第三十八話 薬草畑の犠牲者
春たちを下がらせ、功に結界術を発動させた悠真は身構える。
コンは悠真の頭の上に乗り、気配を感じ取ろうとしていた。
ドドドドッ
何かが走っている足音がこちらに向かって聞こえてきた。
まだ距離はあるが、明らかに獣の足音だ。
「見えたっ!」
メティラが叫ぶ。
前方には以前、大樹の街で退治し、悪霊へと変わったのと変わらないほど大きな猪が向かってくる。
「ただの巨大猪だ、どうする?」
「うむ、特に被害を出していない野生のボアならこのまま放置だな。」
「ユズハ殿、手を。」
「メティラさんありがとうございます。」
「功、引っ張るにょ!」
「うるせーな、自分で登れ!」
「悠真、抱っこして登って!」
「お前木登り得意だろうが・・・・」
皆はそれぞれ近くの木の上に登り、通りすぎるのを待った。
足元まできた猪は違う匂いに気づいたのか、足を止めて周りを警戒するがそのまま過ぎ去った。
「あんな大きな個体がいるのですね。」
「野生にしてみれば大きな方だな」
「ウルの警戒も解けたし、進もう」
皆は木から降りて前へ進んだ。
だんだんと水が流れる音が聞こえてきたのでそちらへ向かった。
「これは綺麗な水だにょ!」
「わぁ、ちょっと手洗いたい」
「落ちて流されるなよ、春」
「こんなせせらぎにどうなった落ちたことになるのよっ!」
せせらぎの幅は10m程。その中間に島になった場所があり、何かが茂っていた。
ユズハは躊躇う事なくせせらぎへ入っていく。
「ちょ!ユズハさん、どうしたんだ?」
「あ、あれは・・・・」
皆わかっていたことでもあった。
研究者と言う者は、目の前に興味を引くものが現れれば、別人になる事を。
ポピンを皆が見つめる。
「な!なに見てるにょ!」
『一緒か・・・・』
どんどん突き進み、島へ上陸したユズハは奇声をあげて舞っている・・・。
それを見て呆気に取られている皆に向かってユズハは叫んだ。
「見たこともない草!」
ユズハは興奮が冷めないまま、数株の草を持って戻ってきた。
なんとも不思議な・・・茎は茶色で葉は黄色。根っこには丸い実のような物が付いていた。
それを持参していた袋に詰めて背負ったカバンに詰める。
手際よくそれらを終わらせ、何事もなかったかのように言った。
「気持ちよいせせらぎですねぇ・・・」
「そうだねぇ・・・」
「ここで半分ってとこか?」
「どうなんだ?何もかからないのか?」
神響術【索】で周囲を警戒していた功に悠真が聞く。
ウルもずっと空から森を見ているが、最初の猪のような反応はしなかった。
「かからないと言うか・・・・ただ森だな。」
「祠らしきものはないと?」
「そんなに広い森じゃないから、何かあれば反応するはずなんだが・・・・」
「どうする悠真、今日は戻るか?」
「そうだな、せせらぎを渡るにも濡れたくないしな・・・。」
「じゃぁ明日はここまでレグナントでくるにょ!」
「そうだな、引き換えそう。」
来た道を引き返す悠真たち。
時間は昼を過ぎた頃だった。
「お腹すいたにょ・・・」
「帰って飯だな。」
「しかし猪はどこに行ったのだ?」
「あれ仕留めて食料にすりゃよかったな。」
「確かに。最近食ってないしな。」
「・・・・・」
「春?どうしたのだ?」
春は一人足を止め、神陽の小鏡を手にブルブル震えている。
異変に気づいた皆が慌てて春の元へ戻る。
「春!どうしたにょ!?」
「春?」
悠真がそばに寄り、春の肩に手を置く。
春は悲壮な顔で悠真を見て袖をギュッと掴み、続けて皆の顔を見た。
「薬草畑・・・・早く戻らないと・・・・」
「何?薬草畑が何かあるのか?!」
「早く!!」
功に三人を任せ、悠真とメティラは走った。
今の春が言う言葉に、何もない事が考えられない・・・。
もうすぐ森の入り口・・・・
『なんだこれは・・・・』
荒らされた薬草畑と倒れている農夫たち。
二人はそれぞれ農夫に駆け寄る。
「おい!しっかりしろ!」
「大丈夫か!おいっ!」
メティラは次の農夫へ、悠真も次へと声を掛けていく・・・
誰一人反応はせず、二人の手には血が付いていた。
「一体何が・・・。」
「畑を見る限り、猪だな。」
ようやく追いついた四人も、惨状を見て功以外は悲鳴をあげる。
「死んでいるの?」
「・・・・あぁ」
「なんで・・・誰がこんな事をしたにょ・・・」
気配はない。
そこに残っているのは足跡と倒れた農夫達。
あの猪をあの時仕留めていればと言う後悔。
不幸な出来事だったといえばそれまでだが。
それを防ぐ力を持っているのにと、後悔ばかりが皆を襲う。
「あっ!」
突然ユズハが声をあげて倒れた農夫へ駆け寄っていく。
皆その姿をただ目で追った。
「あそこの人動いた!」
「ほんと?!」
ユズハの言った言葉に春がつられて駆け寄っていく。
そんなはずは無い・・・全員確認したはずだ・・・
グアァァァァッ
農夫に手を伸ばそうとした途端!
