第八十二話 神薬調律再び
悠真の質問に戸惑ったメティラはスレアを見た。
そして、包帯の隙間から見える力のない目が、メティラの視線を捉えた。
「ラティスちゃん……私から……説明するわ……」
「スレアお姉様……」
スレアは侍女に包帯を取って欲しいと伝え、自分の髪をたぐり上げた。
本来は、メティラやセイラのように美しく輝く銀髪なのだろう。だが、乱れたままの髪には艶もなく、たぐり上げただけで何本も抜け落ちているのが、遠目からでも見て取れた。
包帯が外され、正面にある鏡で自分を見たスレアは俯く。
セイラは涙を流して、彼女の手を優しく握った。
「スレアちゃん、無理に見せる必要はなくってよ」
「……大丈夫……だよ」
セイラの手を握り返したスレアは、悠真と春の方へ顔を向けた。
二人は、返す言葉を見つけることができず、ただ見つめることしかできなかった……
目が窪み、こけ落ちた頬。そして……顔全体を覆うように、青紫色の痣が広がっていた。
「呪われているでしょ……私の顔……」
「スレアちゃん!」
王妃はたまらずスレアを抱きしめた。その胸に顔を埋め、スレアも涙を流していた。
その姿を脳裏に焼き付けた悠真は、夜過神への強い苛立ちを覚え、拳を強く握った。
「スレア、もう休みなさい。」
「はい……」
「悠真達もありがとうございます、今日はこれまでといたしますわ」
「はい、セイラ様。スレア様もごゆっくり」
「ありがとう……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
スレア第二王姫と初めて会った三日後の昼過ぎ、ジリリッとベルが鳴る。
このベルは、共同住宅の入り口や、地下のレグナント駅にいる騎士が鳴らすベルである。
ジリリリリ〜ッと長く鳴れば玄関に、先ほどの短い音は、地下駅に来客が来た合図だ。
「誰だろ?メティかな?」
「あいつは勝手に入ってくるだろ?」
「それもそうね」
悠真達が誰だろうと勘ぐっていると、廊下で叫んでいる男の声がした。
「悠真殿!春殿!王妃様とセイラ様がお越しになられました!」
「えっ!? 王妃様も?」
廊下で叫んでいるのは、騎士だった。
春は慌てて散らかっていた食器を片付けている。まるで姑が突然来たかのような慌てっぷりだ。
しかも二人も……
「な! なんで王妃様もくるのよっ!?」
「いや春殿! 王妃様だけではないですよっ! スレア様もご一緒ですっ!」
「スレア様も!?」
居間に入ってきた騎士も、なぜか春同様に慌てている。
まもなくして、いつもの倍の騎士に囲まれた三名が、悠真達の家の中へ入ってきた。
初めてこの場所に来た王妃は、一般住宅が珍しいのか、辺りをキョロキョロと見ている。
「王妃様、セイラ様、ご機嫌よう……」
「ご機嫌よう春、突然ごめんなさい。ついでに悠真も」
「ついで……いえ、どうされましたか?」
スッと一人の女性が悠真の前に進んだ。
王妃やセイラと同じく、美しいドレスに身を包み、顎のあたりで切り揃えた銀髪。
その貴賓漂う姿とは違って、顔に巻かれた包帯。
「悠真さん! 春さん! 先日はありがとうございました!」
「スレア様! もう大丈夫なのですかっ!?」
「おかげさまで。あの夜ぐっすり寝ることができて、目が覚めたらお腹が空いて大変でしたの」
「信じられないでしょ? どれだけ食べるのっ!? と見ているこちらが心配になるぐらいでしたわ」
骨や血管が浮き、青白かった手のひらは血色を取り戻し、しっかりとした口調で話をするスレア。
あの夜と違い、元気そうなスレアを見た春は、良かったと涙を流した。
「今日はお礼を言いに来ましたの……」
「スレア様、お礼なんていいですよ……元気になられたのであればそれで」
「春、本当に感謝しているのですよ。母親として……娘を救っていただいて……」
「王妃様、そんな……私は別に何も」
「お母様、春も娘でしてよ」
「あら! そうでしたわ!」
「私も春の姉でしたわね」
「はい! スレアお姉様!」
包帯で隠した痣はそのままだ。それでも、数日前とは全く違って、声を出して笑っているスレアを見て安心した悠真だった。
春は皆を席につくように促し、本格的にお茶会が始まろうとしていた。
これは長くなりそうだと考えていた所へ、ユズハがやってきた。
「あれ? 皆様おそろいでどうされましたの?」
「ユズハ! 研究は進んでいるかしら?」
「はい、おかげさまで。ですが、痩せ薬がなかなかうまくできません……」
「……なんとおっしゃいまして?」
「痩せ薬です、王妃様」
「痩せ薬ですって!? そんな夢のようなお薬ができるのですか!?」
「先は遠いです……」
「何が必要なのです!? 私が個人的に出資いたしますわっ!」
「本当ですか王妃様!」
皆、今のままで十分でしょ……と思いながら、少し離れた席で悠真は苦笑いしていた。
王妃やセイラは縋り付くように、ユズハに痩せ薬の完成を促している。
「そうだわユズハ。紹介いたします、私のもう一人の妹。第二王姫のスレアです」
「ユズハさん、初めまして。お話は姉から伺っております」
「スレア様……初めましてですが……失礼ながら、そのお顔は?」
皆が顔を合わせて、再びユズハを見た。
「実は……黒の神霊石の呪いにかかってしまったようですの……」
