第5話 「親睦会(前編)」
辛い平日を乗り越え迎えた親睦会当日。
集合場所に向かった蓮司が見たものとは……
桜詩たちとのことが噂になり、いつも以上に嫉妬の視線に晒され続けた平日を乗り越え迎えた日曜日。星宮が提案した親睦会の日だ。
星宮に指定された駅前の集合場所に向かうと、見覚えのある銀髪の女性が二人組の男に絡まれている。
星宮だ。ただし、いつもと違って表情が完全な無になってはいるが。
男たちは全く相手にされていないにも関わらず星宮に声をかけ続けている。
(恭輔曰く、見た目は美少女だもんなぁ。一人でいりゃナンパもされるか)
遠巻きに様子を見ていたが、男たちも相当しつこいようで未だめげる気配はない。
このまま放置するわけにもいかないので助けに入ることにする。
星宮も俺には気づいているようで、さっきからちらちらと俺のほうに視線を送ってくる。
なるべく気配を殺して男たちに近づき、眉間に皺を寄せながらいつもより低めの声を意識して――
「そいつ俺の連れなんですけど」
「あん? 誰、ひぇっ、すっ、すいませんでした!!」
――声をかけた瞬間、俺の顔を見て男たちは脱兎のごとく逃げていった。
「逃げるの早すぎねぇ?」
ぼそりと呟いてちょっと凹む俺を見て、星宮が「くふっ」と小さく吹き出した。笑うのを我慢しきれなかったようだ。大笑いはしていないが小刻みに体が揺れている。
「ちょっと笑いすぎじゃねぇか?」
星宮が少し落ち着いてきたので話しかける。
「まっ、待って、今話しかけないで、蓮くんの顔見るとまた笑いそ、ぷふっ」
が、俺の顔を見て再び笑い出す星宮。落ち着くにはもう少し時間がかかりそうだ。
仕方がないので黙ったまま星宮のそばに立つ。
(こうやって男が隣にいれば変なのも寄ってこないだろ)
待ち合わせまでまだ30分以上あるし、他のやつらが来るまでには星宮も落ち着くはずだ。
結局、星宮が落ち着くまでにそれほど時間はかからなかった。
「いやぁ〜笑った笑った」
「笑いすぎだよ。助けに入ったのが馬鹿みてぇじゃねぇか」
「ごめんって……助けてくれてありがとう」
笑いすぎて目じりにほんの少し涙を溜めた星宮は、隣にいる俺を見上げてお礼を言う。
「星宮に何もなくてよかったよ」
俺は星宮にそう言って笑いかけ、星宮の目じりからこぼれ落ちたキラリと光る雫を親指で優しく拭う。
「っ、ほんっとそういうとこだよ!」
一瞬フリーズした星宮がカッとりんごのように赤くなって叫ぶ。
「なんの話しだよ?」
「あーもう! この男は!!」
首を傾げた俺を見て星宮が再び叫ぶ。その叫び声のせいで周りの視線を独占する俺たち。
(めちゃくちゃ悪目立ちしてんだけど、そんなこと言ったらまた星宮が怒りそうなんだよなぁ)
顔を真っ赤にして唸る星宮にどうしたものかと考えを巡らせるが、そもそもの原因を俺が理解していない以上打つ手がない。
こんな時に大和か彩葉がいてくれればなんとかなりそうなのだけど、あの二人は5分前集合を厳守するタイプだからまだ来ない。
「人混みの中で悪目立ちするバカップルがいると思ったら蓮司と結衣じゃない」
『誰がバカップルか!』
俺たちを煽るような言葉を発し、人混みを掻き分けて現れたのは桜詩と茅ヶ崎だった。
桜詩は楽しそうに笑っているが、その隣にいる茅ヶ崎はジト目で桜詩を睨んでいる。
「あんまり変なこと言ってると神里くんと結衣ちゃんだって怒るよ?」
「大丈夫よ。結衣はともかく蓮司は私には怒れないから」
茅ヶ崎の忠告を受け流し平然と言い放つ桜詩。その表情とセリフから性格の悪さが滲み出ている。
「俺に対する仕返しでからかってくるのはいいが、あんまり他のやつは巻き込むなよ。……まぁ、星宮が黙っているところを見ると本人も思い当たる節はあるみたいだけど」
「…………」
たぶん星宮も何かしら桜詩を怒らせるようなことはしたのだろう。明らかに視線が泳いでいる。
「結衣? 軽い冗談だからそんなにおろおろしないでよ」
「ホント?」
「ホントホント」
「よかったぁ」
軽い調子で話しかける桜詩に視線をさまよわせていた星宮がホッと胸を撫で下ろした。やっぱり何かやらかしたな星宮のやつ。
「お前の冗談はわかりにくいんだよ」
「そうだよ、桜詩ちゃん」
「次からは善処しまーす」
