第八十話 春の気持ち
「ともかく、悠真がさらに強くなったのは良いことですわね」
「そうですね、心強い」
「洞窟の件はこちらで管理いたします、ゆっくり休みなさい悠真」
洞窟での報告を終え、春と家に戻る途中に一軒のパン屋があった。
焼きたてのいい香りが漂い、食欲をそそる。
「ダメだ、我慢できない!悠真寄っていい!?」
「いいぞ、俺も見てみたい」
中に入ると、たくさんのパンが所狭しと並び、パンとバターの匂いがさらに増す。
春は早速、パンを吟味し始めて、どんどん買い物かごに入れていった。
「もけもけ鳥の挟みパン焼きたてで〜すっ!」
「…もけもけ鳥だと!?」
「そうですよお兄さん!うちで人気第六位のパンです!いかがですか!?」
「いただくよ…でも第六位とは中途半端だな…」
「気にしないでくださぁい!おひとつでいいですか?」
カラッと揚げられたもけもけ鳥に甘辛いタレをしっかり染み込ませ、野菜と一緒に焼きたてパンに挟んでいるらしい。
大好きなもけもけ鳥入りのパンを手に入れた悠真は、春の持つ買い物かごに入れようとする。
「春さんや…」
「どうしたの?あ、何か選んだの?」
「うん…それはともかく、二人しかいないんだぞ…」
「うん?そうだね。今日はメティもお城だし」
「なんだその量は!?」
「えっ?たらない?」
「……逆だよ。かごいっぱいじゃないか」
これぐらい食べれるでしょと言って、会計を済ます。二十一個のパンが袋に詰められた。
満足そうな春が早く帰ろうと、悠真の袖を引っ張る。
「ありがとうございましたぁ〜!」
机の上に広げられた大量のパン。春はラテを入れてくると言って厨房に向かった。
もけもけ鳥のパンを先に食べ始める悠真は、これ全部一人で食べるつもりかと、少し不安になった。
「あぁ、もう食べ始めてる!待つって言うことを知らないかな!」
「お腹が減ってさ、我慢できなかった」
「なんのパン?」
「もけもけ鳥の挟み焼きパン」
「またあの気持ちの悪い鳥食べてるの?本当に好きだね」
「いいじゃねぇか」
たわいもない会話をしながら二人はパンを頬張っていた。
二十一個あったパンも、気がつけば十個になっている。お腹をさすりながら、幸せそうな顔の春。
食い過ぎだと言いたいところだが、機嫌が良さそうなので黙っておくことにした。
そこへ、また目の下に隈を作ったポピンがやってきた。
「ポピン!生きてたの?」
「にょぉ〜なんとか生きてるにょ…何か食べさせてほしいにょん…」
「このパン全部食ってもいいぞ」
「本当にょ!?」
「悠真!全部って何よ、私の分も残しておいてよ!」
「あれだけ食べてまだいるのか…」
「あれだけって、まだ十個しか食べてないよ!」
「いや、十分だろ…なぁポピン」
しかし、一心不乱に五個目のパンを頬張っているポピンを見て、悠真はもう何も言うまいとラテをすすった。
ポピンのラテを入れて厨房から戻った春も、十一個目のパンに手を伸ばす。
悠真はたまらず、春のお腹の肉をつまんだ。しかし春は気にすることなく頬張るのだった。
「それで、研究は進んでるのか?」
「まだ戻って二日目にょ、全く何も分かってないにょ…今は皇国から送ってもらう水晶を待ってるにょ」
「水晶?」
「そうにょ。水晶は無の神霊石だにょ?」
「そうだな」
「それが全ての気がしているにょ。イシュメリア様に言われた(全ては無から始まる)って言葉にょ」
「なるほどな、何をするか決めてるのか」
「とりあえず粉々にしてみるにょ。それで地上では何もなかったにょ?」
「あったといえばあるな。俺が剣を胸に刺された」
「にょ!どういうことにょ!?大丈夫にょ!?」
「ははは、大丈夫だ。新たな神にあったんだよ」
「本当にょ!?誰にょ!?」