「えっ!?」
ユズハは慌てて悠真に視線を送り、悠真はそれに頷いて答えた。
しばらく沈黙した後、痣のある自分の顔を思い出し、俯いたスレアに向かってユズハは意外な言葉を口にする。
「スレア様、今から私の研究室へ来ていただけますか?」
「構いませんが……何かするのですか?」
「私が治療いたします」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こ、ここにも昇降機をつけるように準備させますわ」
「あ、それは嬉しいです! なにせ研究室まで荷物を運ぶのが大変で」
「私たちは何も持っていなくても大変ですわ……お母様、スレア、大丈夫ですの?」
「な、なんとか大丈夫よ……」
「私は…ちょっと待って……いただきたい……ですわ……」
普段から運動することなどない王室の、それも王妃と王姫に、薬局の三階まで階段を昇らせてしまっている。
ユズハもなかなかの天然だった。
「セイラお姉様、メティは一段飛びで昇っていますよ?」
「あの子は私たちとは別人種ですわよ、春。一緒にしないで……」
はぁはぁと息を切らして座り込んだ王妃達を、心配そうに見ている騎士たち。
それをよそに、ユズハは書類や本が山積みの、自分の机周りを大雑把に片付け出した。
無論、王室にあるようなソファなどあるわけもなく、ごく一般的な事務用椅子に座らされる王妃達。
そしてユズハは騎士たちに、部屋の外で待つようにと伝えた。
もちろん、それは出来ないと反論した騎士たちだったが、悠真がいるから大丈夫とセイラに言われ、渋々部屋を出た。
「ではスレア様。包帯をとってお顔を見せていただけますか?」
「……はい」
「私がお取りします」
春はスレアの後ろに回り、短く切った髪を持ち上げて包帯を緩めた。
包帯を取っている間の一瞬、ユズハの目が翠色に光ったのを悠真は見逃さなかった。
「わかったのか?」
「うん……大丈夫だと思う」
「そか、なら任した」
目の窪みも目立たなくはなっているが、やはり青紫色の痣は禍々しい。
せっかくの整った顔立ちも、その痣のせいで隠れてしまっていた。
「ユズハ……どうかしら」
「セイラ様。穢人の毒の話はお聞きになられていますよね?」
「えぇ、黒カブト草だったかしら?」
「はい。黒カブト草は、触れただけで死に至ります。ですが黒の神霊石の霧を中和する効果がある」
「だから、人の姿のままの穢人がいる……恐ろしい草ですわ……」
「悠真、スレア様から黒の神霊石の気配は感じ取れないのよね?」
「あぁ、全くない」
「どういうことかしら?」
「王妃様、黒の神霊石を取り除いた者はその瞬間に死んでしまうのです。黒カブト草の毒によって……」
「ではスレアも黒の神霊石の影響を受けた……ですが、黒カブト草の毒ではない……ということかしら」
「これはおそらく彼岸草……黒カブト草ほどの毒性はありませんし、痣の色も、黒ずくめの者たちより薄いですが……」
「どうしたのです、ユズハ?」
「よくご無事で……彼岸草でも人は死ぬのです」
それを聞いた途端に、王妃とセイラの顔は青ざめた。もしかすると、スレアはもうこの世にいなかったのではないかと考えたのだった。
しかし、当の本人は違っていた。胸に輝く藍色のペンダントを握り、目を閉じた。
「これはセイラお姉様から頂いた、セレノス大神殿のお守りなのです。きっとこのペンダントが私を守ってくれたのでしょう」
「スレア……」
セイラはいつものように、スレアを抱きしめた。春も、スレアの肩に手を置いて泣きそうになっていた。
ユズハも目を閉じ微笑み、仲睦まじい姉妹を思いながら右手を前に突き出した。
「では、始めますよ」
「はい、お願いします……」
見開いたユズハの目が翠色に光る。
手には同じく翠色の残響が集まっていた。
――神薬調律 【和】――
そう唱えると、スレアの体が翠色に光り震え出す。
身体中が焼けるように熱く、鼓動が大きくなる。
目を閉じ、ペンダントを握り締め、スレアはその痛みを我慢した。
(元に戻れるんだ……だったらこんな痛みなんて……どうってことない……今までの辛さに比べたら……)
少しずつ、痣が薄くなっていく。
我慢するスレア。
まだ体は熱い。
しかし、段々と熱くて痛い感覚は、心地よい熱さへと変わっていった。
「うん、もう大丈夫です。よくがんばりましたね、スレア様」
「あぁ……スレアちゃん……痣が……痣が消えましたわ……」
「スレア……見てごらんなさい……」
セイラは涙を拭いながら、スレアに手鏡を渡した。
恐る恐る鏡を自分に向け、目を少しずつ開くスレア。
そこに写るのは、久しぶりに見た、痣のない自分の顔だった。
「あぁ……元に戻ったんだ……呪いが解けたんだ……」
「ありがとうユズハ! あなた達には、なんとお礼を言えば良いのかしら……」
「王妃様、お礼なんて要りませんが……出資の方はお忘れなくうぅ」
甘い香りがする薬草学の研究室に、しばらくの間、笑い声が響いていた。
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
ユズハの力で、スレアお姉様が治った!?
よかった……これでまた、昔のように一緒に遊べる
ありがとうユズハ!
でも…私最近…功並に出番が少ない気がする……




