梢を手折る 6
ネネカさんの銀痕を通って彼女の元へ、『ノクト』の森へとたどり着く。
ぼとりと地面に落ちた私の体から、一拍遅れて黒霞──ガーベラも姿を現した。私のファストトラベルに追従できるのも何気にガーベラの良いところというか、徹底しているというか。
「いや出現の仕方ヤバすぎですわよ……」
「ええ、まったく……」
で、眼の前の光景よ。
仮面を被ったネネカさんに、お嬢様ザウルスさんとメイドさん、死にかけの鳥。
こうしてネネカさんと合流した時点で、ハルハルムはすでに地面に倒れている。それ自体はすごい。いやめっちゃすごい。ネネカさんや町のみなさんの今日までの備えが、たしかに実を結んでいるという証左。
……なんだけども。
「ん、はぁ……♡ …………銀色様。現時点で『月光讃華』から死者は出ていません。皆ほかの『来訪者』さん方と共に、森に撒かれた『汚濁』の処理に当たっています」
まったく冷静に──ちょっとえっちな吐息が漏れてたとか今は言ってる場合ではない──手早く状況を伝えてくれるネネカさんの瞳は銀に染まっている。髪の毛の先も。そしてなにより、銀色の液体に濡れるローブの、腹部に穴が空いている。
「ルミナ的には、無事……とは言えないかしら〜?」
だいたい月イチ小瓶一つペースで採取できる『月輪草』の蜜は、重症を負ったときに使うようにとしつこく念を押していた。この状況は、ネネカさんがその約束を守ってくれたことと、つまり一度は大きなダメージを受けたことを示している。実際、彼女の体力ゲージはそれなりに大きく削られていた。
「えっと、銀……ルミナさん? わたしはこの通り大丈夫だよ? ルミナさんの蜜のお陰で……」
私の様子に気づいたのだろう、ネネカさんが素に近い声音でそう言ってくれる。
……でも、私がもっと上手く立ち回れていれば、こんな怪我を負う必要はなかったかもしれない。そう考えるともう、いや今日はさっきからずっとだけど、とにかく自分が情けない。不甲斐ない。そんな気持ちばかりが湧いてくる。
「……クソ、が……アイツらはなにやってんだヨ……」
それから、地に伏すハルハルムへの怒りも。
「あんだけゲボ吐いて……ッ゙、やっとこの体に適応しタってのに……んだヨこのザマは……!」
とても苛立たしげに、泥モヤに塗れた女が呻いている。どうも信じられない様子だ。自分が死にかけてることも、私の足止め係だった野郎二人がもう死んでることも。
あのレバーとハツの内臓コンビ、ハルハルムらを逃がして以降しばらくは空中からの攻撃に徹していた。
こっちの触手の届かない距離からの遠距離攻撃連打、正直ずっとそれが続いてたらもっと時間がかかっちゃってただろうけど……なーに欲を出したのか、途中で片割れがちょっっとだけ距離感ミスりやがった。ので、その瞬間にガーベラの教唆&バフデバフ全部乗せで突っ込んで核たる『汚濁球』を破壊、その死体が消える前に足場として利用し、もう一人に接近して組み付いてそっちも殺した。
状況が状況だし、正直戦ってて楽しくはなかったなぁ。
「飛行能力は厄介だったけど……正直、強度Ⅴというわりには脆かったわねぇ」
ガーベラの言う通り、耐久面はさほどでもなかったのが幸いだった。
……あれ、てかもう一人の女、フクロウのほうはどこへいったのか。ネネカさんが落ち着いているということは、もう死んでる?
「──ぐ、っ゙……!!」
なんて思ってたらちょうどその女、ミネーが空から降ってきた。いや落ちて……いや叩きつけられて、と言ったほうがいいか。見た目的にも体力的にも死にかけの状態で。
「おや、そちらも片付きましたか」
うわっクリスレーナさんっ? なしてここに??
「彼女は、えっと……突然現れて。一応、わたしたちの味方みたいです」
すかさず入るネネカさんの注釈。
私たちの隣にばさりと降り立った辺り、本当に味方らしい。
「『原母の梢』だの強度Ⅴだのという肩書きのわりには、大したこともなかったですね」
澄まし顔で勝利宣言するクリスレーナさんだけど……普通に全身ボロボロだし、体力ゲージもレッドライン。どうみても接戦の末の辛勝だったでしょこれ。
「出力自体は上がっていましたが、翼持ちし上位種としては下の下。もうあなたは、私が焦がれた翼ではない」
「……くそ、くそくそっ゙……!」
身に纏う『汚濁』も剥がれかけ、元の顔が半分ほど露わになっているミネーと、それを見下すクリスレーナさん。二人が向け合う視線はその、ぇあー、なんというか……面倒くさそうな雰囲気をこれでもかと纏っている。うん、首突っ込まないでおこう。
「やっぱりそうよねぇ。想定していたより、飛行能力が低かった気がするわ〜」
ガーベラも人間関係のほうには興味がないようで、クリスレーナさんの言葉の一部だけを拾って頷いている。
しかしこれに関しては私も同意見。飛べることそれ自体が厄介なのはもちろんだけど、速度や機動性という面は思っていたほど高くはなかった。
クリスレーナさんの言葉からするに、元々持っていたアバター本来の性能が落ちている可能性はある、かも? 出力向上と引き換えに個性が弱まっているというか。『汚濁』の性質を考えれば頷ける話だ。
「多少出力が上がろうとも、本来の強みを活かしきれないんじゃあねぇ……」
強度Ⅴはたしかに、プレイヤーとして考えれば破格の出力や頑強さを有してはいたけれども。言っても侵度Ⅴ戴冠者には程遠く、それこそ捉えさえすれば顕界度Ⅱの火力で即殺できる程度。
