第七十四話 非道な策略
「ともかく丘の天辺に行こうか」
「絶対に触れないでね」
警備員にアルスティアとヴォルテクス・レゾナの紋章を見せると、すぐに立ち入りの許可が下りた。
十五分ほど登ると天辺に到着した。そしてそこにあったのは真っ黒な絨毯のように敷き詰められた黒カブト草。
丘の天辺は少しくぼみになっていて、木道からは見えない。
もしこの真っ黒な絨毯が見えていたら、必ず誰かが確認しに登っていたはず。何も知らないまま触れてしまい、猛毒によって即死していただろう。
わずかに見えていた数十株の黒カブト草から危険を察知したユズハは、間違いなく優秀な薬草学者だ。
「……」
「そう、わかったっ。ありがとう」
ユズハの指示により地中を探索していたチャコが鼻をヒクヒクさせている。
「どうやらそこまで根が伸びていないようだわ。ちょっと安心した」
「しかし、これだけの数…考えただけで恐ろしいな…」
「メティ…ここにある黒カブト草で、共和国三百万人を死に追いやるわ…」
「なっ…共和国が全滅する量なのかっ!」
「なんてこった…こんな物早く処分しちまおうぜ!」
「どうするんだ?刈ることもできないだろ?」
「…燃やすしかないと思う」
「なら早速準備だ」
ポピンと春は急いで警備員のところへ向かう。
もしものことを考え、観光客が立ち入らないように封鎖してもらうためだ。
こんな時も紋章は効果絶大だった。共和国のトップに立つアルスティアの紋章は、それほどまでに強い権威を持っている。
三十分程で、木道にいた観光客もチーズ焼きのおばさんも退避し終えた。
功は丘全体と天辺に、それぞれ結界を張る。
「いいぞ!」
「メティ、一気に焼き尽くそうか」
「あぁ、こんな物早く処分してしまおう!」
神響術【焔】とメティの【|イグニス・ヴォルテクス《火炎斬》】によって丘は真っ赤な炎に包まれる。
多くの観光客は、炎に包まれた丘の天辺で何か事件が起こったのかと、立ち去らずに木道の入り口から見ている。
ポピンと春は警備員に協力を仰ぎ、丘の天辺の野焼きを急遽することになったと、なんとも行き当たりばったりな嘘をついていた。
悠真は灰になっていく黒カブト草を見ながら、誰がこれを植えたのか考えようとしたが、そんな事をするのは一人だけだとすぐに結論に至る。
「夜過神…」
「二人とも!もう大丈夫だと思う!」
全て焼き尽くされ、むき出しになった茶色い地面と、その上に残る黒カブト草の灰。
そして…中央には、そこにあるはずのないものが埋まっていた。
「あれ…黒曜石じゃないか…」
「見た目はそのようだな…」
ポピンを呼び戻し、神との繋がりの力によって黒曜石だと確定した。
なぜここに黒曜石があるのか…これで一つの答えが出たのだった。
「黒曜石に猛毒を吸わせていたのか?」
「おい、まさか黒い神霊石の素ってこたぁないよな!?」
「いや…ありえるぞ」
「じゃぁやっぱりこんな事をしたのは奴にょ?」
「……」
悠真は空に向かって叫んだ。
「おい夜過神!どうせ見ているんだろっ!お前がやったんだな!?」
「悠真!あんな奴に声かけてどうすんだよっ!」
悠真の言葉は正解だった。瞬く間に空が黒い霧で覆われていく。
そしていつもの禍々しい姿が現れた。
(そうだよ 天照の子 僕がやったのさ)
「一体何をするつもりだ!黒の神霊石を作るつもりかっ!」
(おやおや わかっているじゃないか その通りだよ その黒曜石がそうだよ でも残念ながら吸収前に見つけられてしまったね)
悠真の想像通り、黒カブト草の猛毒を黒曜石に吸収させていたことを認める夜過神。
ポピンたちはいつもと変わらず、その禍々しさに震えている。
大きく、真っ赤な口を開いて、笑っているように見える夜過神。
「あの気持ちの悪い紋章も、お前の仕業だな!?」
(紋章 あぁ 邪の紋章かい あれは僕の眷属になったものに与えているのさ)
「眷属…それはお前が勝手に眷属にしたんだろ!人はお前の眷属になどなりたいものかっ!」
(ひどいな 太陽の子 でもその通りだよ だから霧を吸い込ませてあげたんだよ)
「なんて野郎だ…」
「あぁ…神という名が付くことすら許されぬ…」
メティラと功は恐ろしく巨大な圧を感じながら夜過神を睨み、その非道に吐き気がしていた。
悠真はなんとか情報を引き出そうと話を続ける。
「なぜ猛毒が必要なんだ?霧を吸わせれば済む話じゃないのか!?」
(そうだね でもそれだとすぐ霧になってしまう 君たちの言う穢人にね だから毒を混ぜるのさ)
「毒を混ぜる?」
(猛毒で霧を抑える すると人のまま 誰も気づかないからね)
