第八十一話 王姫の呪い
二人で寄り添い、光の雪を眺めていた悠真と春。
気づけば昇降機の前で、驚くセイラとリクス、騎士がいた。
特にリクスと騎士は、春の姿がいつもと違うことに驚きを隠せない。
「セイラお姉様!なぜここにっ!?」
「リクスに聞いたのよ……それよりこれは……この光は……」
「すいません……なんか色々考えてたら、みんな幸せになってほしくて……つい天照様の加護を撒いちゃいました」
「加護を撒くってそんな簡単に言って……盗み聞きするつもりはありませんでしたが、少し聞いてしまいました。あなたが言った『皆が幸せでいてほしい』という言葉……立派なものです」
「あははは、そんな大袈裟なものではないですよっ」
「いいえ春……そして悠真、どうかよろしくお願いいたします」
セイラは迷うことなく、頭を下げた。
国を管理する一員として、義姉としてではなく、一人の人間としてのお願いだった。
それを見て、リクスも騎士も頭を下げる。
「や、やめてくださいお姉様!リクスも騎士さんもっ!お姉様の助けがあるからここまでできたのです!」
「春……」
「そうですよ、セイラ様。俺たちの方こそ感謝しなければならない」
「……ありがとう」
「あ……あははは!なんか嫌だなぁ、しんみりしちゃうのは!リクス、お茶をお願い!」
「し、承知しました」
「春、もう戻ったらどうだ?」
「あ、そうだった……どうやって戻るの?」
「しらねぇよ!いつも戻ってるじゃないか」
「勝手に戻るんだよね……まぁ、このままでもいっか」
先ほどまでとは違って、一気に大雑把になった春を見て、セイラは笑った。
椅子に腰掛けて、リクスが皆にお茶を入れるのを待つ。ガチガチに緊張しているリクスは、城での春付きのメイドらしい。
いつも能天気な春の、神秘的な姿を見れば驚くのも無理はない。
そこへラティスもやってきた。
「春?どうして姫巫女の姿なのだ?何かあったのか?」
その言葉遣いを聞いた途端に、セイラの目が鋭くラティスを射抜く。
リクスも騎士も背筋が伸びていた。
「……何かございまして?」
「あははは、なんでもないよ。ちょっとねぇ」
「ならいいのですけども……神に関係する事件でも起こったのかと思った……ましたわ、おほ……おほほほ」
なんともぎこちないお嬢様言葉を発しながら、セイラをチラチラ見るメティラ。
セイラは扇をパチンと閉じてため息をついている。
「あのぉ、恐れながら……春様のそのお姿は一体……」
「あぁ、これ?なんて言うんだろう。こっちで言う神官の姿かな?かわいいでしょ?」
「はいとっても!神秘的と言いますか……綺麗と言いますか……」
「リクス、春はアルシア神様の生まれ変わりですのよ」
「えっ!!」
「こらメティ!余計なこと言っちゃダメでしょ!みんなビックリするじゃない!」
硬直してしまったリクスを見て、春が慌ててメティを叱る。
肩をすくめたメティを見て、またため息をつくセイラだった。
「これでは、どちらが姉かわからないですわね……」
「面目ないです……リクス……ちなみに私はセレノス様の生まれ変わりなのですよ」
「ええええっ!!」
「こらっ!」
笑い声が響く夜の月見台に、別の騎士が慌ててやってきてセイラを見る。
「騒がしい、どうしたのかしら?」
「申し訳ございません!セイラ様、よろしいでしょうか」
そう言うと、騎士はセイラに耳打ちを始めた。
みるみるセイラの顔が紅潮していくのがわかり、不安になる悠真たち。
「それは本当ですかっ!」
「はい!ただいまモラ殿から、セイラ様をすぐお呼びするようにと」
「わかりました!悠真、春。ごめんなさい、急用ができました。ゆっくりしていってくださいまし」
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫よ悠真……悪いことが起こったのではないの……ラティスちゃん、あなたも来なさい」
「お姉様、どうされたのです?」
呼びに来た騎士の後ろを、二人は急ぎ足でついていった。
残された悠真と春は、何かあれば呼ばれるだろうと、お茶のおかわりをもらった。
三十分ほど、リクスの質問攻めにあう春が面白くて笑っていた悠真だったが、そろそろ帰ろうと席を立つ。
昇降機の中でも質問攻めのリクスに、騎士がいい加減にしなさいと注意している。
そして五階に着き、昇降機の扉が開いた時、そこにメティラの姿があった。
「悠真、春。一緒に来てほしいのだ」
「いいけど……何かあったの?」
息切れしているメティラを心配そうに見ながら、春はそう答えた。
「姉上が!スレア姉さんが春に会いたがっているのだ!」
「スレア様?」
「そうだ!第二王姫のスレア姉さんだ!」
アルスティア城には何度も来ているが、初めて聞く名前だった。
メティラに連れられ六階の部屋に向かう。
春は六階に来ることはまずなかった。なぜなら六階は倉庫や図書室しかないと言われていたからだ。
常にメイドと共に行動する城内において、必要のない場所へ行くこともなかった。
