第8話 「文化祭の準備は揉め事からはじまる」
今回から新章突入です!
九月の終わりも近づき、ややすごしやすい季節になってきた頃、俺は「文化祭のことでお願いがあるから」と結衣に呼び出され、サークルの部室へと向かっていた。
俺はあまりサークルに顔を出さない幽霊部員である。去年の文化祭ではサークルの出し物が展示であったこともあり、文化祭のことでサークルに顔を出すのは今回が初めてだ。
結衣曰く、「今年はどうしても蓮くんの力が必要なの!!」とのことだが、正直面倒なことが起こる気しかしない。
そして、その予感は当たってしまったのである。
「こんにちわ」
「久しぶりね、神里くん」
「どうもご無沙汰してます」
ギャーギャーと煩わしい声が外まで響いてくる部室の扉を俺がノックすると、猫のようなつり目と長い黒髪を高いところで一括りにしたポニーテールが特徴的な丸メガネを掛けた女性が部屋の中に迎え入れてくれた。
彼女は鹿乃静華さん、このサークルの副部長を務めている。
「で、あれはどうしたんですか?」
あれというのは今、俺の目の前で起きている結衣とこのサークルの部長である馬場明弘さんの口喧嘩のことである。
「いやぁ、最初は文化祭の出し物のことで意見が合わなくて喧嘩になったんだけど、そのうちお互いの不満が爆発しちゃったみたいで」
「はぁ。止めないんですか?」
「おもしろいからもうちょっと見てようかなぁと」
結衣と馬場先輩の口喧嘩をおもしろいの一言で済ますあたり鹿乃先輩も大概である。
確かに普段本気で怒ることの少ない結衣が年上の先輩に一歩も引かず口論しているのは少し新鮮である。
(鹿乃先輩の言う通りちょっとおもしろいかもしれない)
「神里くんこそ、止めないの?」
黙ったままでいる俺に鹿乃先輩がニヤッとしながら聞いてくる。
「あんな表情をする結衣って普段は見れないし、二人の様子を見てると殴り合いとかには発展しそうにないので満足するまでやらせとこうかなと」
俺の返事を聞いた鹿乃先輩はさっきよりもニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。
「あらぁ? 結衣ちゃんのこと、いつから名前で呼ぶようになったの?」
「つい最近ですけど。付き合い始めたとかではないので、そんな期待されてもおもしろい話はないですよ」
新しい玩具を買ってもらった子供のように瞳をきらきらと輝かせ、期待に胸を膨らませている鹿乃先輩に俺はしっかりと事実を述べておく。
「そう? 私の耳にはおもしろい噂が届いてるんだけど。例えば、神里くんが紀乃ちゃんと最近編入してきた茅ヶ崎ちゃんの二人といつもイチャイチャしてるとか」
楽しそうに俺をからかおうとしてくる鹿乃先輩に俺は首を傾げる。
「鹿乃先輩まで噂を知ってるのは想定内なんですけど、結衣から聞いてないんですか? 俺と桜詩が付き合っていたこと」
「えっ、そうだったの?」
俺の一言にピシッと固まる鹿乃先輩だったが、すぐに再起動して口喧嘩をしていた馬場先輩に向かって声を張り上げる。
「ちょっと明弘! めちゃめちゃおもしろそうなネタあったわよ!!」
「今はそれどころじゃない! 静華は口を挟むな!!」
鹿乃先輩の声で馬場先輩は一度こちらを向いたが、すぐに結衣との口喧嘩に戻ってしまう。
「神里くん、紀乃ちゃんと付き合ってたんだって!!」
「なんだそれ聞いてないぞ!? 詳しく聞かせろ!」
が、鹿乃先輩が俺と桜詩が過去に付き合っていたことを馬場先輩に言うと、馬場先輩は血相を変えて俺の元へと向かってきた。
「あれ、蓮くんもう来てたの?」
「よっ」
馬場先輩が勢いよく俺のほうに向かってきたことで、結衣も俺の存在に気づいたようだ。
「おい、神里! 星宮のことも文化祭のことも今はいい! さっきの話、詳しく聞かせろ!!」
