梢を手折る 4
【ネネカ視点】
「……せっかく天使がいねートコ狙ったのに……どんだけこっちを萎えさせテーんだテメェらは」
上空からの声に、はっと我に返る。
本当にいろいろ気になるところですが、今はひとまず、クリスレーナさんは味方ということだけ納得しておきます。
一方で、こちらを見下ろす『汚濁』の尖兵は、想定外の事態の連続に苛立っている様子。旧知であるクリスレーナさんを睨みつけ、ため息を一つ。
「まァいい、どうせ頼みの綱の触手もいねーンだから……ヨッ、グゥ゙……!」
かと思えば小さく短い呻き声、そののち。
[『原母の梢』尖兵 ハルハルム 汚濁共生体 強度Ⅴ]
ハーピーの女性ハルハルムの強度が上昇しました。体を覆う『汚濁』はさらに濃く濁り、胸部付近には黒く凝縮された球体が。カンムリヘラジカを思い起こさせる『汚濁球』に、体が勝手に身構えてしまう。
いえ、身構えてしまったからこそ。
「──オラ死ねヤ!!」
降り注いだ『汚濁』の礫に、対応することができました。
鳥の羽根……のような形状をした黒い泥モヤが、無数に射出され襲いかかってくる。
わたしは大きく広げた『想起・衝破月光波』を、ほかの皆さんも各々が身を守るための力を行使しその雨を耐え凌ぎます。小さな羽根の一つ一つが、決して無視できない威力を有している。
「どけぇ……!!」
「っ、く」
また同時に、その対処に追われるクリスレーナさんを跳ね除けて、フクロウの女性ミネーが空へと舞い戻っていく。やはり胸元には『汚濁球』、強度を上げてクリスレーナさんからの拘束を逃れたのでしょう。
「やっぱ飛べるのはずっこいですわよ!!」
「ほんとそれな!!」
ほかの『来訪者』さんたちの悲鳴も、『汚濁』の豪雨に混じり聞こえてくる。
幸いなことに長時間射出し続けられる類の技ではなかったようで、少しののちに攻撃は止みましたが……
「くっそウチのアタッカー落ちたんだが!?」
「こっちも二人死んだ!!」
乱雑に掘り返されたように抉れた地面の上で、光の粒子が立ち上っている。
『来訪者』さんのうちの何名かが、この攻撃で体力をすべて失ってしまったようでした。彼らにとってこちらの世界での死は本当の死ではない、ということは把握しています。しかしそれでもすぐに戻ってこれるわけではなく、また同時に、彼我の実力差を見せつけられてしまった形。
無事なのはクリスレーナさん、お嬢様ザウルスさん、その侍女さん、くらいでしょうか。
「すまんが一回引かせてもらう、デスペナは食らいたくない!」
「“死んで戻ってきたら全部終わってました”が一番しょーもないからなァ!」
「雑魚は雑魚らしく雑魚狩りに徹してまァーす!!」
この場での継戦は難しいのでしょう、負傷した『来訪者』さんたちは素早い判断で撤退の用意を始めていました。ばら撒かれた『汚濁』の対処に当たってくれる、それだけで十分ありがたい。
しかしこちらもこちらで、彼らに言葉を返す余裕もなく『月光讃華』メンバーの様子を確かめます。
「無事ですか……!?」
「ええ、我々はなんとか……」
『月光讃華』のメンバーは、みな負傷こそすれども誰一人欠けることなく生き残っている。“命があってこそ”という銀色様の意向により、防御の魔術を広く共有していたのが功を奏したのでしょう。とはいえ、まったくの無事と言えるのはわたしだけ。
……となれば。
「皆さんも『来訪者』さん方とともに一度退避してください。手当てを優先し、その後、散った『汚濁』への対処を」
「……分かりました。司教、いえ、ネネカさんも無理はなさらず」
「はい、ありがとうございます」
わたしだって命を失うことは怖いし、避けなければならないと思っている。でも今はまだ、苛立たしげにこちらを見下ろす二人を相手取らなければならない。
「アレ溜め込むのにどんだけ苦労したと思ってんダ? ナぁ??」
木々に紛れ退避しようとする皆さんへ、追撃の姿勢を見せるハルハルム。今しがたの羽根は連続使用できないようですが、おそらくほかにもまだ、空から撃ち下ろす手段を有しているのでしょう。意図も行動も読めるのだから、さすがにここは止めなくては。
「──『想起・収斂月光波』」
銀色様の用いる光線状の『月光波』、それを模した魔術で先んじて攻撃を仕掛ける。
「残念ハズれ、っ、はっ、オイッ待てヤ……!」
右手で撃った一発目、左手で撃った二発目は外れました。
