第28話 研ぎ澄まされた
サムと言えども、好奇心はある。
皇室警備の責任者となれば、この先、自由な旅などできないだろう。
かといって、皇宮にヘンな槍を持ちこんで、得意になっている爺さまに、いつまでも任せっきりにも出来ないのは自明。
この場合、鉢割ジョイナスの腕を信じるかどうかの問題ではない。実際、引退したとは言え、戦場に行けば、間違いなく、覇気と経験は別格だ。きっと、サムとは比べものにならないほど活躍するだろう。
歳を取っても、ゴールズ・エレファント隊・元大隊長なのだから当然のことだ。
しかし、護衛とは、狭い室内を想定するのが本来である。それなのに、なんでヤリを持ち出すのか、という話だ。
そもそも、何重にも用意されている護衛を、正面切って乗り越えられる暗殺者がいるとは思えない。
だからこそとサムは思う。
「暗殺者は小細工を狙う」
そういう時に、ハルバートでは小回りがきかないのだ。
かくして、サムは趣味と危機感を両立させるため、思いっきり南回りの旅をしつつ、全力で駆け続けたのである――可愛い子を見かけたとき以外は、であるが。
そんな中、スコット家の「高速道路」を経て、トライドン家の領地へと入ったときだった。
ここまで来たら、スコット家から帝都に向かう高速道路に戻るよりも、トライドン家に続く山を突っ切った方が速い。
「あっちは、軍事用だもんね」
サムは、特権を使うのをためらわない。シーランダー王国への侵攻用の街道なら「駅」が整備されているのは常識。
皇室警備の責任者となれば、替え馬を望むがまま用意してもらえるはずだ。
「ま、ネズミに困ったら、仔猫をもらってこいってやつだ」
山越えまでの辺鄙な村を通過すれば近い。
そして、サムなりの修行の成果なのだろうか。オウシンの山を出てから、サムは一度も足を止めない。時に、馬を下り、一緒に走ってまでして急ぐ。
心に何かが囁くせいだ。
「急ぐのが使命だ」と。
剣を帯び、荷は最小限。修行を終えた身体は軽い。
借りた馬とは言え、よく走ってくれている。
――ひたすらに、急がせた。
理由のわからぬ使命感のおかげと言うべきか。山裾の、その村に差しかかった時、異変はすぐに分かった。
人の気配が妙だ。
サムは、この気配を知っている。
『絶望のニオイだ』
目に入るのは、道端で膝をついて泣いている老人や子どもたち。あちこち怪我だらけの男たち。おかみさんたちが、懸命に、手当てをしている。
「何があった」
問いは短かった。
サムの身なりはボロボロだが、山ごもりを経た眼光は、ただモノではないと一目でわかるほど。
それに威圧されたかのように、ひとりのおかみさんが、オロオロとしながら答えた。
「娘たちが……さらわれました。ウチの子は、来月、祝言だというのに」
それが口火となったのか。
村人たちは、馬を囲むように口々に訴えた。
十人以上が槍や剣を手にし、甲冑姿の者までいた。皆、ボロボロだった。
腕を巻いた布に、血を滲ませた男は村長だと名乗り、こう言った。
「やつらは、シーランダーの敗残兵だ。こっちに逃げてきたんだろう」
もはや略奪だけを行う獣と化し、女たちを売るつもりだろうと。
サムは、静かに頷いたのだ。
「どっちに行った?」
老人が震える指で、山へと続く獣道を示す。
サムは、迷わず駆けた。途中、分かれ道や、木の枝で隠された道もあったが、一切迷うことなく、道を選び、隠し道をあばいて突き進んだ。
「女たちを連れている分、動きは遅いか……」
間に合う、とカンが教えてくれている。
だからこそ急がねばならない。
それは、昔の砦跡だったのだろう。目立たぬように手入れが成されていた。
廃屋に近いとは言え、元は砦である。
『先生はおっしゃっていた。義を見てせざるは勇なきなりと』
自分なら出来る、と言い聞かせねばならなかった。負けるとは思わないが、怖いものは怖いのである。
見張りは甘い。
戦場帰りの兵の気配だが、統制はとれてないのだろう。
サムは抜刀して近づいた。山ごもりでは、毎日、山を歩いた。
どんな場合も、落ち葉を踏んで音を立てることも、葉を揺らすことも禁じられていただけに、男の後ろに付くのは容易い。
「げへへ。オレは、あの栗毛ちゃんな」
「ばーか。あれが一番可愛かったじゃん。おめぇなんか、一番へちゃむくれで十分だろうがよ」
「なんだと!」
「まあ、顔と身体はともかく、それなりに若い女たちだ。金にもなるだろうな」
下卑た笑いを立てる男たちの後ろ。
一歩、二歩……
