第八十九話 捜索開始
蒼真が張った結界の中にいたのは、全身に黒い痣が浮かんだ子供だった。
息はしているが意識はなく、ぐったりとしていた。
集まってきた民を警備兵が遮り、悠真たちは子供の周りを囲んだ。
「ひどいことをする……」
「これも、夜過神の仕業にょ!?」
「そうとしか考えられないだろぅよ……」
「ユズハ……どうにもできないのか?」
「…………残念だけど」
その子供を目の当たりにして、つい最近まで苦しんできたスレアは涙した。
彼女の胸には、激しい怒りも込み上げていた。
皆が同じように怒りを押し殺している時、顔を伏せたままの蒼真は呟いた。
「皇国でもこの痣を持つ者が現れたね……」
それは、夜過神の勢力が拡大しているという事実を知るには十分すぎる発言だった。
蒼真は、おそらくこの子供は実験か何かのために、犠牲になったのだろうと考えていた。
しかし、なぜここに放置されたのか……その理由は間もなくしてわかることになる。
「悠真様! こ……これを……」
震える手で何かを持って悠真を呼んだのは、春の父親だった。
手にしていたのは、桃色の花びらをかたどった髪留め。
以前、皇都で悠真が春に買い与えた物だった。
「これは春がいつもつけてる髪飾りにょ!」
「春ちゃんがいないのって……」
「春を誘き寄せるために、この子は使われた可能性があるねぇ……悠真、大丈夫かぃ」
受け取った髪飾りを握りしめたまま、悠真は何も反応しなかった。
悠真に近づき、声をかけようとしたポピンを、メティラは首を振りながら制止した。
周りの残響が共鳴し、恐ろしいほどに震えていることに気づいていたのは秀真と蒼真、功とメティラだけだった。
その震える残響に触れれば、たとえ蒼真であったとしても、気を失うかもしれない。
その残響の源は、悠真の体内から噴き出している、春が奪われたという【怒】であった。
「悠真……行動に移そう……」
「あぁ、兄貴。だが、すまない……少し一人にしてくれ」
そう言い残し、悠真は一人で歩いて行った。
蒼真たちは、子供を庭の奥にある小さな小屋へと運び、結界を張ってから衣服を脱がした。
全身の黒い痣と、三日月が下を向き、大地を食いつくさんとする【邪の紋章】……
この子の命も、あと何日もつかわからない。
「ユズハ、やはり黒カブト草なんだよな? それはなんとかなるのか?」
「えぇ、毒をなくすことは可能よ。でも……」
「黒の神霊石の効果で、本物の穢人……黒い霧になってしまうんだな」
「メティラの言うとおりよ……」
「私は!? 私はどうして助かったの?」
「お姉様は、毒草の種類が違ったのです。そして、黒の神霊石にもほとんど触れていなかったので……」
「……私は運が良かっただけなのね。それに、不思議な力を持つみんながいるのに……この子供は助からないなんて……」
「黒の神霊石の力も、同時に消す方法ってのがあればなぁ……」
「そんな方法、あったら今すぐ知りたいにょ!」
カァ! カァッ!
「おや、カラスが帰ってきたようだねぇ」
「蒼真殿の眷属? どこへ行っていたのだ?」
「陽菜様のところだよ……って……」
「どうしたにょ?」
カラスと共に、一羽の真っ白な文鳥が小屋に入ってきた。
机の上にとまり、ピィピィと鳴いている。
「にょ!? 蒼真は文鳥も眷属にょ?」
「い、いや……これは……」
「どうした蒼真?」
「父上……みんなも驚かないでねぇ……あははは」
皆は、苦笑いをしている蒼真から、文鳥へと視線を移した。
文鳥は机から椅子へと飛び移ると、白い霧が文鳥から吹き出し、小屋の中に充満した。
そして、その白い煙が今度は文鳥がいた椅子の方へと勢いよく吸い込まれていく。
「ふぅ……久しぶりにこの術を使いました……」
「……こちらから伺いましたのに」
「まぁ、良いではないですか。私もこんな時しか出られませんから」
文鳥の代わりに、椅子に腰掛けている女性。そして聞き覚えのある声。
「陽菜様……また無茶なことを……」
「秀真、お久しぶりですね」
「いや……久しぶりですが……」
「なんです? 私が文鳥に化けているのがそんなに珍しいですか」
「……そういうことではなくて。姫巫女が大神宮から出てもよいのですか!?」
「いいのですよ、大宮司がいますし。春が大変だと聞いて、慌てて飛んできました。久々の術は疲れますね」
「ぶ、文鳥が人に……文鳥が……」
「スレアお姉様!?」
「陽菜様! あなたは一体何者にょっ!?」
「……そんな術、聞いたことねぇ」
驚く皆の顔が面白くて、笑っている陽菜。
袖で口元を隠す仕草は、奥宮にいる時の陽菜そのものだった。
いつもの巫女姿ではなく、皇国の女性たちが着る服装でもない。
どちらかというと、宮司が着ている神職装束に近かった。
「私は姫巫女ですが、上級神響術師でもあるのですよ」
「陽菜様? 神響術は三家だけでは!?」
「そうね……でも功は継承という言葉を取り違えているようね」
「それはどういうことですか?」
「功、少しは勉強しなさい。お前の親父にも言っておかねばならんな」
「いや、秀真様……それは勘弁してください……」
「私もわかりません。お教えくださいますか?」
「メティ、瑞璃家は炎、水鷹家は水、瑞石家は土の上級神響術を継承しているの」
「それはなんとなく理解しております」
「でもね、他にも上級神響術はあるのよ。治癒、雷、浮遊……」
「あっ! それって神霊石にょ!?」
