顛末
ハルハルムの死亡後、ミネーは完全に戦意を喪失。
いったんクリスレーナさん預かりとなった彼女を尻目に、私たちは『ノクト』に散らばった『汚濁源泥』の処理に当たった。
とはいってもまあ、プ鱗隊長を始めとしたプレイヤーさんたちに『月光讃華』の面々、さらには森の獣たちの尽力もあって、被害拡大の前にことを収めることができた。オオカミちゃんたちも大活躍。
残念ながら、獣たちの中には侵蝕され狩られることとなってしまった子もいたけれども……侵蝕体が森から出るような事態は起きず、『ナーナ』は無事に守られた。『月光讃華』からも死者は出ていない。
と、いうのが今回の第二次チキン騒動の顛末で、そして──
「──なぜ!! なぜあたしはこの大事なときにィィッ……!!!!」
翌日夜、『結わえ草』でプロミナさんがめちゃくちゃ悔しがっていた。
「残念だったわねぇ〜」
「ガァァアアアアアアッッ!!!」
焔でも吹くんじゃないかってくらい大口を開け、ドタドタと地団駄を踏むその様子は、とても天使の名を冠する者の姿には見えない。ガーベラも楽しそうに煽っておられる。いや本人的には煽ってるつもりもないんだろうけど。
「まあまあ……彼女たちは、プロミナさんの不在を狙って動いていたようですし……」
「あんの腐れ焼き鳥共がァ……!!!」
ネネカさん(今日は仮面なしver)のフォローも余計にプロミナさんを悔しがらせるだけ。私も、ラナちゃんフロウさんも、どうにか彼女を宥めようと手を尽くす。
……まあそんな中で、我々のわちゃわちゃなんてまったく意に介さず話を進めようとする人もいるわけですが。
「揃いましたね、では報告を」
ええはい、クリスレーナさんです。
いや、昨夜の戦いでミネーを抑えてくれてたことを考えると感謝しかないのは間違いないんだけども。しかし相変わらず偉そうだなこの人……慣れか諦めか、ネネカさんはもう表情を変えることすらなく対応している。
「えっと……ミネーからはなにか聞き出せたのでしょうか」
「ええ、色々と」
昨夜すべてが終わってから「情報を引き出す代わりにミネーの身柄を預かりたい」と申し出てきたのはクリスレーナさんのほうからだった。あいつと戦い勝ったのはクリスレーナさんなのだから、こちらとしてもダメですとは言えず。
ミネーを引っ掴んで飛び去っていった彼女は今日再び、一人で『結わえ草』を訪れたというわけ。ここからは大事な話だと理解してか、プロミナさんも(まだ小声でぶつぶつ悔しがりつつ)いったん静かになる。えらい。
「ではまずは……プレイヤーの共生体化についてでしょうか。とはいえ、みなさんも察しはついているでしょうが」
報告を始めたクリスレーナさんいわく──
NPCもプレイヤーも問わず、『汚濁』との相互合意形成によって共生体化が可能である。
共生体化すると性質的にはモンスター・敵性存在に近くなり、戦闘可能エリア内であれば決闘等の手続きを踏まずに攻撃をしかけられる。
出力の底上げや『汚濁』を用いた技などの恩恵を得られるが、代わりにアバターが元々有していた固有の能力が弱まる?
うん、たしかにこの辺りは戦ってる時点でも感じたことだ。
昨日の戦闘に参加していたほかのプレイヤーさんたちによって、一部すでに拡散されている情報でもある。
「ミネーらは、まだプレイヤーもほとんど常駐していない僻地にて共生体NPCと遭遇、偶然月の触手の名が出たことから利害が一致し協力関係を結んだのだとか」
月の触手憎しで『汚濁』と意気投合したってわけだ。しょ、しょーもねぇ……
「あんなもんと共生なんて、身体感覚おかしくなりそうだけどねぇ……」
「ええ。実際、“体の輪郭が泥のように緩む”のだとか。慣れるのに多少、時間が必要だったとも」
「ハルハルムも言っていましたね。『汚濁』の領域でその感覚に耐えたと」
頷くネネカさんへ、クリスレーナさんが視線を向けた。
話題が次の、私たちにとってはまったくの新情報へと移る。
「──『星内異相域』だそうです。間違いなく星の内側にある、けれども掘って辿り着けるというわけではない領域」
それが、地より出て地に還る『汚濁』の根城。
「地下といえば地下なのでしょう。しかし物理的な意味での地下空間ではない。まさしく異相」
「ようは泥溜まりってことね」
「言い得てるわねぇ」
いわくいわく。
ミネーらはその『星内異相域』とやらに潜伏して『汚濁』に体を慣れさせていた。少し前から彼女らの動向が追えなくなったのはそのせいだろう。
『異相域』には地上各所へ『汚濁』が湧出するための道というか、導線?のようなもの(これも物理的なものではないらしい)があり、あいつらはそれ経由で山岳内部に『汚濁源泥』を運搬・蓄積させていた。
“『汚濁』の力を授かる代わりに月の触手勢力の力を削ぐ”という契約に則り、『ノクト』襲撃の計画を立てていた。
……いやあのね。
『汚濁』サイドのロールがあるってのはべつに良いと思うんですけどもね。おそらくプレイヤーで初めてそれにたどり着いた末にやるのがこっちへの嫌がらせってのが…………マジでほんっとーにしょーもないなと。
いくらあいつらが星外の力を嫌ってるからといっても、べつに月の触手への攻撃以外でも合意形成はできるでしょ。世に遍く『汚濁』を知らしめるのだーとか、原初の世界を取り戻すのだーがははとか。たぶん。知らんけど。
「──なお、これもお察しの通りではありますが……彼女らが昨夜計画を実行したのはプロミナさんの不在を確信したからとのことで。その上で、町から離れて行動中の月の触手を強襲撃破し、その後『ノクト』の森へ『汚濁』を落とす算段だったらしいのですが……まあ、結果はあのざまでしたね」
「アァ゙ークソ鳥!!!! クソクソクソクソクソ害鳥バードォァ゙アッ!!!!」
ああもう、怒り再燃でプロミナさんの言語回路が焼き切れちゃった。
「まあまあ〜。あいつらの計画を歪ませた、警戒させたという点では、実質プロミナさんがMVPといっても過言ではないかもしれないわよ?」
「イヤミか貴様ッッ」
「そんな、実際彼女らはプロミナさんの名前を出すたびに反応していましたし……本当にプロミナさんの存在は大きかったと思います、よ?」
そうだそうだ、ガーベラとネネカさんの言う通り。
あいつらが夜に計画を実行したのも、昼間は普段からプロミナさんが町を守ってるから、昼間にプロミナさんにボコられたトラウマがあったから……なーんて可能性もある。つまり、イカちゃんはもはやその存在自体が偉いのだ。超マルのポーズ!
