閑話 「二人は共犯者」
蓮司と別れ、楓と二人で帰路につく桜詩。桜詩は楓にお泊まり会を提案する。
駅の改札を通ってすぐ、蓮司とは別れることになった。
楓と二人きりになると一気に空気が重くなる。なぜなら楓が「私、不機嫌です!」と言わんばかりのしかめっ面をしているから。
「聞いてなかったんだけど」
ホームに向かう途中で、今までムスッとしたまま黙っていた楓が私のことを睨みながら不満を口にする。
「悪かったとは思ってるわよ? でも、蓮司がこの大学にいるって知ったら楓は編入して来なかったでしょ?」
「うぅ……それはそうかもだけど……心の準備をする時間くらいは欲しかったな」
「心の準備をしたって、どうせヘタレるだけでしょ」
「むぅ」
反論する楓に呆れ気味で答える。
振りきれたら周りが驚愕するぐらいの行動力を見せるくせに、基本的にはヘタレなのが楓の悪いところ。
確かに今回のは間違いなく荒療治だった。それでも私が手にしたい未来の為には必要なことだったと思う。
「蓮司が同じ大学にいたこともそうだけど……」
「なんで蓮司と付き合ってたか、でしょ? そっちもちゃんと説明するわよ」
「ホント?」
「なんでそんなに疑うのよ」
「前科があるから」
楓の口から放たれた言葉のナイフがグッサリと胸に刺さる。
(ぐうの音も出ないとはまさにこのことね……)
「なんてね」
黙ってしまった私を見て楓が破顔する。どうやら私は楓にからかわれたらしい。
「心臓に悪い仕返しはやめて」
「これくらいの仕返しは大目に見てよ。最初に僕をビックリさせたのは桜詩なんだから」
楽しそうに笑う楓はあの頃と変わらない。
(蓮司にもその笑顔をもっと見せてあげればいいのに)
それなりに混雑した電車に揺られ、私たちが住むマンションの最寄り駅に着く。
改札を通り駅の外に出ると大分暗くなっていた。
マンションのラウンジまで来たところで先を行く楓に話しかける。
「楓、今日うちに泊まれる?」
「えっ?」
「今までのことをじっくり説明したいから泊まってくれると助かるんだけど」
「そういうことなら部屋から着替え持ってくるね」
「えぇ、お願い」
楓の部屋の前で一度別れ、自分の部屋へと向かう。
部屋に入り荷物を軽く片付け、部屋着に着替えたところでインターホンが鳴った。
ドアを開けると着替えを持った楓がいる。
「楓、いらっしゃい」
「お邪魔します」
部屋の中に楓を招き入れると楓がきょろきょろと部屋の中を見渡す。
「どうしたの?」
「いやぁ、桜詩の部屋に入るのって初めてだからなんか新鮮で」
「そう?」
「だって昔の桜詩は一度も部屋に入れてくれなかったもん。蓮司はよく桜詩の部屋にも遊びに行ってたみたいだけどね?」
楓はニッコリと笑っているが背後には黒いオーラが見える。
「いつまでも立ってないで、ほら座って?」
「そうだね。じっくりと説明してくれるって言ってたもんね?」
「何か飲み物持ってくるわね」
楓の圧がさらに増す。どうやら私の想像以上に楓は今までのことに対してお怒りのようだ。
とりあえず楓をテーブル前のソファーに座るよう促し、冷蔵庫に飲み物を取りに行く。
「はい」
「ありがとう」
楓にペットボトルのお茶を手渡して、テーブルを挟んで楓の前に正座をして座る。
「桜詩? なんで正座してるの?」
「私の誠意を示そうと……」
「いいよ、正座なんかしなくて。これからきっちりじっくり説明してもらうのに正座なんかしてたら足痺れちゃうよ? だからもっと楽にして?」
「……はい」
さっきからずっと笑顔の楓。しかし、その笑顔からは常に黒い感情が透けて見えている。
蓮司を呼ぶこともできず独りで説明しないといけないのが辛い。
「……何から説明すればいい?」
足を崩してクッションに座ったところで私が話題の口火を切る。
「そうだなぁ……時間軸に沿って僕がいなくなってからの蓮司の様子からかな? 僕が日本に戻ってきてまだ日が浅いとはいえ、蓮司の話は今日まで全く触れなかったもんね桜詩は」
「本人と会ってから説明したほうがいいと思ったのよ。多分そのほうがわかりやすいから」