須佐之男の話を、興味津々で聞くポピンの手には、九個目のパンが握られていた。
「とりあえず悠真がさらに強くなったってことにょ?」
「まぁおそらくそうだな」
「そっか。私も頑張らないといけないにょ!ごちそうさまにょ!」
「ちゃんと寝ないとダメだよポピン」
「ありがとう春、一時間は仮眠したから大丈夫!行ってくるにょ」
「さて、夕ご飯何食べる!?」
「まだ食べるのかお前……」
食べ過ぎだと悠真に言われた春は、少し膨れていた。
何か話を変えようと、洞窟で発見された傷んだ紙に書かれていたことを話し始める。
「永遠に寒き山々ってどこだと思う?」
「万氷樹の山脈か、寒脈の街しか想像できないわねぇ」
「そうだよな。皇国は寒脈の街しかないよな」
「共和国のことはメティに聞くのが早いよ」
「そうだな。もし寒脈の街だったら、何か異変が起きていたりしないのかな」
「そんな事、何も聞かないでしょ?もし何かあったら親方様なり、蒼真様から連絡がくるんじゃない?」
「そうだよな…」
「メティにも言ってるんでしょ?調べてくれるわよ。何かあったらすぐに飛んでくるだろうし」
「そうだな」
心配しすぎかと、ソファに背を預けて天井を見た。
まだまだわからない事だらけだ。夜過神にも全く辿り着けないと悠真はため息をつく。
その様子を見ていた春が、隣に座って悠真の肩に顔を預けた。
「悠真、疲れてないならお散歩でも行かない?」
「ん、別に大丈夫だぞ。行こう」
太陽が沈みかけ、空を茜色に染めている時間だった。
何も会話することもなく、二人はゆっくりとアルスティアの城下街を目的もなく歩いた。
賑やかに走る子供達。買い出し帰りの人々。まだ金槌を振っている大工。
色々な人がこの街にも住んでいる。
「ねぇ、ちょっとお城に行かない?」
「なんでだ?何か忘れ物か?」
「いいからいいからっ!」
なんの用事もないのに城に行くことに躊躇う悠真だったが、春の勢いに負けてついていく。
巨大なアルスティア城を、久々にゆっくり眺めてみると、壁には綺麗な彫刻があり、綺麗な季節の花々が植えられている。
一般人も入ることができる広場の中央には、真っ白な噴水が勢いよく水を噴き出し、ベンチでは多くの人が涼んでいた。
広場を抜け階段を登ると、騎士が警備をする、城への門が現れる。
「なあ春。用事もないのに城に来ても、入れてもらえないんじゃないか?」
「…悠真自分の立場忘れたの?」
「立場とは?」
「悠真はこの国の王子様でもあるんですよ」
「あっ…」
悠真を引っ張り門の前までくると、騎士が驚いた顔をして敬礼をする。
「悠真王子に春王姫様、いかがなされましたか?」
「お疲れ様です、ちょっと月見塔に行こうかと思いまして」
「わかりました、どうぞお入りください」
門をくぐり、真っ直ぐ進むと大きなホールに出る。ここが、それぞれの塔への分岐点だった。
春は真っ直ぐ進み、上へ登る昇降機に乗り五階で降りた。さすが悠真より城に来る回数が多いだけあって、迷うことはもうないらしい。
このホールから真っ直ぐ進んだ一番大きな塔は、城の中央から北側に建てられている、皇族専用の塔である。
そして五階は、国王やセイラ、メティラなどが暮らすいわば住居の階だった。
複雑な模様の絨毯が敷かれた広く綺麗な廊下を歩くと、数名のメイドが春を見つけ、道を開けて頭を下げる。
「春王姫!?どうされたのですか?」
「あ、リクスちゃん!お疲れ様」
「お疲れ様です!悠真王子までご一緒で…今日は予定はございませんよね…セイラ様からのお呼び出しですか?」
「ううん、違うの。ちょっと月見台に登りたいなと思って」
「そうですか、お茶はお持ちしますか?」
「そうだなぁ…一時間後ぐらいにもらってもいい?」