「さすがねポピン。その通りよ」
「でも、治癒、雷、浮遊の神響術は、なぜ継承されていないにょ?」
「正確には、継承されているですね」
「ど、どの家が継承されているんですかっ!?」
「こら功! よく考えてみよ。この国に強力な神響術を使える方がいらっしゃるだろ!」
「……誰?」
「ハァッ……」
「あははは! 功、皇都の結界を張っているのは誰だい?」
「それは……皇王様? あっ!」
「そう、すべての神響術は皇族から始まったとされているのよ」
「それぞれの家系で上級神響術を継承するって意味もあるけど、皇族から継承された三家って意味もあるんだよ」
「そうだったんですか……」
「じゃぁ、陽菜様も継承されているにょ?」
「私、飛んできたでしょ?」
「…………浮遊にょ!?」
「あなたが初めて作った蒼の神霊石と同じね」
「す! すごいにょ!」
「この話はまたにしましょう。今は春を見つけないと――」
大きな海が目の前に広がる草原。
悠真は、小さい頃からこの場所が好きだった。
今はそのいつもの場所で、残響を高めて瞑想していた。
「悠真、もう気分は落ち着いたかしら?」
「陽菜……様?」
この場所で聞くはずのない声を聞いて、驚く悠真。
陽菜の後ろには、蒼真と、ヴォルテクス・レゾナの皆がいた。
「春は大丈夫です。さぁ、大切な奥さんを助けに行きましょう」
「しかし、どこへ連れ去られたのか見当もつかないにょ」
「あなた達は神獣を眷属として、神から与えられているのですよ」
陽菜の言葉に、それぞれが自分の眷属を見る。
皆、「俺たちにまかしておけ」と言わんばかりに、目を輝かせていた。
「おそらく、春は結界の中に閉じ込められています。しかし、近くまでは匂いが残っているでしょ?」
「あっ!」
「そうにょ! そんな当たり前の話、気づかなかったにょ!」
「なら、俺の黒牙が一番向いていそうだな!」
「さすが犬にょ!」
「狼だよっ!」
「ガルッ!」
すぐに捜索は始まり、鼻をヒクヒクさせながら、黒牙とコンは同じ方向へ進んだ。
迷うことなく、北へ向かっている。
大樹の街の外まできたところで、蒼真は確信したかのように陽奈に言った。
「予想はしていましたが、やはり寒脈の街のようですね」
「えぇ、ここからは神翔船で近くまで向かっても良さそうですね」
「陽菜様、兄貴。予想通りとは?」
「夜過神の封印されたとする場所、それが寒脈の街にある山。君たちが見つけた洞窟も関係あるだろうね」
「知ってたなら教えてくれてもいいにょ!?」
「ふふふ、ポピン。私たちも最近そう思ったのよ。何せ、神様はそうそう教えてくれないから」
「本当に、神様は意地悪にょ!」
「それは確かにそうねぇ。意地悪なのかもしれないですね」
「…………陽菜様が言ったらダメにょ」
山脈についた悠真達は、前回見つけたへび山の洞窟へ入った。
黒牙とコンは匂いを頼りに、方向を探っている。
白梟のウルは、空から捜索していた。
「陽菜様、どうかされましたか?」
「ユズハ……先ほどの子供を思い出していましたの」
「本当にひどいことをしますよねぇ」
「ええ、なんとか黒の神霊石の力も吸収できれば良いのですがね……」
「吸収…………」
「どうかしたの、ポピン?」
「あっ、いや。なんでもないにょ! 春を襲ったのは六人ぐらいにょ?」
「足跡を見る限りだがな。おそらくその程度だろう」
「さすが騎士ですね、メティ。よく観察している」
「職業病のようなものです。事件があった状況を瞬時に把握することは大切なことです」
「あのう……」
「どうされましたか、スレアお姉様?」
「私……陽菜様のことが全くわからなくて……」
「あら、そうでしたね、スレア第二王姫。初めまして、私は神陽大神宮の姫巫女、陽菜です」
「は、初めまして陽菜様! スレアです……私のことをご存知でしたか?」
「えぇ、それはもちろん」
「はぁ……」
「あなたもこの件が終わったら、大神宮へ来てください」
皆が捜索を始めてへび山の洞窟についた頃、黒ずくめの男たちは春の前に立っていた。
片手に剣を持ち、魂の抜けたような視線を春に向けていた。
「お前、神獣を連れているだろう」
「なんのことかしら……」
「神臭いんだよ! 出ていく前とは違う匂いがするんだよっ!」
「知らないっ! 匂いなんてしない!」
「誤魔化すな! この神殿や……神社のような……神聖な場所の匂いってのが充満してるんだ!」
「…………」
「さぁ、大人しく神獣を出せ」
「知らないって言ってるでしょ!」
「そうか……ならその神獣は飼い主が傷つけられても黙っていられるのかな?」
そう言って男は春の腕を掴み、剣の刃を当てた。
刃を当てられた腕に、鉄の冷たい感覚が伝わってくる。
「やめて! 神獣なんていないって言ってるでしょ!」
「ふん! いつまで我慢できることか……」
男は、刃を当てたままの剣を、軽く引いた。
うっすらと赤い血が滲む。春は唇を噛み締め、男を睨んだ。
「ほぉ、かすり傷ぐらいじゃ出てこないってか。なら、血が吹き出す程度ならどうだ?」
剣を振り上げた男は、春めがけてその刃を振り下ろした。
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
陽菜様の術とは……
もはや人間ではないのでは……
まぁ、胸に宝玉が取り込まれた私が
言えることではないか……




