第七十八話 怒りと破壊の神
「…確かに俺は悠真だが、あなたは?」
「俺のことはどうでもいいんだ!それよりお前、姉者の魂にしては弱すぎるだろ!」
「はぁ…すいません…」
「すいませんじゃねぇ!もっと気張って骨なんざ潰しちまえよ!」
「…いや、強敵でして」
「ハァッ…お前本当に姉者の魂を持って生まれた人間か?」
「お、おそらくそうです…」
姿は見えず声だけだが、その話し方は荒々しく勢いがある。そして悠真の事を姉者の魂の子と呼ぶ。
自分の魂が天照で間違いないのであれば、この声の主はあの神かと、悠真は想像ができた。
「おそらくとはなんだよ!情けねぇな、もっと堂々としろってんだ!」
「はい…」
「何より、なんだあの腰のひけた刀の受け方はっ!もっと前で受けて弾き飛ばせ!」
「はい…」
「それから骨をいっぺんに二体相手にするから何もできないんだ!引き離す方法をもっと考えろってんだ!」
「…」
「それからその狐の使い方もなってない!そいつ眷属だろ!?もっとコキ使え!」
「はぁ…」
「お前、ちゃんと俺の話を聞いているか!?」
「も、もちろん聞いています」
なぜか見ず知らずの神に、ボロカスに言われる悠真。相手が神だけに、おとなしく聞いていることにした。
まだ神は何か怒鳴っているが、少し飽きてきた悠真はため息をついた。
「お前…今ため息ついたろ…」
「あ…」
「あ…じゃねぇわ!神がわざわざ話を聞かせてやってるのに、ため息とはいい根性だな!」
「いや、今のは…そう、言われていることがその通りだなと!自分へのため息です!」
「…嘘だな」
「あははは…」
「お前…神に喧嘩を売る度胸だけは認めてやるよ…」
「ありがとうございます…いや、喧嘩なんて売ってませんよ!」
「もういい!お前のことは姉者から頼まれたんだ!見本を見せてやるから、意識が戻ったら集中して残響を蓄えろ」
神はそれだけ言って、何もない真っ赤な空間は消え去った。
悠真の意識はすぐに戻ったが、冷たさと浮遊感を体に感じて目を開けると、泉の中に仰向けで浮いていた。
せっかく乾いた服がまたびしょ濡れだと思いながら、神に言われた通りに残響を蓄え始める。
一体何をされるのか不安ではあるが、おとなしく言うことを聞いておこうと決めた悠真は、泉に浮いたまま残響の蓄積に集中した。
「だいぶ溜まったようだな、そろそろいいだろう。唱えろ、我は御身と共にと!」
――我は御身と共に――
――我が魂 汝の身に重ねん――
悠真の体に一筋の光が差し、泉に浮いていた悠真はふわりと宙に浮かんだ。
少し、目つきが鋭くなった悠真を見てコンは後退りした。
「はっはっは!悠真よ、意識はあるな?」
「……」
「なら良い。今からあの骨どもを倒しにいくから、身をもって知るが良い」
「……」
「本当の強さと言うものを…狐、お前も来るのだ」
「きゅ……」
神が宿った悠真は、躊躇うことなく人骨二体が守る木箱の部屋に向かった。
部屋に着いても立ち止まることなく進み、刀を抜いた人骨の手前で腕を組んだ。
「久しいな、今日は少し相手をしてくれ。では悠真よ、しかと頭に叩き込むのじゃぞ」
「……」
人骨が刀を振り上げて斬りかかってきた。悠真の体はスッと後ろへ飛び下がり、一瞬で間合いを無くす。
手から放たれた焔が洞窟の壁を砕き、空間を狭めた。
「お前は幅を狭めようと細道に入った。間違いではないが骨達は来なかった…なら空間を狭めれば良い」
崩れ落ちた岩が幅を狭め、人骨達は動き辛そうにしている。そこへさらに焔を打ち込み、二体の距離を離した。
「同時に斬りかかってきたのであれば、まずは分離させるのだ。すれば的が絞れる、狐よこい」
言われるがまま近づいたコンを鷲掴みにした悠真の体は、コンを人骨目掛けて投げつけた。
人骨の刀が飛んでくるコンを斬ろうと刀を振り上げた瞬間、悠真の体はすでに人骨の背後を取っていた。
そして刀を持つ右手側の肩を、残響を纏った拳で粉々に砕いた。
刀は落ち、武器を失った人骨の顔に飛んできたコンがへばり付き、視界を無くして慌てている。
その隙を見て、心臓にある宝玉を素手で突き砕き、人骨は灰となった。
「お前の戦い方は綺麗なのだ。そんなもの、戦いには必要ない。勝つか負けるかだけだ」
「……」
「そして優しすぎる。穢人など、なってしまえばもうどうする事もできんわ。ならいっそ、早く仕留めて黄泉へ送ってやれ」
もう一体の人骨に向かっていく神が宿った悠真の体。今度は天霞を抜きながら向かっていく。
人骨も刀を構えて向かってきた。刀同士がぶつかろうとしたところで悠真の体は横へ逸れ、人骨の頭に手を乗せる。
――朱の導き――
唱えた途端に、人骨の頭は粉々に吹き飛んだ。続けて天霞で心臓の宝玉を貫いた。
戦闘を始めてから五分も経っていない。見事な戦いだった。
「お前に足らないものはいくらでもあるが、確実なものが一つある。それは邪だ」
「……」
