第八十七話 山の名前
「いててて……」
「大丈夫か春、 怪我はないかっ!?」
「うん。ありがとう悠真」
「あぁ、大丈夫ならそれでいい」
春が落ちた穴の中。
大量の雪が衝撃を吸収してくれたおかげで、怪我もなく二人は底にいた。
すぐに皆もやってきてくれて、無事なことに安心する。
「おい悠真、ここ洞窟じゃねぇか?」
「どういうことだ?」
「ほら」
功が神響術【無暗】を発動して照らした穴の底には、奥へ続く道があった。
悠真は春を抱き上げて奥へ向かおうと進んだ。
「悠真、自分で歩けるよ」
「本当か? 無理してないか?」
「うん……大丈夫」
「わかった、おろすぞ」
「……でもどうしても、悠真が抱っこしたいならこのままでもいいよ?」
「いや、今は大丈夫だ」
「今は? そしたらいつもは抱っこしたいんだ! へぇ、そうだったんだぁ」
「……」
「おんぶでもいいよっ!」
「早く自分で歩けっ!」
「えぇぇっ」
前を行く、悠真と春を見ていたスレアはクスクス笑い、功は呆れていた。
そして、ポピンとメティラとユズハは拳を握りしめていた。
「いちゃついてないで、さっさと進むにょ!」
「なぜか……ちょっとイラッとしてしまった……」
「う〜ん……何だろう。今春ちゃんに、下痢薬を一気に飲ませたいわぁ」
後ろを向いて舌を出し、片目の下瞼を指で下げた春は、悠真の腕にしがみついて前に進んだ。
拳がプルプル震え出した先程の三人は走り出し、メティラが春を羽交い締めにする。
そしてポピンとユズハが春の両脇をくすぐり始めた。
「ちょっと! やめて! あはは! ごめんって! あはははは」
「もう許さないにょ!」
「今日はなぜか許せん!」
「春ちゃぁん……はい、下痢薬……」
「ごめんって!」
スレアはそんな春たちを見ながら、少し悲しそうな表情でつぶやいた。
「みんな、本当に仲良しなんだね……」
その言葉を聞いた皆は、今度はスレアに近づいて、メティラが後ろからスレアに抱きついた。
春とポピンが片方ずつ、スレアの頬に自分の頬をくっつけた。
そしてユズハは小瓶を出して、スレアに不気味に近づく。
「そんなこと言ってたら、下痢薬飲ませちゃうわよぉ」
「えっ! ええっ!?」
「あははは! スレアも仲良しにょ!」
「そうだよスレア! 私たちは友達だよっ!」
「よかったですねお姉様っ!」
「みんな……うんっ! でも下痢薬はごめんなさい……」
「大丈夫よぉ!これは春ちゃんに飲ませるからぁ!」
「いやだ……」
悠真は頭をポリポリかきながら、笑いを堪え先へ進んだ。
そして、突き当たりの部屋まできた。
「さっきのへび山と同じだな、広さも形もよく似てやがる」
「あぁ、ここも何の反応もないな。大丈夫そうだ」
「んでもって、台座は……これは犬か?」
「さっきはへび山で蛇の模様が掘られ、ここはいぬ山だから犬の模様だと考えるのが普通じゃないか?」
騒いでいた女性陣も台座の周りにやってきた。
模様を見ながら、ポピンが考えている。
「狼にも見えるにょ。でも悠真の言うように、いぬ山だから犬が正解にょ……」
「獣の気配も、神の気配もない……本当に何のための洞窟なのだろうな……」
「水鷹様にも報告しないといけない。戻ろう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「蛇と犬の模様が描かれた台座……」
「はい、蛇の洞窟は従者さんが教えてくださった洞窟の奥にありました」
水鷹の当主は、洞窟を教えた従者を見るが、首を横に振っている。
まったく見当が付かないようで、困り果てた顔で従者と言葉を交わしている。
何か決めたように頷き合い、水鷹の当主は悠真に向き直った。
「悠真よ、少し時間をくれ。こちらでも調べてみよう」
「ありがとうございます。我々は明日、木を取りに山へ向かってそのまま皇都へ行ってきます」
「わかった。しかし、明日は雪が降る日だぞ」
「あ……そうでしたね」
「木を取りに行くのは一日遅らせて、明日は街でゆっくりしたらどうだ? ここへ来るのも久しぶりだろう?」
「そうですね。そのようにします」
春たちの顔が瞬く間に笑顔になる。
また食べ歩きが始まるのかと思うと、なぜか自分の胃がもたれてきた悠真だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「もう少し積めるんじゃねぇか?」
「どうだポピン? 積めそうか?」
「これ以上積めるわけないにょ! 重すぎてアストレア号が浮くのに必死にょ!」
「何だよ、丸ごと一本積み込めるぐらいにならねぇのかよ!」
「馬鹿にょ!? どう見たってアストレア号より木の方が大きいにょ! 無理に決まってるにょ!」
「功が自力で下山するなら、あと一本ぐらい積めるんじゃない?」
「さすが春! その通りにょ。お前は歩いて帰るにょ」
「それはいやだ……」
確実に積載量を超えたアストレア号は、フラフラしながら皇都へ向かった。
安定性がないので、慎重に操縦しているポピンの横では、功が文句を垂れている。
怒りが最高潮に達したポピンは、神獣たちに功を黙らせるように指示を出した。
