梢を手折る 5
【ネネカ視点】
わたしを殺すと、間違いなくそう叫んだハルハルムが空から突撃してくる。
お嬢様ザウルスさんや従者さんの攻撃を的確に躱しつつ、勢いを維持したまま。
十分に速いと言えるのだろう攻撃を、わたしはその場で待ち構え──
「なッ……!」
──接触の瞬間、彼女自身の勢いを利用してその体を投げ飛ばした。
「んダ、テメェ……!!」
当然ながら空中で体勢を立て直されはしましたが、しかし驚きと……屈辱でしょうか。そんな雰囲気が、ハルハルムからたしかに伝わってきます。
「……遅いですね、プロミナさんより」
思ったことをあえて口にし、煽る。それだけで彼女は、再び「殺す」と口にしながら突っ込んでくる。
対して脚は肩幅に。半身に構えて腰は落とし、二本の腕と四本の触手で渦を作って待ち構え、触れると同時にいなし、力の向きを逸らして投げ返す。
「アァ゙ーッ! クソクソクソッ……!!」
二度食らってようやく、まぐれではないと気づいたのでしょう。ますます苛立たしげに、『汚濁』の鳥は低空で叫んでいる。
……『銀の明かりの先触れ』の実用化に際し真っ先に試みたのは、この触手を使って銀色様と同じように縦横無尽に飛び回るというもの。だった、けれども……実際にやってみて、すぐに理解させられた。
無理です。どう考えても。
周囲のあらゆる物を利用して立体的に、絶え間なく、高速で動き回る。どの触手でなにを掴むことができ、それを起点に体がどう動き、動いた先で次になにを掴むのか、その全てを瞬間瞬間で把握し続けなければならない。天地も左右も絶えず入れ替わり、平衡感覚と方向感覚が一瞬で崩壊する。触手の僅かな押し引き一つでも誤れば、体があらぬほうへと飛んでいく。
たった四本の擬似触手ですらそれなのだから、おそらく人間の知覚では、銀色様の挙動を再現するのは不可能なのでしょう。
だからわたしは、あの高速立体機動を泣く泣く諦めて。そして代わりに、彼女の用いるもう一つの体技──触手柔術に目をつけた。ぐるぐると渦を巻く銀。静の触手体技であるあの技を模倣し、人体で用いる近接武術の形に落とし込むべく。
すなわち、名を──
「──『触装闘術』」
……ええ、はい。命名したのはガーベラさんです。
「テメェ魔術職じゃねぇのかヨ!!」
攻めあぐね、しかし今さら逃げるなど自尊心が許さず。そんな気持ちが透けて見える中途半端な高度から、ハルハルムががなり立ててくる。
「……たしかにわたしは、流浪の魔女の血を引いてはいますが」
「じゃア魔術だけ使っとけヤ! 武術じゃねェかソレ!!」
「流浪、つまり世界を流離う民なのですから、体が強く出来ているのも当然でしょう?」
「ナ、く……ッ、ざけんナ……!!」
……実のところ、半分くらいは虚勢です。
たしかにこの身に流れる流浪の魔女の血は、魔術に優れると同時に身体面での逞しさも兼ね備えている。この地に居着き旅を終えたわたしの母は、まさしくそういった人だった。
しかしそれはあくまで、血にそういった素質が宿っているというだけの話です。素質は育てなければ素質のまま。今のわたし自身の体はまだ、武闘に適した形に出来上がってはいない。
けれども。
それでも、基礎的な体力は普段から森を歩く過程で身についている。『月光讃華』が発足し、町を守る術を模索するようになってからは、なおのこと。
「やはり怖いわけですか。銀色様を端に発した、あらゆる術が」
いまだ未熟なこの力を、けれども、努めて作った澄まし顔で振るう。そうすると、ほら。
「殺、スッ!!!」
三度の言葉。怒りに任せたハルハルムの動きは精彩を欠き、乱れが生じる。
激情と勢いで押し切れるとも考えているのでしょう。実際、有翼である彼女は空中で受け身が取れる。投げ飛ばしたところで直接的なダメージには繋がりにくい。
しかし。
こうも乱れた突貫であればますます御しやすく、まだ未熟なわたしでも、受け流す方向まで制御できる。
「フッ──!」
「ガ、ァッ──!」
四つの触手で力の向きを変え、わたしはハルハルムを地面へと叩きつけた。
「──隙ありですわァ!」
直後、静かに機をうかがっていたお嬢様ザウルスさんたちの追撃が、荒々しく続く。
「今度こそ、でございますね。お嬢様」
衝撃を予見し飛び退ったわたしの目の前で、侍女さんの放った降る岩塊の魔術が、伏したハルハルムの上にいくつも降り注ぎ。
「っしゃァ!! 『インドミナス・ディザスター』ァァアアア!!!」
