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身代わり少女の生存記  作者: K.A.
前日譚:初等部3年
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ふたつめ

すみません、タイトル入れ忘れておりました。修正済みです

「私、中等部生になったらもっといい女になる」

「お、おう……」

「それでね、レグルスにハニトラかけるんだ」

 ギナンの思わぬ目標に、その無邪気な笑顔に、シリウスは最近の子は早熟だなと気が遠くなるのを感じた。


 卒業式も無事に終わり、卒業生にとっては一足早い春休み。

 シリウスの主な仕事場である高等部魔法学準備室。何も関連のないギナンが溜まり場よろしく室内のソファを陣取るのは、もはやここ最近毎日のことだった。

 まあ、今日に限っては、彼女は俺が呼びつけたので文句はあるまい。今日はスピカの誕生日、つまり毎年の儀式の日だった。

 儀式の場所まではシリウスの魔法でひとっ飛び。とりあえず準備室集合にしようという話で、未だ春休みに入っていないレグルスは授業中のため後ほど合流予定。そう言うわけで、その時は偶然ギナンと二人になった。そのため珍しく先生風を吹かせ彼女に今後の目標を聞いたその返答が冒頭の言葉である。

 あれ、俺が聞いたのって中等部入学に向けた目標とかだったのだが。もっと勉強頑張る、とか行事楽しみ、とかそういうのでいい。というかそういうのがいい。

 まあ彼女に関しては、話によると前世では十七歳の時に亡くなったらしいので、今の年齢通りの振る舞いを求めるというのも酷であるのかもしれない。


(いや、それにしたって、それにしたって……!)

 シリウスは教師として、というか良識のある大人として、十二の子供の発する「ハニトラ」という言葉に頭を抱えたくなった。まあ、良識なんてものが備わっているのかも、その良識だの常識だのが現代に即しているのかは何百年生きている彼には逆に判別つきにくいところであるが、それでもとりあえず大人として頭は抱えておいた。

 長いこと生きているので、周りを見てそれと整合性がとれるように振る舞うのは得意だ。

 ちなみにこういうことを同じような人外仲間に言うと「無駄な足掻きだな」と言われる。


「……つまり、レグルスをメロメロにしようってか?」

 シリウスは言葉を選んで選んで問いかけた。少しでも子供ぽい言葉に直せば中和されるのではと思ったので。何がって?不穏さがだよ。

「そう、そうだよ。メロメロにしたいの」

 シリウスの思惑を知ってか知らずか、ギナンはそれに満面の笑みで肯定した。ことさら子供っぽい笑みにシリウスはやっと彼らしく少々下品に笑うと、「知らなかったな、お前レグルスのこと好きだったのか?」と問いかけた。子供相手に恋バナを振る大人としてはゼロ点である。

「あ、いやそれは違うんだけど」

「違うのかよ」

 恋バナを振られた側の子供の態度もこれで言うとゼロ点である。恋愛感情一切ないのに人を誑かそうとしてるのかこいつ。ただのハニトラじゃねえか。いやそう言ってたが。

「ハニトラって言ったじゃん。ハニートラップ!恋愛感情なんて持ってるわけないじゃん」

 こちらの心を読んだかのようにギナンが強調する。しっかりとしたカタカナ英語であった。俺は天を仰いだ。まあ神様なら天ではなく目線を下に下げたところにいるのだが。


「……なんでまた」

 チラリと扉を確認する。レグルスは授業中。しかしもうすぐ最後の授業が終わる頃である。チャイムもまだ鳴っていないし彼がここに来るまで時間はあるだろうけど、話している内容が内容なだけにヒヤヒヤとした。

「分かんないの?」

 対するギナンも一応レグルスに聞かれるとまずいと言う気持ちはあるのか、チラリと時計を確認した。本当に聞かれたくないのなら、もっと早くからこの話を始めていれば良かったのに。俺が、中等部での目標なんて話を振る前に。

(実はこの話をする気はなかった?にしては聞いて欲しそうである。話をすること自体勇気のいることだったとか?)