部屋に入ると、国王をはじめ、王妃も王子も、アルスティ一家が揃っていた。
「春と悠真を連れて参りました」
「春!こちらへ来てちょうだい!」
セイラに呼ばれ、奥へ進む春。
そこにはベッドに上半身を起こした女性がいた。
「あなたが……春さん……」
「はい……初めまして……」
「初めまして……第二王姫のスレアと申します……」
「……」
春は言葉を続けられなかった。
顔を隠した痛々しい包帯。櫛でとくこともできないほど乱れた銀髪。
唯一見える手のひらは青白く、骨と血管が浮かび上がっていた。
「怖がらないで春……こんな姿だけど、人間だから……」
「い、いえ!そんなこと……」
「春、スレアはあなた達が初めてきた日から数日後に、突然倒れてほぼ動けなくなってしまったの……」
「そんな前から……」
「治癒院長にも、治療の方法がないと言われておったのじゃよ……」
「本当にごめんね……みんな。春さん……先ほどの光の雪……あまりにも綺麗で……窓から手を伸ばしてみたの……」
その時を思い出すかのように、窓から外へ伸ばした手を嬉しそうに見つめたスレアは、春に視線を合わせた。
「その光の雪に触れた途端……体の中で熱いものが……湧き上がって……そしたら体が動いたの……」
「よかった……」
「あの光は何だったのかと……セイラお姉様に聞いたら……春さん……あなたが皆のために撒いた奇跡だと……教えてもらったの……」
「……」
「ありがとう春さん……これで私も元気になれそう……」
「いえ……私は何も……」
「春よ、本当にありがとう!国王としてではなく、父親として礼を言う……」
「私もよ、春ちゃん……ありがとう」
「国王様、王妃様……そんな……お礼を言っていただけるほどのことは……」
「悠真……さん?私の顔が気に……なる?」
「あ、いえ。何も」
「気になさらないで……この顔……研究中にね……呪いにかかってしまった……」
「呪い?」
スレアは思い出すかのように、目を閉じた。
数十秒ほど沈黙の後、彼女はその日の出来事を話し始めた。
「私は神の研究をしているの……あの日はお忍びで街の……本屋に行ったの……そして一冊の本と……ペンダントに出会った……」
「スレアよ、その話は初めて聞くぞ……」
「ごめんなさい……お父様……心配かけたくなくて……」
「……それで何があったの?」
セイラは話を戻し、スレアの手に自分の手を重ねて質問した。
頷いたスレアは話を続けた。
「その本は、セレノス様たちのことが……詳しく載っていた本……その中に隠し箱があって……中にペンダントが入っていたの……そしてそのペンダントを手にした途端……黒い霧が噴き出した……私は慌てて隠し箱に戻して封印をした……」
「黒い霧ですって!?」
「セイラお姉様……ごめんなさい……黙っていて……黒魔術か何か……危険なものだったらダメだと……黙っていたの……」
悠真とメティラは、お互い顔を合わせて頷き合っていた。
「何とか封印はしたのだけど……だんだん苦しくなって……意識を失ったの……」
「スレアお姉様、その本を見せていただけますか?」
「でも……ラティスちゃん……危険だよ……」
「大丈夫です、私と悠真は対処ができますから」
「……そのクローゼットの下に……入れてあります……」
メティラは言われた場所を探し、重厚な表紙をつけて製本された、【神罰】という題名の本を見つけ、悠真に渡した。
手印を結び、封印を解除した悠真は中を見る。
そこにはセレノス神やアルシア神などの伝記が記されていた。
「一番最後の……ページを捲って……真ん中の神の宝玉を触ると……箱が開きます……」
悠真とメティラは皆から離れ、自分たちの周りに結界を張った。
国王もセイラも、不安そうに結界の中の二人を見つめる。
春は、そっとセイラの肩に手を乗せて微笑んだ。
「大丈夫ですよ、お姉様」
「行くぞメティ、本だけにも結界を張ってはみたが、どうなるかわからない……」
「わかった、霧が出たらすぐ閉じよう」
悠真はスレアの言った通りに、神の宝玉を触った。
カチッと音がして、隠し箱が開く。わずか1センチほどの厚みの隠し箱の中に、そのペンダントはあった。
銀のネックレスに、丸くて真っ黒なペンダント。よく見ると、さらにその中央に真っ黒な石の欠片が埋め込まれていた。
「悠真、これは……」
「あぁ、間違いないだろうな。輝きを失っているから、もう霧は発しないだろうが……黒の神霊石だな」
その言葉を聞いたスレア以外の者は驚いた。こんな身近に、黒の神霊石があったのかと。
そして悠真は、自分たちがアルスティアに来た頃には、すでに穢人の増殖計画があったということかと考えていた。
「メティ……スレア様の呪いとは?」
「……それは」
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
春のおかげで、クレアお姉様が話せるようになった!
まだ具合は悪そうだけど、上半身を起こすことができた!
奇跡のようだ……春、ありがとう




