第三十九話 祠の猪
「まずは猪を探して退治だな」
「あぁ、猪が穢人に関わっている可能性が高いからな」
「じゃぁレグナントでせせらぎまで行くのはなしにょ」
「でもどうやって見つけだすのだ?」
『…』
「わからない時は同じ時間、同じ道を進むのみ!」
こんな時のメティラは心強い。
悩んでいる暇があれば行動するのみ。
脳筋な彼女らしい発言だった。
「春、あの時は何かお告げでもあったのか?」
「お告げとかはなかったんだけど、小鏡がなんか暖かくなって」
「私がお借りしていた時はそんな事は一度もなかった」
「やっぱり、持つ人を選ぶにょ!」
「うぅ、そうなんだがそう言われると辛いな…」
緊張の一日にようやく皆に笑顔がでた。
酒を酌み交わしながら、夜は更けていった。
◇◇◇◇◇◇
「ユズハさん。畑は後回しになるがいいか?」
「大丈夫です…」
「レグナントで待っててもいいのだぞ、ユズハ殿」
「お邪魔になるのは十分わかっていますが、お供させてください」
「わかった。じゃぁ行こうか」
皆は歩きだし、猪を見つけたあたりまでやってきた。
ウルは何も感じない様子で、功も首を振る。
「春、何も感じないか?」
「うん、まったく」
「先へ進もう」
メティラとポピンが先頭で進む。
ここから二十分もすれば、せせらぎにでる。
このまま見つけられなかったらどうするか、悠真は考えていた。
「悠真!」
「早くくるにょ!」
「いたのかっ!?」
「猪はいない。でも手掛かりは見つけた。」
昨日の猪に間違いない大きさの足跡が、真っ直ぐ左側に続いていた。皆躊躇う事なく足跡を追った。
「悠真、でっかいのが一体だけこの先にいるぜ。奴で間違いなさそうだ」
「わかった」
そこは、せせらぎが続く場所だった。
昨日と同じく中程に島ができている。
ユズハが喜んで採取した草がその島にも生えていた。
そして。
猪が待ち構えるようにこちらを見据えている。
まるで、祠を守るように。
「あれが探していた祠か?」
「まったく…禍々しい気配を発しやがる」
「なるほどな」
「悠真、何がなるほどなの?」
「昨日の所も、あの島と祠も、地面より低い位置にある」
「確かにそうだな」
「今、川の水が少ないから現れたって事じゃ無いか?」
「普段の水の量なら、沈んでいると…」
「推測だけどな」
「それなら忘れられた祠だとか、見たこともない葉っぱってのも多少は説明つくんだろうけどよ」
「とりあえず、あの猪を退治しようぜ」
グオォォォー!!
猪は雄叫びを上げる。
大きな牙をこちらに向け、今にも突進するぞとばかりに前足で地面を掻いている。
「功、身体強化は頼んだ」
「もうかけてるよ!」
「さすが頼りになるよっ!」
「お世辞はいいからさっさと倒せ!」
――神々の残響よ
神の光を我が手に届けたまえ
神響術【白閃】――
悠真は目眩しをして間合いをとる。
メティラも同じく位置をとった。
――神々の残響よ
我が手となりて悪霊を捕らえたまえ
神響術【縛】――
功が続けて猪の動きを封じた所をメティラは切り込んだ。
銀針セレネスで繰り出した突きは、猪の頑丈な体毛に弾かれた。
重ねて悠真も切り込むが、同じく弾かれてしまう。
刃に当たった体毛さえ切る事ができなかった。
「なんて固さなのだ…」
「ああ、傷ひとつ付かないなんてな」
「体からうっすらと黒い霧が出ている気もするんだが」
「それが完全防御になってるってことか……」
体をゆすり、功が発動した【縛】も解いた猪は突進してきた。
せせらぎの抵抗すら無いように、水飛沫を上げて突っ込んでくる。
その巨体からは想像できない速さでメティラに向かっていく。
「クッ!」
メティラは横へ飛び跳ね回避する。
何度か躱し攻撃を仕掛けようと足を踏ん張る。
しかし猪の転換の方が早かった。
ドンッ!
「うわぁぁ!」
「メティ!」
「大丈夫だ」
弾かれ木に激しく体を打ち付けたメティラは、肺の毛細血管が切れ口から血を流している。
猪は容赦無くメティラにまた突進する。
悠真はすぐに庇いに入るが一歩遅かった。
べキッ………
打ち付けられた木と猪に挟まれ、メティラの骨の折れる音が響いた。
「グァハァッ………」
激しく吐血するメティラ。
猪はその場でまだ突きを出そうと後退する。
「メティーッ!!」
今の状態のメティラを動かすわけには行かない。
悠真は咄嗟の判断で補助の武器として、悠真用に鋳造されたクナイを猪に投げ込んだ。
ボンッ!
