第七十一話 イシュメリアと新たな加護
「さて、もう一仕事しないと」
姫巫女の姿のまま、再び神の像の前へ進む春。
足を止めて祈りを捧げたのは、呪いの護符が貼られていたイシュメリアの像だった。
――像に宿し神よ
我が名は天照の子 春
我が名においてお頼みもうす
そなたの声をお聞かせたもう――
神殿は再び沈黙し、皆が春を見つめている。
ジェポルは何が始まるのかと興味津々だった。
「天照の子よ…よくぞ声を掛けてくださいました」
「石凝姥命様でいらっしゃいますか?」
「ええ、そうです。呪いの護符には難儀しました…取り除いてくれて、ありがとうございます」
榊を両手で持ち、礼をする春。
その光景を初めて見るジェポルやルインは不思議だった。春が像に向かって独り言を言っているようにしか見えないからだ。
元神官であり、常に祈りを捧げていたランヌは、何かを悟ったのか悠真に声をかけた。
「今、春さんは何をしているのですか?」
「今はあの像の神様と話をしている所です。神の声は春と、あの神の魂を持つ者にしか聞こえません」
「神様とお話を…そんな事が…」
そして悠真の言う、その神の魂を持つ者が一歩ずつ春の方へ向かった。
「石凝姥命様、あなた様の魂を持つ子がここにおります」
「ええ、ポピンですね。こちらへいらっしゃい、ポピン」
声が聞こえる…やっと自分の魂の神に会えた。
自然と涙が流れてきたポピンは、春に並び像を見る。
「初めましてポピンです。イシュメリア様…」
「あら、何を泣いているの?」
「やっと会えたから…嬉しくって…」
「そう…でも泣いたりしないで…あなたは元気な姿が一番よ」
「はい…」
優しい声はポピンの笑顔を簡単に取り戻した。
元気な姿が一番よ―― その言葉が、ずっと見守ってくれていたかのようで嬉しかったのだ。
「ポピン、色々と悩みがあるのでしょう?」
「はい…何もうまくいかなくて…」
「それは特に神霊石のことですか?」
「はい…」
「大丈夫、間違ってはいませんよ」
ポピンは手を握りしめ、唇をかんだ。
優しい言葉を掛けてくれるイシュメリアに、自分の不甲斐なさが申し訳なかったのだ。
そして俯いたまま、何度も首を大きく横に振った。
「少しでも穢人に対抗するために…騎士団の武器になるためにと神霊石を研究しています…しかし、神様が作ったような物を私が作れるのでしょうか…」
「ポピン、私は知っていますよ。あなたはいつも明るく強気な発言をしていますが、皆の見えないところでは人の何十倍、何百倍と努力をしていることを…」
「だけど…結果が出ないんです…」
「蒼の神霊石を作ったではありませんか」
「あれは偶然で…」
その先を言葉にはできなかった。
何を言っても、言い訳になるとポピンは思ったのだ。
研究者としての甘えた言葉を、イシュメリアに聞かせたくなかった。
「ポピン…大丈夫。あなたはできます。できないと思うのなら、もっと石を調べなさい。何度もやり直しなさい」
「はい…」
「ない物を作るのです。簡単にできてしまったら楽しくないでしょ?」
開発の神の言葉が、なぜか人間臭く感じた。
なぜならそれは研究者の言葉だった。
「もっと楽しみなさい。もっと失敗しなさい。人間はよく言うでしょ、失敗は成功への一歩だと」
「その通りです…」
「あなたには、それをやり遂げる力があります。なんといっても私から生まれた魂を持つのですから」
ポピンは顔を上げ、イシュメリアを見つめた。
「そうですね!頑張ります!」
「そう、その調子ですよ」
像から発せられた光がポピンを包み、左手が痺れた。
「すでに金山彦が素晴らしい加護をくれているから、私からはこれを授けます」
「これは…」
「その左手に触れる物質を還元する事ができます。ただし、あなたが理解している物だけです」
「還元……」
「空気には何が含まれていますか?」
「水蒸気があります」
「そうですね。では水を意識して手をかざして唱えなさい、神触と」
ポピンは左手を前に突き出し、空気中の水蒸気を意識する。
それが左手に集まるのを想像して目を閉じた。
――神触――
ポタッ…ポタッ…
左手に水滴が空気中から滴り落ちてきた。
ごくわずかな量だ。それでも不思議な現象が今起こっている。
「よくできましたね。鉱物は結合を解いて粉に、空気は水に。それから生き物は何もできませんからね」
「はい!」
「すべては無から始まるのですよ、ポピン。無から」
「無…」
「頑張りなさい、私はあなたをずっと見守っています。」
「ありがとうございます!」
「それから…眷属どうしましょうか。もう白蛇さんがいますが…特別ですよ」
