第七十六話 次の目的地は
「いよいよヤバくなってきたな」
「人と区別がつかない穢人など、どうやって対処すれば良いのだ…」
「わかっているのは痣と…顔まで隠した黒ずくめの怪しい奴らってことだな」
「にしても、ユズハの神薬調律はすごい力だな」
「でも…魂まで救うことまではできないわ…」
「仕方ない、俺やメティが相手しても、浄化することしかできないさ」
穢人が暴れ、ぐちゃぐちゃになった宿の食堂に、客達が戻ってきた。
従業員は散らかった料理や割れた食器などを片付け始め、客たちは倒れた机や椅子を戻すのを手伝っている。
「助けていただき、ありがとうございました」
「いや、これが我々の勤めだ。気にするな。壊れてしまった食器なども、国に申請すれば補償してもらえるぞ」
「はい、そうさせて頂きます…何分被害が大きいので…」
「ところで店主、さっきの黒ずくめの男達を今まで見かけたことはあるか?」
「いえ、まったく。あのような格好であれば、自ずと目がいくものですし…」
店主の言うことはもっともだった。
悠真達は少しばかり片付けを手伝い、休むことにした。
「ついたらすぐにセイラ様のところだね」
「そうだな、お姉様も待ち構えているはずだ」
「ポピン、親父さんたちに挨拶しなくてよかったのか?」
「いいにょ、どうせまた来るんだし構わないにょ」
「おもしろいお爺ちゃんだったね」
「うん、じいちゃんは面白くてすごい人にょ!」
「いや、お前の両親も大概だぞ…」
「じいちゃんが一番にょ…あぁ!お土産渡すの忘れたにょ!」
アストレア号は快調に速度を上げてアルスティア城の駐機場に着陸しようとしているが、そこに見えたのは、騎士に囲まれて待ち構えているセイラの姿だった。
アストレア号のドアが開くや否や駆け寄ってきたセイラに、先頭で外に出た悠真は一礼をした。
「悠真、お疲れ様です。すぐにお話を伺いたいのですがかまいませんかしら?」
「もちろんです、すぐに参ります」
いつもの会議室には、国王をはじめ、騎士団長や高官たちがすでに着席していた。
侍女が入れてくれた紅茶に手をつける間もなく、セイラと騎士団長の質問攻めが始まり受け答えする悠真たち。
気がつけば三時間が経とうとしていた。
「なんと言うことでしょう…人の姿の穢人…」
「第三廃坑で痣ができた研究員も同じと言うことか…」
「騎士団長殿、あの研究員は亡くなったと聞いたのですが」
「そうだメティ。先週末にな、治癒院長達の前で霧になって消滅したらしい」
「残念にょ…一緒に頑張ってきた人だったにょ…」
「ともかくセイラ様、今回のエリーテレルでの一件は異常です。祠などの捜索にまわっている騎士団の捜索人員を、あまり人目につかない聖域のような場所に割り当ててください。でも祠や巡礼碑も必ず探すようにしてください。」
「わかりましたわ、騎士団長も宜しいわね」
「かしこまりました」
(君たちは必死で祠やら巡礼碑を探しているようだけど)
夜過神の言葉を思い出しながら、悠真は気が抜けない状況にあることを理解していた。
それは既にヴォルテクス・レゾナのメンバーには伝えてあることだった。
「あいつはどこからか、我々の行動を見ています…」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあ私は研究室にこもるにょ!ご飯だけ食べにいくからよろしくにょ!」
「はいはい、無理しちゃダメだよポピン」
「わかってるにょ!でも今は無理する時かもにょ!」
「私も薬局に戻ってお店見ながら研究室に入るね」
「何を研究するんだ?」
「それは…痩せ薬…」
「ユズハまでそんなことで本気にならないでくれ…」
「いいではないか悠真!是非とも開発してほしいぞ!」
「楽しみぃ!」
「にょん!」
女性陣はユズハの背中を仲良く摩り、期待を込めて薬局前まで送り、ポピンも地下へ降りて行った。
「悠真、俺は皇国へ戻って護符もらってくるわ」
「どうせなら二十束ぐらい貰ってこいよな」
「準備してくれたらな。皇国への便はもう毎日あるんだよな?」
「あぁ、先週から毎日発着になっているはずだ。正午の出発だったと思うが」
「んじゃ明日戻って二十束頼んでみて、長くても一週間ぐらいで帰ってくるわ」
「わかった、気をつけてな」
家の四階にある共同居間には悠真とメティラが向かい合って座り、厨房で春がお茶を入れている。
「ではお茶を飲んだら、私も城へ戻るとしよう」
「明日からはしばらく公務でしょ?頑張ってね」
「忙しいな、お姫様は」
「…春、明日は一緒に公務だぞ?」
「な…何をおっしゃっているのやら…」
「明日はお姉様と一緒に議会の定例会議に出席ではないか」
「…記憶にございません」
「ダメだぞ、明日は執事が迎えにくるから、ちゃんと起きているのだぞ」
「……はい」
一気にやる気の失せた春は、大きなため息をつきながらフラフラと食器を片付けに厨房に行く。
