閑話 「恋する二人」
蓮司が喫茶店にいる頃、大和と彩葉はファミレスにいた。
注意
この作品はフィクションです。
縦読み推奨です。
夏休み明け最初の講義が終わった俺、篠崎大和は蓮司の誘いを断り、彩葉と二人で大学近くのファミレスにいた。
彩葉から蓮司のことで相談があると呼び出されたからだ。
「それで大和はどう思う?」
「何かあったのは間違いないよな。でも……」
言葉が続かない。
蓮司に何かあったのは間違いない。
彩葉とファミレスに来る前に蓮司と同じ講義を取っている結衣にも確認したが、その結衣も「蓮くん、講義中ずっと上の空だったよ」と言っていた。
隠し事のうまい蓮司がそこまで取り乱すなんてよっぽどのことだ。
まぁ結衣は鋭いから俺たちが気づかない蓮司の変化にも敏感なんだけれど。
「結衣はうまくやってくれたかしら」
「わかんないけど、信じるしかないだろ」
「そうね」
結衣に「蓮司の身に何があったのか、それとなく本人から聞きだしてくれ」とはお願いしたものの、正直望みは薄い。
彩葉もそれがわかっているから表情が沈んだままなのだ。
けれど、俺たち二人が問い詰めるよりかは結衣一人に任せたほうが成功率は高い。
結衣はそのクールな見た目からは想像ができないほど、人懐っこくて明るく人の懐に潜り込むことを得意としているのだ。
「私たちって頼りないのかな。前よりは仲良くなれたはずなのに」
「…………」
やるせなさそうに呟く彩葉に返せる言葉を俺は持っていない。
だってそれは俺も今同じように痛感していることだからだ。
大学に入学したばかりの蓮司は周りの人間に対して今以上に壁を作っていた。
(いや今は壁を作っているというよりは踏み込ませないようにしているってのが正しいか……)
とにかく無愛想で口数もそれほど多くなく人との関わりを積極的に持とうとしない。
それなのに困っている人のことは見過ごせなくて、結局自分が貧乏くじを引く。
そんな蓮司だから俺たちは友達になろうと思った。彼の力になりたいと。
でもーー
「何も知らないんだよなぁー。蓮司の過去のこと」
俺は思わずボヤいてしまう。正確に言えば全く知らない訳ではないけど。
蓮司が高校時代に野球部でエースとして活躍し、無名だった母校をもう少しで甲子園出場というところまで導いたのは知っている。過去にネットで話題になったからだ。
でも本人の口からは聞いていない。
(自慢してもいいことだと思うんだけどなぁ)
しばらく無言の時間が続く。
結局のところ、今の俺たちにできることなんてほとんどなくて。
それでも蓮司の力になりたいと思うのは我儘なことなのだろうか。
そして……この気持ちは俺よりも彩葉のほうがずっとずっと強い。
だって彩葉は蓮司に恋しているから。
その事実を確認するたびに俺の心が悲鳴をあげる。胸がきつく締め付けられる。
今だって、彩葉の憂いをおびた瞳の先には蓮司のことしか写っていない。
それが本当は嫌で嫌でたまらない。
彩葉が蓮司に恋しているように俺も彩葉に恋をしているから。
蓮司が悪いやつじゃないことはわかっている。だから力になりたいし心配もしている。
でも、いくら消そうとしてもこの心の底から湧き上がってくる黒くてドロドロした感情は消えてくれない。
むしろ、どんどん強く醜くなっていく。告白する勇気もなかったくせに。
ピロン。
俺が自身の黒い感情を抑えようとしていたそのとき、彩葉のスマホから通知音が鳴る。
彩葉が慌ててスマホを確認する。
「大和っ! 結衣から連絡が来たわ!!」
「わかったから少し落ち着けって」
スマホだけを掴み、駆けだそうとする彩葉を止める。
「とりあえず俺が会計してくるから、荷物まとめておいて」
「っ!? わかった。焦り過ぎたわ……」
「まぁ、その気持ちは俺もよくわかるよ」
今にも飛び出しそうだった彩葉が少し落ち着いたところで、俺は伝票を持って立ち上がる。
「ねぇ、大和」
「なんだ?」
会計に向かおうとしたところで、早く蓮司の元へ向かいたいはずの彩葉から待ったがかかる。
「二人だけの今だから聞きたいことがあるの」
彩葉の言葉にドキリとする。
いつもの笑顔を意識して彩葉に顔を向ける。
「珍しいな? なんでも答えるぞ」
彩葉の瞳が俺を写し、一度口を開こうとしたものの口を噤んでしまう。
