マールスの記憶③
「なるほどな、大体わかった」
シリウスは、自身の手の先の感覚に全神経を集中させた。兄妹が俺を伺うのを感じるが、今はそれどころではない。背中を汗が静かに伝う。
そして俺は決意した。
「定職につくよ、俺。というか国お抱えの魔法師になる」
それはとある雪の日。シリウス七百何十歳、フリーター卒業宣言であった。
ーーーーーー
特別魔法(この時代では禁忌魔法と呼ばれる)を作るって言ってもその方法は色々だ。
本当に一から任意の特別魔法を生成するもの、火魔法水魔法とかを組み合わせて作るもの、誰かの特別魔法の因子を抽出し、他の人間に移植するもの。
その中でも俺たちが研究し、今回スピカに試そうと言うのは、魔法動物の魔法因子の移植だ。
「ま、魔法動物……。魔物のこと?」
「そうだ。学術的には魔法動物と呼ぶ。魔物だと魔法植物も入ってしまうしな」
「へ、へぇ……」
スピカは困惑気味に返した。その小さい眉毛を八の字に下げるが、とりあえずは飲み込んだようだった。
「……それは、危険はないの?魔物の移植だなんて。ただ食べるだけとは訳が違うでしょ?」
「ない。これは断言していい。魔法動物の魔法因子に限っては、普通に人間が持つそれと全く同じだ。多少の拒否反応によって体に馴染まず体外に排出されることはあっても、そいつ自身の体に何か悪さをするものじゃない」
次に突っ込んだのはレグルスだった。彼にはスピカが俺に弟子入りしたこと、レグルスを助けるために特別魔法を習得しようとしていることを話していた。
何をするにも親御さんの許可は必要だ。意外なことにここは揉めずに了承を得られたし。
「それはその、目に見えないだけで魔物っぽくなったり、後々魔物になったりとかはないの?」
「ないよ。牛痘ウイルス接種したら牛になるって俗説と一緒だ」
「いや、それはよく知らないけど……」
不安げなレグルスには、目をしっかり合わせて断言してやる。
俺は女に関しては調子を合わせがちだが、研究に関しては嘘はつかない。こればっかりは信じてもらうしかないが。
「安全性についてはそんな感じ。それで次は適正についてだ。まあ精神面のことは色々あるが一番の課題はその本人の持つ体内魔力量だ」
「体内魔力量?」
俺の言葉に、二人はそっくりな顔を見合わせた。魔法についての教育はもちろんこんなど田舎まで届いているとは思わなかったが、思っていたよりも知識が全くないようだった。
「そうだ。その魔法使いが体内に貯蓄してある魔力量のことだな。これは生まれつき持っているものだからどうしようもねえ。お前たちはどれくらいある?六歳の時一斉に測るだろ」
「私まだ五歳だから知らない……。お兄ちゃんは?」
「僕も測ったような測ってないような。水晶がうっすら光ったような?どんどん次々使ってたし、前の人の光だったかもだけど」
「おい、子供の魔力測定は役所の義務だぞ……」
思っていたよりも杜撰である。これで魔力暴走でもしようものならば、壊れるのは街の一つや二つではないと言うのに。
「あ、その体内魔力ってのが絶対必要なんだ……。私、少なかったらどうしよう」
頭を抱える俺をよそに、スピカは不安そうな顔をした。その懸念は最もだった。というか魔力を持つのはその多くが貴族だ。平民のこの子たちに正直期待はできない。
「……まあ、やってみないとわからないからな。とりあえず測るぞ」
俺はそう言って左目を瞑った。そして「視る」。緊張からか、彼女の体が固まるのが見えた。
兄妹にはこう言ったが、実は魔力が足りなくてもなんとかなる方法がなくもない。
魔力がないなら注げばいいのだ。シリウスの魔力は誰かに分け与えても余りあるくらいには潤沢だ。しかしそれを敢えて言わなかったのは、その行為こそ命の危険があるからだ。
魔力を流した時の拒否反応は、魔法因子の移植の比ではなく、しかし拒否反応と同時に順応させようとする反応も起きるから体外への排出もかなわない。タチの悪い熱病のような、大火傷を負った時のような症状が短くて数日、長くて数ヶ月も続く。
それに、流した直後の拒否反応だけではなく、魔力を流すと言う行為自体が危険だ。
具体的には、魔力を流された側の魔力が流した者の魔力が一緒になる。
何を当たり前のことを、と思うかもだが、これがまさに危険な状態なのだ。魔力が同一と言うことは、魔法、儀式、呪術の世界においてその二人が同一の存在とみなされる。
