第一話 瑞穂の二人
「この遥か海の向こうには何があるんだろう」
鮮やかな花々が心地よい風に揺られている。
何もかも忘れさせてくれそうな広々とした草原に一人の男性が横たわり、頬に片肘をついて遠くを見つめていた。
「悠真様ー!」
遠くから聞こえてくるのは、すこし苛立った女性の声。侍女の春だ。
「今日は予定あったかな・・・」
草原の終わりには100mはあろう断崖絶壁。
「ここから飛び降りたら逃げれるか・・・」
そっと覗き込み、無謀だとわかった悠真はちゃんと諦めたようである。
断崖絶壁の前には【神巫海】と呼ばれる大海原が広がっている。
数km沖へ出れば嵐が生まれ、生還した者はいない。
人々はいつしか海の向こうを忘れた。
「悠真様!またここにいたのですか!と言うかここしか逃げる場所ないのですか!?」
「あるよ」
「どこにです?」
悠真と呼ばれた男性は断崖絶壁の向こうを指差して答えた。
「あっち」
「死にますよ?」
「だよなぁ・・・」
ハアッ…彼女は大きなため息をついてから
「ともかく早くお屋敷に戻ってください。蒼真様がお探しになられてますよ。」
「わかりましたよ・・・春にはいつも迷惑をかけてるな。」
「ど、どうしたのですか⁈サボり過ぎて頭おかしくなっちゃいましたか⁉︎」
春は心配そうに、少し馬鹿にしたような顔で悠真を覗き込んでいる。
「はいはい、今日もうるさい。」
悠真は瑞穂皇国で上級神響術を継承する瑞璃家の次男である。
渋々屋敷へと向かう悠真の後ろを追いかける春は笑いをこらえていた。
「今日も平和だわ」
立派な狛狐の像が左右にある鳥居をくぐると、樹齢数百年の立派な樹々が屋敷まで続く石畳の両脇に並んでいる。
朱雀の飾り彫がされた立派な門の前に、濃い藍色の長髪を後ろで束ねた蒼真がそわそわして待っている。
「悠真あぁ〜!」
なんとも情けない声で弟を呼ぶ。蒼真は瑞璃家の長男、ついでに弟大好きである。
もう兄弟そろって良い歳なのだが―――
「ご用はなんですか」
「悠真そっけな〜い!こんなに私は待っていたというのにぃ!」
悠真は目を閉じた・・・(この兄を見ると心が痛い。)
でも嫌いではない。むしろ仲は良い方だ。
「はいはい。で、何ですか?」
「ふふん!教えて欲しい?」
「はい、教えてください。」
「どっしよ〜かなぁ!」
「貴方が呼んだんでしょ?」
「んーとねぇ、じゃあ(親愛なるお兄様、どうぞお教えください)って言ってくれたら教えてあげる〜!」
「・・・・」
悠真が目を閉じ護符を手に持つ。
周囲の残響が共鳴する・・・・。
神々の残響よ
我を馬鹿にするこの者を
炎で焼きたまえ・・・・
「はい!冗談です。ですので神響術をこんな所で、しかも兄に向かって発動しないでくださいねー!」
「からかう為に呼んだのなら、もう行きますよ。」
「わかりました、ごめんなさい。」
「じゃあ何のご用ですか、兄様。」
蒼真は嬉しそうに笑顔を見せた。
まるで子供が宝物を見つけたように。
「世界が変わるよ―――」




