていた――


「どうだ黒牙、匂いはまだわかるか?」

「ガルッ……」

「さすがの神獣も、雪にかき消された匂いはわからないのですね……」

「陽菜様、いぬ山の洞窟へ向かいましょう」

「蒼真……先ほど少し、嫌な予感がしたのだけれども……」

「嫌だな、陽菜様がそんなこと言わないでください」

「えぇ……」


 大樹の街を出てから、悠真は一言も話さずにいた。

 春のことを思っているのだろうと、皆は声をかけずにいた。

 いぬ山へ向かうアストレア号の中でも、目を閉じたままだった。


「メティ、悠真大丈夫にょ?」

「あぁ、そっとしておこう。集中して、春の気配を探しているのかも知れないしな」

「ところでユズハはさっきから何をしてるにょ?」

「ちょっとねぇ……これでいいかしらぁ。ポピン、飲んでみてくれる?」

「……こんな時に怪しい薬作ってたにょ?」

「怪しって何よぉ。いいから飲んでみてぇ」

「…………」


 ユズハから受け取った小瓶に入った、真っ赤な液体を飲み込んだポピンの顔が歪んだ。

 喉を押さえ、水を欲しがるポピンを見て、ユズハは首を傾げる。

 メティも慌ててポピンに水を差し出した。


「な……何を飲ませたのだユズハ?」

「えぇ……これから便利かなぁと思って調合した薬なんだけど……失敗かしらぁ」

「はぁ! はぁ! 辛い! 辛いにょユズハッ!」

「辛いだけぇ?」

「辛いだけにょ! なんでこんな薬――」

「どうしたのだポピン?」


 会話をやめたポピンの顔は真っ赤になり、汗が吹き出している。

 次は上着を脱ぎ出し、アストレア号の窓を開けた。


「熱い! 身体中が熱いにょ! なんだこれわっ!」

「成功ねぇ!」

「どういうことだユズハ?」

「極寒の地でも、寒さを忘れるぐらい、体が暖かくなる薬よぉ!」

「なるほど! だがポピン、私たちは寒いから窓を閉めてくれ……」

「いやにょ! 熱いにょ!」


 いぬ山へ到着してから、再び捜索を始めた黒牙とコンは、そこより東側にある山を見つめていた。

 やはりウルも、東側の山周辺を飛び回っている。


「どうしたんだ黒牙? 見つけたのか?」

「ガル……ガルルッ……」

「ん? それってどういう事だ?」

「何かわかったのか?」

「いや、一瞬だけ。一瞬だけ、春の匂いがしたって言ってる。それと……」

「それと? どうしたにょ?」

「トウの気配もしたけど、消えただとよ」

「消えた? やはり結界内に閉じ込められているのか……」

「ピィ……ピピピィ……」

「ウルも同じことを言っている。地図では……うさぎ山の方向だな」


 アストレア号でうさぎ山近くまで向かい、功は神響術【索】で様子を伺う。

 へび山やいぬ山と同じ洞窟があれば、空洞を読み取れるからだ。

 依然黙ったままの悠真は、窓からうさぎ山を見つめる。

 悠真は片手で春の髪飾り、もう片方の手で天霞の鞘に付けられた飾りを握っていた。


(春…………)


 ものの数分で、功は洞窟を見つけた。

 へび山、いぬ山と同じような場所に位置したその洞窟の周りには、まだ火のついた松明が置かれていた。


「皆、これを飲んでちょうだい。効果はポピンで証明済みだからぁ」

「うん! 外にいると丁度いい暖かさにょ!」

「功、洞窟内に奴らの気配を感じるか? 私は何も感じないのだが……」

「メティもか……やっぱり居ないんだよなぁ。居たなら、ビンビン気配が伝わってくるもんだが……」


 ユズハの薬を飲んだあと、それぞれ武器を抜いて、悠真たちは洞窟内に進入した。

 火がついた松明が、洞窟内を照らしている。禍々しい気配も、うっすらとしていた。

 奇襲に気をつけながら奥へ進むと、ほかの山と同じように、台座がある空間についた。

 しかし、誰もいない。

 

