第七十二話 春は今日も元気です
昼前から夜まで、飲み明かした次の日の朝。
悠真は二日酔いで頭が痛かった。
ポピンは昨晩も実家に泊まり、悠真達は宿に泊まっていた。
「ユズハさん、二日酔いの薬あったりするのかな?」
「そう言ってくるだろうと思って用意してるわよぉ」
さすがヴォルテクス・レゾナの最年長である。
誰よりも優しく、気が利いて、お淑やかな女性だった。
「ありがとうユズハ、この優しさを春にも教えてやってほしいよ…」
「ふふふ…そんなことはないよ、春ちゃんも十分優しいよぉ。ねぇ、春ちゃん」
「えぇ、私も優しいですとも!」
悠真は一瞬で血の気が引いた。
「春ちゃん…いつの間に後ろに…」
「悠真の後ろにずっといましたけども?」
「なぜ気配を消しているのでしょうか…」
「さぁ…」
「頭痛いんだって?優しい春ちゃんがマッサージをしてあげようではないか!」
宿中に悠真の悲鳴が響き渡ったのは、言うまでもない。
「あいつら朝から何騒いでんだ?」
「春の恐ろしいほどの残響を感じたのだが…」
「特に何もぉ。朝から元気なだけよ」
悠真の叫び声で起きてきた功とメティラ。
この二人は酒が相当強く、昨日も街の屈強な男達と飲み比べを始め、勝ち残ったのはメティラで、次に功だった。
「おっはよぉぉ〜!」
「おはようポピン。昨晩はちゃんと親孝行できたのか?」
「うん、ちゃんとしたにょ!なんかお姉ちゃんに迷惑かけるなってずっと怒られたけどにょ…」
「そうだ!リルルさんに迷惑をかけちゃダメだぞ!」
「功…お姉ちゃんを狙っているのかもしれないが…もう結婚してるにょ」
「え…」
「ふふふ…残念だったわね功」
「ユズハ違うにょ!また!残念だったにょ!」
「ははは、確かに」
「リルルさん…結婚してたんだ…ハァッ」
「まぁそう気を落とすな功、女性はまだまだいるのだから、きっと良き相手が見つかるさ!多分な」
メティラのフォローも聞くことなく、リルルが既婚者だと知り一気にやる気が失せた功は、今日は寝ていると部屋に戻った。
そこへ春と、右頬が真っ赤になった悠真が現れた。
みんな悠真を哀れな目で見つめる。
「な、なんだよ!?」
「いや、何もない」
「頭痛は治った?」
「治ったような…違う痛みが襲ってきたような…」
「ははは…じゃ、じゃぁ街にいくにょ…」
街の北部に位置する商店区画。多くの店が並んではいるが、どれもガラクタを売っているようにしか見えない。
技術開発を主とする労働者が埋めるこの街では、誰もが簡単な装置や道具を作ることができた。
中には、まだ世に知られていない特殊な技術製品もあったりなかったり…
悠真も、屋台広場に並ぶ一軒の店で、奇妙な馬の形をした鉄製の置物を見つけた。
「親父さん、この馬のような置物はなんだい?」
「悠真王子!さすがお目が高い、これはなぁここを…こうやって尻尾を引っ張ると…」
ボンッ!
「とまぁ、こんな感じに爆発させる事ができる置物さ!」
「な…なんのために…」
「もしもの時のお守りさ!家に泥棒でも入った時にゃ、こいつで吹き飛ばしてやればいいのさ!」
「もうそれなら作ったにょ!」
「んだよぉ…ポピンに作られちゃ勝てっこねぇや」
盛り上がる二人。
悠真は今のうちにとその場を後にした。
「うわぁ!あの丸いの何かなユズハッ!?」
「なんだろうね、すっごく甘い匂い…」
「あれ食べよ!ちょっと待っててね。悠真ぁ!お金ぇ!」
相変わらず自分の財布は持たず、全て悠真に奢らせる春。
今は夫婦であるがゆえ、どちらの財布を使っても家計としては同じなのだが。
「わぁ!ふわふわで甘くて柔らかい!」
「美味しいねぇ!」
「あ!春達何食べてるにょ!?」
「美味しいよ、ポピンも食べる?」
「これはエルシア名物コナテラ焼きにょ!」
メティラもそこに加わり、女子四人の食べ歩きが始まった。
そして瑞璃家の狛狐像の左側であるコンはいつものように悠真の頭に乗り、なぜか白梟のウルもメティラではなく、悠真の肩に止まっていた。
コンと同じく狛狐像の右側であるトウと白兎のセス、白蛇のはくは春達と一緒に食べている。
「どうした?一緒に行かないのか?」
「きゅ。きゅきゅう」
「ピィ」
「あ、そうなの!?あいつら…あの子達は女性だったんだ…」
「ピィ…」
「コン、ウルはなんて言ってるんだ?」
「きゅ。きゅきゅきゅっきゅ」
「相手してられないってか!?まったくだなウル!」
「ピッ!」
今のところ、コナテラ焼きとあんこ焼き、パリパリ大判煎餅ともろこし焼きを食したのを確認している悠真達。
俺達も何か食べるかと聞くと、もけもけ鳥のもも肉焼きの前でウルが興奮していた。
「ウルわかってるね!もけもけ鳥を選ぶとは!」
「ピッ!ピピッ!」
「コンはそれで良かったのか?」
「きゅきゅっ!」
相変わらず他の食べ物には目もくれず、稲荷揚げを頬張るコンだが、今日の稲荷揚げは特別だった。