その後ろ姿を見つめながら、悠真は自分もその議会とやらに出席しろと言われないことを願っていた。
二人は三階にある自分たちの家に戻り、夕食を何にするか夫婦会議を行った後、春のわがまま…いや、甘えん坊が始まった。
「ああぁ、嫌だ嫌だ。せっかく帰ってきたのに…お休みなし!?」
「そうだな、しんどいな」
「本当に思ってる?悠真は明日休みみたいなもんだよね!?」
「ま、まぁそうだな…」
「ううぅ…私だけ……抱っこ…」
「…」
「抱っこ!」
「はい」
膝の上に春を乗せ、後ろから抱き締めるのが拗ねた春を慰める昔からの方法だ。
回された逞ましい腕に顔を乗せ、膨れっ面の春がブーブー文句を言っているが、悠真は聞くだけしかできない。
なぜなら余計なことを言うと、身の危険を感じなければならないからだ。
しかし聞くだけでなく、ある程度返さなければいけないのも難しい。これは春が五歳の頃から続く二人の駆け引きだった。
文句を言うだけ言って大人しくなった春がつぶやいた。
「どうなっちゃうんだろうね、この世は…」
「…」
「本当に、私達で夜過神やっつけれるのかな…」
「きっと大丈夫さ」
「ほんと?…もし悠真が大怪我をして起きてこなかったり…私がそうなったり…功やメティ、ポピンもユズハも…」
余計に不安を煽るようなことを言えるわけもなく、話を逸らすために悠真は一大決心をした。
ぎゅゅう…
「ところでちょっとは腹の肉減ったか?」
「……」
「あ、微妙〜に減ってるかもな!」
「……」
「今日は野菜だけにするか?」
「……」
「それか豆腐だ――」
ドコッ!バキッ!
「ぐふぅ…」
「ば〜か!コン、トウ!こんな失礼なやつはほっといて、ご飯作りに行くよ!」
「きゅ!」
「くぅ!」
立ち上がった春は、鳩尾と顎に現象術【怒】を久々に受けて、ソファに伸びている悠真の頬に口付けをした。
そして神獣二匹を引き連れ、厨房に向かう春。
「ありがとね悠真、新しい包丁で美味しい晩ごはん作ってくる!」
悠真はソファに埋まったまま、手を挙げて応えることしかできなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
予定通り、朝から迎えが来た。
城へ向かう春を見送った悠真は何をするか考えたが、気がつけば何もせずに昼になってしまったので、さすがにダメだと外へ出る。
久しぶりにシーカーズ本部にでも行くかと、大通りへ出たところでガンツが仁王立ちで立っていた。
「ガンツさん何してるんです?今から本部へ行こうかと」
「おぉ、そいつは好都合だ。俺も悠真に用があって向かってたら、お前が見えたからここで待ってたのさ」
「あはは…ガンツさんが仁王立ちで立ってると、街の皆が怖がってますよ」
「はっはっは!失礼なやつだ!まぁ、用事は本部で話そうか」
「面倒臭い用事じゃないですよね…」
「まぁ、楽しみにしてな!それで、エリーテレルはどうだった?」
シーカーズ本部までの道中で、悠真から黒カブト草、穢人や邪の紋章の話など、大まかに聞いたガンツは頭を掻いていた。
「そりゃ難儀なことだな…人の姿のままかよ」
「ともかく、黒ずくめの男達には気をつけてください」
「わかった、こっちでも情報を集めるよう手配しておく」
シーカーズ本部の本部長室に座った悠真は、ガンツから一枚の傷んだ紙を見せられる。
今にも破れてしまいそうなほど傷んだ紙は所々消えかけてはいるが、読める部分は明らかに悠真達に関係するものだった。
――封印は永遠に寒き山々。
山々の鍵が壊れる時。
封印は解かれる。
黒き霧が現れし時。
人々は消滅の慈悲を受けることになる。
すなわち災い。――
「これは…」
「まさしく穢人のことだよな。これはアルスティアとエリーテレルの国境の山脈の洞窟から見つかったんだ」
「国境の洞窟…」
「洞窟調査に向かったシーカーが、その洞窟の中で見つけた木箱の中に残っていたんだと」
「この紙切れだけがですか?」
「あぁ、そうらしい。それでな、悠真お前が行ってきてくれないか?」
「…そうですね、行く価値はありそうですね」
「そのシーカーが言うには、危険はなかったらしい。せいぜい虫がいるぐらいだと言っている」
「わかりました、場所を教えてください」
ガンツに詳しい場所を聞いた悠真は、忙しい皆を呼ぶほどではないと判断し、一人で向かうことにした。
その洞窟はエリーテレル側から入るらしく、再びテレルシアへ向かうことになる。レグナントは運転手付きでガンツが準備をしてくれた。
船に揺られる一時間ほどの間、洞窟内の地図を見ながら経路を決める悠真だった。
「さぁ、何が出るのか…」
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
やっぱりドレスは私には合わない
なのに春は可憐に着こなしている
何においても、春は最強だ
しかし議会の定例会議はなぜこんなにも退屈なのだ
あくびを我慢するのが大変だ…




