第七十五話 閃き
元に戻った丘を後にして、悠真達はスティーシアの街を見物していた。
聞こえてくるのは、活気ある民達の声と金属を叩く音。
数十軒が並んだ商店街には、調理器具から騎士団が扱うような武器まで、あらゆる金属製品が売られていた。
「あ!この包丁素敵!重さもちょうどいい!」
「お、お姉さんおめが高いねぇ!今流行りの飾りを施した、うちの新作なんだよ!」
「へぇ…欲しいなぁ…でももうちょっとオマケしてくれない?」
「はっはっは!若いのにしっかりしてるね!いいよ!」
春は、自分好みの包丁を手に入れて大喜びだ。
侍女にとって包丁は武器の一つ、きっとメティラが銀針セレネスを手にした時と同じ感覚なのだろう。
「これでもっと美味しいご飯作ってあげるからね、悠真!」
他にもコップやら食器やらを買い込んだ春は、荷物を全て悠真に持たせ、今度は何かを頬張っていた。
呆れている悠真をよそに、女性四人は全ての店を回って楽しんでいた。
「大変だな旦那ってのも」
「功、お前もそろそろ結婚考えたらどうだ?」
「…俺の方が絶対早く結婚すると思ってたんだけどなぁ」
「俺もそう思ってたよ…」
男二人が大きなため息をついた時、ポピンが足を止めたのは一軒の鍛冶工房だった。
店舗のすぐ横で、屈強な男達が作業をしているのをポピンが見つめている。
「どうしたのだポピン?」
「何かいい物見つけたのぉ?」
ポピンが見つめる先には、色々な粉を混ぜている男がいた。
鉄の粉と色のついた粉を混ぜ、何かの型に詰めている。
「ポピン?ひょっとしてあの男の人に一目惚れ?」
「ち!違うにょ!あれは何をやっているのか気になったにょ…」
「何って、鉄粉を型に詰めて焼くんじゃねぇのか?」
「わかってるにょ…でもあの型って、そこに売っているガラスのコップに似てるにょ…」
「確かにそうだな、でもそれがどうしたのだ?」
「あれは鉄粉のはずにょ…なのになぜガラスになってるにょ?」
気になったら止まらないのが研究者である。
ポピンの足は勝手に鍛冶工房の中へ進んでいた。
「おい!危ねぇから入ってきちゃだめだ!」
「にょ…」
「すまない…少し話を聞かせてくれないか?」
メティラはこの工房の親方らしいその男に声をかけた。
ポピンは子供のように、メティラの後ろに隠れて覗いている。
「聞きたいこと?別に構わないが…あんたら軍の人か?」
「あぁ、ヴォルテクス・レゾナだ」
「ヴォルテクス・レゾナ……てこたぁ、ジェポル様の孫で、もう一人の天機師様もその一員だっていう…」
「そうだ、まさにこの方が天機師ポピン・オスリア様だ」
メティラの後ろに隠れたままの、まだあどけなさが残るポピンが天機師と知った男達は驚いている。
男達は慌てて被っていた帽子を脱ぎ、ポピンに一礼をした。
「これは知らずといえど、とんだご無礼を…ここの鍛冶工房を開いているリックスと申します」
「すまない突然、リックス殿にポピンが聞きたいことがあるようなのだ。さぁ、ポピン」
「にょ…忙しいところ申し訳ないにょ」
「いえ、とんでもない。で、どのようなことで?」
「その白や赤、色がいっぱいあるのは鉄粉にょ?」
「そうです、基本の鉄粉に色鉄粉を混ぜて型焼きするんです」
リックスはポピンを型入れの作業台へ案内して説明する。
そこには赤や黄色など、数種類の色鉄粉があった。
リックスはそこで作業していた男に指示を出し、別の袋を持って来させた。
「例えば赤鉄粉、これは赤鉄鉱です。これを普通の鉄粉と混ぜて焼くと、赤いガラス状へ変化するのです」
「…原理は?」
「残念ながらわかっていません。偶然できた代物でして…」
「同じ鉱物なのに、混ぜたら違うものに…他にも試したにょ?」
「えぇ、ですが色の違いが出るだけでした。赤鉄鉱を混ぜると赤っぽい仕上がり、藍銅鉱を混ぜると青みが出る」
「赤鉄鉱と藍銅鉱を混ぜるとどうなるにょ!?」
「それが何も起こりません。ただの鉄の塊です」
「……」
「しかし、そこに普通の鉄粉を混ぜると、ガラス状に変化するのです」
「普通の鉄粉……全てに普通の鉄粉が混ざっていないとダメってことにょ!?」
「えぇ、今まで試した物についてはそうでした」
ポピンの思考が始まったらしく、目を見開いたまま動かなくなった。
動き出すまで皆が間を繋いでいた。
「でも不思議、鉄でしょ?なんでガラスみたいになるんだろ」
「世の中にゃ、誰も信じねぇ不思議なことばかりだよ。お前もその一人じゃねぇか」
光に包まれ、服装まで変わってしまう春も、確かに不思議の一つだ。
なにより、護符に言霊を唱えることで炎や雷が発せられること自体が不思議なことだ。
確かに…とでも言うように、春は頷いていた。
十分ほどたつが、未だ思考中のポピンは一言も喋らない。
そこに、見習い鍛冶師が、ガラス状のコップにお茶を入れて持ってきてくれた。
