同行
翌朝、城門の外に七台の脈騎が並んでいた。
翔は足を止めた。バイクに似ている、とは思わなかった。似ているが、違う。車体の外装は空鯨の骨格から削り出した白骨材で覆われており、継ぎ目から細い脈管が走って内部と繋がっていた。タイヤに当たる部分は分厚い環状の骨輪で、表面に鱗状の刻みが入っている。車体全体が、どこか呼吸しているように見えた。微かに、温度がある。
「触るな」
シルバが横から言った。
「触ってないです」
「眺めるな」
「……なんですか、これ」
「脈騎だ」シルバは自分の機体の側面を掌で叩いた。鈍い、骨を叩くような音がした。「空鯨の骨線導管を芯に組んで、骨脂で外装を固めてある。機械じゃない」
「動力は」
「二段ある」
シルバは低く言った。
「始動は骨脂油を燃やす。だが走り出した後は、これだ」
シルバは左手の甲を翔の前に差し出した。薄い手袋の下、手首の内側に、細い発光線が一本走っていた。脈打っている。鼓動に合わせて。
翔は七台の脈騎を見渡した。発光の色が、一台ずつ微妙に違う。「乗り手の色か」
「そうだ」
シルバは短く言った。
「生波が違えば、色も速さも変わる」
「触れてみろ」
シルバが言った。
「いいんですか」
「壊さなければいい」
翔は一歩踏み出し、シルバの脈騎の側面に掌を当てた。瞬間、内部の導管が淡く青白く光った。
「……やっぱり」翔のすぐ横で、ミナが小さく呟いた。誰にも聞こえない声だった。白い髪が朝の薄光を受けて、導管の青白い光と一瞬だけ重なる。
「ソラの生波、空鯨の骨線と相性がいい」翔だけに届く声だった。翔は手を離さないまま、横目でミナを見た。ミナは脈騎の導管を見つめていた。その表情は、何かを確認しているというより、最初から知っていたことを見届けているような顔だった。
周囲の隊員たちの視線が、一斉にこちらを向いた。誰も何も言わなかった。ただ見た。その中で、シルバだけが翔ではなくミナのいる空間を一瞬だけ見た。ほんの一秒。それだけで、また翔を見た。表情は変わらなかった。だが視線の動き方に、翔は覚えがあった。市場で初めてカイに会った時と、同じ動きだった。
翔は手を離した。導管の光がゆっくりと消えていった。
「……反応が早いな」シルバが低く言った。
「乗れるようになるんですか、俺」
「今は無理だ」
シルバは端的に答えた。
「生波の扱いが、まだ荒い。脈騎は感情の揺れをそのまま出力に変える。怒れば暴走する。怯えれば止まる。お前の今の状態では、まっすぐ走ることもできない」
「それは否定できないですね」
「だが接続はできる。髭紙と鎧を通してきたなら、感覚は同じだ。あとは慣れだ」
ミミが後ろから近づいてきた。脈騎の一台に翔がしたように掌を当てた。導管は光らなかった。首を傾げた。「あれ」
「霊族は反応しない」
隊員の一人が言った。
「生波の質が違う」
「そっか」
ミミはあっさり引いた。それから翔を見た。にっと笑った。
「やっぱりソラ、すごいじゃん」
翔は答えなかった。ミナが翔の手首にそっと触れた。確かな冷たさがあった。霧ではなく、指の形をした冷たさ。「大丈夫」ミナは小さく言った。「ちゃんと繋がってる」何が、とは言わなかった。翔も聞かなかった。
シルバが羊皮紙を広げた。長い指が砦周辺の地形をなぞった。「陽動の動線を頭に入れろ。俺たちは正面から音を立てて突っ込む。前衛を引き出す。その間にお前たちが側面へ回る」
「矢が飛んでくるやつですよね」
「飛んでくる」
「怖くないんですか」
「骨線を読んでいれば、一秒先が分かる」
翔は地面に手をついた。鼓動の下に、細かい振動があった。不規則で、波のように来ては引く。「これか」
「それだ。表皮がどこで沈むか、どこで跳ねるか。それが分かれば先に行ける」
シルバが翔の隣に片膝をついた。
同じように地面に掌を置いた。ただ、触れ方が翔とは違っていた。翔は掌全体を地面に押し付けていたが、シルバは指先から順に、紙を扱うような丁寧さで置いた。小指から、薬指、中指、人差し指、最後に親指。掌が完全に地面に降りるまで、数秒かかった。
「こう置く」シルバは低く言った。「急いで押すと、自分の振動が骨線に混じる。混じったものを読むことはできない」