黒い霧が農夫を纏い出した。
「春!穢人だ!離れろ!!!」
悠真は叫び、春の元へ向かう。
二人を霧が包み込む前に悠真は飛び込み助ける事ができた。
やがて霧は農夫の体を包み込み、黒い霧へと変化する。
あの白い目と赤い口がこちらを見る・・・
「二人とも大丈夫か?!吸い込んでないか?!」
「うん、大丈夫・・・」
「私も大丈夫です・・・」
ポピンに二人を託し、悠真、メティラ、功は戦闘体制に入る。
しかし・・・倒れていた六人の農夫全員が穢人化が始まった。
「これはどうしたもんだ・・・。」
「仕方ねぇさ、こればっかりはほったらかしには出来ねぇ」
「二人とも、いくぞっ!」
神々の残響よ
御身の守護のため
命削らんとす我らに
その力を分与たまへ
そして偉大なる力を
貸与たまへ
神響術 【神威】【荒御魂】
功の身体強化がかけられ、悠真とメティラは手前から切り掛かる。
銀針セレネスは穢人を一撃で仕留めた。
「すごい・・・まだレゾナスを纏っていないのに・・・。」
「やるじゃねーかメティ!」
「あぁ!」
穢人はバラバラに、向かってきた。
悠真も一体仕留めた所でメティラは唱え始めた。
「レゾナス・アーツ」
今までとは全く違ったレゾナスを纏うメティラ。
今まで以上に美しく燃え上がる蒼白い光が天空まで届きそうだった。
神よ
我が剣と共鳴し
最大の光の咆哮を放ちたまえ
ルクス・ドミナ【光の咆哮】
銀針セレネスから放たれたルクス・ドミナは第三廃坑で放った時の威力を有に超えていた。
瞬く間に残りの穢人が浄化されていった。
「めちゃくちゃ強くなってるにょ・・・・」
「すごいなメティ」
「これがセレノス様の力なのか?」
しかし、穢人になってしまった農夫達の事を思うと喜んでもいられなかった・・・。
黒い石もここには無いのにどうやって穢人に。
そして猪はどこに行ったのか・・・。
「とりあえず戻ってメアナに駐在する騎士団に報告しよう。」
「そうしよう」
レグナントに乗り込み、ぐちゃぐちゃになった薬草畑を悲しそうに見下ろすユズハ。
頬には涙が溢れていた・・・。
◇◇◇◇◇◇
報告を終えたメティラと悠真が分院に戻り応接室へ向かう。
春とユズハは擦り傷に薬を塗っている所だった。
「大丈夫か?」
「うん、私もユズハさんも擦り傷だけだから。念のためって分院長が塗ってくれたの。」
「そか、よかった。」
怪我はなくてよかったものの、空気は重い。
また、今までと違う形で穢人が現れた・・・・。
「あの・・」
「どうしたの、ユズハさん?」
「次も・・・一緒に連れて行ってくれませんか?」
「今日のような事が起こらないとは保証できない。辞めておいた方がいい。」
「・・・お願いします。」
「ユズハ殿、我々は軍の物だから行く義務がある。でもあなたには無い。危険を犯す必要はないのだ・・・」
「待って二人共、ねぇユズハさん。どうして行きたいの?」
「・・・・」
「私はね、本当は行きたくないの。だって戦えないんだもん。悠真達の足手纏いになるだけ。」
「・・・・そうですね」
「でもね、私には行かなきゃいけない理由がある。ちょっと機密事項ってやつで家なんだけどね。」
ユズハに語りかける春を悠真は見守っていた。
姫巫女として何かが聞こえているのだろうかと、考えていた。
今回の事だって、春が気づかなければ、もっと酷いことになっていたかも知れない。
あの小鏡が教えてくれたのだろうか・・・
「ユズハさん。あなたが行きたいと思った理由は何?」
「わからない・・・わからないけど・・・・」
「けど?」
「私はあの荒らされた薬草畑に種を撒かないといけない・・・」
「薬草の種?」
「違う・・・わからない・・・でも種を・・・・わからない・・・」
頭を抱えて泣き出したユズハを春が優しく抱きしめた。
ポピンも横に座り、背中をさすった。
「なんとか、願いを叶えてはいただけないでしょうか・・・」
そう言ったのは分院長のユウコだった。
何かを知っているのか、落ちつかない様子で手を前で組んで祈りを捧げるように悠真を見る。
「この子・・・ユズハは時々、目が緑色に光るんです。」
「目が光る?」
「そしてそうなった時のユズハは何かに取り憑かれたかのように薬草を調合していくの・・・」
目が光ると言うのは驚かない、ポピンなんて眼の中に術印が刻まれるのだから。
ユズハは何か特殊能力を持っているのか・・・・
「それがなんなのかは知りません。でも、そうなった時に限って、新薬になりそうな物を作り上げるの。」
「・・・・」
「だから、今回もきっと何かあるから言ってるのだと思う。普段はこんな無理なお願いするような子じゃ無いから。」
五人は頷く。それはユズハを連れていくという確認だった。
何の種を蒔くのか見たいしな・・・。
「わかった。行こうユズハ」
□□□□□ラティの日記□□□□□
◯月×日
ユズハも変態だった。違う、研究者だった。
我を忘れるのはポピンと一緒だ。
皆は私を変態だというが可愛いものだ。
ポピンの集中して顔がニヤリとなっている
所を皆にも見せてやりたい。
汚人・・・・今回はどうやってそうなったのだ。
怨念?でも最初に見た時はそんな気配は全くなかった。
わからない・・・・
今夜は眠れそうにないな




