第十六話 姫巫女の言葉
不思議な言葉を聞いて少し不安で、それでいて嬉しそうなメティラ。
濃度の濃い残響もさほど気にならないくらい、楽になっていた。
「ここから先は神職のみが通れる場所だ。ここで引き換えそう。」
「わかった。すごい体験をさせてもらった。」
「なんかよう分からんが、よかったな。」
三人が正宮の階段を降りようとした時、参道の奥から祭祀装束を纏い浅沓を履いた神職たちが現れた。
全く神事がない日だと言うのに、なぜこのような姿で神職が歩いているのか・・・
三人は階段下で待つことにした。
そして十人の神職は真っ直ぐ悠真達の元へやってきた。
「悠真殿、功殿、そしてメティラ殿いや、ラティス王姫様。」
その低く野太い声を聞き、二人は覚えがあった。
『大宮司様!?』
大宮司とはこの神陽大神宮の最高責任者である。そんな高官が正装でわざわざ俺たちに会いに来たとは・・・何か只事ではないな。
功も何事かと神妙な面持ちになっている。
「どうされましたか、正装までされて、我々に何か・・・」
「姫巫女様がお会いしたと申しております故、奥宮までご足労願いたい。」
「姫巫女様が・・・・?!」
神陽大神宮にて、一番位が高いのが【大宮司】。 しかし、さらにその上に一部の物しか存在を知らない人物がいる。
彼女が神楽殿にて舞えば、大地の残響は共鳴し、天と地を結ぶ道が開かれる・・・代々受け継がれてきた特別な存在。
それが姫巫女である。現在の姫巫女は皇王の長女【陽菜】様だ。
陽菜様は十歳の頃に第二十四代姫巫女に就任され、そこから五十の歳になるまでこの奥宮から年に二度の【姫巫女神楽奉納】の時以外出ることなく過ごす。
正宮の本殿から奥は厳重な結界に守られている。
故にここより先には大宮司と共にしか入る事ができない。
それが例え父である皇王であっても。
奥宮の奥の部屋へ案内されると巫女姿の女性が鏡に向かって祈りを捧げていた。
そして微動だにせず、言葉だけ発し悠真達を迎える。
「よくおいで下さいました。どうぞ、お座りになって。それから、名乗りは不要ですよ悠真殿に功殿。二人とも存じております。」
「承知いたしました、姫巫女様。 では、どのようなご用でございましょうか」
「まぁ、そう焦らずに。」
こちらに体を向けた陽菜が微笑む。
「ラティス王姫、遥々ようお越しくださいました。今日は少し世間話でもと思いましてね。」
「姫巫女様、私はこちらの式がまだ分からないので、ご無礼があればお許し願いたい。」
「ふふふ、そんなに気を張らなくて大丈夫です、こんな場所にずっと籠っていますが、私もただの人ですよ。」
悠真は姫巫女のその言葉がとても悲しく思えた。自由気ままに生きている自分と比べれば、十歳から自分の時間をこのわずかな空間だけで過ごさなければならない。
(俺には絶対無理だ。)
「さて、昔話を少ししましょうか・・・」
「昔話・・・・ですか?」
陽菜は笑って返事を返すと、話し始めた。
古の時代、天照大御神と月詠ノ神が大地に降り立った
天照は近くを流れていた川で喉を潤した
あまりの美味しさに天照はその川を天の川と名づけた
美味しくて清らかな水があるのならと
天照は稲を撒いた
稲を育てるのには暗くてはいけないと
天照は太陽を地に与えた
太陽だけでは暑いだけだと
天照は月詠に月を出すよう命じた
やがて稲が育つと、二人だけでは寂しいと
天照は人を作った。
人にも自分たちで考えてもらおうと
天照は人に知恵を授けた
いく年か過ぎた頃、人は授かった知恵で成長した。
なに事も自分達でできるようになってきた
賑やかになってきた大地と人が楽しいと
天照は神々を呼んだ
多くの神々と人達は互いに尊敬し、酒を酌み交わし
共存した。
いつの頃からか天照は東の椅子に
月詠は西の椅子に座っていた。
いつの頃からか
太陽は東から現れ朝になり
西に沈んで月が出た
「初めて聞くお話です。」
「この世の始まりのお話でございますか?」
悠真と功が質問する。
メティラは壮大な昔話に呆然としている。
陽菜はまた微笑んだだけだった。
「この昔話はまだまだ続くのですよ。でも今はここまでです。」
陽菜はすっかり陽の落ちた外の月を見上げた。
