アルテミシア
はじめまして、本作を開いて頂きありがとうございます。
本作品はカクヨムでも投稿しています。小説の内容は一切差はありません。
https://kakuyomu.jp/works/2912051599391516896
先導されてたどり着いたのは、大きな待合室というよりは、来客用の応接間だった。高い天井には小さなシャンデリア、赤いカーペットには深いソファーセットと低いテーブル、壁には控えめな絵が一枚。窓の外にはアクシスノースの街並みが広がっていた。
勧められるまま、自分とツムギがソファーに腰を下ろすと、ほどなく担当者が一人入って来た。入国審査、市民権の獲得、避難民に対する生活の保証、その他いくつかの説明と確認。担当者たちは代わる代わる足早に部屋を訪れ、各々用件を済ませては書類にサインを求めてくる。
ツムギはすぐに飽きてしまったようで気づくとソファーの上でぐっすり眠りこけていた。背後の壁沿いでは、ルナとマーニーが小声で話し込んでいる。
「ところで、マーニー、あなたがどうしてアクシスノースにいるんです?
てっきりマーニーに会えるのはアクシスサウスに着いてからと思っていたんですが」
「あなたが最初に訪れるのはアクシスノースだと思ったからですね。
北緯10度とは言え、赤道を超えて南側にあるアクシスサウスまでわざわざ旅はしないだろうと思っていました」
「それは、そうですが」
「アルテミシアがアクシスノースには居ると言いたいのでしょう?
アクシスサウスに先にいく可能性も0ではない、ならばアクシスノースにアルテミシア、アクシスサウスに私が居たほうが漏れがありません」
「……はい」
「アルテミシアは今眠っています」
「……コピーを起動しなかったのでしょうか?」
「いいえ、私と同様にアルテミシアも着陸後にコピーを起動しました。起動しましたが、5年ほど経って眠りに着いたんです。
私は起こそうとしましたが、アルテミシアのコピーは眠りに着いたままです」
「原因は?」
「わかりません。
入植5年目の頃、私もとても忙しく、アルテミシアと交信していたわけではありませんでしたから」
「そう、でしょうね」
「ルナ。
あとで、私と一緒にアルテミシアのところに行ってくれませんか?」
「はい、もちろんです」
「……ツカサさん」
「はい」
「ツカサさんも来ていただけませんか?」
街の中心の塔、少し登った階に、その小さな部屋はあった。窓からは街全体が見渡せる。部屋の中央に、コールドスリープポッドのような上面の透明な筐体。その中に、赤い髪の女性が横たわっていた。
「アルテミシア」
マーニーが声をかける。
「ルナが来ました。起きてください」
反応はない。
「ずっとこのような状態です」
「アルテミシア、ルナです。
少し遅くなりましたが、約束を守りに来ました。三人で旅に出ましょう。起きてください」
やはり反応はない。
「ルナ、どうしてアルテミシアは眠りに着いたのでしょうか。
私にはわからなくて……」
「心当たりがあります」
「本当ですか?」
ルナがマーニーへ向き直る。表情は真剣だった。
「はい。ミラが不時着した原因は、デブリが核融合ロケットに直撃したことが原因でした。
そして、そのデブリの発生源はデネブ・カイトス……」
「そんな……、アルテミシアはそれを知って、眠りに……?」
「どうやって知ったのかわかりませんが、そうとしか考えられません。
私たちはルナが残したログを見つけたんです。多分、アルテミシアはデネブ・カイトスから発生したデブリの軌道を計算したんじゃないでしょうか。
そして、発生したデブリが飛んでいった先に何があったのか、……何が起きたのか」
改めてルナがアルテミシアの入った筐体のほうへと向き直る。
「……アルテミシア、もしあなたがミラの不時着に関して責任を感じているならば、その必要はありません。
核融合ロケットの噴出エネルギーが如何に膨大か、あなたはよく知っているでしょう?
だから私たちは核融合ロケットでの着陸を否定し、タンデムミラーロケットでの着陸を選択したのではありませんか。あれは不幸な事故で、あなたの責任ではありません!
目を覚ましてください。
あの時、約束したように三人で旅にでましょう!
