第八十三話 薬局ユズハ再び
「では、本題に入りましょう」
「本題?」
スレアの呪いが、ユズハの神薬調律で治った後のことだ。
ユズハはその本題とやらを取りに、奥の密閉室に向かった。
「セイラ、今ユズハは本題と言いましたわよね?」
「言いましたわね、お母様」
「私もそう聞こえましたわ……」
「ユズハにとっては……スレアの呪いは大したことなかったのかしら……」
「そうですわね、お母様、スレアはよく頑張ったのに!」
「……えぇ」
「これは、本題とやらが大したことなければ、痩せ薬の出資も考え直さなければいけませんわね……」
「そうですわね、お母様……スレアもそう思うでしょ?」
「……ええっと」
「春はどう思いまして?」
「そうですねお母様、春! どう思いまして?」
「……春はどう?」
「あは……あはははは…………」
鼻歌を歌いながら戻ってきたユズハは、両手で抱えた木箱を、ガチャンと小瓶がぶつかる音と共に机の上に置いた。
そして、中から翠色の液体が入った小瓶を数本取り出した。
「皆様、最近で一番体の調子が悪い箇所はどこですか?」
「私は……膝かしら」
「そうですねお母様、私は腰ですわ。スレアはどうかしら?」
「私は……全身でしょうか? 春は?」
「あは…あははは……」
ユズハは満足そうに、それぞれの症状を聞いて頷いた。
ニヤッと笑いながら、小瓶を持って一回りするユズハは、そのまま皆に小瓶を一本ずつ渡した。
王妃もセイラも、呆然とユズハを見つめる。しかしスレアはワクワクしているようだった。
「さぁ、ぜひ私の新作をお飲みください!」
「な、なんの薬ですの……」
「そうですわねお母様。ユズハ、これはいったいなんなのかしら?」
「ユズハさん、これは傷薬に近い匂いがいたしますわね」
スレアはすでに蓋を開け、匂いを嗅いでから一気に飲み干した。
「スレアちゃん!? もう飲んだのですかっ!?」
「そうですねお母様! スレア! なんの疑いもなしにっ!?」
「だって私を治してくれたユズハさんが作った物に、危ないものなんて――」
話の途中でスレアの目が大きく見開かれ、そのまま動きが止まった。
王妃もセイラも春も大慌てである。
見守っていた悠真も焦ってユズハの肩を掴んだ。
「だ、大丈夫なんだよな?」
「大丈夫、何度も自分で試してるから」
「ならいいんだけどさ……なんなんだ、その薬は?」
「まぁ見ててよ悠真、もうすぐだよ」
スレアは足元から順に、頭の先までブルブルと震えて両手を広げた。
皆が怪しい動きに驚いてスレアから遠ざかった。
「ス、スレアちゃん?大丈夫なのかしら?」
「そ、そうですわねお母様……スレア、なんとか仰って」
「お母様……お姉様……これは……」
手を広げたまま、ダンスを踊るかのように王妃たちの方へ体を向けたスレアは満面の笑みだった。
軽やかにその場でステップを踏むスレア。つい先程まで、呪いだと言っていたのが嘘のようだった。
「な……どうしたのですスレア!?」
「そうですわねお――スレア! どうなりましたのっ!?」
「体が! 軽いのです! 体の中すべてが綺麗になったように!」
目が点になった王妃とセイラは、未だステップを踏んでいるスレアと、手に持った怪しい小瓶を交互に見ていた。
そして、セイラより先に意を決した王妃が、液体を飲み干す。
症状はスレアと一緒だった……目を見開き、足先から順に震えた後、両手を広げた。
「膝が……膝が痛くなくてよセイラ!」
「お、お母様!?」
「これは……なんと言うことでしょう! 三階まで昇って今にも壊れそうだった膝がっ!」
「そうでしょお母様! 痛みがどこもないのです!」
「本当ねスレアちゃん! まるで十代に戻ったかのようですわっ!」
「セイラお姉様も早くお飲みになって!」
王妃まで豹変してしまった今、セイラも飲む以外に選択肢はなかった。
目を瞑り、小瓶を飲み干したセイラは……やはり同じだった……
王族三人が、狭苦しい場所でステップを踏んでいる光景はカオスだった。
「何飲ませたんだよ……」
「ふふふ、万能薬。できちゃった」
「えっ!?」
体の不調を全て治してしまう薬は、大昔から研究者の夢だった。
傷薬や解熱薬は存在するが、それらもユズハが開発してからまだ数年しか経っていない。
今でも、基本は薬草などを調合して処方しているのだ。
空飛ぶ船が存在するアルスティア共和国だが、医療に関してはさほど瑞穂皇国と変わらなかった。
「ユズハ、これは本当になんですの?」
「セイラ様、例の洞窟の泉を使った薬です」
悠真はそれを聞いて、少し納得ができた。それは自分が一番、効果を知っているからだった。
そうだと分かれば悠真も一気に飲み干す。
身体中を巡る温かいものは、きっと血液の流れが活性化されているのであろう。
皆のように、確かに足の先から頭の先まで電気が走るように震える。
これは残響が震えているように感じた悠真は、脇腹をさすった。
