第八十六話 何も起こらない洞窟と落とし穴
「ごめんなさい……私運動音痴で……」
「気にしないにょ! 私も得意じゃないにょ!」
「私もだよぉ〜。 運動してる暇があったら、薬草探したいわぁ」
「わ!私もだよっ!」
「春は運動神経いいにょ……猿みたいに木もひょいひょい登るにょ……」
「何よ猿って!」
スレアの体中についた雪を皆で払いのけながら、笑い声が響いた。
すっかりスレアは、ヴォルテクス・レゾナに溶け込んだようだった。
「頑張って進むぞ、洞窟を見つけたら休憩だ!」
「悠真、洞窟の場所ってわかってるの?」
「……さぁ」
「さぁ……って! それじゃぁ休憩がいつになるかわかんないじゃない!」
「仕方ないだろ!その洞窟があるかさえ、わからないんだ!」
「何それ……詐欺?」
「何がだよ?」
「休憩できるって期待させて、私たちにご飯を食べさせないつもりでしょ!?」
「なんだそれ……」
「お腹すいたのっ!」
「春……本当にお前、最近食べ過ぎだぞ……」
「だって食べても食べてもお腹空くんだもん!」
「だからって……今までの二倍は食べてるぞ……」
「確かに……春は本当に食べ過ぎな気もするにょ」
突然のポピンの裏切りに、驚き涙を浮かべた春。
スレアもメティも笑っているが、ユズハがふと質問した。
「春ちゃん、最近好きなもの変わったり、酸っぱいもの欲しくなったりしてないよね?」
「ん? そうだねぇ……そう言われてみればそうかも。最近はパンよりもドーナツが好きだし、ミカン果汁がすごく飲みたくなったり」
「パンよりドーナツというのはわかんないけど……これは……ひょっとするかもだねぇ」
「ユズハ、それは何がひょっとするのだ?」
「妊娠よぉ〜」
「私が妊娠っ!?」
功がニヤニヤしながら、腕を組んだまま聞いている悠真の脇腹を肘でつつく。
盛り上がっている女性陣を真顔で見つめる悠真は、なんの反応も示さなかった。
「それはないっ!!」
そう言い切って登り始める悠真を、驚きの表情で皆が見る。
続けて皆は、同じ表情で春を見た。
少し照れながら、気まずそうな表情で春が悠真の背中を見ていた。
「春、よその夫婦の営みを聞くつもりもないが……夫婦仲は大丈夫なのか?」
「そうにょ、実は仲が悪いとかじゃないにょ?」
「あははは……そんなことないよぉ……だから心配しないで!」
「あらぁ……余計なこと言ったかしらぁ」
「あははは……」
(そんな雰囲気になっても、悠真にくっついたら私がすぐ寝ちゃってるなんて言えない……)
妊娠疑惑は有耶無耶に、それから一時間登ったところに洞窟はあった。
一人が通れるほどの狭い入り口だが、中は十分広く奥にも続いているようだった。
水鷹家の従者は、お茶を飲むぐらいしか居なかったので、奥には向かわなかったらしい。
ランタンで照らしても、先が見えない。かなり奥へ続いているようだ。
「悠真、どうするんだ?」
「行くしかないだろ……反応は?」
「何もない。ざっと200メートルといったところだ」
「どの神獣達も反応はしてないようだな」
「皆、奥へ向かう」
先頭を悠真、最後尾を功が務める。
その周りを、それぞれの神獣達が守りを固めていた。
メティラは虫が出るのではないかと、スレアの後ろに立って服を掴んでいた。
「もう、メティは相変わらずね」
「だってお姉様……」
「ほんと、それだけ男勝りな騎士様のくせに、虫が怖いとかありえないにょ」
「ツチナカマルマムシでも怖いって言うものねぇ。あんなに可愛いのに」
「その可愛い虫を、すり鉢でミンチにするユズハはかなりやばいやつにょ……」
「なんですか?ツチナカマルマムシって?」
「お姉様!聞かない方がいいです!」
「……今私の服を握りしめて、小刻みに震えているのは、本当に巨大なワイルドボアを一人で四頭倒した英雄メティラ・カレストラなの?」
「それとこれは全く違います……」
カサっと音がするたびに腰の引けるメティラをスレアが引っ張り、春が押して進み、ようやく行き止まりになった。
そこは、天井が球体のように丸く掘られ、部屋も円形、その中央には円錐の台座があった。
皆は台座の前まで進んで、台座を見る。
「これは……蛇か?」
「そうねぇ、蛇に見えるわねぇ。ツチホリニョロニュルではないよねぇ」
「なんだよその虫わっ!?」
「知らない?土の中にいる長が〜くてニョロニョロ動く――」
「ワーワーッ! ユズハ! 出てきたら嫌だから、呼ばないでくれ!」
「もう……メティの虫嫌いもここまで来ると大したものね」
「お姉様、そんなこと言わないでください……」
悠真は神響術【無暗】を発動して、部屋中を見渡せるように明るくした。
浮かび上がったのは、無数の結界印。よく洞窟や坑道に書かれる、地盤崩壊防止の結界だ。
功も、その術印に紛れて封印が書かれていないか調べていた。
「まさか大蛇が出てきたりしねぇよな……」
「嫌なこと言うな。何も反応はないんだろ? 残響も感じないし」
「あぁ、隠し部屋もなさそうだ」
「じゃぁ、あの蛇の模様はなんだ。何より、ここは何のための洞窟なんだ?」
「どう見ても人工洞窟にょ」