像の台座の下にヒビが入り、拳ほどの大きさの穴が空いた。
その穴から見えたのは小さく突き出た赤い鼻先。
その生き物はヒクヒクとその鼻を動かしていた。
「この子は…」
「土モグラですよ。この子は穴掘りが上手だからよく金山彦も貸してくれとうるさいのよ」
「土モグラ…」
小さな体が穴から出てきて、グルグルとポピンの足元を必死で回っている。
「暗いところが好きだから、気をつけてあげてください」
「はい!ありがとうございます!」
「ではそろそろ時間のようです。ポピン、また会いましょう」
「はい!イシュメリア様!」
フッと神殿内の空気が変わった。
悠真達は春とポピンの元へ駆け寄った。
「やっと会えたな、ポピン」
「うん、優しい神様だったよ…」
ポピンは左手を握ったり開いたり、神触を試した感覚を思い出していた。
「さっきの水を出したのは加護なのか?」
「メティ、なんかすごい加護もらっちゃった」
「なんか、お前だけ二つも加護あるって羨ましいじゃねぇか」
「功の加護は春に命令されるだけだしな」
「…なんか辛れぇよ」
「春も話聞いてたんだろ?」
「うん、聞いてたよ。加護の事を聞いている限り…もはや神の奇跡だよ」
「神の奇跡…かっこいいにょ!!」
「あ、にょが戻りやがった」
「イシュメリア様に約束したし!頑張るにょ!」
神殿でする事を終えた皆は、再びポピンの実家に戻った。
そこから深夜まで、ジェポル達に質問攻めのヴォルテクス・レゾナはそのままポピンの実家で一夜を過ごした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
早朝からやけに庭の方が騒がしい。
目を覚ました悠真は何事かと窓から外を見た。
「いやぁ!ポピンが神様の御使い様だったとはなぁ!」
「あのおてんばなチビがなぁ!」
「今となりゃジェポル様に続いて、我らが天機師様なんだからなぁ!」
「たいしたもんだ!まったくな!」
何十人もの男達が集まって何かを組み立てながら、大笑いしている。
「朝っぱらから何が始まるんだ」
「悠真、みんながお祝いしてくれるんだって」
「なんの?」
「ポピンの神様に出会えた祝い?」
「なんだそりゃ」
広い庭には櫓が組まれ、多くの机と椅子が並べられていく。
まだ朝だと言うのに、男達の手には酒が入った木のジョッキが握られていた。
そこへ女性達も料理を持って次から次へと集まってくる。
何かの祭りでも始まるかのようだった。
「悠真!今日一日は飲めや唱えやにょ!」
「あぁ、すごいな。どれだけの人が来るんだ?」
「いっぱいにょ!嬉しいことがあったら、近所のみんなでお祝いする決まりにょ!」
「さぁ、悠真さん達も席について」
ランヌに誘導され座った場所は主賓席、組まれた舞台の上だった。
「今日はポピンが主役じゃないのか!?」
「ヴォルテクス・レゾナの歓迎会も一緒にするにょ!」
百人はいるだろうか。集まった皆が舞台に座る悠真達を見つめる。
ルインが舞台の端から声をあげた。
「みんな忙しいのに、集まってくれてありがとう!今日はヴォルテクス・レゾナさん達の歓迎会と、娘のポピンが神に出会えた事を祝って祝宴を開かせてもらった!」
あちらこちらから上がる歓喜の声、盛大な拍手。
「では、ポピンから一言!」
さらに歓声が沸き、ポピンは舞台上から手を振っている。
「みんな!今日はありがとうにょ!色々頑張るから応援よろしくにょ!」
「頑張れポピ〜ンッ!」
「あはは、ありがとうにょ!前回は一人だったけど、今回は一緒に祝える仲間もいるにょ!」
「ヴォルテクス・レゾナ〜!」
「悠真さん男前〜っ!」
春はその言葉が聞こえた方を鋭い目で睨む。
「みんなでしっかりやっていくにょ!今起こっている不安は私たちに任せるにょ!!」
「頼んだぞぉ〜!」
「じゃぁ私たちのリーダー、悠真から一言もらうにょ!」
「おい!それは遠慮する!」
「いいにょ、ほら!」
「…えぇと。頑張ります!乾杯!」
集まってくれてた街の人も、ポピン達も、神獣達も、久々に全員が大笑いした。
美味しい酒と料理と、温かい人達との時間はあっという間に過ぎた。
「いやぁ、綺麗な女性ばっかりだな!」
「またお前は…懲りないやつだな功」
「いいじゃねぇか、独り身なんだから!」
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
ポピンがイシュメリア様と会えてよかったな
暗いところが好きだと言っていたが
土モグラはどこに隠れているんだろうか
しかし、歓迎会のお酒は美味しかった