「今日は月が明るいですね・・・・場所を変えましょう。」
陽菜と悠真達は【神降殿】の庭にいた。
大宮司達は入り口で結界を張っている。
「そうそう悠真、私はずっとあの中にいるわけではないのですよ。寂しくも悲しくもありませんし。」
悠真は心臓を掴まれたかと思った。
それぐらい驚いて心臓が止まったかと感じた。
何も返せない。
「ここは字の通り、神が降り立った始まりの場所とされています。」
何千年も昔の話だ。誰も本当の事など分からない。
ただ言えるのは、悠真が知る限り残響の濃度が一番濃い場所だ。
俺や功でさえ、体が痺れる。 今の所、変わった様子がないがメティラは大丈夫なんだろうか・・・。
「ねぇラティス・・・。」
「はい。」
「あなたの国にこの大神宮みたいな所はあるかしら?」
「セレノス大神殿があります。」
「そこにはどなたが祀られていますか?」
「月の神セレノス様と太陽の女神アルシア様です。」
「そうですか。」
陽菜は少し微笑む。
「この神陽大神宮には天照大御神様がおられます。」
「・・・・・」
「そして、かつて共に降り立った月詠ノ神もおられました。」
メティラが疑問に思った。
「おられました・・・なのですか?今はここにはいらっしゃらないと?」
「いったい、どこへ行かれてしまったのやら。何代も前の姫巫女から続く悩みの種です。 そう言えば、ラティスにも悩みの種がありましたね。」
「・・・穢人の事でございましょうか」
「あなたはもっと強くならなければなりませんね。」
「はい、その通りです・・・」
「・・・声が聞こえましたか?」
「!」
突然の陽菜のその質問に、メティラと悠真は絶句した。
なぜ知っているのだ・・・。
陽菜はメティラを見つめて続けた。
「もし聞こえたなら、そうなのです。聞いた通りなのです。」
「あ、あの声は一体なんなのでしょうか」
「ラティス、貴方にはもう一度しか聞く事が出来ない声です。」
メティラは一気に不安になった。
その顔をみた陽菜はメティラの手を取り言った。
「先ほどの昔話はまだまだ続くと言いましたね。」
「はい。」
「まだまだこれからなのです。でもまずは昔話の始まりを知らなければなりません。」
三人は全く意味が分からないでいた。
困惑する皆を見て、また陽菜は微笑んだ。
「少しづつで構いません。進みなさい。いずれわかります。」
「・・・・あの、陽菜様。全く理解が。」
悠真は正直に言った。本当に分からない。
功はもう、大混乱である。
それでいてメティラは冷静だった。
「ラティス、あなたにこれを授けます。」
陽菜は手のひらよりもう一回り小さな鏡をメティラに渡した。
メティラは両手で受け取る。
「奥宮で私が祈りを捧げていた鏡を覚えていますか?」
「はい、丸い鏡ですね」
「そう、あれは八咫の鏡と言って、天照様の別のお姿です。」
「・・・・・・」
「その鏡の力を少しだけこの鏡に移しました。そうですね、神陽の小鏡とでも名付けましょうか。きっとあなたを導いてくれます。」
「ありがとうございます。」
メティラは大事にその鏡を首から下げた。
「すぐにとは言いませんが、アルスティアに戻ったら大神殿にいきなさい。答えのひとつはそこにありますよ」
皆のまた戸惑った顔をみて微笑みつづけて
「またお会いすることになるでしょう。それまでは前に進みなさい。皆に神ご加護が在らんことを・・・。」
そういうと陽菜は悠真に視線を一瞬移してから、皆に一礼をし踵を返した。そして月をまた見上げて聞こえない程度の声で呟いた。
「あなたは、もう始まっているのですよ、悠真。」
◇◇◇◇◇◇
「功、今日は一旦帰ってまた明日くるよ。明日は表参道で食べ歩きでもするか!」
「わかった、気をつけて。」
帰ってきても、メティラはおとなしくずっと神陽の小鏡をに映る自分をみていた。
「メティラ大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと思う。今日はちょっと内容が濃過ぎた。謎だらけだ。」
「明日は私も行きますよ、休みですし!」
「食べたいだけだろ。疲れたし寝るかな。春、一緒に寝るか?」
「・・・・」
バチィン!
