第八十四話 初めてのわがまま
春がユズハに怪しい薬を飲まされてから二日後の朝。
ヴォルテクス・レゾナ専用レグナント【アストレア号】は、神巫海上空を飛行中だった。
功からの手紙にあった、護符の素材集めのために、瑞穂皇国へ向かっている最中だ。
「スレア様、よくセイラ様がお許しになられましたね」
「ふふっ、簡単だよ春ちゃん! 『行くなと言うなら、お姉様がいまだにクマのぬいぐるみ無しでは寝られないって、みんなにバラすからっ!』って言ったら二つ返事だったよ」
「……へぇ」
(今バラしてしまったのでは……)
「スレアお姉様は困ったものです……セイラお姉様が言ったように、皇国では私の言うことを聞いてくださいね」
「わかってるってラティスちゃん! あ、今はメティラちゃんか! ややこしいぃ!」
彼岸草の毒によって寝たきりだったスレアは、ユズハの治療によってすっかり元気になっていた。
神について研究しているスレアは、神々にもっとも愛されたとされる【瑞穂】が、気になって仕方がなかった。
そして今回、皆が皇国へ行くことを知って、同行すると言い出した。
危険かもしれないと、反対する国王や王妃を押し切り、最大の難関であるセイラをも突破して、今一緒に皇国へ向かっているのだ。
「本当に大人しくしてくださいね、お姉様」
「わかってるって、一人行動はしない! 怪しい本は買わない! 迷惑をかけない! でしょ?」
「そうです!」
「大丈夫だって! 多分」
「多分……何かあっては駄目なのですよ! 本当に危険なこともあるのですから!」
「……」
「また! 同じようなことは嫌でしょ!?」
「……わかった」
ひょっとして、メティラより問題児だったりするのか……と二人の話を聞いていた悠真だった。
色々想像して気が重くなった頃、アストレア号は嵐に突入しようとしていた。
今回もまた、ガタガタと船体が揺れ始める。
ドォオン!
雷が機体に落ち、バランスを崩したアストレア号は急降下し始めた。
皆、ふわっと体が浮く感触を味わって悲鳴をあげる。
「ポピン!?」
「ふがっ………………にょぉ! 落ちるにょ!」
慌てて舵を戻すポピン。 水面から5メートルほどで機体は水平を維持し、再び上昇した。
悠真は操縦席に近づき、ポピンの様子を見た。
半分しか開いていない目と、操縦板に落ちているヨダレ……
「頼むから、寝ないでくれ……」
「あははは……眠いにょ……」
今日ほど、ポピンを信用できない日はないと、春とユズハを監視員としてポピンの両脇に座らせる。
監視のおかげで再び安定した機内で、悠真はスレアに質問をした。
「神の研究とはどのようなことを?」
「そうねぇ……一言で言えば……【どんな神だったのか】かな」
「どんな神?」
「私、神様も人間と同じように、それぞれ個性も感情もあるんじゃないかって思うの」
「それはなぜ?」
「私たち人間は、神様から生まれたんでしょ? 人間はそれぞれ個性があるじゃない」
「そうですね」
「なのに親である神は『ご飯を食べます』とか『寝ます』とかさ、なんの感情もなく淡々と話すってことはないよね」
「……確かに」
「どの神様の像も、微笑んでるだけで同じ顔ばかりだけどさ、きっと表情豊かだったと思うんだよね」
「それを調べていると?」
「そう、昔の本とかでしか調べられないけど。でも、どの本もセレノス様は月の神様で……とかばっかり」
ポピンやユズハとちがい、スレアのいう研究とは趣味のようなものだろう。
しかし、今彼女が話した内容はその通りだ。
実際に神と話をした悠真が、どの神も個性豊かで感情もあり、人間となんら変わりないと思っているからだった。
「わかるといいですね」
「うん、だから皇国で色々勉強しなくちゃ!」
「もうすぐ付きますよ」
「ほんと!? ポピンの所、よく見えそうだし、行ってみよう」
操縦席へ移動したスレアを見送り、悠真はメティラの横に座った。
ため息をついて、皇国でのお守りが大変だと言わんばかりのメティラ。
「俺たちのことは何も言ってないのか?」
「例の本が原因で倒れてから、ずっと寝たきりで、会う機会も減っていたのだ」
「セイラ様たちも言っていないんだな」
「余計なことを言って、興奮させたくなかったのではないかな」
「なるほど」
「ユズハに治してもらってからも、元に戻れたことが嬉しくて、研究のことは口にされなかった」
「なのに突然同行したいと言い出した……か」
「そうだ。お父様たちも慌てていたよ」
「そりゃそうだろうな」
「まぁ、今回は素材集めだからと、許されたのだろう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おう、わざわざ戻ってもらってわりぃな」
「構わんよ、俺も使うものだから」
「で、あのお嬢さんは?」
「スレア第二王姫様だ」
「第二王姫!? 初めてだな……なんでまた一緒に?」
「功……お転婆具合はメティラ以上だ……」
「……めんどくさ」
功が、新たに皇宮近くに整備された、レグナント駐機場で迎えてくれた。
初めての皇国で、すべてに興味津々のスレアは、春とメティラに連れられて、皇宮に入って行った。