「綺麗〜、鉄からできたとは思えないね」
「ほんとねぇ、キラキラ光ってるし」
「ほんとだな。所々に空洞ができてるんだな、それもまた模様みたいで綺麗だ」
「今なんて言ったにょ!?」
突然ポピンが悠真を見て声をあげた。
びっくりしてコップを落としそうになった悠真は、少し溢れたお茶を拭きながらポピンを見た。
「空洞が模様みたいで綺麗だな…と言ったな」
「空洞……リックスさん!これは何度ぐらいで焼いてるにょ?」
「1200℃ほどですね」
「……蒼の人工神霊石より低温にょ」
ポピンはまた考え出したが、今度はすぐに答えが出たようだ。悠真を見るその顔は、研究者の顔だった。
悠真は察して頷く。
「リックスさん、どうもありがとうにょ!おかげでこの世界を救うのに一歩近づくかもにょ!」
「い…いえ…世界?救う?」
「気にしないでくれリックス殿。ポピンは妄想中だ」
「そうですか…」
工房を出た頃にはすっかり日も落ちていた。
宿に戻った悠真達は、ポピンがお礼にと買い込んだガラス状のコップを、アストレア号に積み込んでから夕食を取ることにした。
「明日アルスティアに戻るにょ!試したいことがあるにょ!」
「わかった、何か閃いたんだな」
「うん、どうなるかわからないけど、もし仮説が正しければ色々繋がるところもあるにょ!」
「わかった、期待してるぞ」
つい数時間前、歩いている間ずっとモゴモゴと口の中に何か入っていた春。
夕食はボアのステーキを注文して、これまた美味しそうに食べている。
「痩せ薬がどうとか言っていたのはなんだったんだ?」
「なんのこと?」
「春ちゃんが羨ましいよ、なんだかんだで見た目変わってないんだから」
「いや、そんなことないぞユズハ」
悠真は春のお腹の肉をつまみながら言った。
ゴッッ!
春の裏拳を鼻頭にまともに受けた悠真は、仰け反ったまま動けない。
メティラとポピン、ユズハは苦笑いしながら、お互いのお腹の肉をつまんで確認する。
明らかに数ヶ月前と違うつまみ具合に、また苦笑いをしていた。
ドンッ!
宿のドアが勢いよく開き、フードを被った真っ黒な外套姿の男が入ってきた。
男達は悠真達を見つけると、邪魔だとばかりに他の客がいる机などをどかしながら向かってくる。
「きゃーっ!」
悲鳴とともに、机の料理や飲み物が床に散乱する。
悠真はメティラに目を合わせ、お互い頷き、肘で功の脇腹を突いた。
「わかってるよ」
男達が間合いに入った瞬間、メティラは鞘のまま銀針セレネスを男に叩き込み、そのまま後ろへ飛び上がる。
他の客達を誘導するためにその場から離れたのだった。
「みんな、こっちへ避難してくれ!」
「さて、どちら様ですかね?」
悠真も鞘のまま天照を構え、男達を制圧していく。
功は春達に結界をすぐさま張り、応戦した。
「お前達は邪魔なんだ…」
「夜過様の敵は始末する…」
その姿から想像はしていたが、その言葉で悠真は舌打ちをした。
「夜過神…いよいよ襲ってきたか…」
「どうするんだ悠真、こいつら強くはないがしつこいぞ」
「わかってるんだが…」
客らを避難させたメティラも戻った。
男達は、口から少しばかりの黒い霧を、息と共に吐き出している。
「祓うか?」
「それしかないよな…もう人間ではないよな…」
「残念だが、そうするしかあるまい…」
「悠真、少し試したいことがあるの」
そう言って横に並んだのはユズハだった。
「ユズハ、試すって…危険じゃないのか?」
「うん…もうこの人たちは人間には戻れないんだよね」
「あぁ、かなり穢人化が進んでいるようだ。口から霧が漏れてるだろ」
「この人たちも痣が見える…なら黒カブトの影響があるってこと…それを変えるの」
「前に女の子を助けた時の技か…」
「そう…でも今回は、その後どうなるのかはわからない」
「わかった…功、縛で男を縛ってくれ」
「わかった」
――神々の残響よ
我が手となりて悪霊を捕らえたまえ――
神響術【縛】
光の手によって身動きが取れなくなった男達に、ユズハが手を向けて目を閉じる。
――神薬調律 【和】――
ユズハの言葉と共に、身体中が震えだす男達はフードがずり落ち、顎のあたりまでびっしりと黒い痣が見えた。
そして目を見開き、眼球が震え、やがて黒目がなくなり、口から泡を吹き出した。
だんだんと痣が薄れて消えていくと、男達に変化は起きた。
「ぐぁぁ!!暑い…体が暑いっ!!」
口から吹いていた泡は、叫びとともに黒い霧に変わった。
やがて身体中が霧に覆われ、服だけを残して消え去ったのだった。
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
ポピンが何か閃いたようだ
きっと神霊石のことだろうが、一歩前へ進めるならなんでもいい。
夜の襲撃だが…とうとう穢人が人の姿で襲ってきた。
これは大変なことだ。
お姉様にも報告しないと。




