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雨上がり、君の嘘に恋をした  作者: あーちゃん


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14/15

14ページ



人はきっと、

傷つくたびに少しずつ臆病になります。


信じること。

愛すること。

未来を期待すること。


それらを諦めてしまえば、

もう痛みは増えないのかもしれません。


けれど、

それでも誰かを求めてしまう瞬間があります。


雨の日に出会った二人は、

どちらも孤独を抱えていました。


終わりを恐れ、

幸せを諦めていた男女が、

もう一度“明日を欲しい”と願うまでの物語です。


静かな雨音のように、

この物語があなたの心へ残りますように。

『雨上がり、君の嘘に恋をした』


――14ページ目

「明日を欲しがる」


 病室の窓から、朝の光が差し込んでいた。


 昨夜まで降り続いていた雨は止み、空には薄く青が戻り始めている。


 桐谷紗月は、ベッド脇の椅子に座ったまま眠っていた。


 手には、佐伯蓮の手。


 離さないように、ずっと握ったまま。


 蓮は静かに目を開ける。


 最初に見えたのは、眠っている紗月の横顔だった。


 少し乱れた髪。


 泣き疲れたような表情。


 きっと一晩中そばにいたのだろう。


「……ほんと、ずるい」


 掠れた声で呟く。


 こんなふうに誰かに必要とされたら、諦められなくなる。


 その時、紗月が小さく目を開けた。


「……佐伯さん?」


「おはようございます」


 弱々しい笑顔。


 でも昨日より顔色は少し良かった。


 紗月は安心したように深く息を吐く。


「よかった……」


「そんなに心配しました?」


「しました」


 即答だった。


 蓮が少し驚いたように笑う。


「本気で怖かったんですから」


 紗月は涙目のまま睨む。


「もう無理しないでください」


「……努力します」


「努力じゃ駄目です」


 そのやり取りが、どこか恋人らしくて。


 蓮は胸が苦しくなる。


 幸せだった。


 怖いくらいに。


 ◇


 昼過ぎ。


 主治医から説明を受けたあと、紗月は病院の廊下を歩いていた。


 蓮の状態は安定している。


 だが安心できるわけではない。


 移植待機の可能性。


 長期入院。


 再発の危険。


 医師の言葉は現実だった。


 紗月は窓際で立ち止まる。


 怖い。


 先の見えない未来が。


 それでも。


「逃げたくない」


 ぽつりと呟く。


 昔の自分なら逃げていた。


 傷つく前に距離を置いていた。


 でも今は違う。


 蓮を一人にしたくなかった。


「紗月さん」


 振り返ると、美緒がいた。


 少し疲れた顔で笑っている。


「お兄ちゃん、寝ました?」


「うん」


 美緒は小さく息を吐いた。


「よかった」


 二人並んで窓の外を見る。


 雲の隙間から光が差していた。


「……ありがとうございます」


 美緒が静かに言った。


「兄のそばにいてくれて」


「私の方こそ」


 紗月は苦笑する。


「救われてるんです」


 美緒は少し驚いたように目を細めた。


「兄に?」


「うん」


 紗月はゆっくり頷く。


「また誰かを好きになれるなんて思ってなかった」


 その言葉に、美緒は泣きそうに笑った。


「兄も同じこと言ってました」


「え?」


「“もう恋愛なんかしないと思ってた”って」


 胸が熱くなる。


 同じだったのだ。


 二人とも。


 傷ついて。


 諦めて。


 それでもまた、誰かを求めてしまった。


「……でも」


 美緒が少し俯く。


「怖いんです」


「うん」


「兄、本当に無茶するから」


 紗月は静かに頷いた。


 分かる。


 蓮は自分より、周りを優先する人だ。


 だからこそ危うい。


「ちゃんと止めます」


 紗月が言うと、美緒は少し笑った。


「お願いします」


 ◇


 夕方。


 病室へ戻ると、蓮は窓の外を見ていた。


 夕焼けが街を染めている。


「綺麗ですね」


 紗月が言うと、蓮は小さく頷く。


「久しぶりに、ちゃんと見た気がする」


 その声は穏やかだった。