「承知しました」
リクスと呼んだメイドに手を振りながら、さらに廊下を進むと、重厚な鉄の扉が出てきた。
その横には騎士が一名座っている。 その騎士も、春を見るなり立ち上がり敬礼をした。
「お疲れ様です、月見台へ行きたいのだけど、構わないかしら」
「はい、もちろんでございます!」
騎士が先導して扉を開けると、また昇降機があり二人を乗せて上まで案内してくれる。
「お戻りの際や、何かございましたらベルを鳴らしてください。すぐに参ります」
「ありがとう」
ここまで悠真は一言も言葉を発していなかった。
そして春はしっかりアルスティアのお姫様をしているのだと思い知った。
「ほら悠真、綺麗でしょ?」
春が指差した先には、アルスティアの街が広がっていた。日も落ち、街の灯りが幻想的で、夜空の星をぼやかしている。
ここは、中央の塔の端に作られた月見台で、アルスティア国の中で一番高い建造物だと春は言った。
国を取り囲む巨大な塀の向こうまで見えた。
「何度かセイラ様に連れてきてもらったの。初めて見た時はすごいなぁって思っただけだったけど」
「けど?」
「何度か見ているうちにね、この街を夜過神なんかに潰されてたまるかっ!って思うようになったんだ」
「…」
「だって、こんなに綺麗な街なんだよ。それにみんな、一生懸命生きてる…」
「そうだな…」
「いくら神様だって言ってもさ、消滅?させる理由なんてないよ」
「そうだな」
「ほら悠真、あそこ見て!あそこが家のあたりだよ」
「小さいな」
「そりゃこんな高さから見てるんだから、小さくなるでしょ」
「それもそうだな」
「……私決めたの。最初は私なんか、なんの役にも立たないって思ってたけど、今は天照様のお力をもらったおかげで、少しでも役に立てるのかなって。だったらこの大陸に住む人々の為に頑張ろうって!」
「春…」
「もちろん、皇国のみんなのためにもね!それが…天照様の魂を持った私の役割じゃないのかなって…」
「そうだな…」
――我が母なる天照様
其方より託された神陽の小鏡に御心を映し給え
御力を宿し給え畏み、畏みも白す――
春は突然、天照に祈りを捧げて輝き、姫巫女の姿になった。
あたりが暖かい光に包まれ、心が癒されていく。
「この不思議な力をね、もっと使わなくっちゃって思うようになったの。怖がってたり、弱音を吐いている場合じゃないって」
「…」
「私、悠真が一番大好き!でもね、お父様も功やメティもポピンもユズハも。皇王様も国王様もセイラお姉様も!」
「…」
「私は、みんなのために戦うの。私の大切なものを失うわけにはいかない。だったら神にだって喧嘩を売ってやるわっ!」
月見台の大きな窓の前まで寄った春は、街に向かって神楽鈴を三度鳴らし、大きく両手を開いて神楽鈴で円を描いた。
街に季節外れの光の雪が降り始めた。
ほとんどの民は不思議そうに外へ飛び出し、空を見上げる。
皆が光の雪を手のひらで受けようとしている。
手のひらに落ちた光の雪は吸収され、その者の心を暖かくした。
帰宅途中の者は家族に会いたくて家路を急ぎ、喧嘩をしていた者たちは手を取り合った。
大泣きしていた赤子は笑い、犬や猫までもが優しい気持ちになっていた。
そして光の雪は消える。
「みんな、私みたいに幸せでいて欲しいからっ!」
振り返った春の笑顔に、悠真はまた癒された。
そして、六階にある一つの部屋でも窓から手を伸ばし、その光を受けて微笑む姿があった…
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
コルセットがキツい
おかしい
ちゃんと鍛えているはずだが…
体重は…測らないでおこう
きっとメイドがサイズを間違えたのだ!