ケラケラと笑う桜詩は俺と茅ヶ崎の抗議をものともしない。星宮もそれほど気にしていないようだから別にいいんだけどさ。
「それよりも桜詩ちゃんと楓ちゃん二人とも早いね!」
それほど時間をかけず、星宮がいつものテンションで会話にまざってくる。
「そういう結衣だって早いじゃない。蓮司はいつものことだけど」
「今日は私が主催だから早く来るのは当然だよ! 蓮くんが早めに来るのも想定してたしね」
桜詩と星宮が何か言いたげな顔で俺を見る。
「なんだよ、早めに来るのは悪いことじゃないだろ」
『30分前は早いよ』
息ぴったりで答える二人に「随分と仲良くなったな」なんて思って少しだけ笑いそうになってしまった。今はそんな場合じゃないはずなんだけど。
「待たせる側の気持ちも考えなさいよ」
「そうそう。ちょっと申し訳ないって思っちゃうんだよね」
うんうんと頷き合う桜詩と星宮。これじゃあまるで俺が悪いみたいだ。
「二人の言い分もわかるけど、集合場所に早く来ちゃう気持ちも私はわかるなぁ。楽しみだとつい早めに家出ちゃうよね」
そう言って俺に優しく微笑みかけるのは茅ヶ崎だ。俺をフォローしようとしてくれるのはわかるが、この二人の前でその言い方はよくない。
『ふーん?』
ほら見ろ。桜詩と星宮が獲物を見つけた肉食獣のように目を輝かせてるじゃないか。
「へぇ? 蓮くんは私たちと遊ぶの楽しみだったんだ〜」
「何よ〜可愛いとこもあるじゃない」
二人揃ってニマニマとニヤけながら俺をからかってくる星宮と桜詩。よく似ているとは思っていたが、ここまで仲良くなっているとは思わなかった。
「確かに楽しみだったよ。特に桜詩と普通に遊ぶなんて高一のとき以来だし」
引っ付いてくる桜詩を引き離しながら、率直に自分の本音を言葉にする。
「もう少し困った顔しなさいよ。つまんないじゃない」
「その返しはどうかと思うぞ」
昔みたいにじゃれついてくる桜詩の頭を手で抑えながら、ふとあの頃のことを思い出した。
あいつがいて俺がいて桜詩がいて、いつも馬鹿みたいに笑っていたあの頃。
今ここにあいつはいないけれど、桜詩は俺の隣にあの頃と同じ距離感でいてくれる。
それが懐かしくて嬉しくて、自分から遠ざけておいて何言ってるんだって話しだけど、それでもこれが今の俺の本音なんだ。
言葉にしたらこいつは調子に乗るから絶対に言わないけど。
でも、少しくらいはこの気持ちが桜詩に届いて欲しいとも思ってしまって。
言葉にする代わりに俺はあの頃と同じように優しく桜詩の髪を撫でた。
「なんで撫でたの?」
「別になんでもねぇよ」
キョトンとして首を傾げる桜詩にふわっと笑いかける。あの頃と同じ時間が流れているような気がした。
「いやもうね。本当にゴチソウサマデス」
そんな呆れを通り越して棒読みになった星宮の声が聞こえてきて我に返る。
今は待ち合わせの最中で懐かしさに浸っている場合でなかった。
しかもここは大勢の人で賑わう駅前であり、気づけば俺と桜詩に視線が集まっている。
俺は急に恥ずかしさが込み上げてきて思わず両手で顔を覆った。
「今のは恥ずかしいんだ!? 普段からあんなに恥ずかしい言動してるのに」
そんな俺の姿になぜか衝撃を受けたのは星宮だ。そして星宮の発言に引っかかったのは俺だ。
「えっ? 待って、俺普段から恥ずかしいこと言ってる?」
『うん』
俺の疑問に三人が同時に頷く。
「桜詩と星宮はともかく茅ヶ崎まで!?」
「いや、その、ね?」
「楓も被害にはあってるもの。無理ないわ」
「うんうん」
困り顔の茅ヶ崎が桜詩と星宮に視線を送り、その視線の先にいる二人は先程と同じように頷くばかり。
「まじか……」
俺は額に手をあて、これまでのことを思い返してみるが心当たりが全くない。
「具体的には俺どんなこと言ってた?」
自分ではわからないので三人に聞くことにしたのだが、三人は腕を組んで悩んでいる。
その三人の姿が俺をより不安にさせる。
「えっと、そんなにヤバいこと言ってた?」
「それもあるけど」
「あるんだ……」
「多すぎるんだよね」
俺の問いに三人を代表して桜詩が答え、俺が凹んだところで星宮が追撃をする。
「最近ので例を上げるとアレだよ、『星宮を初めて見たときは雪の妖精みたいだなって思ったよ』とか」
「あとは『やっぱり桜詩には笑顔が似合うな』とか」
