↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々の残響  作者: 蒼凪 悠
寒脈の街編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
87/91

第八十八話 大変だよ

 日が変わり、太陽が顔を出した頃、春は瑞璃家(みずりけ)の大厨房にいた。

 侍女達の朝は早く、すでに何名かの者が朝食の準備に取り掛かっていた。

 大樹の街の領主である瑞璃家には、悠真(ゆうま)達の他にも従者や侍女、街の警備兵など、住み込みで働く者も少なくない。

 いわゆる従業員達は、希望すれば瑞璃家の敷地内にある大食堂で、三食を摂ることができた。

 元侍女頭の春は、久々にその大食堂で働いていた。


「春さん、すいません。お手伝いしていただいて」

「おはよう秋花(しゅうか)ちゃん。相変わらず忙しいねぇ」

「料理長が腰を痛めて療養中なのが原因というのもありますけどね」

「ありゃりゃ、それで料理長いないんだ。てっきり遅刻かと思った」

「あはは、遅刻の方がよっぽどいいですよ」


 早い者では五時半には朝食を食べに来る。すでに二十人ほどの警備兵が食べ始めていた。

 次いで街の管理官や事務方など、統治に関係する者が続々とやってきた。

 

「おい、聞いたか? 静海(じょうかい)の街へ向かう道の件」

「あぁ、巨大猪の群れだろ? なんでも三十頭はいたとか」

「警備長も頭を抱えていたよ。巨大な猪の群れなんて聞いたことがないって……」


 聞こえてきた警備兵達の話に、配膳を手伝いながら耳を傾ける春。

 頭の中で今聞いた話を整理しながら作業を淡々とこなし、気がつけば三人分の仕事を一人で終わらせていた。

 秋花や他の侍女達は、最強の侍女頭と言われていた彼女の凄さを目の当たりにして、尊敬の眼差しを送っていた。


「やっぱり春さんにはまだまだ敵いません……」

「えっ!? あ……ごめん、ちょっと考え事してて……」

「考え事しながら、どうしてその速度で作業が終わるんですかっ!? なんか自信無くしますよ……」

「あははは、秋花なら大丈夫だって! それよりごめん! ちょっと用事ができた!」

「はい、ありがとうございました!」


 大厨房を出た春はそのまま悠真の元へ向かおうと、屋敷の庭を歩いていた。

 屋敷とは反対側にある敷地への入り口。

 コンやトウの代わりに、新たな狛狐が両脇に鎮座する鳥居の向こうで、人が集まっていた。

 胸騒ぎを覚えた春がそこへ向かうと、鍬(くわ)を肩にのせた全身黒ずくめの男たちが何かを取り囲んでいた。

 

「どうかされましたか?」

「いやぁ、ここに野良犬が倒れていましてね」

「犬ですか? どうしてこんなところに……」


 鳥居をくぐり、その男達の近くへ寄った春。

 

「犬?」

「見えませんか? ほら……」


 男たちが指差す先を見て、春の顔は一瞬にして青ざめた。

 そこに居たのは野良犬ではなく、黒い痣ができた、まだ幼い子供だった。


「これは……」

 

 慌てて振り返り、誰かを呼びに戻ろうとした途端。

 春は鳩尾(みぞおち)に鈍器で殴られたような痛みを感じ、気を失った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「お腹すいたにょ!」

「あぁ、食事をいただきに向かおう」

「ユズハもスレア早く行くにょ!」


 着替えを済ませたポピンたちは、朝食を一緒にとろうと、悠真の部屋へ向かっていた。

 相変わらず扉を叩くことなく入室するポピンを注意するメティラだが、われ先にと悠真の元へ向かう。


「悠真、起きろ。朝食に行こう」

「…………春」

「えっ? うわっ! ゆ、悠真!?」


 悠真を起こそうと肩に手を置いたメティラに、寝ぼけた悠真が抱きついてきたのだ。

 慌てて引き離そうとはするのだが、押す手に力が入っていないのは誰が見てもわかった。


「……春……もうちょっと寝る」

「こ! こら悠真! 私は春ではないっ! は! 離せっ……離さなくてもいいが……」

「あははは! 何を言ってるにょ!? 最後なんて言ったにょ!?」

「う! うるさい! 何も言ってないっ!」

「まだ眠い……」


 抱きつかれたまま引っ張られたメティラは、悠真の上に乗り掛かった。

 ポピンとユズハは大笑いしているが、スレアは顔を真っ赤にして、両手で口を押さえていた。


「あっ……悠真……いい加減に……」

「あははは! メティが乙女の顔になってるにょ!」

「これは……あれね! 春ちゃんが見たらもうメティはおしまいね!」

「おいっ! 助けろポピン!」

「とか言いながら、手はしっかり悠真の首に回ってるにょ!」

「こ……こらメティラ! いいかげん離れなさい!」


 スレアに怒られて、ようやく離れたメティラは、何か満足そうな顔で乱れた服を直していた。

 その後、ポピンに飛び乗られてようやく目が覚めた悠真は、何事もなかったかのように服を着ようとしていた。

 皆は大笑いで、ニヤニヤしている。特別な秘密を掴んで、優位に立ったかのように。


「悠真、何か言うことがあるにょ?」

「…………」

「あらぁ、何もないのぉ?」

「…………は、春には言わないでくれ」

「あはは! 何を言わないにょ?」

「…………寝ぼけて」

「寝ぼけてぇ?」

「…………」

「寝ぼけてメティに抱きついたこと……」

「仕方ないにょ……食べ歩きを奢ってくれたら内緒にするにょ!」

「そうねぇ!」

「……私は……いつでも構わないぞ」

「メティラ! なんてはしたないことを言っているのっ!」


 (功に見られなかっただけ幸いだ……)