「これは……」

「メティ……それ血か!? まさか……」

「功、まだ春の血だとは決まっていないよ」

「す、すいません蒼真様……」


 台座がある空間の端に開けられた穴の前に、数滴たれた血のシミ。まだ新しいものだった。

 蒼真は、悠真を見る。冷静に装っているが、今にも爆発しそうなほど怒りが溜まっているのがわかっていた。

 その穴に、結界がはった痕跡を感じとった蒼真は、洞窟の外へ向けて歩き出した。


「ここに閉じ込められていたのは確実だねぇ。早く他を探そう」

「ほら、黒牙。もう一度捜索してくれ」

「ガルッ……」

「どうしたんだ?」


 台座の部屋を出ようと、皆が外へ向けて歩き出した時、神獣たちが天井を見上げた。

 そして、コンが台座の近くまで進み、その場に伏してしまった。

 苦しそうに強く目を閉じ、体を震わせている。


「コン、どうしたのだ!?」

「ゆ、悠真! コンは大丈夫にょっ!?」


 無言のまま悠真はコンを見つめ、そっと頭を撫でた。

 すると、コンの体から強い光が発せられ、皆は目を覆った。


「くうぅぅ!」

「きゅう!」


 光が収まり、皆が目を向けた先には、狛狐が二体。コンとトウが並んでいた。

 悠真たちの顔を見たトウは、安心したのかその場に倒れてしまい、荒々しく息をしていた。

 身体中に斬られた傷があり、何かあったのは一目で分かった。

 コンが心配そうに、トウの傷口を舐めている。

 

「き、傷薬きくのかしらっ!?」

「わかんないにょ! でも飲ませないよりはいいにょっ!」

「みんな慌てないでいいよぉ。死んじゃうってことはないからぁ」

「本当なのか蒼真殿!」

「うん。少し安静にしていれば元気になるよ」

「それより……春と一緒にいたのでしょうね……」

「トウ、春は大丈夫なのかっ?」

「メティ、慌ててはダメですよ。少しトウを休ませてあげましょう」

「はい、すいません陽菜様……」


 悠真は、何も言わずに洞窟の出口へ向かった。その後ろを、コンも付いていった。

 

「おい! 起きろ姫巫女!」

「ん……」


 直径10メートルほどの石でできた遺跡のような場所。その四方は、高く聳える山に囲まれていた。

 その中央に置かれた石台の上に、春は寝かされていた。

 気がついた春は動こうとするが、何かの力に阻まれる。


「この台座に月の光が差し込む時、お前の血は夜過神様に捧げられる」

「そしてあのお方は、完全復活なされるのだ!」

「…………」


 声も出せない春は、ただ黒ずくめの男たちを睨みつける。

 ニヤつく男たちは、酒が入った瓶を数本台座の前に並べ、その横に豚の頭が乗った器を左右対称に据えた。

 

「あと三時間ほどだ。喜べ! お前は夜過神様の復活の糧となるのだ!」

「…………」


 男たちは再び、どこかへ消えていった。

 春は胸の上で組まれた手を必死で動かし、服の上から首飾りを握りしめて目を閉じた――


 どれだけ時間が経っただろうか。

 聳え立つ山に囲まれ、目の中に収まるほどしか見えない空に、わずかながら月の光が差してきた。

 切り裂くような風の音と、一本の松明が燃える音以外、何も聞こえない場所。

 春は、自分の命がもうすぐ終わろうとしているこの状況であっても、あの少年のことを考えていた。


(助けてあげられなかったな……まだまだ遊びたかっただろうな……もっと親に甘えたかっただろうな……)


 涙を流しながら、自分の力のなさを悔やんだ。

 握りしめたままの首飾り。悠真の鞘飾りと揃いの石が埋め込まれた首飾り。

 その下には、神陽の小鏡があった。

 

(天照様……私はどうしたらいいですか……)


 答えを待っても、聞こえるのは風の音だけだった。

 いつもの声は聞こえてこない。

 

(あぁ〜あっ……天照様までお手上げなのかな……だったら、あの旦那様もお手上げかな……あはは)


 空には月が半分見えていた。

 コツコツと聞こえてくる足音。黒ずくめの男たちが戻ってきた。

 手にした松明を消し、六人の男たちは台座の周りに並んだ。

 

「さぁ、いよいよだ! まもなく! この世が終わる!」


 剣を構えた男たちは、月の光が台座に差し込むのを待った。

 月は無情にも、完全な円形を見せようとしていた。

 剣を握り直し、剣を振り上げてその瞬間を嬉しそうに待つ男たち。

 月の光が春の足元から伸び始め、もうすぐ顔を照らそうとしていた。


「じゃあな、姫巫女さん」


 覚悟を決めた春はゆっくり目を閉じた。

 まもなく春は暗闇に包まれた。

 そしてすぐに瞼越しに感じる赤い光。

 

「ウワァァ!!」

「なんだっ!」


 目を開けた春に映ったものは、炎の翼を広げ、宙に浮かぶ一人の男だった。


「悠真…………」


□□□□□ラティの日記□□□□□

◯月×日

 

 陽菜様や蒼真が言うには、トウは死なないらしい

 なんでも、神獣は光が具現化したもので

 その創造主たる神が消滅しない限り

 何度でも復活するのだと……

 それって不死身ってこと? 


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