刃が煌めく。男たちが崩れる。
正義の心が込められた剣閃は正確。迷いなど……ない。
そして、砦の様子をうかがえば、女たちは奥に閉じ込められているらしい。
「かーかっかっ、どたまが、いーだろ」
「確かにな。裸にひんむいとけば、ヤツらだって逃げられねーぜ」
「ま、今のうちに覚悟を決めさせるのも良いかもな」
男たちが酒らしきものを飲みながら笑っている。その間には、女たちが身につけていたと思われる衣類が、そこかしこに散らばっている。
『なんてことを!』
サムの怒りが、沸点を超えた。
真の意味で「怒る」ことなど、ほとんどなかったサムが、である。
次の瞬間、室内に、旋風が起きた。
恐らく男たちは、何が起きたのかわからなかっただろう。
次々と、バタン、バタンと倒れていた。最後の一人になって、ようやく異変に目を剥いたほどの時間である。
「お、おめぇは、いったい!」
「誰であろうと関係ない。なんというヒドいことをするんだ!」
せめて最後の一人にくらい、文句を言いたかったサムである。
「お、オレは下っ端で。だから、えっと、えっと」
「問答無用。こんなもったいないことをするヤツなど……」
サムが生涯でただ一度、殺意をもって吐いた言葉である。
「死ね」
その剣の「柄」は、他の男たちと同じように、正確に眉間へと打ち立てられ、男の意識を刈り取ったのである。
「この場で、血を流させるわけにはいかないからな」
もちろん、男たちを生かしておくつもりなどない。だが、室内で切り捨てると、床に散らばった衣服に、血が飛ぶことを恐れてのことだった。
奥の扉ごしに声をかけた。
「私は、皇室警備のものである。みなさんはサスティナブル帝国の保護下に入った。安心めされよ」
中にいたのは、村からさらわれた女性たち。ほとんどが婚約者や結婚が決まったもの、そして若妻だった。
恐怖と疲労で座り込んでいるようだが、命に別状はないらしい。
というのは、サムとしては意外なほどに「紳士」となり、中を一切見なかったからである。
「もう大丈夫だ。少々待っていろ」
自分で服を取りに来させると、万が一、目覚められた場合に厄介だと、自分では理由を付けている。
手早く衣服をかき集めると、造作なく「一人分」ずつにまとめると、背中を向けたまま言った。
「約束しよう。私はこっちを向いている。目も閉じていよう。安心して、順番に服を取りにきなさい」
彼女たちは、しばらく呆然としていたが、ようやく、泣き声が治まってきたところだ。
最初の一人が、オズオズと近づいてきた。
振り返るまでもなく、女との距離はわかる。背中を向けたままとは言え、目も閉じているのを、女たちは信用するかどうか。
サムは、紳士なのである。
クンクン
近づいた匂いに、一つ頷くと、迷うことなく、一山を手に取り、頭越しに渡した。
「ありがとうございます。あの、でも、混ざって…… あれ? 全部、これ、私のだ」
「でしょ? じゃあ、次の人」
次の女が、興味深げに、近づいてきた。
間髪入れず、頭越しに服のカタマリを渡す。
「え? な、なんで分かるんですか!?」
「とうぜん。だってこの服と同じだから。はい、次」
また一人、また一人。
女たちは、何が「同じ」なのかもわからない。
「はい、これが、あなた」
「ちょ、ちょっと待ってください!? いったいどうやって!」
「え? わからないはずないだろ。私は、皇室警備の責任者なのだから」
迷いのない断言。なによりも、誰一人、どれ一枚、間違いなく渡されては、女たちも、肯くしかなかったのだ。
最後のひとりに渡し終えた時、女性たちは完全に顔を引き攣らせていた。
それであっても助けてくれた礼は、別の話。そそくさと服を着た女たちは、まとまって、頭を下げ、お礼を言った。
さらに、ひとりずつ礼を言った後で、年かさの女が、恐る恐る聞いた。
「剣士様って、何で、そこまで分かるんですか」
「修行の結果だ」
真顔で言った。
(……師匠には、黙っておこう)
帝都へ続く道を、サムは再び急いだ。
剣は冴え、邪心は――別の形で研ぎ澄まされているらしい。
※ネズミに困ったら、仔猫をもらってこい:サスティナブル帝国に王国時代から伝わる諺。ショウ君の前世だと「急がば回れ」となります。
やはり、サムは怒ります。当然です。そのあたりに散らばらせておくなんて、絶対に許せません……
弱き人を助け、紳士的な振る舞い。修行の成果を遺憾なく発揮しましたね、オウシン、センセ(笑)