「ところでその春はどこにょ?」

「そうだな、どこにいても「悪寒を感じた!」とか「変な虫がいる!」とか言って飛び込んできそうなものだが……」

「朝から侍女の手伝いをするって昨日言ってたけどな」

「じゃぁ大食堂にでもいるにょ?」


 いつもは屋敷内の食堂を使う悠真たちだが、春の姿を見ようと大食堂へ向かった。

 朝の忙しい時間はすぎ、今は侍女たちが朝食をとっていた。

 中に入る前から、食欲をそそる焼き魚の匂いが辺りに漂っていた。


「この匂いを嗅ぐと、余計にお腹が減るにょ……」

「俺たちはもう食い飽きたよ。肉がいい!」

「朝から肉なんて食べたら消化できないにょ!」

「うるせぇ! お前が子供だからだよっ!」


 来る途中で合流した功も一緒に大食堂に入る。

 すぐに悠真に気づいた秋花が、不思議そうに寄ってきた。

 

「おはようございます悠真様。春さんはご一緒ではないのですか?」

「おはよう秋花、春はここにいるんじゃないのか?」

「用事ができたと、一時間前にはどこかへ向かわれたのですが……」

「どこ行ったにょ?」

「春の実家はこの敷地内なのだろ? 帰っているとかではないのか?」

「わからん。秋花、今日はここで食べるから準備をたのむ」

「承知しました」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「いててて……」

「目を覚ましたか、姫巫女(ひめみこ)さん」

「…………」

「挨拶ぐらいしてくれてもいいじゃないか」


 ひんやりとした空気。

 さほど高くない頭上の岩の隙間からしたたる水滴。

 三百本足ムカデ。

 どこかの洞窟であることはすぐにわかった。

 春は、木の柵で隔離された穴に監禁されていた。

 

(油断した……よく考えたら……黒ずくめの農夫などいない……でも……)


「なんだ? 俺たちに興味があるのか?」

「…………」

「はっはっは! お前が考えているのはこれだろう」


 柵の向こうから、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている男たちは、懐から黒の神霊石の欠片を取り出した。

 指で摘んだその石を春に見せつける。そして……石を飲み込んだ。

 身体中が小刻みに震え、頭を抱え込んでもがきだす男たち。

 洞窟の壁に爪をたてる者、地面に転げ回る者……やがて黒い霧が口から噴き出し、男たちは静まった。

 春が見た光景は……人間が自ら穢人になる瞬間だった。

 今度は笑いながら立ち上がった男たちの顔には、禍々しい、黒い痣がびっしりと浮き上がっていた。


「はは……はっはっは! お前は思っただろう? なぜ黒い痣がないんだってな」

「…………」

「我々は! お前を連れてくればっ! 眷属にしてやると神の声を聞いたのだ!」

「…………」

「力がみなぎる……素晴らしい力だ……」

「これで我々も! 夜過神(よすがのかみ)様の眷属だ!」

「まもなく完全復活なされる! この世が滅ぶのだ!」

「こんな息苦しい世など! 早く消滅してしまえばいい!」

「お前は! 夜過神様の復活の時に捧げる血の供物となるのだ!」

「姫巫女の血となれば、夜過神様もさぞお喜びになられよう!」

「約束は守られた……」


 男たちはそれぞれに叫び、夜過神への感謝の言葉を発してから、顔まで隠れる外套を纏った。

 

「この周りには獣がウヨウヨいる。誰も助けには来れないさ」

「大人しく、最後の時をそこで待つんだな」


 木の柵に結界を張り、簡単には脱出できないようにしてから、男たちはどこかへ消えていった。

 少しの安堵を得た春は、深く深呼吸をしてから周りの様子を観察し始めた。


(洞窟以外……何も手掛かりがない。悠真……)


 春はポケットから無の神霊石を取り出し、優しくさする。

 ポンッと白い煙と共に、トウが姿を現した。


「くうぅ……」

「取り上げられなくて良かったよ。なんとかして脱出しなくちゃね」

「くうぅ、くう」

「悠真を待った方がいいって? 気づくかな……私の旦那様はちょっとお間抜けさんだからねぇ」

「くぅ!」

「ふふ……トウもやっぱりそう思ってたの? さすが私の眷属」

「くぅ!」

「でも……どうしようか。このままじゃ、餓死しちゃうよ……」

「くぅ! くくぅ!」

「こんな時でも食べることかって? だって食べなきゃ死んじゃうよ」

「くぅ……」

「それよりあの子供……大丈夫かな……」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「悠真! 春がどこにもいないにょ!」

「……侍女と街にでも出かけたんじゃないのか?」

「そんなわけないにょ! 今日は陽菜様のところに行くって決まってたんだし、春は忘れたりしないにょ!」

「何かあったのか……」

「メティ……そんな不吉なこと言うものじゃ――」

「悠真!!」

「親父? どうしたんだそんなに慌てて」

「すぐにこいっ! 皆も頼む!」


 鳥居の先では、蒼真が結界を張っていた。

 即座にただ事ではないと察した悠真は、蒼真の元へ急いだ。


「兄貴!」

「悠真……大変だよ」


□□□□□ラティの日記□□□□□

◯月×日


 悠真がまさかあんなに大胆だなんて……

 春は毎日あんなことをされているのか……

 羨ましい……

 で、春はどこにいったのだ? 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。