 紗月はベッド脇へ座る。


「写真、撮りたいですか?」


「うん」


 即答だった。


「すごく」


 蓮は苦笑する。


「身体動かないのに、頭の中ずっとシャッター切ってる」


 紗月はバッグからスマートフォンを取り出した。


「はい」


「え?」


「撮ってください」


 蓮が目を丸くする。


「私?」


「今、見えてる景色」


 蓮はしばらく紗月を見ていた。


 そして、ふっと笑う。


「……敵わないな」


 スマートフォンを受け取り、窓の外へ向ける。


 夕焼け。


 光。


 病院の窓。


 そして。


 蓮はカメラをゆっくり紗月へ向けた。


「え?」


「動かないで」


 シャッター音。


「……今、病人盗撮しました?」


「綺麗だったから」


「ずるいです」


 紗月が顔をしかめると、蓮は楽しそうに笑った。


 その笑顔を見て、紗月の胸が熱くなる。


 もっと見ていたい。


 ずっと。


「桐谷さん」


「はい」


 蓮はスマートフォンを握ったまま、静かに言った。


「退院したら、行きたい場所あるんです」


 紗月は目を瞬く。


「どこですか?」


「海」


 少し照れたように笑う。


「朝日、撮りたい」


 その言葉に、紗月の胸が締めつけられる。


 未来の話だ。


 ちゃんと“その先”を見ている。


「一緒に行きますか」


 蓮が聞く。


 紗月は迷わなかった。


「行きます」


 即答だった。


 蓮の目が少し潤む。


「……嬉しい」


「だから治療頑張ってください」


「はい」


「ちゃんと生きてください」


「……はい」


 その返事は、初めて逃げていなかった。


 紗月は思わず笑う。


「よくできました」


「子供扱いしてる」


「だって佐伯さん、放っておくと無茶するから」


 蓮は声を上げて笑った。


 幸せだった。


 病室なのに。


 不安だらけなのに。


 こんなふうに笑えることが。


 その時だった。


 蓮がふいに真面目な顔になる。


「……もし」


「え?」


「もし、俺が駄目でも」


 紗月の表情が変わる。


「その話、嫌です」


「でも聞いて」


 蓮は静かに続けた。


「あなたに会えてよかった」


 胸が痛い。


「やめて」


「俺、最後まで一人だと思ってたから」


「佐伯さん」


「でも違った」


 蓮は優しく笑う。


「あなたがいた」


 涙が溢れそうになる。


「だから」


 蓮は静かに手を伸ばす。


 紗月はその手を強く握った。


「最後なんて言わないで」


 声が震える。


「私、まだ全然足りない」


 蓮が目を見開く。


「もっと一緒にいたい」


 涙が落ちる。


「もっと写真見たいし、もっと笑ってほしいし」


 胸が苦しい。


「勝手に終わろうとしないで」


 その瞬間。


 蓮の目から、静かに涙がこぼれた。


 初めてだった。


 彼がこんなふうに泣くのは。


「……参ったな」


 掠れた声。


「生きたい」


 その言葉に、紗月も泣きながら笑う。


「うん」


「あなたと、明日が欲しい」


 夕焼けの光が、病室を優しく照らしていた。


 雨上がりの空は、どこまでも静かに晴れていく。


 まるで二人へ、“まだ終わっていない”と教えるみたいに。



最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


この物語で描きたかったのは、

「限られた時間の中でも、人は誰かを愛したいと思ってしまう」ということです。


恋は幸せだけではありません。


失う怖さも、

終わりへの不安も、

愛するほど大きくなっていきます。


それでも人は、

誰かと笑い合える時間を求めてしまう。


紗月と蓮も、

最初は未来を信じられない人間でした。


けれど、

「この人となら怖くても歩いていきたい」

そう願えた瞬間から、

二人の世界は少しずつ変わっていきます。


もしこの作品が、

あなたの心に小さな光を残せたなら幸せです。


雨はいつか止みます。


そして雨上がりの空は、

きっと思っているより優しい。


本当にありがとうございました。

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