放たれた攻撃魔法によるダメージが共有、というのはあまりない。ダメージを受けるのはその肉体だからだ。
しかし例えば俺が呪われた時、スピカも同様に呪われることとなる。俺自身だけならば呪いを弾き返すことも容易だが、スピカにその知恵と技術がないのも明白。そして俺もつまらない呪いをかけられる心当たりは数知れない。
そう言うわけで、そんな爆弾彼女に背負わせるわけにはいかないと言うわけだ。
俺は右目に神経を集中させる。
白銀の粒が視界に飛び込んできた。まるで太陽の光のようなそれに、咄嗟に目を眇める。
『スピカ』『苗字はない』『兄が一人』『シリウスの弟子』
彼女の表面的な情報が一気に溢れる。しかし知りたいのはもっと先、彼女の魔力量、さらに魔法適性なんかも。
魔法動物の魔法因子と拒否反応を起こさないボーダーラインは魔力値最低五百程度。魔力値とはその魔法使いがぶっ続けで何年魔力を出力し続けられるかと言う値なので、五百でもべらぼうに高い。俺はもっとあるが。
しかしそれでも最低ボーダーラインだ。弱い魔法動物を多数移植し続けて、数年以内には成功するだろう、と言う程度。スピカが欲しいのは病気の治癒能力だ。それに近い効果を持つ魔法動物にいくつか心当たりがあるが、そのどれもが三千は必要である。
果たして。
『好きな食べ物はクッキー』『嫌いな食べ物は腐ったもの』『母と兄が好き』『料理が好き』『お化けが怖い』『シリウスも好き』
彼女自身のプライベートな心情を飛び越え、あともう少し。
あと、もう少し、というところで。
キンッ。
「あ?」
弾かれた。俺はゆっくりと左目を開ける。そして視界に広がる光の粒をかき分けると、彼女自身に近づいた。
スピカはどこかぼんやりとこちらを見ていた。レグルスが「ど、どうだった?」と緊張したように問いかける。
「なるほどな、大体わかった。これは驚いたな」
それに答える俺も、どこか呆然としていた。
そっと手をかざす。軽く自身の魔力で彼女の魔力器官に干渉するが、軽く弾かれる。やはり思った通りだ。
「少なかったの?」
スピカは囁いた。その声は震えていた。
「いいや、多いな。これだけあれば十分だろ」
わっと声が二つ上がり、兄妹が顔を喜びに見合わせる。それに水を刺すのは気が咎めたが、俺は静かに続けた。
「だからこそ、まずい」
「え?」
「良かったんじゃ、ないの?」
まずい、これは予想外な方向の不味さだ。俺は軽く天を仰ぐと、こういった。
「定職につくよ、俺。というか国お抱えの魔法師になる」
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魔法の道は一日にしてならず。だから俺がいなくなっても、しっかり励めよ。
そんな格言のような、他からの都合の良い転用のような言葉を残して、シリウスは家を去った。
そして三日後、帰ってきた。
なんか馬鹿でかい機械を背負って。
「魔力測定器・バージョンナイン〜」
「何そのその微妙なダミ声は」
「ああ、先輩の魔法師が何か道具を出す時に必ずこの言い方をするんでな、うつった」
その先輩はもう少し前の研究員のが写ったとも言っていたが。まあそれはともかく。
俺が背負ってきたのは、その名の通り魔力測定器だった。しかもそれはそこらの役所が使用しているものとは比べるまでもないもの。
大きさは大体スピカ一人分程度。大部分が鉄でできているので重さは相当のものだ。しかし性能はそれ以上。
魔力量、魔力変換効率、適正魔力、特別魔法の内容がこれ一台で見れるのだ。しかも機械なので魔石さえ噛ませれば、測れる魔力は上限がない。
そう、この前俺が『視』れなかったのはそう、魔力量がこいつよりも少なかったからだ。
特別魔法といえど、魔力量にあまりに差があると相手への効果が薄い。しかしこちらも数百年熟成している魔法使い、そんな経験をしたことはほとんどなかったので間抜けな顔を晒したが、ゼロではない。
すぐに対処法を思い出して、こうして持ってきたと言うわけだ。
「こんなごちゃごちゃがそんなすごい機械なの?」
スピカが恐る恐ると言うふうに機械の表層を撫でる。レグルスは「へえ、かっこいいじゃん」と目を輝かせたが、彼女にはこの未知な物体が怖いようだった。
見た目は諸々剥き出しで、メカニックといえば聞こえはいいが単純にメンテナンスのしやすさ重視だ。制作時はこのように持ち出す予定もなかったし。
