第八十五話 寒脈の街へ
今回も、財布が空になるまで春たちに搾られた功は、瑞璃家の池の鯉に何か話しかけている。
それをみて、従者や侍女たちは哀れに……いや、気持ち悪がっていた。
悠真は廃人と化した彼の後ろ姿を、遠くから眺めて思っていた。
(毎度、運と相手が悪いよお前は……)
一方、春たち女性陣は、瑞璃家の侍女たちも巻き込んで、仲良くお茶をしている。
ついさっきまで散々食べ歩いてきたはずなのに、またお菓子を頬張っている姿を見た悠真は、このまま春が三倍ぐらいの大きさになってしまうのではないかと妄想して、泣きそうになっていた。
その途端、春の鋭い視線が飛んでくる。
「悠真、今すごい失礼な妄想したよね?」
「……何のことでしょう。全くしてません……」
「そう? ならいいけど。言っとくけど私、あんまり食べていないからね」
「……」
「信じてないでしょ!? 一番食べていたのはポピンとメティよっ!」
「何っ!? よく言うな春! 食べた種類は少ないかもしれないが、量が一番多いのは春だぞ!」
「そうにょ! 量で言えば、春が一番食べていにょ!」
「そんなことないよっ! 絶対ポピンだって! ねぇユズハ!」
「う〜ん……私のみていた限り、春ちゃんかなぁ……そしてポピンでメティかなぁ」
「う…嘘」
「ほぉら! やっぱり春が一番食いしん坊にょっ!」
「だ! だったら何食べたか確認!」
「望むところだ! どう足掻いても春が一番食べたことには変わりがないからな!」
しょうもない戦いが始まった。
さすがのスレアも引き気味で、苦笑いを浮かべている。
「ところで皆さん、今晩のご夕食はお肉かお魚、どちらがよろしいですか?」
『肉!!』
侍女頭の秋花も、笑いながら質問している。
声を合わせて【肉!】と即答するこの流れは、秋花の楽しみになっているらしい。
変わらず苦笑いのスレアも含め、何とも平和な光景が瑞璃家の裏庭に広がっているのであった。
だが、功はいまだに、池の鯉に何か語りかけていた……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ちょっと待って悠真……」
「私も待って欲しいにょ……」
「わ、私もだ……」
「私も待って欲しいかなぁ……」
スレアの歓迎会だと言って、夕食でも散々食べて飲んだ次の日の朝。
さらにしっかり朝ごはんを食べた女性陣は、案の定皆がお腹を抑えていた。
「最近お前ら、食い過ぎじゃねぇか……」
「そ、そんなことない―― ユズハまだぁ!?」
「悠真さん……メ……メティラたちは……いつもこうなのかしら……」
「ははは……最近は……」
頭を抱えているスレアは、セイラのようにメティラを睨んでいた。
それに気づいたメティラは、目を泳がせてポピンの後ろに回って身を隠した。
当然ながら、ポピンより背が高いので、隠れたことにはなっていない。
それから三十分、ようやく準備のできた悠真たちは、寒脈の街へ向けて出発した。
「どんなところなのだ?」
「そうだな……簡単に説明すれば、万氷樹の山脈と似ているな。年中雪が積もっている山だ」
「それは興味深い。違う大陸なのに、同じような山があるとは」
「じゃぁ、街も相当寒いにょ?」
「いや、それが全くなんだ」
「山から離れているのですか?」
「スレア様、街は麓にあります。でも街は普通なんです」
瑞穂大陸の北側。海と街を隔てるように、標高3000メートルの山脈が連なり、その山々を覆う空は薄暗く、ごく稀に日が差す程度だ。
常に雪が積もり、山頂で聞こえる風は泣き声のように寂しく、不安にさせる。
【神が嘆く山】とも呼ばれ、人が訪れることもあまりない場所だった。
しかし、その麓から広がる街は不思議なことに、雪が積もるわけでもなく、至極普通の街である。
大樹の街と比べると木々が少なく、代わりに白く大きな岩と、その岩についた苔の緑色がとても綺麗だった。
住宅はその岩を素材にしたものが多く、白い街並みはどこかアルスティアに近い気もする。
「綺麗な街にょ! なんかこう……岩! にょ!」
「あはは……岩だねぇ」
「観光はまたの機会に。今日はもう水鷹家に向かうぞ」
寒脈の街を統治する、上級神響術継承三家の水鷹家の屋敷は、街の中央にあった。
屋敷の駐機場にアストレア号を留め、出迎えの従者に屋敷内の書斎へと案内された。
「よくきたな、悠真。ヴォルテクス・レゾナの皆さんも」
「水鷹様、ご無沙汰しております」
「先に貰った手紙にある、綴木についてだが、あいにく詳しくはわからないのだ」
「そうですか……」
「綴神神社の記録にあったとあるが、いつの時代のことだ?」
「四百年は前の記録でした。八十吉さんも、初めて聞く話だったようです」
「そうか……詳しくはわからないのだが、その特徴に似た木は頂上にあるとのことだ」
「本当ですか!?」
水鷹の当主は、部屋の隅に待機している従者を呼んだ。
六十は過ぎているであろう従者は、悠真たちに一礼してから話を始めた。
「もう四十年は前の話ですが、何度かあの山には登ったことがございます」
「登山ですか……」
「ええ、雪山は幻想的な景色を見せてくれますので、若い頃の好奇心で」
「なるほど……」
「中央の山から二つ左側の山は【へび山】と昔から呼ばれております。その山頂まで登り、そこから尾根を伝って、さらに北側にある【いぬ山】へ向かいます。」
「へび山にいぬ山……変わった名前ですね」