翔は真似しようとした。うまくできなかった。掌の感覚が、まだ地面と離れすぎていた。
シルバは目を閉じていた。
「今、三秒前の振動が、まだ残っている」シルバは言った。「俺が北から歩いてきた時の衝撃が、骨線を伝って、この場所にまで到達して、消えていくところだ。それが消えたあとで、次の振動を待つ」
「……見えるんですか」
「見えるというより、聞こえるというより、分かる、という感じだ」シルバは言った。「三年読み続ければ、体が勝手に仕分ける」
翔は目を閉じた。自分の掌の下で、何かが動いているのは分かった。でもそれが、シルバの歩みの残響なのか、空鯨の鼓動の一部なのか、風の振動なのか、翔には区別がつかなかった。区別がつかないまま、翔はただ、そこにある何かを受け取ろうとした。
シルバは目を閉じたまま、もう一言、付け加えた。
「……一秒先が分かる、と言ったのは、嘘だ」シルバは言った。「正確には、一秒先の一つを絞り込める、だ。候補はいつも三つか四つある。その中から一つを選ぶ。外れる時もある」
翔は目を開けて、シルバを見た。シルバはまだ目を閉じていた。
「外れた時は」翔は聞いた。
「外れた分の痛みは、自分の身体で受ける」シルバは答えた。「それが、読む側の責任だ」
シルバックの連中が全員、思い思いの場所で地面に触れていた。目を閉じて、骨線を読んでいた。訓練でも準備でもなく、朝の習慣のように。
「退路を残すのは、なぜですか」翔は聞いた。「月夜平原の時も、包囲しなかった」
シルバは地図から目を上げなかった。「逃げ場のない敵は死に物狂いで戦う。味方の被害が増える。だから退路を残す」
「それだけですか」
沈黙があった。
「……それだけだ」翔はその間を、黙って聞いていた。
シルバが無言で自分の機体の側面を一度だけ叩いた。翔がそれを見ていると、シルバは気づかないふりをして前を向いた。叩き方が、道具への触れ方ではなかった。
シルバが離れた後、翔は少しだけその場に残った。シルバックの連中の脈騎を、一台ずつ見ていた。どれも似ているようで、微妙に違った。塗装の剥がれ方、外装の継ぎ目の締め方、ハンドルの位置の高さ。乗り手一人一人が、自分の機体を自分の体に合わせて育てていた。
一番端の機体の横に、ルーがしゃがんでいた。骨輪の継ぎ目を指でなぞっていた。点検というより、触っていた、という方が近い動きだった。
翔が近づくと、ルーは顔を上げた。髪が一度だけ風で揺れた。目の色が、シルバックの他の連中と少しだけ違った。濃い茶色だった。
「何か用か」ルーは言った。
「いや」翔は答えた。「いい機体だと思って」
「褒めても、乗せないぞ」
「乗りたいなんて言ってない」
ルーは一秒だけ翔を見た。それから、小さく笑った。笑ったというより、口の端が少し動いた。
「昨日の戦い、見てた」ルーは言った。「砂柱のやつ」
「……見てたのか」
「シルバの後ろに乗ってる新入りが、どれくらい使えるか、見ておきたかった」
翔は少し身構えた。「評価は」
「悪くない」ルーは言った。「鼓動の読み方が、荒い。でも、読もうとしてる。それだけで、多くの奴らと違う」
翔は何と返していいか分からなかった。褒められている気はしたが、ルーの声は平坦で、評価というより観察の結果のようだった。
「誰かに似てますか、俺」翔は少し試すように聞いた。
ルーの指が、骨輪の継ぎ目の上で止まった。短い沈黙だった。
「……何で聞く」
「なんとなく。カイさんも、同じような目をする時がある」
ルーは答えなかった。ただ、指を動かして、また骨輪をなぞり始めた。答えないこと自体が、何かの答えだと翔は気づいた。でも、今はそれを突つかない方がいいことも、同時に分かった。
「行くぞ」シルバの声が、遠くから飛んだ。
ルーは立ち上がった。翔の横を通り過ぎる時、一瞬だけ、翔の肩に手を置いた。短かった。力も入っていなかった。でも、置いた。
「死ぬなよ、新入り」
それだけ言って、ルーは自分の機体の方へ歩いていった。翔はその背中を見送った。ルーがなぜ今、翔の肩を触ったのか、翔には分からなかった。ただ、拒まれなかったことだけは、確かだった。
ミナが翔の横で空を見上げていた。誰も気づかない場所で、ずっとそこにいた。