売っていたのは、中にひじきや枝豆、人参が入った具沢山だったのだ。
美味しそうに食べるコンの目は輝いていた。
「悠真達、お茶にするから行くよ!」
「はいよー」
散々食べて満足げな女性陣。
しかし、次は何を食べるのか相談しているのはすごい。
「なぁポピン、土モグラの名前は決めたのか?」
「もちろん決めたにょ!メティが…」
「それなら安心だね!」
「どういう事にょ春!」
「だってポピン、名前つけるの下手じゃない!」
「ぬぬ…言い返せないにょ…」
「で、なんて名前なんだ?」
「チャコにょ!私は土瓶がいいって言ったのにチャコにすら却下されたにょ…」
「皆にも見せてやりたかったぞ、土瓶といった途端にチャコが私の所に来て涙ながらに首を振るのだ」
「私には絶対嫌だ!って言ってくるにょ…」
「それで私がチャコってのはどうだ?と聞いたら喜んでくれたのだ」
そのチャコは、あまり光に当たっているのが苦手なので、すぐにポピンの服の中に隠れた。
「くすぐったいにょチャコ!そうだ、チャコ専用の鞄を買うにょ!」
「じゃ早速行こうよ!」
探し物はすぐに見つかった。
とある鞄屋に飾られていた、小さな長方形の革製ポーチ。
「これなら私の鞄の肩紐につけられるにょ!どうチャコ?」
チャコはその鞄の中に入り、居心地を確かめているようだった。
中でゴソゴソ動き、最後に鼻だけ突き出しヒクヒクさせた。
「気に入ったにょ?じゃぁこれにしよう!」
「なんかちっちゃくて可愛いね!トウも何かに入れようかな」
「トウは神霊石になれるんだからいらないだろ?」
「悠真…私は知っているのよ…夜になったらトウが悠真の布団に潜り込んで一緒に寝ているの…」
「くぅ……」
「べ、別にいいじゃねぇか!狐なんだし!」
「コンがいるならまだしも、トウだけ布団の中に潜って悠真に抱かれて寝ているわよね…」
「そ…それは…トウの毛並みが気持ちよくてだな…」
「くうぅ…」
「狐だとしても!トウは女の子よね…」
「あぁ、さっき気づいたってか、コンに教えてもらった…」
「浮気だね…」
「何がっ!?」
「私という可愛くて優しい妻がいながら!他の女と夜な夜な同じ布団で寝るのは浮気以外の何者でもないっ!」
「馬鹿かっ!?狐を人間と同じように見るな!そして優しいってなんだ?」
「ああっ!?」
「な、なんか雲行きが怪しくなってきたにょ…」
「そ、そうね。ちょっと私達は別のお店にでもいきましょうか…」
「そうしよう…」
通行人も何事かとチラチラ見ながら通り過ぎていく中、ポピンとメティラはユズハが見たいと言った小瓶のお店へ逃げ込んだ。
三人はお店の窓越しから、街中で起こっている修羅場を見つめていた。
「今なんてった!?」
「なんでもないです…」
「浮気決定!」
「違う!」
「浮気!」
「違う!」
「浮気!」
「違――」
「浮気!」
「はい…って違うって!?」
「トォォウ…あなたにはこの鞄なんていいんじゃないかなぁ…鉄製で鍵付きだよぉ…」
「く…くぅぅ…」
コツッ
「痛っ!」
突然空から小石が落ちてきて、春の頭に直撃した。
「ほ…ほら、天照様もいい加減にしなさいって怒ってるぞ!」
「…天照様がそう言うなら仕方ない…でも鞄は買おうかな…」
「くぅ…」
「それは鞄じゃなくて金庫だ!生き物を入れるものじゃない!」
「わかった、諦める。その代わり!悠真の布団に潜り込むの禁止!トウわかった!?」
「くぅぅぅ…」
「かわいそうに…いいじゃねぇかよ。なあトウ」
ゴツッ!
「痛って!」
「ほら、天照様もやめておきなさいだって!」
「なんで俺の小石の方が大きいんだよ!」
ゴツッ!
「ご、ごめんなさい。天照様…」
「お、終わったにょ?」
「そのようだな…」
「ユズハ、もう大丈夫にょ……ユズハ?」
「ポピン!メティ見てぇ!この瓶、超滋養強壮薬入れるのにぴったり!」
「あの薬はもういいにょ…」
二日続けて散々食べて、散々飲んだ女性陣。
恐怖はその夜に待っていた。
『ぎゃぁぁぁぁっ!!』
「どうしたんだ!」
「悠真…どうしよう…」
「どうしたんだよっ!穢人かっ!?」
「ち…違う…」
他の女性陣も真っ青な顔で現れた。
「メティ!ポピンもユズハもどうしたんだ!?」
『た…体重が…』
「……」
「どうしよう悠真!体重3キロも増えてる!」
「わ、私は2キロも増えている…」
「にょ…」
「私は…ちょっと増えちゃった…」
「ねぇどうしよう悠真ぁ!?」
「……」
「わ、私はちょっと走ってくる!」
「にょ…」
「痩せ薬の研究しないと…」
「悠真ぁ!!」
「……おやすみ」
「悠真!なんとかしてぇ!」
「できるか!」
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
食べ過ぎだ…
ちょっと最近、気の緩みが出てしまった。
明日からは鍛錬を怠らぬよう頑張らないと。
腹筋の割れ目が薄くなっている…