「えぇ……なぜそんな名前なのかは、私もわかりません。私の父も、祖父もそう呼んでおりました」
「そのいぬ山に、綴木はあるのですか?」
「とても太い幹と、二種類の形の葉が印象に残っている木がございまして。お話を伺うと、お探しの木に近いのではと思います」
「なるほど……確かに一致していますね」
「もう少し何かわかれば良いが、ここ数十年と、あの山に登るものなど誰もおらぬ」
「それはなぜ?」
「悠真よ、これといって何もない、ただ寒いだけの山だぞ。誰が好んで登るものか」
「旦那様、そう言われると私は耳が痛くなります」
「はっはっは、確かにな。それにここ数年、雪も増えた……」
「雪が増えた? 原因はわかるのですか?」
「いや、わからん。もう五年ほど前からか……四日に一度の大雪が、今は三日に一度になった」
「五年前……」
「悠真、それって……」
「あぁ、可能性はある……ありがとうございます、早速行ってきます」
「昔と変わっていなければ、へび山の途中に洞窟があります。そこで休憩もできますよ」
――封印は永遠に寒き山――
悠真たちは、その言葉を思い出していた。
もし、本当にその山々がここであるなら、危険が伴うはず。メティラと悠真は、スレアをどうするか悩んだ。
「お姉様……もしかすると、この山は大きな危険が待っているかもしれません。今回は街でお待ちください」
「嫌です!」
「スレア様、本当に危険かもしれない。セイラ様にはその場合は連れて行くなと……」
「わかっています。しかし、私も行ってみたいのです。危険なのも承知の上です」
「……やはりお待ちになられた方が良いかと」
「スレアお姉様、もしもの時、守れるかどうかわからない」
「ええ……」
スレアは俯き、黙り込んだ。
唇を少し噛んでいるスレアを見て、何か不安げで、それでいて悔しさもあるように見えた。
皆、その表情に何も言い出せないなか、スレアが顔を上げた。
「もう……一人で待っているのが嫌なのです……たった数か月だったかもしれないけど……あのベッドの上で一人でいるのがずっと嫌だった」
「お姉様……」
「セイラお姉様もラティスも、皇国と仲良くなってから、みんな忙しいけど楽しそうだった……なのに私は……」
真っ直ぐに皆を見つめ、何かを決意したような力のある目。
そのスレアの寂しさ、悔しさ。そして熱意は、妹であるメティラが一番わかっていた。
スレアの手をとり、握りしめたメティラは軽く頷き、皆に言った。
「皆、お願いだ……お姉さまは私が守る。一緒に行くことを許してもらえないだろうか?」
「しかし……」
「悠真、私からもお願い。その分、私も迷惑かけないようにするから」
「春ちゃん……」
「いいんじゃねぇか、お前もどうせ連れて行く方向だろ。俺もしっかり結界張るよ」
「……わかった。しかしスレア様、メティから離れないようにしてくださいね」
「ありがとう悠真!」
「よかったですね、スレア様」
「春ちゃんもありがとう……それから……私のこともメティラのように、スレアと遠慮なく呼んでください」
「了解! スレア、よろしくね!」
「うんっ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「悠真ぁ……だっこ」
「馬鹿か!お前つい二十分前に、迷惑かけないって言ったんじゃないのかっ!?」
「だってぇ、疲れたんだもん」
「黙って登れ。 食い過ぎの体を虐めるにはちょうどいい運動だ!」
ゴンッ!
「今のは悠真が悪いにょ」
「あぁ、そうだな」
「ダメだよぉ悠真。女の子にそんなこと言っちゃぁ」
「お前たちにも同じことを言いたいんだよっ!」
「気にしちゃダメだよぉ、悠真〜」
「そうにょ……ひどい男にょ悠真は」
「お前らな……ともかく! ちょっとでも早く登らないと、日が暮れるぞっ!」
「……もう!なんでこんなに大きな岩ばっかり転がってるのよっ! 平坦な雪山じゃないのっ!?」
麓から山の登り口まで、なぜか不自然なほど大きな岩が転がっている。
春は岩に向かって文句を飛ばしているのだ。
女性陣は運動不足と食べ過ぎで体が重いのか、なかなか前へ進まない。
さらに薄く凍った岩に足を滑らせ、予定よりすでに三十分も遅れていた。
「もう少し進んだら、浮進棒が使えるにょ……頑張るにょ」
「なんだっけそれ……」
「万氷樹の山脈で使った乗り物だな」
「私持ってないけど?」
「俺たちが持ってるよっ!」
「あ、そうなの? ありがとっ!」
岩場を抜け、ようやく凹凸の少ない斜面が見えてきた。
皆は浮進棒を準備して登り出す。
遅れた分を取り戻そうと、少し速度は早めだった。
「みんな、ちょっと待って……」
「スレア大丈夫にょ!?」
「操作が難しい……グヘッ!」
「あぁ!スレア大丈夫っ!?」
浮進棒の操作を誤り、転んで雪に顔から突っ込んだスレアを、春とポピンが救出している。
ため息をついたメティラを見て不安になってきた悠真は、横に並んだ。
「なぁ……スレアって……」
「あぁ、お姉様はかなりの運動音痴だ……」
「あぁ……やっぱり……」
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
元気なスレアお姉様を見れて嬉しいのだが
運動音痴と自分でわかっていて
よく付いていくと言ったものだ……
でも、公務以外で一緒に出かけるのは
随分と久しぶりだな……