「そうねぇ……でも本当に人が作ったのかって言うほど綺麗に岩を削ってあるわねぇ」
それ以上は何も見つからなかった。
引き返した悠真たちは、昼食をとって山頂を目指した。
どんよりとした空が不安を煽る。
たんぽぽの綿が飛ぶように、少し雪が舞っていた。
「今日は雪の日じゃないよね?」
「ああ、水鷹様は明日だと言っていた。これぐらいは常に降っているんだろ」
「本当に、不思議な山……」
「お姉様?」
「メティ、私の知らないことばかり……あなたがいつもお城にいなくて、何をしているのかしらと思っていたけど、気持ちがわかった気がする」
「そうでしょお姉様。お城の中にいるだけでは、この世の中のことなんて、何もわかりませんから」
「そう言うところだけは、私の妹として自慢できるのにねっ!」
「……そう言うところだけとは?」
「早く進みましょっ!」
洞窟を出てまた一時間ほどで、ようやく山頂に着いた。
今度はここから北側の、いぬ山を目指して進む。
「しかし、ポピンが作った浮進棒がなけりゃ、ここまで六時間はかかるんだろ?大した発明だよ」
「そうにょ功、もっと褒め称えるにょ」
「それで調子に乗らなかったら、最高なんだけどな」
「ぬ……はく、やってしまうにょ」
「シュウゥ!」
「うわっ! やめろはくっ! 体の中に入ってニョロニョロするなっ! ひっ! あははは! やめっ!」
ボスッ……
姿勢を崩した功は、雪深い中に頭から沈んだ。
腰から先を雪の中に沈め、足だけバタつかせている情けない姿に、一同は大笑いしているが、やがて動きが止まった。
皆は我に返って、慌てて功を引っ張る。
「ハァ! ハァッ! ……死ぬかと思った」
「さ、早く進むにょ!」
「待てっ! お前ら見殺しにしようとしただろっ!」
「いや、面白すぎて救出を忘れただけだ」
膨れている功をよそに尾根を進んで、いぬ山の山頂がはっきりと見えてきた。
そこには今までになかった、大樹の街のクスノキと同じぐらいの巨大な木が二十本ほど聳えていた。
真っ白な雪の中から突き出た、直径3メートルほどの赤黒い幹、凹凸のある表皮、針のように鋭い葉と団扇のように丸い葉。
背丈は20メートルはあるだろうか……八十吉さんが言う通りの木だった。
「これだな。さて、何が必要なんだ?」
「何がって、聞いてないの?」
「……あぁ」
「とりあえず、一番太い枝を落として持って帰ったらいいんじゃねぇか?」
「そうだな、そうしよう」
「んじゃサクッと切ってくれ」
「誰が?」
「そんなことはお前しかできないだろうよ!」
早くしろと功に浮進棒を押され、木に近づいた悠真は、幹を掴んで上に浮き上がっていく。
浮進棒の浮力のおかげで、上に登るのは簡単だった。
天霞を抜いて、一番太い枝に振り下ろす。
スパッ……
竹を切るかのように、簡単に切れてしまった直径30センチほどの枝。
皆は唖然とした。そんなに簡単に切れるわけがないと。
(そう言えば、天十握剣が取り込まれてから、何かをちゃんと斬るのは初めてだな……)
さらにそれを短く切り、持ち運べる大きさにしたのはいいが、それでも重さは30キロはあった。
ポピンとユズハは持ち上げることはできたが、今にも転がり落ちそうなほどふらついていた。
スレアはもちろん、持つことができない。
「メティはまだわかるにょ! 春! なんでそんなに軽々持てるにょ!?」
「えっ?お米の俵に比べたら軽いよ?」
「悠真……俵って何キロにょ?」
「60キロとかじゃなかったかな……」
「やっぱり春が最強にょ……」
突然ポピンは、はくとチャコを呼んで何かを調べ始めた。
はくは辺りを這い回り、チャコは雪の中へ消えていった。
「二人ともお疲れにょ!」
「シュゥ!」
「……」
「何を調べたんだ?」
「このあたりの地形にょ。ここはレグナントを着陸させることができそうだから、明日もっと持って帰るにょ」
「じゃぁ、今日は持って帰らなくてもいいんじゃね?」
「そうだな、危ないしそうしよう」
それぞれ持っていた枝をおろそうとした時、春が姿勢を崩す。
肩に担いでいた枝の重さに体を持っていかれ、斜面を滑り落ちた。
「うわぁぁ!」
「春!」
20メートルほど滑ったところで、雪に隠れていた穴が開き、春は穴の中に消えた。
悠真は躊躇うことなく後を追って穴に飛び込んだ。
功たちも穴の近くまで進み、中を見下ろすが、真っ暗で底が見えない。
「チッ……やばいことになっちまったな」
「どうしたものか……何かロープのような物はないのか……」
「ポピン、浮進棒でこの中に降りることはできるのか?」
「わかんないけど、さっき悠真がやってたみたいに、壁にそってゆっくり降りるにょ!」
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
寒い……でも万氷樹の山脈よりは安全な気がする
と思っていたら春が穴に落ちた
最強の春だから、無事ではあると思うが
どうやって助けようか……
しかし、スレアお姉様の雪に顔から突っ込んだのは
傑作だったな
セイラお姉様へのいい土産話になるな