「はっはっは、安心するが良い。夜過神のような邪ではない」
「……」
「それは自分で考えることだ。さて…もう我が何者かわかるな」
「……」
「そうだ、我の名は須佐之男、天照を姉、月詠を兄に持つ怒りと破壊の神よ!はっはっは!」
須佐之男は思い出したかのように手を打ってパンッと鳴らす。
すると、先ほど宝玉を潰され灰になった人骨二体が再び現れ、今度は跪いている。
「そなたら二人、長年の勤めご苦労であった。わが剣を取り出してくれぬか」
そう言われた人骨は、木箱の蓋を開ける。そこには眩しく輝く一本の太刀が収められていた。
人骨がその剣を取り出し、須佐之男に差し出す。
「おお、何百年ぶりに見たか…わが天十握剣よ」
天十握剣を握った須佐之男は、懐かしそうに刀身を見つめる。
「長年、我が剣を守ってくれて大義であった。そなた達二人の役目は今をもって終わりじゃ。黄泉へ向かうか?それともここで暮らすか?」
「…」
「そうか、わかった。では我が責任を持って、黄泉へと導こう」
手を合わせ、何かの祈りを捧げる須佐之男。しばらくして、人骨は光の粉へと変化し、天へ昇っていった。
「あの者たちは、数百年前…千年前か…その頃より我に仕えていた人間の戦士じゃ。世界が分断され、我らがいなくなった後も、この場で剣を守ってくれていたのよ…感謝の言葉しかない」
剣を仕舞っていた木箱を見つめながら、須佐之男は嬉しそうに話した。
そして天十握剣に目を移し、少し考えた後に頷いた。
「もうこの剣もお役目御免だ。悠真よ、少し痛いが我慢せい」
「……」
突然上着を脱ぎ、上半身をさらした悠真の胸に、須佐之男は天十握剣を突き刺した。
コンは慌てて須佐之男が宿ったままの悠真に駆け寄る。
「安心せい狐よ。姉者の魂の子に危害は加えぬ」
「きゅうぅ…」
突き刺さった天十握剣はだんだんと吸収され、体の中に消えた。それはフェルナ国で体に宝玉が吸い込まれたのと同じ現象だった。
「この剣は、我がヤマタノオロチを退治した折に使った剣だ。今お前の体に取り込まれ、その力は残響を通して天霞に宿る」
須佐之男は天霞を握り、前に突き出し、悠真の体に流れる残響を通した。
すると光と共に、天霞の刀身が朱色に染まった。
「我の守護たる宝玉、お前たちが言う神霊石は朱だ。朱の神霊石の守護者は姉者ではなく我だ」
「……」
「そう、姉者は全てを染めることができる無。無は始まりであって終わりでもある…最高神たる所以よの」
「だから悠真よ、お前が姉者の魂を持っていても、宝玉の守護者は我だ。よってお前に加護を授ける」
「……」
「良い、気にするな。我も何かしないと姉者にきつく怒られるからの…」
「……」
「そうよの…女とは、なぜああもわがままなのか…」
「……」
「そうか…お前も大変だな。姉者の魂だ、きっと同じような者だろう…お互い辛いな…」
ゴンッ!
「痛っ…悠真よ…これ以上はやめておこう。姉者が見ているようだ」
「……」
「そろそろ戻るとするか。悠真、邪を忘れるな。勘違いもするな…」
「……」
「お前は夜過神のような邪にはならぬ。それに我のことはいつでも呼ぶが良い。月詠の兄者のように引きこもってはおらぬゆえ、いつでも力を貸してやるぞ」
ゴンッ!
「…兄者も見ているのか…いやらしい奴らめ」
「……」
「なんだ?永遠に寒き山?封印?」
「……」
「そんな場所は自分で探せ。夜過神はもう現れているのだ、封印はすでに解かれたのだ」
「……」
「さぁ、戻るぞ悠真…なんだ?まだ何かあるのか?」
「……」
「なぜ泉の中に祠があるのかだと?それは…あれだ…我が姉者の鏡を割ってしまってだな…お仕置きとして沈められていたのだ…」
「……」
「なんだ!お前は神を馬鹿にするのか!?まぁ、お前たちが現れるまでそこに居ろと怒られてな…今日こうして出られたわけだ」
「……」
「ええぃ!もうお前はうるさい!我は海を作れと父上から使命を受けているのだ!早くしないと…もう五百年遅れだ…ではな」
悠真の体から光が昇り、須佐之男は戻った。本人の気配を感じたコンが飛びつき顔を舐めてくる。
神の力を生身の人間の体で行使したおかげで、悠真は身体中に激痛が走っていた。
泉まで戻り水を飲んで、ある程度回復した所で外へ向かう。
「悠真殿!よかった…無事だったか!」
「…今何時だ?」
「もう十一時半を回った所だ!よかったよ、無事に戻ってきて」
「そうか…ありがとう。すまないが送ってくれ」
「あぁ、もちろんだとも!」
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
やっと公務が終わり、春も急いで帰ったのだが
悠真が帰ってこないと大騒ぎで城に戻ってきた。
どこへいったのだいったい。
なぜ置き手紙の一つでもしていかないのか
春に怒られるのがわかっているだろうに
困ったやつだ…
まさか!怒られるのがいいのか!?