「わ、かんねえな。なぜだ?」

 チラリと見た拳は、確かに震えていた。よく見ると薄く笑みを浮かべる顔はどこか強張っているように見える。俺はなんだか困ってしまった。まるで自分がこの小さな少女を追い詰めている気さえした。

「…………」

「…………」

 彼女は少し沈黙した。少し緊張しているようで、何か考えているようだった。そして薄く唇を開いて、最低限の音量でこう言った。


「私を視て」

 その声音はどこか必死で、俺は黙って左目を閉じる。


 サーチ・アイ


 俺の右目は神の目。この世の何もかもを見透かす目だ。それで言うとまるでこの目は目の前の神の少女から賜ったように思えるが、実際どうなのだろう、自分の目は自分では視れないので。

 右目に映る少女は骨の中まで、魔法学的な粒子の一つ一つまで鮮明だった。

 こんなに集中して視るのも久々で、その芯の芯まで踊るように右目に飛び込んでくる。彼女らしいくすんだ空色の粒子が情報を紡ぐ様に、俺は密かに息を呑んだ。

 やはり、人間というのは美しい。

 俺はその景色の鑑賞もそこそこに、情報を拾っていく。


『ギナン・イマイ』『十二歳、女』『前世の記憶あり』『特別魔法:相手の前世を見る魔法』『基本魔法への適正なし』『イマイ家唯一の息女』『イマイ家家族との触れ合いが少なく、情が薄い』『健康体、やや視力が弱い』『乾燥肌』『花粉症』『軽度のホコリアレルギー』『この世界の唯一神』

(……)


 一旦ここまでいいだろうか。左目を開けると、空色の情報はそのままに粒子の動きが止まった。軽くそれを払うと空中を泳いでいって、少女の顔が見えた。

「どうだった?」

「あ、あぁ」

 やはりどこか硬い表情の彼女にその内容を伝えると、「そう」と軽く返された。俺はさりげなく『神』の一文字から目を逸らした。

「もう一つ聞きたいんだけど、それって誰かが知ってる情報が流れてるの?それとも本当の、事実が流れてるの?」

「ん?どう違うんだ?」

「いや、その……」

 彼女は言葉を選んで、視線を左右に揺らした。俺はなんとなく、彼女がずっと話したかったのはこのことなのではないかと思った。


「私って、自分のこと神だと思ってるじゃん」

「ああ、ここだけ聞くとやべえやつだよな」

「うるさい。……だけどこれって事実ではあるのかを確認する方法がない。私は自分をこの世界の神だと思ってるけど、ここがもしも私以外の誰かが私の作った物語に似せた世界を作ったのだったら、神は世界を作った誰かになる。もしくは、私以外の神がいる可能性もある。私は神だけど、もしかしたら他にも神様がいて、例えば儀式だの宗教だので祀られる神がいるかもしれない」

「……なるほど」

 俺は気づく。それはなんとも、思春期らしい悩みに思えた。自分のアイデンティティに悩む時期。自分探しの旅なんて言葉もある。神だのなんだの、子供の身に余る個性を持って育った彼女にとって、出奔しないだけ優秀だろう。

「だから確認したかったの。私って神様だよね?『唯一神』って事実なんだよね?」

 ギナンはまるで、裁きを待つ罪人のように瞳を伏せた。泣いているように見えて、俺は慌てて、しかし慎重に答えた。

「……根拠になるか分かんねえが、俺は三十年先の災害も分かる。あと、まだ小さくて兆候すらないガンも」

「……そっか」

 俺の言葉に彼女はもう一度何かを考えるように視線を机に這わせた。長考する姿はすでに不安の色は無くなっていて、知らず肩に入っていた力が抜けた。自分はどうやら、この幼い少女の弱る姿を見たくなかったようだ。


ーーーーーー


 チャイムが鳴る。気づけばずいぶん時間が経っていた。レグルスももうすぐこちらに着くだろう。

 短い時間だったが、確認方法は特殊だったが、まるで思春期の、なんだか普通の学生のような相談をされた。

 ずっとこのままならいいのにと、最近思う。スピカを復活させるための儀式を文字通り命がけで行っているレグルスには悪いが、俺はもうこの歳だ。別れにはなれている。

 そして失ったものを取り戻すより、今あるものを失う方が怖くなっている。

 だからこそ儀式の終わりが少し怖いが、それはそれ。儀式が破綻してレグルスを失う方が怖い。


「うん、分かった。やっぱり賭ける価値があるよね」

 チャイムの余韻が引くか引かないかの時、ギナンが言った。その瞳は覚悟を決めたように、黒く燦々と輝いていた。

「……何がだ?」

 嫌な予感がした。背中を汗が伝う。そもそも、なんでこんな話になった?水色の情報に襲われて忘れかけていたが、元々はレグルスにハニトラをかけるという話だった。別に恋愛感情もないのに、彼の恋心だけを奪いたいという話で、それの理由がこれ。