ほんの少しだけ間をおいて再び彩葉は口を開いた。
「大和はなんで私の恋を応援してくれてるの?」
今更な質問だった。
「蓮司にどうアプローチすればいいとか、男性目線の意見も欲しくて結衣もふまえて相談とか作戦会議とかしてるけど……正直、めんどくさいでしょ?」
面倒くさいなんて思ったことはなかった。少しでも彩葉と一緒にいたかったから。
確かに、相談にのるほど彩葉の心の中には蓮司しかいないという現実を突きつけられて苦しくてどうしようもなかった。
それでも彩葉に頼られるのが嬉しくて一緒にいたくて。
だから……
「面倒だなんて思ったことなかったなぁ。大事な友達だし!」
「そう。ありがとう」
「おうっ! これからもガンガン応援するからな!」
少しだけ弱気になっている彩葉の不安を吹き飛ばせるようにいつもみたいに笑って、親指を立てる。
「ふふっ、これからも頼りにしてるわ」
久しぶりに見た俺だけに向けられた彩葉の笑顔に、心臓が爆発するんじゃないかという勢いで激しく脈打つ。
顔に熱が集まり、口元がニヤケそうになるのを堪える。
「会計してくる」
その一言だけを投げかけて、財布を手に取りレジに向かう。
たった一言。それだけで胸中に渦巻いていた黒い感情があっという間に消えていく。
(我ながらチョロすぎんだろ)
自分自身に少し呆れながらレジへと急ぐ。
この顔に集まる熱と胸に灯る温かさに浮かされながら。
だから気づかなかったんだろう。
彩葉がポツリとこぼした「嘘つき」という言葉に。
レジで会計を済ませ、彩葉と合流し店を出る。
冷房の効いた店内から外に出ると、熱風が体を包み汗がじわりと流れ出る。
「結衣からなんて連絡来たんだ?」
「『来て』だけよ」
「それだけかよ。いつもの喫茶店だよな?」
「場所の連絡がないからそこで間違いないわ。ほら、急ぐわよっ!」
「わかってるっ!」
この暑さだというのに彩葉がカバンを片手に青いロングスカートを翻して走りだす。
置いていかれないように俺も走りだし、彩葉の隣に並ぶ。
(この二人きりの時間が永遠に続けばいいのに)
俺たち二人がいたファミレスから蓮司が通っている喫茶店まではそれなりに距離がある。
なので勢いよく走りだしたところでその勢いが続く訳もなく、途中で息切れを起こす彩葉。
「っはぁ、はぁ……全力疾走したのは間違いだったわ……」
「体力は無いよな、彩葉って」
「はぁ、はぁ。大和は余裕そうね」
「まぁな」
一度、日陰で立ち止まって息を整える俺たち。
隣をチラッと見ると、前屈みになった彩葉が息を切らしながら垂れた髪を耳にかけている。それに滴る汗の雫が首筋を通って鎖骨へと流れて。
(なんというか……エロい)
「ねぇ、大和? どこを見てるの?」
「っ!? わっ、悪い」
彩葉が俺の視線に気づいたようで鋭く睨みつけてくる。
「…………」
「すいませんでした」
無言で睨み続ける彩葉に素直に頭を下げて謝る。
「私は気にしないけど、女性は視線に敏感なんだから気をつけなさいよ」
「はい」
「よし、行くわよ」
「おう」
息を整え終えた彩葉が先導して喫茶店に向かう。
彩葉の様子から先程のことは言葉の通りあまり気にしてないようだ。よかった。
少し色々あったけれど、ようやく目的の喫茶店に到着した。
蓮司に悟られないように静かに店内に入る。
「いらっしゃいませー」
こちらに気づいたマスターさんにしーっと合図をすると、小声で挨拶をしてくれた。
「こんにちわ。蓮司、来てますか?」
「来てるよ。案内するね」
「ありがとうございます」
彩葉が代表して蓮司が来ているか確認をとる。
「あそこの席だよ」
マスターさんもすぐに蓮司たちがいる席のそばまで案内してくれた。
「ごゆっくり」
『ありがとうございます』
マスターさんにお礼を言い、蓮司たちに声をかけようとした俺たち二人の目が捉えたのは……
やけに密着した蓮司と紀乃の姿だった。
隣から黒いオーラを感じる。怖い。彩葉が完全にブチギレている。
「そこの二人は喫茶店で一体何をしているの?」
振り返った蓮司の顔が青ざめ引き攣っている。
俺は無言で目の前にいる蓮司に両手を合わせた。
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