「なんだって!おいおい、それじゃぁ普通に生活しているやつの中に眷属がいるってことになるじゃねぇか!」
(正解だよ 猿田彦の子… 君たちは必死で祠やら巡礼碑を探しているようだけど もう始まっているのさ)
「何が始まっているんだ!?」
(消滅の慈悲さ… せいぜい頑張ることだ 今日は話しすぎたね)
「待て!!貴様は一体!」
(その黒曜石はあげるよ ただの黒曜石だからね 君たちのせいでもう使い物にならない)
夜過神は渦を巻き空高くへ昇りながら再び大きな赤い口を開けた。
白い目は細くなり、バカにしているように笑っていた。
(あの日消滅の慈悲を免れて 人は過ごせたんだ これからじっくり消滅の慈悲を与えてあげるよ)
禍々しい気配が消えた後、皆はその場に座り込んだ。
夜過神は気前よく話をしてくれたものだと、悠真は大きく深呼吸した。
「まずはこの丘を片付けてしまおう」
「そうだな…安全を確かめよう」
「あのでっかい黒曜石どうするってんだ?俺たちで運べるような大きさじゃねぇぞ」
「レグナントで運ぶにょ」
「あ、そうだな。その手があるなっ!でもレグナント乗ってきてないぞ」
「功…レグナントはそこら中に飛んでるにょ。借りたらいいにょ」
「…そうだな」
「でもどこへ持っていくの?」
春の質問に黙り込んでしまう。
手っ取り早いのはフェルナ国の火山帯だが、夜過神が言った、ただの黒曜石という言葉を信じていいのかが疑問だった。
「とりあえず、神との繋がりで見てみたらどうだ?」
「さっきも見たにょ、ただの黒曜石だったにょ」
「なら大丈夫じゃねぇのか?」
「そうかもだけど、もしもの事があったらダメにょ!」
「ポピンの言う通りだ。これがもし猛毒を吹き出したりしたら大変なことになる」
ポピンは困りながらも黒曜石の近くへ進み、恐る恐る触ってみた。
特に問題はなく、ただ冷たくて、巨大で黒光りしている石だった。
「黒曜石…火山帯…溶岩…溶岩が冷えて固まって黒曜石…溶岩……」
ポピンが触れている部分が、段々赤くなる。
触れている手は左手だった。
「な!なんか変にょ!」
「それ…溶けてるじゃねぇか!」
「神の奇跡が発動したにょ…」
「ポピン!こんな所で溶岩なんかに戻すな!」
悠真は慌てて触れている左手を持って引っ張った。
黒曜石は途端に溶けるのをやめ、流れそうになった形のまま固まった。
「……そうにょ!ここは鍛冶の街にょ!溶鉱炉で溶かせばいいにょ!」
「いい案だ!」
早速ポピンと功は、警備員のレグナントに黒曜石をくくり付け引っ張ってもらう。
ボコっと音を立てながら姿を現したのは、ゆうに3メートルはあるであろう黒曜石だった。
想像よりはるかに大きな黒曜石を見たメティラは、これが黒の神霊石になっていたら、また多くの穢人が発生したのかと考えていた。
そのまま吊り上げられた黒曜石は、街で一番大きな鍛冶場の溶鉱炉に運ばれ、ドロドロに溶かされた。
そして再び固まり、火山岩へと姿を変えて、国家技師団研究所へ送られることとなった。
「じゃぁ今度は私たちの番ね…チャコおねがいできる?」
「……」
「何をするんだ?」
「まぁ見てて」
鼻をヒクヒクさせたチャコは土に潜った。
土の表面が盛り上がり、チャコが通っている場所を示している。
チャコは渦巻き状に地中を耕し、さらに段々と深く潜っているようだ。それを何度も繰り返していた。
「チャコは何をしているの?」
「今は土を掘り起こして、黒カブト草の根が残っていないか調べてくれているの」
「へぇ!すごいねチャコ!」
「そうでしょ、私もチャコから聞いてびっくりよ」
ボコッ!
中央からチャコが飛び上がり、ユズハを見て鼻をヒクヒクさせた。
頷いたユズハはチャコがいる丘の天辺の中央へ向かう。
「今回は呪われていないから、春ちゃんの力はなくても大丈夫そう」
ユズハは目を閉じ土に手を置いて呟いた。
――さぁ、猛毒草に奪われた大地は取り返しました。
貴方達の力で新たな芽を生みましょう。
大地の神々に貴方達の力を見せるのです――
生命萌芽
周りの草たちがその言葉に反応し、勢いよく根が伸びる。
そして次から次へと新たな芽が大地から伸び、剥き出しの地面は緑あふれる天辺に戻った。
「いつ見ても信じられない現象だ」
「ほんとだねぇ…」
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
悠真の想像通り、黒カブト草の犯人は夜過神だった
侵食された丘の上も、ユズハの奇跡の力で蘇った
きっと他にもあるのだろう…
夜過神…必ずこの手で葬る!