破裂の術印が書かれたクナイは、猪に当たるや否や爆発する。
少し怯んだ所に再び切り込んだ。
「体がダメなら目を狙うってのがお決まりだよな!」
目を狙い天霞を力一杯突き刺そうと猪の頭上に飛び上がった悠真。
猪は上を向き、大きく口を開き威嚇した。
ズヌッ
目を潰された猪はその場で暴れ回って悠真を振り飛ばし、祠へ戻っていく。
その間にポピン達が体は動かせないが、意識はあるメティラに薬を飲ませていた。
振り飛ばされ、痛みを感じながらも起き上がり猪を見た悠真は珍しく恐怖を覚えた。
「功、ちょっとやばいな」
「はあっ…どうなってるうだよ、あれは」
祠の横に立ちこちらを見据える猪。
ついさっき悠真が潰した目から、黒い霧が漂っていた。
その禍々しい霧は、疑い用の無い穢人と同じ霧だった。
「やはり穢人、いや悪霊か。しかも目だけって…」
「目以外は獣の姿を維持してるってことか?」
「わからん…わからんが、あいつが完全に悪霊になったらやばいって事と、農夫の穢人化の犯人って事だ」
「どうする?一旦引いた方がいいのか?」
「俺にはわからん…」
悠真は後方をチラッと見る。
春とユズハがメティラの手当てを継続している。
「春!メティの具合は!?」
「だめ!今は薬で眠らしてるけど、重症所の話じゃ無いっ!」
「メティを抱かえて逃げると危険だよな」
「だなぁ。折れてない骨も折れちまうかもなぁ。もしくは折れた部分がちぎれちまうかもなぁ」
「んな冗談はやめろ」
「それぐらい難しいってことだよ」
「……」
グォォォォ!!!
猪は再び雄叫びを上げる。
迷っている時間はあまりない。
「【縛】を使ったら完全に固定して運べたりしないのか?」
「無茶ゆうな!…やった事ないからわからん」
「俺がなんとか気を引く。その間に試してくれ」
「期待すんなよ。あくまでも悪霊に使う術なんだから…」
「ものは試しさ」
悠真はせせらぎを駆け抜ける。
功は神響術を発動し、メティラの固定を試みていた。
「なにが効くんだお前はっ!」
――神々の残響よ
我らを滅ぼさんとする
者を天より裁きたまへ
神響術【雷鳴】―――
激しい稲妻が落ちる。
多少の効果はあったようで嫌がる猪に悠真は再度切り掛かる。
巨大な牙と天霞の打ち合い。
「潰した目は見えていないはずだよなぁ!」
悠真は死角に入るよう、潰れた目の方へと体をずらしながら攻撃を続ける。
考えは正解だった、猪が弾き返す回数が減り体へ当たるようにはなった。
「だが硬くて刃が通らない!もう片方も潰せたらもう少し攻撃しやすくなるのによっ!」
「やっぱりダメだっ!人には効果がない!」
「メティ…しっかりして!」
「何か板みたいなもんでも落ちてねぇのかよ!」
「お願い!なんとかしてよ功!」
「やりたいのは山々だ春!でもな…護符も残りわずかなんだ」
「そんな…」
悠真は後ろの様子を見ている暇はなかった。
しかし、功がここまで時間がかかっているという事は、計画は失敗だと感じていた。
「さぁどうしたもんか――」
一瞬集中を外した途端に、猪の強力な一撃が悠真の脇腹に入った。
肋骨が軋み、肺の空気が一気に抜ける。
目にみえる景色は回転し、せせらぎの中に吹き飛ばされる悠真。
頭も打ち、意識が飛びそうになる。
「やばいやばい…ここで俺がいっちまったら春が…」
猪が真上から睨み下ろしていた。
前足が顔の上に振り上げられ、潰されるのを待つだけだった。
「こりゃ本当にやばいな…」
ズシャッ
「悠真?」
「…マジかよ」
その瞬間を見た春と功が青ざめる。
体が震える春が叫ぶ。
「悠真!!」
反応はなく、猪が代わりに二人を睨んだ。
声にならない春はただ泣き震えるだけだった。
猪はゆっくり体を春達へ向けてから、膝を曲げて崩れた。
「ゆ…悠真?」
ゆっくりと体を起こす悠真が見えた。
顔面は血だらけだが、潰れてはいない。
「は…はは…は…男の急所ってのは獣でも弱いんだな…」
「こんな状況で…そこを狙うのは流石だよ…」
功は額を抑えながら、少し身震いがした。
天霞がオス特有の急所に突き刺さっていたからだ。
しかし、まだ終わりではなかった。
それは前回の祠の白蛇と同じように島の祠から黒い霧が猪を包み出した。
「やっぱりそうなるのかよ!」
「さぁどうしようか…」
悠真はなんとか岸まで這い寄り、悪霊化していく猪を見つめる。
功は護符の枚数を確認した。
「あと三枚。身体強化と結界と…」
悠真は癒し効果のある、翠の神霊石を握り少しでも体の回復に勤めている。
祠は扉が開き、カイノス大神官がいった通りそこには黒の神霊石があった。
黒の神霊石から発せられる霧が猪と同化していく。
猪の骨はゴキゴキと砕ける音がし、巨大な体は萎んでゆく。
それを黒い霧が吸収し大きくなる。
白い目が浮かび上がる。
真っ赤な口が裂けるように開く。
四本の腕が霧の中から現れた。
それはもう猪ではなかった。
悠真は座り込んで動かない体を無意識に後ろに引きずった。
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
体が全身が痛い
死ななかっただけマシか
またお姉様に叱られるな…
穢人。
だんだん力を増してきている気がする