「まあまあ。詳しく聞くなら、それ相応の対応っていうのがあるでしょ」
俺の元へずいっと迫ってきた馬場先輩を鹿乃先輩が宥める。
「神里くんと結衣ちゃんは端のほうでちょっと待ってて。すぐに準備するから」
鹿乃先輩はそう言って俺と結衣を部室の端のほうに誘導すると、馬場先輩と一緒に机やら椅子やらを並べ始める。
(これはちょっと早まったかな)
「蓮くんいいの? あの話を先輩たちにしても」
俺の隣で先輩たちの様子を見ていた結衣が不安そうに聞いてくる。
「あぁ。なんだかんだ先輩たちにはお世話になってるし、関わりのある人たちには少しずつ俺のことも話していこうと思ってさ。まぁ、先輩たちのあのテンションを見てからは少し早まったかもとも思ったけど」
「…………」
「結衣たちが背中を押してくれたんだ。いつまでも立ち止まってるわけにはいかないだろ」
「蓮くん……」
そう言って笑いかけた俺を結衣は真剣な表情で見つめてくる。
「ねぇ蓮くん、ちょっと屈んで?」
「? 別にいいけど」
俺は結衣の言葉に首を傾げるが、言われたとおり結衣の視線と同じぐらいの高さまで身を屈める。
すると俺の頭の上にぽんと優しく結衣の手が載せられ、そのまま「よしよし」と頭を撫でられる。
「結衣? さすがにこの年で頭を撫でられるのは恥ずかしいんだけど」
「大丈夫大丈夫! 先輩たちも机とか並べてるから見てないって。それに私だって蓮くんのせいで恥ずかしい思いをするときもあるんだから、おあいこだよ」
結衣はそう言ってニコニコと笑いながら俺の頭を撫で続ける。
ーーパシャ。
(パシャ?)
不意に響いた音のほうに振り向くと、机や椅子を並べていたはずの先輩たちが俺たちのほうを向いてスマホを構えている。
『グッジョブ!』
その一言とともに先輩たちは満面の笑みで俺たちに向かって親指を立てた。
「なんで写真撮ってるんですか!?」
「ちゃんと許可取ってからにしてください!!」
俺と結衣が先輩たちに詰め寄る。
「あまりにいい感じだったからつい、ね?」
「あぁ、いいものを見せてもらった」
鹿乃先輩はてへっと誤魔化すように笑い、馬場先輩は満足そうに頷いている。
「はぁぁ。他の人には見せないでくださいね。これ以上変な噂が増えるとめんどくさいので」
「写真を撮るのは構わないですけど、事前に許可は取ってくださいね?」
俺がため息を吐いたあとにそう言うと、結衣も俺に続いて先輩たちを注意する。
「意外ね? 写真を消せとは言わないんだ?」
鹿乃先輩は俺たち二人の発言に首を傾げた。
「消してくださいってお願いしたら消してくれるんですか?」
「もちろん消さないわ」
俺が鹿乃先輩の言葉に質問で返すと鹿乃先輩は笑顔で堂々と言いきった。
「そう言うだろうと思って消してくださいとは言わなかったんですよ。先輩たちは変に悪用することもないでしょうし」
俺が呆れ気味にそう言うと、先輩たちはきょとんとしてからクスッと笑った。
「なんで笑うんです?」
俺はその先輩たちの反応が腑に落ちなくて、ブスっとした顔で先輩たちに問いかけた。
『だって信用されているんだなって思って』
先輩たちが声を揃えて嬉しそうにそう答えるものだから、俺のほうが気恥ずかしくなってしまう。
「それはまぁ、それなりに付き合いがありますし。それに結衣が信頼している人たちなので」
俺が頬を掻きながらそう言うと、先輩たちはニヤァと笑って結衣のほうへと向く。
「だってよ、結衣ちゃん?」
「ぐぬぬぅ」
「やっぱりお似合いなんじゃないか? うん?」
結衣がニタニタと笑う先輩たちに挟まれて唸っている。どうやら俺はまた何かやらかしたらしい。
「もう! 私のことはいいんです! それより蓮くんに桜詩ちゃんとのこと聞くんじゃなかったんですか!!」
結衣が耐えきれなくなって吠えた。
「もう怒んないでよ〜。神里くんにもしっかり事情聴取はするから」