ってか普通に考えて、飛行能力持ちが地上の敵相手に不用意に近づくメリットなくない? プロミナさんくらいの近接火力と速度が出せるならべつとして。
となるとやっぱあの内臓コンビ、戦い方も強化の方向性も変だったなぁ……ハルハルムも多分、あいつらと似たような流れでいま死にかけてるんだろうなぁ……
「今の哀れな姿。上位種の上位種たるを忘れ地を這う泥に身を窶した、その当然の末路ですね」
乱れた髪や羽毛を整えながらクリスレーナさんが言えば、ミネーはもう黙り込んでしまった。並んでぶっ倒れてるハルハルムのほうは、まだ口がきけるようだけども。
「ざけんナ……! 原初の力だぞ、強くなきゃおかしいダローがっ……!!」
「よく分かりませんけども……でも実際負けてますわよね?」
おお、お嬢様が事実で殴っている。
「うるせエ! アイツらの領域デ泥の身体感覚に耐えて……山の下に『源泥』溜め込んで……それだってクソほど気持ちわりィ感触だったンだぞ……! 何回メンタルアラート鳴ったと思ってんダ、アァ!?」
おそらくもう満足に動かすこともできないのだろう、泥に塗れ濁った翼腕はわずかに揺れるだけ。ぴーちく囀ってはいるけども、腹から声が出てない。
なんかあれ思い出すな。ぇあー……ほら学生時代、授業だったか講演会だったかで見たやつ。むかーし、環境汚染が大問題になってた時代のさ、重油かなんかが羽根にべったり絡みついちゃって飛べなくなってる水鳥の写真。あの写真との違いは、同情心が欠片も湧いてこないところか。
「クソ天使もいない最高のタイミングだったハズ……なんで、なんデ上手くいかねぇんだヨ……!」
「執着心の使い方を間違ってるからじゃないかしら。ねぇ♡?」
いやガーベラさんや、私に聞かれましても。
まあたしかに、ここまでできるのは逆にすごいというか、その執念をもっと別の方向に活かせなかったものかとは思う。せっかく魂がそのまま個性になり得るこの世界で、やることが他者への逆恨みだか嫌がらせだかって。正直怖いしドン引きだし、んなもん向けられたらそりゃ怒りだって湧く。
私でさえそうなんだから、直接の被害を受けた人──隣に立つネネカさんはなおさらだろう。
「……あなたは。そうやって喧嘩腰なわりに、ずっと恐怖していますね」
「黙れッ……!」
「最初は触手さんを恐れて昼間に町を訪れ。そこでプロミナさんに敗れてからはこうして、彼女を避けるように立ち回り。気に食わない相手に噛みつくわりに、正面から戦う度胸はない」
「黙れ黙れッ゙!!」
「そんな下らない人に、これ以上町や森が脅かされるのは我慢なりません」
ネネカさんがここまで強い言葉を使うのは聞いたことがない。
仮面で見えこそしないものの、その下の表情もきっと、見たことがないものなんだろう。
「──銀色様。お手を煩わせてしまって申し訳ないのですが……どうかご一緒に」
司教としての振る舞いを強めながら、ネネカさんはゆっくりと右手をかざした。追従するようにして、彼女の触手『銀の明かりの先触れ』も鎌首をもたげる。私も隣で、触手をハルハルムへと向けた。
……本来、不必要なオーバーキルというのはあんまりマナーが良くない気がするというか、普段意図的にやることはないんだけども。今回ばっかりは例外だ。
だから私はネネカさんのローブに触れる。腹部を濡らす、銀色の液体に。
[『銀遷した雫:血液』を摂取しました。顕界度が一段階上昇します]
彼女の奮戦の証を取り込んで、顕界度がⅡになる。
普段であれば生じる高揚感も、いまは怒りが混じってあまり気持ちよくはない。やっぱだめだね、ゲーム体験としても楽しくないよこりゃ。
だからこそ、もうこんなことが二度と起きないように。二度と私たちに近づこうだなんて考えなくなるように。
出来うる限りの恐怖を、こいつの魂に刻みつける。
「く、ソ……」
……さっき、内臓コンビとの戦闘は楽しいものじゃなかったって言ったけど。一応一つ、得られた知見がある。
Ⅴクラス以上の共生体・侵蝕体に現れる中心核、『汚濁球』。そこをぶっ壊されるというのは、どうやらめちゃくちゃな不快感を伴うらしい。二人とも、くたばる瞬間はえらく苦しそうだった。
「あの二人、体力全損とメンタルアラートでの強制ログアウトが同時に起こっていたわねぇ」
さて、頑張って『汚濁』に適応したらしいこの女はそのことを知っているのだろうか。
「ァ゙アッくそ……! ッ゙…………やめろっ……」
ハルハルムの語気が弱まった。ついに逃れ得ぬと──敗北からではなく、私から逃れ得ぬと知って、声音に恐怖が乗る。露わになったそれを逃さぬよう、掴んで縛る。触れずともただ、触手の動き一つで。
さっきネネカさんも言っていた。結局のところこいつは私が、触手の化け物が怖いのだろう。その恐怖を払拭すべく、取り去るべく、こちらにヘイトを向けてきていた……のかもしれない。実際のところこんなやつがなに考えてるのかなんて分からないし、分かりたくもないけども。
だからもう、ただその恐怖が際限なく大きくなり続けることを願って、触手を突きつけるだけ。
わずかに上体を起こしたまま、後ずさることもできずこちらを見上げる泥塗れの鳥へ、放つ。
「ヒィ……ッ゙!」
「……『想起・収斂──」
──月光波』。