ユズハは時間があるのならと、以前来た時に見つけていた薬草の群生地に向かった。
「別行動でありがたいっちゃありがたいな」
「ああ。それで素材とは?」
「このまま八十吉さんに会いに行こうぜ」
悠真と功は、皇宮近くにある綴神神社へ向かった。
紙の神様【川上御前】を御神体として祀った、名の通り紙に携わる神社である。
ここで巫女たちが紙を漉き、護符紙を製造し、祈祷までしている。
その護符紙で術を発動するのが、一番効果があるのだった。
「八十吉さん、ご無沙汰しています」
「おお、悠真殿。よく参られた」
「護符の素材について何かわかったとか」
「ええ、中へお入りください」
悠真たちは、神社の管理を行う別棟へ案内される。
巫女が淹れてくれたお茶を飲んで待っていると、綴紙を持った八十吉が現れた。
かなり古い物で、表紙には今から四百年前の年号が載っている。
「あれから色々と探していましたら、この冊子が出てきましてね」
「四百年前とは……想像がつきませんね」
「そうでしょう。これは代々続く日誌みたいな物でして、今は私が続きを書いているのですよ」
そう話しながら、八十吉はあらかじめ紙を挟んでおいた頁を開いて見せてくれた。
達筆で、何を書いているのかいまいちわからない悠真たちに、八十吉が話してくれる。
「強力な護符を作るにあたり、特別な木を使って紙を漉く、祈祷は大神宮にて行えばよし」
「特別な木……」
「さよう、ここにはそう書かれております。そしてその木は……」
冊子をめくり、そのことが書かれているであろう部分を指さして、八十吉は再び読む。
「寒き山々の村にある綴木は、良い素材である。一丈ほどの綴木を使えばなおよし」
「一丈……3メートルぐらいってことですかね?」
「ええ、そうですね。綴木は赤黒い幹、凹凸のある表皮、針のように鋭い葉と団扇のように丸い葉が乱れつく……とあります」
「変わった木だ……そんな木は見たことがない」
「私もお二人より長く生きておりますが、見たことも聞いたこともありませんよ」
「寒き山々は、寒脈の街のあたりだろうな」
「そうだな、四百年前なら大陸も分断されていて、万氷樹の山脈はわからないだろう」
「万氷樹の山脈とはどのような物ですかな?」
「アルスティア……海の向こうの大陸にある、寒脈の山々のような所です」
「そのようなものが……私も死ぬまでに一度は、向こうへ行ってみたいものです」
「もういつでも行けますよ。来てくれたら案内しますよ」
「おお、これはありがたい。その時はぜひお願いします。三日ほど神社を閉じて、巫女たちも連れて行ってあげようか……」
「いいじゃないですか、びっくりしますよみんな」
綴神神社を後にし、春達と合流して大樹の街へ向かった。
程なくして、巨大なクスノキが見えてきた。
「おかえりぃ! 元気だったぁぁ!?」
「ええ……ただいま戻りました」
「おや、こちらの方は?」
「第二王姫スレア様です」
「えぇ、これは失礼しました。私、悠真の兄の瑞璃蒼真と申します」
「蒼真さん、初めまして。よろしくお願いします」
「さ、スレア様。私が案内しますよ」
「春ちゃんありがとう!」
久々に会った蒼真はなんら変わりなく、弟大好きだった。
真横に張り付く蒼真と一定の距離をとりながら、だんだん場所を移動する。
悠真が動けば蒼真も動く。二人の距離は変わらなかった。
「蒼真!もうわかったからくっつくな!」
「えぇ、いいじゃないかぁ! 久々に帰ってきたんだからぁ」
「別に暇で里帰りしたわけじゃねぇよ」
「あ、そうなの? じゃあ何しに戻ってきたんだい?」
父親である秀真の部屋に移り、悠真と功は綴木の説明を始めた。
真剣に聞いてくれる秀真と蒼真だが、全くわからないと言った顔をしている。
「聞いたことがないな……」
「僕も初めて聞いたよ。そんな大きな木なら、すぐわかるだろうけど」
「八十吉さんのいう、寒き山々の村とは、今の寒脈の街で間違いはないだろうがな」
「父上もそう思われますか」
「あぁ、私たちが子供の頃はまだ、村と呼ばれていたからな」
「結構最近なのですね」
「まぁ、水鷹家に聞くのが一番だな」
「明日の昼ごろから行ってみます」
「わかった。で、スレア様だったか? なぜここに?」
「秀真殿、我が姉の……わがままです」
メティラはスレアの倒れてからのことを、秀真と蒼真に話して聞かせた。
「なら、最大限のおもてなしをしようではないか。わがままでもいいではないか」
「春に比べたら……そうだろ悠真」
「功、余計なこと言って春に聞かれても知らないからな」
「大丈夫だよ、あいつまだスレア様を案内中だろ?」
「うん、だけど親父様が『わがままでも――』って仰った時から後ろにいるよ」
功の血の気が引いて、顔面蒼白になった。
「スレア様、後で街のお店で食べ歩きしましょう! 功が奢ってくれるみたいです! メティも行くよね?」
「あぁ、もちろんだ!」
「御愁傷様」
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
スレアお姉様、元気になったのはいいが
少し暴走気味だな
でも、今までわがままを聞いたことはないから
いいのかな