そう伝えると、兄妹は目を丸くした。
「も、持ち出してきちゃったの?王立研究所から?」
「いいんだよ、俺が作ったんだからちょっと借りるくらい問題ねぇ。使う予定もないしな」
何せ馬鹿でかい機械だ。作ったのも随分前だし化石のような扱いを受けていた。製作者としては泣ける話だ。今はかろうじて、魔力の強い平民が王立学園に入学する際に使われるそうだ。つまり一年に一回あるかないかの活躍。
そんなわけだから、結構すぐに貸し出し許可は降りた。それはそれで複雑だったが、好都合だ。
「じゃ、早速使うぞ。おい、レグルス、スピカを抑えろ。あ?何で抑えるかって?あー……。まあ、怖くない、うん、痛くも、まぁ、ない。うん、ちょっとチクっ、グサッ、ガリッとするが、すぐ治すし、な?」
実際の使用についての描写は割愛する。ちなみに俺とレグルスはその後暴れに暴れたスピカに顔面を引っ掻かれた。
『スピカ』『魔力値五万千十二』『特別魔法;なし』
「これでお兄ちゃんを助けられるんだね?!」
「あー、まあ一応第一段階はクリアだな。まあでもあとは簡単だ」
「第一段階?あと何かするの?」
「目的の魔法動物を仕留める。まあ猛獣狩りだな」
「……簡単?それ」
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と、まあ自信満々に言ったのがつい昨日のよう。
至極簡単な猛獣狩り。正直俺の力を持ってすれば、大体だの猛獣を狩ることは可能だ。それこそ焼かれた研究所には、自身で採取した猛獣の魔法因子がわんさかと保存してあった。
だからこそ最初にして最大のハードル、被験者スピカの魔力値をクリアしてしまえば、魔法因子の移植など簡単である。
はずだった。
「あ、うわ、え、ま、ちょ」
「おいスピカ、そこ右だ。そのままツノ折れ」
「ししょーせめてアドバイスはこっち見てから言ってくんない?!無理無理無理無……」
「いけるいける」
人の入っていない深い深い森。
季節はまた一回りを少し過ぎて、春。俺とスピカは魔法動物狩りの旅に出ていた。
レグルスはあの後数日後体調が更に悪化してしまい、俺が古い友人に頭を下げて引き取ってもらった。……一応言っておくが研究所を焼いた奴らとは別のだ。
しかし季節を丸々一回り。スピカは気付けば七歳になっていた。
ドシン。重い音が地面越しに響き、俺はやっと手元の論文から顔を上げた。
今回の獲物である大型魔物の成獣が地面に伸びている。牛のような外見だがその獰猛さはそんなものではない。しかしスピカは上手く仕留めたようだった。
静かに近づくと、魔法動物の近くに座り込んでいたスピカが顔を上げた。あれだけ騒いでいたが全くの無傷。こいつもまだ力押しの部分がでかいが、かなり成長した。
注射器を取り出して一本、二本と血液や髄液を採取していく。必要量試験管に入れたり魔法で分離したりと、慣れた作業を淡々とこなす。
「スピカ」
そして彼女を呼ぶと、彼女は黙って口を開けた。別に経口接種じゃなくてもいいんだがと前に言ったが、「注射される方が痛いじゃん」とのこと。多分先の「魔力測定器・バージョンナイン」が尾を引いている。
「…………」
「…………」
俺は黙ってその下に薬液を垂らした。
一秒。何も起きない。
二秒。何も起きない。
三秒。何も起きない。
一分。何も起きない。
三分、十分、十五分…………。
たっぷり二十分。ダメ押しのように「なんかあったか」と聞くと、スピカの答えは否。
やっぱり今日もか。
俺は天を仰ぐと近くで転がりっぱなしの魔法動物を処理して荷物を片付ける。スピカもそこそこ回復したのか自分の足で立ち上がった。
今日の夜はこいつのシチューだなとスピカに言うと、美味しいの?と目を輝かせた。あぁ、めっちゃうまい。
でも今日シチューはちょっと暑くない?とスピカは言った。彼女はその目を眇めてカンカンと照りつける太陽を仰いだ。
そうかもな、と俺は返す。しかしこの魔法動物の一番美味しい食べ方がじっくり煮込んだシチューなので致し方ない。二人して汗だくになって作って、汗をかきながらかき込もう。
俺は少しうんざりしながら、袖をまくる。どこからか花の匂いがした。
春になっていた。
特別魔法の習得ができないまま、気付けば一年と三ヶ月が過ぎていた。
お、終わらない……!できれば次回で終わらせたいです。もしかしたら一万字超えるかも