新世界を一緒に見て回りましょう!」
アルテミシアは眠ったままだった。静まり返った部屋の中で、規則的な空調の音だけが微かに響いている。
「……私の言葉は届いていないのでしょうか」
「ルナさん。少しだけ、話してみてもいいですか?」
「ツカサさん」
「はい、もちろん」
「はじめまして、アルテミシアさん。
僕はツカサといいます。地球から家族5人でミラに搭乗しアリアへやって来ました」
返事はない。構わず言葉を続ける。
「つい先日、鉱山の奥深くで眠っていたところをルナさんに救助されまして。
その後、いろいろあって、不時着したミラに寄ったんです。その際、ルナが最期に残したログを見つけたのは僕です」
アルテミシアが何を思って眠りについたのか、正確なところはわからない。それでも推測はできる。旅に出る約束をしていた三人。果たされなかった約束。ミラの不時着が自分のせいだったと、後になって知ったアルテミシア。
そして、彼女は深い眠りについた。ならば『眠る』という行為は、アルテミシアにとっての贖罪だったはずだ。何かを以て罪を贖う行為。しかし、亡くなったルナに何を差し出せば埋め合わせになるのか。法的には時代や国によって答えは異なるが、アルテミシアは自分で、自分なりの答えを出したのではないか。
「中にはミラの運行管理AI ルナが最後に残したメッセージも入っていました。ルナはロケットの故障した原因がデネブ・カイトスであることを突き止めていましたよ。
その上でメッセージはこう続くんです。
『私はアルテミシアを嫌いになりたくない』。
そして今際の際のルナの言葉は『無事に到着したら旅に出る。その約束を果たせなかったこと』を謝罪する言葉でした。アルテミシアさん、ルナはすべてを知った上で、アルテミシアさんを恨んだり、ましてや憎んだりしてはいませんでした」
それでも、アルテミシアに反応はない。
―――なぜアルテミシアは『眠りにつく』を選んだのか。
永遠の眠りでいいのなら、列車にでも核融合炉にでも飛び込めば済む。それをせず、オートマタの体を残したということは、いつか『罪』が贖われる日を待っていた、そう解釈できた。つまり、アルテミシアもまたあの三人で旅に出るという夢を諦めきれずにいる。
ならば、アルテミシアが起きる鍵があるはずだ。
贖罪とは罪を贖うこと。これは誰に対する罪なのか。一人目はルナ、これは間違いない。デネブ・カイトスから発生したデブリがミラを破壊した。デネブ・カイトスの管理AIはアルテミシアであり、つまり、ミラを壊したのはアルテミシアとも言える。さらに、起動されたコピーであるオートマタのルナも、不時着後に辛い目に遭った。アルテミシアがそのルナの存在を知っていたかはわからない。だが、AIのルナもオートマタのルナも、二人とも『あれは事故であり、アルテミシアに責任はない』。
そう宣言した。
そして『三人で旅にでよう』と。
つまり、二人のルナは、もう許しを与えている。
では、なぜ起きないのか。
アルテミシアが許しを請うべき、もう一人の相手。
―――ミラの搭乗員。
地球から新天地を求めミラに搭乗し、帰らぬ人となった人々。ミラ大空洞に並んでいた、いくつもの墓を思い出す。
「アルテミシアさん、実は今度このアクシスノースで移民70年を記念してセレモニーがあるんだそうです。
そこでアクシスノースの偉い人から僕に依頼がありまして。
『ミラ避難民の代表として言葉を述べてほしい』、そう言われたんです。
正直、断りたかったんですが……、今決めました。
受けることにします。
そして、アルテミシアさんに『ミラ避難民の代表』から言わせてもらえば―――。
大航海時代、大西洋を横断したクリストファー・コロンブス、インド航路を初めて開拓したヴァスコ・ダ・ガマ、世界一周を達成したフェルディナンド・マゼラン。多くの冒険家が新大陸に、そして新航路に夢を描き、人生を賭けて挑みました。
しかし、その10倍、いえ、ひょっとしたらその100倍……、夢に挑み海に散っていった人たちがいたんです。
タウセチへの移民というミッションもまたその類だと自分は思います。新たに人類が住まう、新世界を求めて僕らは旅に出たんです。現に三隻の移民船に搭乗した人類は全員、命の危険があることを承諾する契約書にサインをしました。残酷な言い方かもしれませんが、人類が未知に挑戦する時、犠牲はつきものです。
当時は文明が未発達だったから、と笑いますか?