そう言って先輩たちは再び片付けと机と椅子の準備を始めた。どうやら俺と結衣が話し始めたときからスマホのカメラを準備して撮影に備えていたようで、机や椅子の準備はほとんど進んでいなかった。
「蓮くん、恨むからね」
先輩たちから解放された結衣がよたよたと歩いて俺の隣に戻ってくる。ムスッとした表情の結衣は拗ねた子供みたいだ。
「なぁ、俺の発言のなにが悪かったんだ?」
「『結衣が信頼している人たちなので』って言ったとこだよ」
「それのどこが悪いんだ?」
「どこって、そんな言い方したら周りは『蓮くんにとって私は特別な存在』みたいに受け取られるの!」
「そう言われてもその通りだし」
「うっ、またそう言うことを平然と……いい? 『特別な存在』っていうのは『好きな異性』を連想させるの周りには!」
「そんなもんか?」
「そんなもんなの!!」
思い返してみても自分の発言のどこが問題だったのかわからなかったので素直に結衣に聞いてみると、結衣は丁寧に説明してくれたが同時に怒ってもいた。ぷりぷりと頬を膨らませて怒る結衣はまるで小動物のようである。
「二人とも準備できたからこっちに来て」
結衣と話をしていると鹿乃先輩から俺たちに声がかかる。
先輩たちのほうを向くと散乱していた荷物は部屋の隅に片付けられ、部屋の中央に長机が二つ並列に並び、手前に椅子が二つ、奥に椅子が一つ用意され、その椅子には馬場先輩が手を組んで座っている。その馬場先輩の後ろにはホワイトボードが準備してあり、その横に黒色のペンを持った鹿乃先輩がいる。
「机と椅子はわかりますけど、ホワイトボードまで必要ですか?」
「当たり前でしょ! 物事を整理しながらまとめるには書くことが一番なの!」
俺の疑問に鹿乃先輩が力強く答え、それに同調するように馬場先輩は深く頷いた。
「こちらの準備は整っている。神里が話す準備ができたなら椅子に座るといい」
「わかりました」
俺は椅子を引いて結衣を先に座らせてから一度深呼吸をして着席する。
「では、神里と紀乃さんの出会いから順に時系列順で話せる限りでいいから話してくれ」
「はい。まず出会ったのはーー」
「ーーと、ざっとこんな感じですかね」
俺は「ふぅ」と一息吐いて椅子に体を預ける。
結衣たちに一度話した内容ではあるが、昔のことを思い出しながら話すのは精神的に疲れる。
「とても興味深かったよ」
「そうね」
先輩たちは俺の話を聞いて水を得た魚のように生き生きとしている。
「創作のネタに使うのはやめてくださいね」
「な、なに言ってるのそんなことしないわよ。ねぇ?」
「と、当然だ」
(二人とも目が泳いでるんだよなぁ)
鹿乃先輩と馬場先輩はネット上で創作活動をしており、いつもネタを探している。
馬場先輩にいたっては創作活動に熱中しすぎるあまり、髪はボサボサ顔には濃い隈という状態で大学に来ることもあったりする。
創作活動には真剣に取り組んでいる人たちなので今日の話をネタにして悪用することはないと思うが、今回の先輩たちの反応を見る限り俺の話は先輩たちの創作意欲をひどく刺激してしまったようなので釘は指しておく。
「あっ」
無事に過去話を話し終え先輩たちにも釘を指したところで、俺は今更ではあるが結衣に呼び出された要件を聞いていないことを思い出した。
「なぁ、結衣」
「なに?」
「今更だけど俺にお願いしたいことってなんだ?」
「……あぁ! 忘れてた!!」
俺の言葉で結衣も思い出したようだ。
「ちょっと待ってて。今、馬場先輩と決着つけてくるから!」
「決着?」
結衣は俺にそう言い残すと馬場先輩のところに駆け寄って話し始め、再び口喧嘩が始まった。
(もう少しだけ待つか)
俺は口喧嘩の続く結衣と馬場先輩をしり目に椅子に深く座り直して背中を預けた。
最後まで閲覧ありがとうございます。