疑惑の視線を向け、私を睨みつけてくる楓を尻目に私は話を続ける。
「まず楓がいなくなったあとの蓮司だけど、消えてしまいそうだったわ」
「消える?」
私の言葉にピンと来ないのか首を傾げる楓。
「そう。最初は落ち込んでいたんだけど、徐々に周りの人から距離を取るようになったの」
「それって、僕と初めて会った頃の蓮司に戻ったってこと?」
楓の返答に今度は私が首を傾げることになった。
「うーん。私自身が楓と会ったばかりの頃の蓮司を直接見たことがないから、はっきりとは言えないんだけど……愛想笑いばかりで壁を作ってる感じだった。自分の中に踏み込ませないようにしてるみたいな」
「昔とは違うね。昔は物理的に人から距離を取っていたから」
「例えば?」
「近づいたら逃げる。追いかけてきたら引っ掻く」
「まるで野良猫ね」
「そうなんだよ! あの頃の蓮司、可愛かったなぁ」
子供の頃の蓮司を思いだし、にへぇとだらしない笑みを浮かべる楓。
楓の想い人が蓮司であることを私が知ってから、楓はこういう態度を隠さなくなった。
正直、楓に告白したことのある私からすれば面白くはないのだけど、今はそんな場合ではない。
「だらしない顔で思い出に浸ってるところ悪いんだけど、続けていいかしら?」
「うん。お願い」
私の言葉でだらしなかった顔をキリッと引き締めた楓に少し笑いそうになってしまう。
「正直そんな蓮司に対してどんな風に接すればいいのか、私もクラスのみんなも先生方も頭を悩ませちゃったの」
「なるほど。でも、そのあと蓮司と付き合ったんだよね?」
さっき少しだけ柔らかくなった楓の雰囲気がまたトゲトゲした圧のあるものに戻る。
「付き合うことになる理由がここからなの」
私はそこまで話したところで一度喉を潤す。
「最初は周りも蓮司の変化に戸惑うばかりだったのだけど、徐々に蓮司が精神的に弱っていることに気づいて行動を起こす奴も増えてきたのよ」
「その言い方から察するにいい意味ではないんだね?」
「えぇ、楓にとっては特にね」
私が楓の言葉に頷くと楓の表情と雰囲気が一段と険しいものになる。
「告白まではいかないけど、蓮司に対して積極的にアピールする女の子が増えたのよ。蓮司が弱っているのをいいことにね」
私もあの頃のことを思いだすとイラついてしまう。
蓮司にアピールする女の子の中には、蓮司のことをまるでブランド品のように自分を着飾る道具として利用しようとしていた子もいたから。
「で、そんな女の子の一人が桜詩だったと」
「ちょっと待って?」
「違うの?」
「違うに決まってるでしょ!」
強く否定するも楓にギロっと鋭く睨まれる。
「何が違うの? 桜詩は蓮司と付き合ったんだよね?」
「私が蓮司と付き合ったのはそういう女の子たちから蓮司を守るためよ。もちろん蓮司のメンタルケアも含めてね」
「あれぇ〜おかしいなぁ? 蓮司に悪い虫が付かないようにするなら付き合う"フリ"をするだけでいいはずだし、メンタルケアだって別に彼女になる必要はないよね?」
「そうね。もちろん付き合っているフリをするだけっていうのも考えたのよ? でも、どこでボロが出るかわからないから」
「それならキスまでする必要はないよね? まさか本当に付き合っているかどうかを疑われて、その証明をするために疑う人の前でキスをしたっていうの? 違うよね? 喫茶店での会話で『キスまでしかしてないのに』って言ってたし、それってキス以上のことをする気だったってことだよね?」
今までとは違い、ハイライトが消えた瞳のまま無表情で淡々と私を問い詰める楓の姿に恐怖しかない。
「それは」
「認めようよ? 桜詩も蓮司のこと好きなんでしょ?」
私が反論をしようとするも矢継ぎ早に口を開いた楓がそれを遮る。
「…………」
「…………」
私の心の中まで見透かすように決して瞳を逸らさず見つめてくる楓。
(さすが楓ね。全部お見通しってことか)
「……はぁ。わかった、観念するわ。楓の言う通り私も蓮司のことが好きよ」
「やっぱり、そうだったんだ」
楓の表情が柔らかくなる。それに伴って楓から発せられていた重苦しい空気も緩和された。
