第27話 器は人を表す
「ふむ。だいぶ、落ち着いてきたな」
窯を開けて取り出した中に、弟子の作った壺や皿が幾つも混じっていた。
「ありがとうございます、お師匠様」
山中に作った窯は、山の斜面を利用したものだ。古くは中国で、その姿が登っていく竜の姿にたとえられ「龍窯」と呼ばれた形式である。
釉薬と土の関係だろう。オウシンが焼く器は、その心根を現すように、研ぎ澄まされた青が美しかった。
もしも、ショウがこれを見たら「青磁かよ!」と驚いたかもしれない。
違いと言えば、規模だけ。中国では、専門の窯が五十メートル以上もの長さで作られたが、オウシンの、それは十メートルほど。
ただし、短い分だけ焼成温度の管理が楽になり「一人」でも薪を投入し続けられる――おおむね二~三日かかる――程度になる。
点火から薪を頃合いに、かつ油断なく投入し続けて適温にし、そこから本格的な焼き上げに入るまでに、丸三日。
そこから、徐々に冷ましていくのに丸一日。
つごう、丸四日間、眠ることはおろか、気を休ませるゆとりもないのである。つまりは、全ての邪心を捨てて、ただひたすら炎と向き合いう必要があった。
なにしろ、入り口を塞いである。窯の中の様子と向き合うのは、ひたすら炎を見つめ、音と風と、肌で感じる熱さと、全てを忘れて、ただ受け入れていくしかないのだ。
今回が最後と見定めたが、ようやく、ここまで来たと、オウシンは感慨深い。
「君がここに来て、何度目の挑戦だったのか」
「もはや思い出せませぬ」
静かに首を振る弟子から、何かがそぎ落とされた気がした。
『ようやく、意識を研ぎ澄ませることができるようになったのかもしれない』
そこから、一つずつ、丁寧に取り出すのは、オウシンと弟子との共同作業だ。
取り出す過程で、オウシンは実感していた。
『ようやく変わったか。全てを自然のままに曲げられるようになったらしい』
初めはヒドかった。いや、器を作りという点なら、世話のない弟子であったのは事実だ。
小器用な弟子なのである。
器を作るだけ、壺を作るだけなら、すぐに覚えた。
もちろん、本人は真面目に取り組んでいる。
山の中で、師匠と弟子との二人暮らし。
ところが、できあがる器という器は、問題だらけ。見るべきものが見てしまうと「使い物にならない」のだ。
もちろん、弟子には 「そのつもり」などないことはオウシンにもわかる。
けれども、焼き物とは、心を写すものである。
落ち着きがないときは、釉薬にどこか乱れが出るし、心が重いときは器全体から覇気が消える。
弟子の作る作品は、綺麗にまとまっている。釉薬の加減も覚えたし、手びねりでの大胆さも持ち合わせている。
そして、焼き上がる前は「整った器」としか見えない。
ところが、である。
焼き上がった作品を見ると、オウシンだけではなく、本人もため息をついてしまうほどにひどい。
「なぜなのだろうな」
「と、おっしゃいましても、私には何が何だか」
オウシンの言わんとすることがわかる程度には、見る目もある弟子だ。
いわば才能の固まり――武芸だけではなく、器作りまでも――である。
だが、焼き上がった作品の全てが、使い物にならなかった。
「いったい、どうして」
オウシンの言葉は、弟子に対するというよりも、自分自身を責める口調である。
一見すると整っていて、ともするとオウシンよりも、形は整っている。けれども、磨き上げるまでもなくわかる。
焼き上がった器の全てに、どこかしら「女体の曲線」が生まれてしまう。それも、茶碗のちょっとしたカーブ、壺の持ち手の曲線に、女体が見えてしまうのである。
まさに煩悩。いや、煩悩を集中させるとこうなるのだろうか?
それは見る者の顔を赤くさせるほどに、露骨な淫靡さを醸し出す器。オウシンはそれを「魔器」と呼んだ。
使えば心を乱し、眺めれば思考を濁すという意味で、確かに「魔」であった。
すぐさま、手近な枝で片端から打ち壊そうとは思ったが、考えてみると、弟子の成長の証しを、後で振り返れないのでは、師匠として失格。
よって、一度の窯入れで、皿の各種、壺に置物。十点にも満たない「記念」だけ残して破壊する繰りかえし。
魔器を残しても、本人の悪夢となるだけだろうという親切心である。
だが、2ヶ月にもわたる山ごもりの結果だろう。
ついに、弟子は「普通の器」を作り出せるようになった。
つまりは己の邪心を克服できたのであろうと、心から、弟子の成長を喜んだオウシンである。
そして、最後の一つは、本人に完全に任せ「用途にとらわれずとも良い。形にとらわれる必要もない。そなたの自由に、心を発揮させよ」と命じた壺が取り出される。
焼き上がる前から、不思議な形だとは思っていたが、その複雑な形ゆえに、釉薬が溶け合い混ざり合った結果であろう。
意図せず、青みに赤い筋が幾つも生まれ、上部の複雑な形状が、まるで青い炎のごとき壺となっていた。
もしも、これをショウが見たら、絶対に叫んだはずだ。「火炎式土器!」と。古代人の魂の形とされた美しい造形である。
それを、弟子は、心の発露として作り出したのだ。
「これは、見事。まさに、炎の如し」
オウシンの調和の取れた、大人の落ち着いた心では逆に出来ないはずだ。若者が、心に弾けんばかりの覇気を発揮したからこその美しさなのだろう。
「これで、一つの節目となったかもしれぬな」
オウシンはようやく弟子に、許しを与え、下山を決心したのである。
しかし、オウシンは、その精神性の純粋さゆえに、気付くはずがなかった。あるいは、自身の心眼の確かさを過信したのかもしれない。
弟子は、けっして明かすことが出来ない心の叫びでは、こうなっていたのだ。
『やったぁ! やっと、メリディアーニ様の匂いが形に出来たぞ! うん、そして、青い色艶がメロディアス様で、この赤い線がアテナイエー様。よし、これで三人もい手に入れたぞ!』
その心は、生涯伏せられたのだという。
なお、弟子の作った失敗作は、地元の商人が「オウシン先生にはお世話になっておりますので」と思わぬ高値で引き取ってくれた。
間もなく結婚する妻へ、良い土産を買えるとホクホクのサム。
しかし、神ならぬ身ゆえに、まさか……
商人が引き取った魔器の数々が、やがて好事家の手に渡り「帝国初期の謎の魔器」として、高騰するとは、誰も知らなかったのである。
いや~ サム君。天才なので……
きっと、後の世で「帝国初期の魔器の秘密に迫る」みたいなテレビ番組が作られるんでしょうね。案外「作者は帝国の黒槍、カイである」説になったりして。