「『二人みたいな美人と一緒にいたらまーた男どもに睨まれるわ』とか?」
三人がそれぞれ例を上げてくれるがそこで俺は首を傾げる。
「それは率直な感想と事実じゃん?」
「これだからあんたは……いい、蓮司がそう思っていても傍からすれば恥ずかしいセリフなの」
「その……恥ずかしいセリフっていうか完全に口説き文句だよね?」
「そうそう!」
桜詩と茅ヶ崎の言葉に凄い勢いで首を縦に振る星宮。その三人の反応に俺は衝撃を隠せない。
「うわぁまじか。気をつけないと」
「無理でしょ」
反省する俺をバッサリとぶった切ったのは桜詩だ。
「そう? ここまではっきり言っておけば反省してるみたいだし、少しは蓮くんだって省みるんじゃない?」
不思議そうな星宮に桜詩は言葉を続ける。
「甘いわね、結衣。今と同じようなことは中学の時、すでに蓮司本人に言ってるのよ」
「なっ、なんだってー!」
その桜詩に話しを聞いて大袈裟に叫ぶ星宮。こいつはもうわざとやってるようにしか思えない。
「神里くんは覚えてるの? 桜詩ちゃんに言われたこと」
茅ヶ崎が俺の服の裾をクイッと軽く摘んで上目遣いで問いかけてくる。
「言われたことあるかも?」
俺のふわふわした回答に三人は呆れ顔だ。
「ねぇ、桜詩ちゃん?」
「なに?」
「ちなみにそのときはどんな感じだったの?」
「それはね……」
星宮が呆れ顔のまま桜詩にそのときのことを聞こうとすると、桜詩は俺の顔を見てからーー
「みんなが揃ってからにするわ」
ーー悪どい顔でそう言った。
「そのほうが効果的だね」
「でしょ?」
「これは擁護のしようがないかな」
悪どい笑みを浮かべて結託する桜詩と星宮に苦笑する茅ヶ崎。身から出た錆ではあるのだが、これから始まる親睦会に今までとは違う不安が募る。
そんなやりとりから少し経ち、集合時間までもうすぐというところでこちらに向かって走ってくる人影が三つ見えた。大和と彩葉、それに恭輔だ。
「わりぃ、ギリギリになった」
「はぁはぁ、せっ、セーフ」
大和と恭輔は軽い息切れ程度ですんでいるが、彩葉は膝に手を置いて肩で息をしている。
「彩ちゃん、大丈夫? ほらお水」
星宮がバックからペットボトルの水を取り出して彩葉に手渡す。
「あっ、ありがとう」
それを受け取った彩葉が一口飲んでから呼吸を整える。
彩葉の呼吸が整って一息ついたところで星宮を中心に移動を始める。
「珍しいね、彩ちゃんとやまくんが時間ギリギリになるなんて」
「大和は悪くないの私が寝坊しちゃって」
「時間には間に合ったんだから、そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいんじゃない? 誰も雪野さんのことを責めてるわけでもないし」
申し訳なさそうに縮こまる彩葉を桜詩がフォローする。その桜詩のフォローに目を丸くして驚いたのは、他でもないフォローされた彩葉本人だった。
桜詩の言葉がそこで終わればいい感じになっていたのかもしれないが、そうは問屋が卸さない。
「それにそんなに身を縮こませていると、ただでさえ小さい胸がさらに小さく見えるわよ?」
「あんた、喧嘩売ってんなら言い値で買うわよ」
「ストップストップ! 街中ではやめなさい!!」
今にも桜詩の胸ぐらを掴もうとする彩葉を大和が掴んで引き離す。
「桜詩ちゃん? 今のは言いすぎだよ!」
桜詩には茅ヶ崎が注意をして、桜詩本人も反省はしているようだ。
「わかってはいるの。でも、雪野さんを見てるとどうしてもちょっかいをかけたくなるのよ」
「だからって今のはダメだろ。ちゃんと謝まれよ」
「蓮司にまで言われなくてもわかってるわよ。それにあんたが言えたことじゃないでしょ」
桜詩の言葉に俺からも注意するが、ジト目の桜詩から反撃を受ける。このままだと思わぬ地雷を踏みそうだ。
桜詩のことは茅ヶ崎に任せよう。仲も良いみたいだし戦略的撤退ってやつだ。
俺は少し先を行く彩葉たちの様子を窺う。
とりあえず彩葉のほうは大和と星宮が抑えてくれているが、さっきの件に今回の件、それに恭輔というトラブルメーカーもいるし、なんだか今日は幸先が悪い。
大きなトラブルとか起きないよな?
最後まで閲覧ありがとうございます!
次回は親睦会(後編)の予定です。