その急な変貌に一つの仮説が私の頭を過ぎる。
「楓があんなに怒っていたのってもしかして……」
「そうだよ? だって桜詩わかりやすいんだもん。もちろん今までのことも少しは怒っていたけどさ。でも、全部僕のことを考えて桜詩がしてくれたことでしょ?」
ニコッと笑う楓に一気に力が抜ける。あの恐怖と私の覚悟は一体何だったのか。
「少しぐらい怖がらせないと本音を言ってくれないかなぁと思って脅かしたんだけど……まさかあんなに怖がるとは思わなくて」
と、そこまで言ったところで楓が吹き出して笑い始める。
私はテーブルの上に身を乗り出し、息を切らしながら大笑いする楓の頬をムニムニと引っ張る。
「ちょ、いひゃいいひゃい。にゃにすりゅにょお!?」
「うっさい! こっちは10年くらい寿命が縮んだわよ!」
楓の柔らかい頬をぐにぐにと捏ねくり回したところで手を離す。
「もう何するの〜」
「軽い仕返し」
頬を撫でながら「酷いよぉ」と涙目で見つめてくる楓。
その姿に私も思わず笑ってしまう。そんな私に釣られるように楓も再び笑い始めた。
二人で散々笑いあったあとで楓が真剣な眼差しで私を見つめる。
「これからはライバルだね」
そう言って楓は私に向かって右手を伸ばす。私はその右手を取らずに楓の鼻を摘んだ。
「なんで!?」
「だって私、楓とライバルになるつもりなんてないし」
「鼻を摘む必要性は!?」
「真剣な顔をしていたからつい悪戯したくなっちゃった」
「子供か!」
むうぅと唸りながら唇を尖らせる楓。
「こっちは真面目に話をしてるのに……」
「ごめんごめん」
私は両手を合わせて楓に謝る。
「話を戻すけど、『ライバルになるつもりはない』ってホント?」
「ホントよ。蓮司の隣は私には荷が重いわ。それに私は蓮司と楓の並んでいる姿を見るのが好きなの」
「……そっか」
その言葉を最後に少しの間、私たちは黙ったままでいた。
お互いのことをよく知っているからこそ、相手に対して思うところはある。
「また三人で笑えるかな……」
不安そうにぼそりと呟いた楓。
その不安を抱えているのは私も同じ。そして、三人で昔のように笑うには楓が勇気を出して行動に移すしかない。
「それは楓次第でしょ?」
「そうだよね」
グッと拳を握り覚悟を示す楓。
「そう、その意気よ!」
「よし! まずは……蓮司の今の連絡先を聞くところからだね!」
瞳にやる気の炎を燃え上がらせる楓。
(長い戦いになりそうだけどね……)
やる気になった楓に水を差さないよう言葉を飲み込む。
蓮司が楓のことを受け入れる確証はない。
でも、怖がって行動を起こさないままでは何も変わらない。
だから私が二人の背中を押す。それが私にできる精一杯の「好き」の伝え方だから。
とりあえず今は、
「桜詩! もっと蓮司のこと教えてよ!」
「わかってるわよ。まだ時間はあるんだから騒がないの」
まるで新しい玩具を買ってもらったばかりの子供のように目をきらきらと輝かせる楓に、私だけが知っている蓮司のことを教えるとしましょうか。
全部教えるとは言ってないけどね?
楓に今までの蓮司の様子を話したあとで、私も楓に聞きたかったことを聞くことにした。
「喫茶店でほんの少し笑ってたけどなんでなの?」
「えっ?」
私の言葉に不思議そうに首を傾げる楓。
「ほら、蓮司のメンタルがボロボロだったって話のときよ」
「あれって僕がいなくなったからだよね?」
「そうだけど」
楓の言葉に私が頷くと、にへっと笑う楓。
「やっぱりそうなんだぁ」
「…………?」
再びだらしない顔になった楓に今度は私が首を傾げることになった。
「えっとね? 僕がいなくなったことで精神を病んじゃうくらい蓮司の中で僕の存在って大きかったんだなぁって思ったら、なんかこう嬉しくなっちゃって」
「うわぁ」
だらしない顔で照れくさそうに言う楓に軽く引く。
「なんでそんな反応するの!?」
「拗らせてるなぁって思って」
「そんなことないもん!」
顔を赤くして怒る楓に一抹の不安を感じながら私たち二人の夜は過ぎていった。
最後まで閲覧ありがとうございます。
次回、新キャラ登場です!!