数ヶ月前に、龍神に付けられた傷跡。その疼きが和らいだのだ。
「大したものだな、ユズハ」
「そうでしょ!? なかなか調合が難しかったのよぉ。効果をもっと上げるためにねぇ」
「何を入れたんだ?」
「えーっとねぇ……聞かない方がいいかもぉ」
「ははは、んじゃ聞かないようにする」
ようやく落ち着いた三人は、椅子に座ってお茶を飲み干す。
一息ついてから、いつもの調子に戻ったセイラが小瓶を手に取った。
「素晴らしいですユズハ! これは人類の希望が詰まった薬ですね!」
「ありがとうございますぅ!」
「……しかしですわ。これは世に出せるものかしら……」
「そうねセイラ。私も慎重になった方が良いかと思いますわ」
「ご安心ください。これはヴォルテクス・レゾナ専用の調合です」
「と、言いますのは?」
「一般に販売するのであれば、もっと効力を薄めたもの。傷薬の二倍ぐらいの治癒が得られる程度にします」
「そんなことができますのっ!?」
「はい! もう既に完成しています。大変でした……切り傷を作りながら調整をしていくのが……」
そう言って、ユズハの腕に巻かれた包帯がシュルシュルッと解かれた。
その腕には、大量の切り傷の跡があった。
「な! 何をしているのです!」
「セイラ様。自分の身を使って効果を調べるのが一番効果がわかる! こんなものです、薬屋は……」
「そ、そうなの…………そうだとしてもっ! ですわっ!」
「そうですよ、あまり自分を傷つけないでくださいユズハ」
「……できるだけ気をつけます、王妃様」
効果は数日続くと言って、ユズハは残りの万能薬を王妃たちに渡した。
そこからしばらく、この薬をどう売るかと販促会議が続いた。
暇になった悠真が、もう帰っていいかなと考えているところへ、騎士が寄ってきて手紙を差し出した。
「先程到着したオスリア号から預かってきました」
「ありがとう……」
「誰からなの?」
春に聞かれて、差出人を見ると、そこには【瑞石 功】と書かれていた。
珍しいこともあるもんだと、手紙を読む悠真はニヤッと含み笑いをした。
「なんなの? 何かあったの?」
「まぁな。ちょっと皇国へ戻るぞ」
「なになに!? 事件?」
「いや、護符の素材集めだ」
春はもちろん、ユズハも行くと話しているところへ、スレアが近づいてくる。
何か言いたげに、手を胸の前で何度も握り直しながら、ソワソワしている。
「どうしました?」
「…………です」
「なんです?」
「わ……私も一緒に行きたいですっ!」
「えっ!?」
「スレアちゃん?」
さすがにダメだと王妃に言われて、落ち込むスレア。しかしその目は真剣だった。
今日は帰りましょうとセイラにも言われて、解散となった。
「ポピンにも声かける? メティにも」
「護符使うのは俺たちだけだし、何かあった訳ではないからな……」
「一応声かけとこうよ」
「そうだな、そうしよう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日は、朝からユズハが目の下に隈を作ってやってきた。
手には小瓶を一本握りしめている。
「おはよう……できたよ春ちゃん……」
「ユズハまた寝てないの? うちの研究者二人はほんとにもう……それで何ができたの? 万能薬の改良版?」
「痩せ薬よぉ」
「えええっ!! 本当に!?」
「うん、だから真っ先に春ちゃんに飲んでもらおうと思って」
「……なんで私が最初なの?」
「だって春ちゃん、昨日万能薬飲まなかったの知ってるよぉ! それに最近顔まあるくなってきたから」
「……嘘」
「あらぁ、気づいてなかったの?」
春の顔が真っ青になり、悠真を慌てて見る。悠真は目を逸らし、軽く頷いた。
さらに変な汗を流し始めた春は、ユズハが持つ小瓶を奪って一気に飲み干す。
「うげぇぇ……まずい……辛い……」
するとみるみる春の顔から、汗が吹き出てくる。真っ青だった顔がポオッと桃色に染まり出す。
モゾモゾしはじめた春は、悠真をトロンとした目で見つめ、擦り寄ってきた。
「お、おい春! どうした朝っぱらから!?」
「悠真ぁ……ねぇ悠真ぁ」
「おい! こらやめろっ! ユズハ何を飲ましたんだ!?」
「あれぇ、おかしいな。この様子は惚れ薬みたいな反応よねぇ」
「悠真ぁ……ねぇ…………私のこと好き?」
「おい! ユズハなんとかしろ!」
「ごめんねぇ悠真、失敗かも……神様の孫を見るの楽しみにしてるわぁ。じゃあねぇ……おやすみぃ……」
「おい! 待て! 逃げるな……なんとかしてくれぇ!」
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
お姉様達に聞いた! 万能薬ができたらしい!
これでヴォルテクス・レゾナもさらに強くなる!
しかしっ!
今日は私だけ公務で、お姉様達が悠真のところで!
これはどういうことだっ!