神獣たちは一目散に飛びかかり、功の腹の上でセスがうさぎ跳ねを繰り返し、ウルに突かれ、はくの尻尾で頬を打たれていた。
最後は自分の眷属の黒牙に頭を咥えられ、積み込んだ木の隙間に押し込まれていた。
「これで静かになったにょ……」
「ダメよぉ功。神獣ちゃんたちは功よりポピンの言うことを聞くんだからぁ」
「はい……」
「ふふふふ」
「どうしたのですかお姉様?」
「いえ……本当に皆、仲が良いんだなと思って」
「あぁ、またそんなこと言ってる! スレアも仲間だって言ったでしょ!?」
「春、わかっているけどやっぱりね……私はヴォルテクス・レゾナではないから……」
「そんなのは関係ないさ」
「悠真?」
「そんなものは、ただのお飾りだ。仲間だってことには関係ないさ」
「うん、悠真の言う通りだね」
「そうにょ! いっそ功を雪に埋めてきて、スレアがヴォルテクス・レゾナになればいいにょ」
「あははは! それもありかもねぇ!」
「お姉様、私たちはもう十分に仲間ですよ」
「うん……」
いつもの二倍の時間をかけて、皇都に到着した。
早速、綴神神社の前に着陸して木を運び出す。
「おお! これが綴木ですか!」
「八十吉さんに教えてもらった通りの木がありました。その枝を持ってきました」
「うんうん、ずっしりと木目が細かくて、密度の濃い、とても良い木ですな!」
「では、お願いできますか?」
「もちろんです!悠真殿、後は宮司たちに運ばせますから。こちらへどうぞ」
八十吉に案内されて社に入った皆は、少し待つように言ってどこかへ向かった。
すぐに戻ってきた八十吉は、一冊の書物を広げて、綴木を使った護符紙の作り方の本が見つかったと話してくれた。
「とまぁ、作り方は同じなのですが、使う木や水などが違うようです」
「なるほど、綴木と神陽大神宮の湧水ですか。それは凄いものになりそうですね」
「ええ、頑張って良いものを仕上げますよ。それで――」
八十吉は書物を数枚めくって指を差した。
そこには地図のように、山が描かれていた。
「どうも綴木が取れる山の場所のようなのですが、それぞれの山に名前があります」
「山の名前……」
「いぬ山とへび山!」
「春さんはもうご存知でしたか?」
「水鷹家の従者さんに、この二つの名前を教えてもらったんですよ」
「そうでしたか……それで他にも……」
そこには【へび山】【いぬ山】のほかに、【もぐら山】【うさぎ山】【とり山】と書かれていた。
皆がそうなんだと納得していると、スレアが驚いて八十吉を見た。
「これって、皆の神獣たちでは……」
「うわ! 本当だ!?」
春が驚いて、よく気づいたねとスレアの手を取る。
二つの山の名だけでは特に何も思わなかったが、こうもそれぞれの神獣の名が揃うと、何かあると思ってしまう。
だが、もしそれが神獣を指すのであれば、悠真と春の狛狐の名前がないのは何故なのか……
蒼真のカラスもない。
「じゃぁ、他の山にも洞窟があるってことじゃねぇか?」
「そうだな、そう考えるのが妥当だと私も思う」
「……私の悪い癖なのかも知れませぬが」
八十吉がそう言って書物に描かれた山の地図の上に、線を引いていく。
そこに現れたのは、正確なものではないが、納得のいくものだった。
「こうやってそれぞれの山を繋げますと……浮かんできます」
「星形……五芒星ですか……」
「そうです。どうしても何か隠されているのではと、勘繰って線を引いたりしてしまう。だが今回ははっきりと形が浮かんだのです」
「もし……これが意図して作られた五芒星だとしたら。この中央には何かがある……」
「おそらくですが……」
思いがけない発見をした悠真たちは、綴神神社を後にした。
瑞璃家に戻った悠真たちに、秀真と蒼真も混ざって今後の方針を決めていた。
「これで封印の場所ってのが、寒脈の街だってことがほぼ確定した」
「早速乗り込むか?」
「それは危険ではないか?」
「メティの言う通りだ。何が起こるかわからない」
「じゃぁ、まずは洞窟を探す?」
「そうねぇ。あの台座は何のためにあるのかしらねぇ」
「蒼真、セレノス様はこないにょ?」
「うん、来てくれないねぇ。最近は何も教えてくれないよ」
「セレノス様がくる?」
「スレアは何も知らないのか?」
そこからしばらく、悠真たちが神の魂を持って生まれたことや、夜過神の話をスレアにした。
驚いたスレアは、頭の中に突然入ってきた、嘘のような情報を整理しきれず固まってしまう。
春は、スレアを休ませるために、寝室へ連れて行った。
「明日、陽菜様にも説明しに行ってきてくれないかい?」
「兄様は一緒に行かないのか?」
「僕は今、忙しいんだよねぇ」
「いつもそう言って面倒ごとから逃げていないか?」
「あははは……気のせいだよぉ」
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
封印の場所が見つかったかもしれない
あの禍々しい者の正体にやっと一歩
近づけるかもしれない
でも次行く時は、もう少し暖かい服を着よう
この間、実は寒かったのだ