「な、なんだよ。小さい頃はよく寝れないって布団に潜り込んできたじゃないか!?」
「ばーか!ばかばかばーか!」
春の顔と同じぐらい、悠真の頬も手の形に赤かった。
なんだよ、冗談言っても怒かよ・・・難しい奴だ。
「メティ、大丈夫?」
「春。大丈夫だ。ちょっと色々驚き過ぎて疲れただけだ。」
「そ?じゃあいいけどっ」
「私もそろそろ寝ようかな。春一緒に寝るか?」
「・・・」
「どうした?」
「もぅ、メティラまでっ!」
しばらく春の顔は赤いままだった。
次の日の昼頃、四人は神陽大神宮の表参道にいた。
大神宮には、普段から皇国内の人々がお参りにやってくるので、お土産屋や屋台が沢山ある。 名物は柔らかい餅を餡子で包んだ【やわもち】と大きめに切った野菜と魚のすり身を丸めてあげた【竜の目】だ。疲れていたメティラも、一晩ぐっすり寝て甘いものを食べて調子が戻ってきたようだ。
「春!あっちの串にささったのはなんだ?」
「あれは蓮根と鶏肉の串焼きよ!あれも大好き!」
「おぉ!美味しそうだな、買いにいこう!」
「ちょっと待って!悠真!お金!」
「・・・・」
春は財布ごと取り上げてメティラの方へ走っていった。
「はっはっは!今日の春は完全に侍女じゃなく、幼馴染の春だな」
功が大笑いしている。昔っから三人で遊びに来ては、春が財布をもって逃げるのだ。
「ほんと、どうにもならない奴だ。」
「でも憎めないだろ?」
「まぁな。」
散々食べた後、功の家の訓練場でメティラの残響保持訓練を少し行ってみる。
「よし。メティラ、集中して周りの残響を体に取り込むつもりで!」
「あぁ!わかってる」
メティラが集中しはじめる。
周りの残響が震えだし、メティラに集まる。
急速に集まる。集まる・・・
「あれ?」
悠真は忘れていた。大神宮の正宮で祈りを捧げ、声をきいてから、高濃度の残響でも耐えれていた事を。 訓練するまでもなくメティラの残響保持量は、皇王を守る近衛軍団である、皇護衆なみの大容量になっていた。
「なんてことだ!まともに訓練をしてもいないのに!」
「よかったじゃないか、神の贈り物かもな」
「悠真!強くなったのか?私は強くなったのか?!」
メティラが悠真にかけ寄り、問いただす。興奮で顔が近い。
それを見ていた春がスッと間に入って
「メティラちゃーん!すごいねー!強くなったねー!でも顔近いよー」
「おぉ、すまない!つい興奮してしまった!」
「次はレゾナスアーツを最大まで纏ってみるんだ」
「わかった悠真!」
メティラは訓練場の中程まで行き、集中する。
「レゾナスアーツ!」
メティラの体は一瞬で光に包まれた。
今までとは比べ物にならない光の濃さだ。
「あー!すごい!すごい力だ!」
「もういいぞーメティラ!」
想像以上の出来事にメティラはまだ興奮気味だ。
春と功は目を丸くしながらも拍手している。
「なんか、第一段階は簡単に越えたな!」
「あぁ!まだ信じられない。」
「来週からは次の段階だ!」
夕食をまた表参道で済まし、三人は功に別れを告げ帰路に着いた。
静海の海を眺めながら、姫巫女を思い出す。
(陽菜様はいったい・・・)
いつもの草原に着陸すると同時に、従者が駆け寄ってくる。
先に降りた春が驚く。
「お父さん!慌ててどうしたの?」
「春!悠真様とメティラ様を!」
悠真が降りてきた。
「どうした?」
「先程到達したエルディア号の使者より急ぎの手紙です!」
「ありがとう。」
悠真は手紙を受け取った。手紙の差し出し人は【国家特別技師団】、宛先はメティラと悠真になっている。
悠真は手紙をメティラに渡す。
「国家特別技師団てことはポピンからか?なんか見つかったのか?」
手紙を受け取り、封筒の何かを見たメティラは慌てて封筒をあけて中の手紙を抜き読みだした。
「どうしたんだ?」
焦りを隠さないメティラは、封筒を悠真に渡して手紙を読みながら話す。
「その封印、鷲の爪が矢が三本掴んでるだろ。それは緊急事態の連絡なんだ・・・」
悠真がメティラを見るのと同時に、メティラも悠真を悲壮な顔で悠真を見て呟いた。
「ポピンが倒れて意識が無いらしい・・・」
□□□□□メティの日記□□□□□
◯月×日
今回の皇国滞在中は不思議な事ばかりだ。
巫女姫様はとても神秘的だった。
授かった鏡も・・・何に導いてくれるのか。
普段は普通に鏡として使っても怒られないかな。
それより今はポピンが心配だ。