三発目──ローブの袖から伸びた触手が放った光線がハルハルムを掠め、裾から顔を覗かせた触手による四発目はミネーの顔のすぐ横を抜けていく。
「──『銀の明かりの先触れ』」
そう名付けたこの技、魔力で銀色の触手を生成する魔術は、言ってしまえばわたしの手足の数を拡張するようなもの。銀色様の形姿を僅かながらに模すこの『月光魔術』と合わせることによって、『想起・収斂月光波』を幾度となく撃ち続けることが可能になる。
「キモすぎダルすぎ」
ハルハルムとミネーは不規則な軌道で飛び、光線を掻い潜ろうとしています。退避する面々への攻撃は、これでどうにか食い止めたいところ。
「あぁクソ、クソッ鬱陶しイ……!」
元となった銀色様の『収斂月光波』と違い、この魔術は一発一発の威力がとても低い。それこそ、先の『汚濁』塊の撃破などにはとても使えない程度には。そのわりに魔力の消費も馬鹿にならない。しかし代わりに連続発動の負担自体は少なく、こうして短い間隔で撃ち続けることができる。
また同時に、縦に長い射程を有していることから対空での牽制力が高い──というのは、プロミナさんの弁です。飛行とは繊細な行為で、ちょっとした被弾ですら集中力を削がれるのだとか。
もっとも、訓練の相手になってくれた彼女に対してはろくに当てることもできませんでしたが。ですが目の前の『汚濁』の鳥たちは、プロミナさんよりもずっと遅い。必中とはいかずとも、撃ち続けることで圧力をかけることは可能なはず。
もちろん、威力や魔力効率を考えれば、これだけで倒すことなどはできませんが。
「では、私は改めてミネーを」
「っ、こっち来んな……!」
私の魔術と、時折撃ち出されるお嬢様ザウルスさんと侍女さんの岩塊。それらに乗じてクリスレーナさんが飛び、再びミネーへと狙いを定める。グリフォンとフクロウの二人はもつれ合うようにして空中戦へと移行し、視界の外へと消えていきました。本当にあの人はミネーさん、は、初恋の相手? にしか興味がないようです。
「あークソっ! おいテメェただの信者って話じゃネーのかよ……ッ!」
「一応、司教の立場を任されていますが」
「そういうことじゃネんだよ!!」
そんなやりとりをするころにはもう、負傷した『来訪者』さんも『月光讃華』の面々も木々に紛れて姿を消しています。怒り任せの追い打ちを咎められたからか、もはや不貞腐れたような雰囲気すら漂わせ、一人残されたハルハルムが叫ぶ。
「あーもうめんどくセぇ、テメェの相手なんかしてられルか! 直接森を滅茶苦茶にしてやったほうが気も晴れるってもんだよナ!!」
逃げようとしている。
私がこの場に残ったのは彼女を打倒するか、そうでなくとも足止めをして、森への被害を減らすため。彼女を引きつけているあいだに、ほかの皆さんに散らばった『汚濁』を処理してもらうため。逃がすわけにはいかない、けれども手は届かない。
ならば言葉で。
「──逃げるのですね。やはり、怖いですか」
「……アァ?」
『想起・収斂月光波』は一度撃ち止め。魔力を大きく消耗してしまいましたし……なにより“引っかかった”という確証があったから。
かつて彼女らが『ナーナ』を訪れ、プロミナさんと相対したその一部始終を、わたしは見ていました。あのときのプロミナさんの言葉を思い出す。四人を見事に逆上させ、決闘を取り付けた勝ち気な物言いを。
「そうでしょう? あなたたちは四人で行動していたはず。二人見当たらない。恐らく山岳で、銀色様の足止めでもしているのでしょう。つまりあなたは仲間にその役目を押し付け、銀色様から逃げてきた」
「……オイ」
「そして今、その銀色様を想起させる『月光魔術』からも逃げようとしている」
実際はどうなのか、などは考慮に入れない。相手に反論もさせない。ただ一方的に決めつけ、神経を逆撫でする。ガーベラさんの言い回しも少し意識しつつ。お二人のやりとりは、いつも聞いていましたから。
「『汚濁』に身を売ってもなお……いえ、だからこそより一層。それを滅する月の光が怖いのでしょう?」
「……触手の猿真似程度でイキってんなヨ、NPC風情ガ」
『汚濁』という力を得たとて、その精神性はおそらく変わっていないのでしょう。効果は覿面でした。
「よくよく考えりゃ、テメェ殺すノが一番アイツに効きそうだよナァ!!」
横から「隙アリですわァ!」と撃ち出された岩塊を躱しながら、ハルハルムがこちらへ急降下してくるほどに。