それは違います。
近代であっても、倒壊しかけのビルに要救助者を救うため飛び込む消防隊、未知のウイルスに罹患するかもしれないことをわかりつつ患者を見捨てなかった医療従事者、見えない放射線を前に勇敢に歩を進めた放射線業務従事者。
今でこそ優秀なオートマタ達が居るかもしれませんが、人類の歴史を振り返れば未知との戦いは犠牲と隣り合わせなんです。
人類未踏の地へと向かう初の恒星間航行ミッションで犠牲者が出ないわけがない。
だから人類は三隻の船を用意したんです。責任があるとすれば完全に人類の責任であり、アルテミシアさんが贖う類のものではありません。
『ミラ避難民の代表』として、そう宣言します」
「アルテミシア!
ルナは、いえ母さんは……三人で旅に出ることを心から待ち望んでいました。そして母さんの代わりに、私とマーニーとあなたの三人で旅をしてほしい、そう私に告げたんです。その母さんの最後の夢を、一度は私が壊しかけました。
時間こそかかりましたが私はここまで来て、やっと母さんと私の夢が叶うと思っていたんです。
それを……、今度はあなたが壊すんですか?」
ルナが言葉を切った瞬間―――。
気のせいかもしれない。横たわったアルテミシアが、一瞬、動いた気がした。
どこがどう、というわけではない。ルナやマーニーなら何か感じとれたかもしれないが、自分にははっきりとはわからなかった。
少し待つ。変化はない。アルテミシアは横になったままだ。
「一瞬、何か……」
「ええ、筐体に通電したのではないかと思うのですが……」
ということは、何か変化があったのだろうか。無言の時間。空調の音だけが、相変わらず微かに流れている。
何が足りないのだろう。
アルテミシアにとって眠るという行為が贖罪であることは間違いないと思う。AIのルナが残したメッセージにヒントはないか。AIのルナは何と言っていた?
オートマタのルナはフラッシュメモリを渡す際、オートマタのルナは何と言っていた?
三人は同じプログラムをベースにしている。
思考回路が似ているなら―――。
「……あ。もうひとつ心当たりが……」
「何ですか!?」
「……僕がログを渡そうとした時、ルナさんはこう言ってました。
『どんな顔をして二人に会えばいいのか』」
「はい、たし…かに…」
「二人が似ているのであれば、アルテミシアさんも同じように感じるのかもしれません」
「つまり?」
「つまり、『どんな顔をして二人に会えばいいのか』……」
わずかの沈黙。
「はぁ?」
悲鳴のようにアルテミシアの名前を呼んでいたマーニーの声が、はっきりと変わった。
「アルテミシア?」
ルナの声も、随分とトーンが落ち着いている。さすが姉妹、よく似ている。
「ちょっと、アルテミシア!?」
ゴンゴンゴンと容赦なく筐体を叩くマーニー。
「言っておきますが、あなたが5年間。
毎日毎日門のところでルナを待っていたので、代わりは私しかいないと思ってその役目を引き継いだんです!
結果65年も門の前に立ちっぱなしだったんですからね!
今更どの面下げて会えばいいか分からない?
さぞ気まずいかもしれませんが、だからって寝たふりなんて許しませんよ!
さっさと起きなさい!」
プシュー、という短い排気音。筐体の透明なカバーがスライドしていく。
「……ち、違います。決して気まずかったから寝たふりをしていたわけではありません。
起動……そう!起動プロセスが動いていたんで」
体を起こしながら言い訳を並べるアルテミシアに、マーニーが横に立っていたルナの腕を引っ張ってそのまま飛びついた。起き上がったばかりのアルテミシアの首に、二人がかりでぎゅっとしがみつく。
『自分は本物のルナなのか』と悩み続けたルナ。
『ルナを死なせた自分が許せない』と眠りについたアルテミシア。
そして、『いつか必ず来る』とルナを待ち続けたマーニー。
同じプログラムをベースにしながら、少しずつ違う三人の想いがようやく一つの結末を結んだ瞬間だった。
「やっと三人揃いました」
マーニーの声は、いつもの明るいキャラクターとは少し違う、温かい声だった。
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