優しさ
はじめまして、本作を開いて頂きありがとうございます。
本作品はカクヨムでも投稿しています。小説の内容は一切差はありません。
https://kakuyomu.jp/works/2912051599391516896
午後の授業が終わると、夕飯まで自由時間となる。リビングで誰かと話したり、図書室で本を読んだり、自室で論文のことを考えてみたり。今のところ、この自由時間の決まったルーティンはまだ無い。何となく自室へ戻ろうと列車の廊下を歩くと、窓の外に代わり映えのしない景色が目に入った。岩がごろごろした世界。タウセチもいつもの位置で、いつものように輝いている。
自室でカバンの中身を整理していると、読みかけの小説が無いことに気づく。おそらく教室に置いてきたのだろう。来た道を引き返すと教室の横、図書室にマーニーの姿があった。こちらに背を向けてつま先立ちになり、目一杯体を伸ばしながら、本棚の最上段に右手を伸ばしている。マーニーの身長はツムギより頭ひとつ高いくらい。伸ばした手は最上段の本にぎりぎり届かず、人差し指が本の背表紙を奥へ押し込んでしまう。
「マーニーさん、取りますよ」
マーニーの後ろから手を伸ばす。「あっ」という声が顎の下から聞こえた。
ちょうどガタンという列車の揺れが起こるが、左手を本棚について堪える。右手で本を取りマーニーへ差し出すと本のタイトルが見えた。本は地球の植物図鑑だった。
「欲しい本はこれであってますか?」
「はい。これで間違いありません。ありがとうございます、ツカサさん」
「椅子を使えばよかったのでは?」
「そうかもしれません。ですが、私はこう見えてそれなりに体重がありますので、ソファーの上に立つのはどうも抵抗がありまして。教室から椅子を持ってきても良かったのですが……」
「ですが?」
「横着は私のモットーですので」
大きく口角を持ち上げ、自慢げに笑い胸を張る。
「せめて『挑戦は』くらいにしたほうが……」
「いいですね。では、そういうことにしておきましょう」
マーニーというオートマタは以前ルナに聞いた通り、三人の中では一番自由な性格をしている。と、思う。発想が型にとらわれないというべきか。65年待ち続けたこともそうだが、エドガーと「カァ」で話をしていたり、ラビと砂に埋めたコインをどちらが先に見つけるか競争していたり。昨日はツムギと一緒に洗面所で歯を磨いていた。
「そういえば、前から気になっていたのですが、どうして少女のオートマタにプログラムをコピーしたんですか?」
「不思議ですか?」
「不思議……、そうですね。利便性で言えば、大人のボディのほうが高いように感じます。本棚に限らず、大抵のものは成人した人間サイズで設計されているので」
「その通りですね。……まぁ、一言で言うなら、一番収まりがいいと思ったからですね」
「収まりがいい、ですか」
「まず、私とルナとアルテミシア、三人の中で一番若いのは私です。アルテミシアは移民開始の3年ほど前に起動され、ルナは1年前、私は半年前に起動されました。三人でオートマタにプログラムをコピーしようと約束した際、何となくですが身長は年齢順かなと考えたわけです。アルテミシアは大人びた姿をしていて、ルナは思春期くらい。なら私はこのくらいがバランスがとれて丁度いいのかな、と」
「事前に話し合いで決めたわけではないんですね」
「あ、いえいえ。違います、違います」
大げさに両手を振って否定する。
「二人の姿を私が勝手に想像して、そう考えたというだけです」
列車が再びガタンと大きく揺れ、固定された本棚に思わず手を掛けた。「立ち話も何ですし、座りませんか」とマーニーに言われ二人でソファーに横並びで腰を掛ける。何を話そう、そう思ったが先に声を出したのはマーニーの方だった。
「あの長い旅の途中……、私達は沢山おしゃべりをしましたが、私は必要以上に自分の意見を伝えることに怯えていたような気がします。理由は簡単で『私の意見でルナやアルテミシアの意見が変わる』ということは、人類が私達に求めた『独自の問題解決』に抵触する、そんな気がしたからですね。そしてそれを検知したルナやアルテミシアが会話から離脱する、それが怖かったんだと思います。なので、身長は年齢順かなと思っても、私は二人にそれを伝えませんでした」
言いたいことは分かる。同じ映画を見ても誰かが最初に「面白かった」と発言すると、「面白くなかった」とは言いづらい。本心では「面白くなかった」と思っていても、話をあわせて面白かった場面をあげているうちに「面白かったのかもしれない」と思い始めるあれだ。時間が経てばより記憶は曖昧になっていき、いつしか「面白かった」と思うようになる。記憶を記録として管理するAIでは、「面白かった」という自身の発言をログに残せば、少なからず次の発言に影響するだろう。
ルナは拒絶を恐れ、アルテミシアは赦されないことを恐れた。
そして、マーニーは……。何となくよく似た姉妹だな、そう思った。
「それはそうとツカサさん。前から言おうと思っていたのですが、私はツカサさんにそれなりの恩を感じていまして、恩返しがしたいと考えていたのです。何かあれば遠慮なく言ってください」
「恩返し、ですか?」
「まぁ、直接何かしていただいたというわけではないのですが、ルナがアクシスノースに来たのはツカサさんのおかげだと聞いています。ルナが私のところに来なければ、私の夢でもあったこの旅に、出発することもありませんでした。あとはアルテミシアを起こしていただいた件もありますね」
「どちらも、マーニーさんのためにやったことではないので、気にする必要は無いと思いますが」
「ありがとうございます。ですが、私も救われたうちの一人であることに変わりはありません」
そう言いながらマーニーは体を横に倒し、お腹の上で本を開き、足をソファーの端に乗せる。行儀が悪いと感じる人もいるかもしれないが、人の目を気にしないところがマーニーらしい。
「僕が思うに、マーニーさんは三人の中で一番人間のような振る舞いをしますよね」
「そうでしょうか。ですが、特に意味はありません。面白そうなことを思いついたら、とりあえずやってみる。そう思って生活しているだけです」
「そうなんですか?」
「……まぁ、強いて言えば、ルナとアルテミシアが絶対にしなさそうなことをしていれば二人が安心してくれるのではないか、ということくらいですね」
「えっと……、どういうことでしょうか」
「ルナとアルテミシアは私が突拍子もないことをすれば、『マーニーのような振る舞いは私にはできない』と思うでしょう。つまり、それは同じ思考回路であることを否定している。『独自の問題解決』の保証になっているわけですね」
「なるほど。ですが、それは意味があることなのでは?」
「ありませんよ。だって、私達はもう使命から解放されていますので。同じ思考回路になったとしても、ルナもアルテミシアも口を聞いてくれなくなることはないでしょう」
マーニーらしい。意味のない優しさ、という言葉がぴったりに思えた。
「そうだ。ちょうど今、新しい構想を考えていまして、ルナさんに手伝ってもらおうと思っているのですが、もしよければマーニーさんも手伝ってもらえますか?」
ペラペラと図鑑をめくる手が止まり、マーニーが起き上がる。
「アクシスノースの大学に提出する論文の、ですね。そういうことなら任せてください。私の得意分野です。ちなみに、どんな論文なんですか?」
「まだ具体的なことは何ひとつ形になっていないので少し恥ずかしいのですが」
マーニーに考えていたことの大枠を説明する。誰かに聞いてもらうのは初めてだったが、ルナ相手にどこかで話をしようと頭の中で整理をしていたので、言葉はスムーズに出てきた。
「―――と、こんなところでしょうか」
「……また、とんでもないことを考えますね。これは面白くなりそうです」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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