 つまりはその理由とは、彼女が神様だから。

 ……だから?ギナンはその答えをきっと軽々しく口にした。


「ねえシリウス。マールスの花弁は私に咲かすよ」

 神様めーれーです。と一度もしたことのない名目の神託を告げた唯一神は、もしくは少女は薄く笑う。

 俺はしばらく後にレグルスが入ってくるまで、言葉を失っているしかなかった。



ーーーーーー


《どうかしたか?》

 隠していたつもりだが、態度に出ていたようだ。俺はレグルスの出した火文字から目を逸らした。

「なんでもねーよ。さっさとやれ」

《あっそ》

 もちろん訝しげな視線は止まなかったが、さっさと済ました方がいいのは確かだ。レグルスは視線を手元に戻すと、魔力を集中させた。


「一昨年に術者の心臓、去年一つ目の捧げ物の乙女の血、そして今回は二つ目マールスの種、ね」

 静かに儀式を見ていたギナンが呟く。彼女とは結局、先ほどの話はできなかった。というかお互いレグルスの前で話はしようとしなかった。

「ただ種を捧げればいいってわけじゃねえぞ」

「……あー、育てなきゃいけないんだっけ?」

 こいつ忘れてたな。俺は神様側の余りの不真面目さにため息が出る。この儀式は一応神様に願うための儀式なのだが。


 俺はこちらの会話には口を挟まず儀式を遂行しているレグルスを見た。

 彼は魔法陣の一角の土を掘って、静かに種を植えた。魔植物の実マールス。野生のそれは自然界の微量な魔力を吸って育つ一方、絶え間なく魔力を注げば人力で育てることも可能。

 そして儀式における二つ目の捧げ物はそれだ。マールスの種とその育成に必要な魔力。つまりは術者の魔力のみでマールスの実を育てろということだ。ちなみに三つ目の捧げ物はその成果物である実自体になる。

 これは簡単に言うが結構難しい。かなりの魔力が必要になる、というか普通の人間がやろうとすれば魔力切れで死ぬか死ななくても日常生活がままならないほど魔力を持ってかれるだろう。例えば魔力量チートのスピカや、自身の魔力量を増量できるレグルスでなければ。


《よし、とりあえず終わった》

 火文字が浮かんで、種を植えたはずの地面に目を凝らすと先ほどはなかった小さな小さな芽が出ていた。本来、魔力の薄い普通の森では何十年もかけて育てる植物。どれだけ魔力を使ったのか、彼は軽く息が荒れていた。思わず水を差し出す。

《冷たい》

「そりゃ良かった。そんでお疲れ」

《まだまだだろ。ここから一年かけて一つの樹木育てるんだから》

「まあな」

 確かに気の早い言葉だったかもしれない。今年はきっと忙しくなる。この木はレグルスの魔力のみしか受け付けないようにしているので、水やりの如く頻繁に通わなくてはいけない。とりあえず週一でここに飛ばしてくれと事前に言われていた。


「しかし、懐かしいな。マールスか」

 俺はポツリと呟いた。儀式を行なっている洞窟を出ると、洞窟自体魔力の溜まるスポットだったこともありマールスの実のなる木が植っていた。ほとんどが先の山火事で焼け枯れていたが、残ったのを一粒むしる。かじると甘い。

「美味しいの?それ。食べたことない」

 都会育ちのギナンはそう言って俺に倣ってむしった。レグルスは黙ってそれを魔法で水洗いしてやった。

《美味しいよ、甘くて、大きくて、手で皮が取れるほど柔らかい。そして元気になれる》

「……」

 どこか懐かしいフレーズに俺はレグルスを見た。彼も同じことを思い浮かべていたのか、俺をまっすぐ見ていた。

「…………」

 視線を逸らしたのは俺の方からだった。


 そのフレーズを知っていた。彼女が、スピカが言っていたから。

 この兄妹に出会ったのも、マールスがきっかけだったなと思う。その話を彼に振る勇気はまだない。

 あの日々の記憶を幸せだったかと尋ねる勇気も、きっと一生湧いてこない。

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