ただでさえ大振りなものをさらに肥大化させた石槌が、岩塊諸共にハルハルムを叩き潰した。
地面が揺れ陥没するほどの威力に、わたしまでよろけてしまうほど。触手で体を支えつつ、巻き起こった土煙の中を注視する。
「ォ゙、ォ゙ォ……!」
これも『汚濁』の恩恵か、“泥モヤで崩れかけたハーピー”という形姿自体は維持したまま、ハルハルムは起き上がることもなく呻いていました。あのような一撃を受けても、体力はまだ僅かながらに残っている。濁った声は絶えず漏れ、上体をほんの少しだけ起き上がらせるのが精一杯という有様ですが。
「ボ、ォェ゙……」
うつ伏せで顔はうかがえませんが、口から『汚濁』を吐きこぼすほど弱り果てているのはたしか。
さて……正直わたしのほうも、魔力はそう残っていない。触手の維持もタダではありませんから。あとは近づかず、『想起・衝破月光波』あたりでとどめを刺すべきでしょうか。
「オォォ゙、ッ、ェ゙ッ……」
「…………?」
「ェ゙、ゥ゙オェ゙…………!」
…………いや、違う。これは──
「ェ゙、ァッハハァ゙……!!」
吐き出された『汚濁』が、縦に長く伸びている。槍のような形状のそれを口に咥えたまま、ハルハルムが再び地を離れる。
飛行というにはあまりに不格好な突撃、小規模な『汚濁』の波動のようなものすら引き起こし、無理やりに急加速している。そうと頭で理解したときにはすでに、槍状の『汚濁』がすぐ目の前に。
「アッハァ゙ッ!!」
咄嗟に構えた触手三本はたやすく貫通され、受け流すこともできず。黒濁りした切っ先は確実に、わたしの体を貫きました。
「……っ」
腹部に穴が空いたのが、見ずとも察せられてしまう。ハルハルムの歓喜の感情も。下半身は脱力し翼と首だけで保った無理な姿勢で、こちらを覗き込んでいる。『汚濁』の槍はまだ咥えたままに。
目鼻も口も見えずとも、にんまりと笑んでいるのも分かる。決め台詞かなにかを吐こうとしているのも。
「ざまーミロッNPC風ぜ──イテっ、は??」
まあ、言わせなかったのですが。
どうやってかって? 刺される瞬間には口に咥えていた小瓶を、もう空になったそれを、彼女の額に吐き捨ててあげただけ。
さらに次いで、放つ。
「──っ、『月光波』ァ……!!」
魔術による模倣ではない、本物の『月光波』。
小瓶の中身がこの体に齎してくれた、一度だけの『月光』の力を。
「ガゴボァ゙!?」
それは『汚濁』の槍を砕き、ハルハルムを再び地面に吹き飛ばした。
混乱する彼女への警戒は解かず、手早く自分の腹部を確認する。
「……うん」
風穴といってもいいほどの怪我は、すでに塞がり始めていました。痛みはあれども、それを凌駕し塗りつぶすほどの陶酔がとめどなく湧いてくる。ローブを染める血は間違いなく、布地よりもなお純粋な銀色。髪の毛の先も、見えないけれどもきっと瞳も同じく……銀色様の、触手さんの色に染まっている。
「前よりも、影響が強まっている……ふふ……」
わたしは『汚濁』の槍に気付いた時点で、半ば反射的に、首から隠し下げていた『月輪草』の蜜を口に運んでいました。身を守るために使ってというルミナさんの意思に導かれるように、四本目の触手で。
……『来訪者』の皆さん、これの存在を知ってはいても“定期的に採取できる”とはまったく考えていないようなのはなぜでしょう? 花の蜜なのだから、枯れたりしなければ作られ続けるというのに。
「ヒュ゙、ーッ……グ……!」
いえ、今は眼の前のハルハルムのことです。槍が『月光波』の威力を殺したのでしょうか、もういよいよ虫の息といった様子ですが、それでもまだ体力は尽きていません。
再び倒れ込んではいるものの……一度隠し玉を見てしまえばもう、警戒を解くことなどできない。お嬢様ザウルスさん方も視界の端で、身構えながらジリジリと距離を詰めようとしていました。「なんか今すんげーレアアイテムの使用に立ち会っちゃった気がしますわ」なんて呟きながら。
レアアイテム? というのはさておき、わたしはやはり離れた位置から……
「ん、んぅ……? っ、ぁ♡」
……と、思っていたのだけれども。
ああ、どうやらもう大丈夫なようです。
「ぁ、は……♡ ……残念っ、ですが、ぁ゙♡」
「アァ゙……? まダ、終わっ゙でネェぞ……!」
「いいえ……もう時間切れ……っ、です……♡」
頭の中で声がした。
脳裏に揺れる『月輪草』とともに頷けば、わたしを通って這い出る。
ローブをめくり晒した、腕の銀痕から。
先触れなどではない、本当の銀の明かりが。