「ぅ、にゅ……ル、ルミナちゃんがそう言ってくれるんなら……いやでも、やっぱ悔しいしムカつく……!!」
すんごい変な顔になっちゃってるよプロミナさん。かわいいね。
んでクリスレーナさんはやっぱり、こっちのやりとりにはまったく興味がない様子。ちなみに……と言葉を止めず、どんどん話を進めていく。
「共生体化したプレイヤーのリスポーン地点は基本的に『異相域』内になるそうですが……ミネーのフレンド登録情報からして、他三名は昨夜の死亡以降イデアにログインしていないようです」
「ああ、それは良かったわ〜」
「以前にも伝えた通り、『有翼連盟』としては既に除名済みのプレイヤーのその後にまで関わるつもりもないわけですが。私、クリスレーナ個人として、ミネー経由で彼女らの動向は監視しておきましょう」
あくまでミネーのついでですが……と、変わらず起伏に乏しい声と顔で言うクリスレーナさん。
正直、あいつらにはもう戻ってこないでほしい。いや私や町や森に手を出さないならなんでもいいけどさ。その点で言えば、今回唯一生き残ったミネー……その身柄を預かるというのならがっちり抑えておいてもらわないと。
クリスレーナさんが私たちにあの四人組の警告をしてくれたのが、ミネーの行方を掴む一環だったのだというのはさすがにもう察せられる。なんかあの、初恋? がどうとか言ってたみたいですし。
ネネカさん的にはその辺も気になるのか、『汚濁』の話が一段落したこのタイミングで、クリスレーナさんへと問いかけていく。
「あの、クリスレーナさんとミネーは一体どういう……昨日は“終わらせに”と言っていましたが、そのわりには、その……」
クリスレーナさんの顔つきが変わった。ほんの少しだけ、柔和なものに。
「……大したことではないですよ。我々『来訪者』がこの世界を訪れるようになった直後……まだ『有翼連盟』すら立ち上がっていなかった頃に出会い、同じ空への夢を抱いていた。実のところ、有翼種のコミュニティ内ではありがちな話です」
声もわずかばかり柔らかくなっている。
だけど同時に、その全部が過去に向けられているのだとも分かってしまう。
「彼女は飛ぶのが上手かったですからね…………最初のうちは。飛行のコツが広く知られるようになってからは、すぐに埋もれてしまいました。私とは逆に」
まあ、東の『有翼連盟』の長なわけだから。そりゃ、クリスレーナさんは有翼プレイヤー内でも優秀なんだろう。対して、しまいには『汚濁』に身を窶してしまうようなミネーは。
「言ってしまえばミネーは、我々翼持ちし上位種の中では並程度です。じきに私達の距離は離れ、彼女はハルハルムのような輩とつるむようになり……あとは、皆さんも知るところですね」
ああこらこらイカちゃん。(クソ鳥の恋愛事情クソほどどうでもいいわね……)みたいな顔しないの。
「なんにせよ、彼女はもう私の恋焦がれた翼ではない。下等生物の皆さんよりもさらに下。下の下、泥に塗れた愚物です」
いつもの感情に乏しい声音に戻って、クリスレーナさんは言った。私がプロミナさんの顔をチラ見した一瞬のうちに、表情も元通りに。
そして、「であるならば」とまったく当然のことのように締めくくる。
「そこまで堕ちたのならばもう、私が所有し好きに使っても良いでしょう。ひとまずは『汚濁』の、共生体のサンプルとして」
「…………」
……いや、そうはならないんじゃないかなって。
見てほら、ネネカさんもなんとも言えない顔しちゃってるよ。
「なにか言いたげですね、月の触手。貴方だって、プロミナさんを所有しているではないですか」
「はいっ!! 所有されています!!!!」
違いますけども!?!? ……と言いたいところだけどぉーっ……うぎぎっ…………実際、管理すると宣言したのは間違いないんだから否定もできない……!
いやでもなんか……っ、この自称上位種と同じはなんかっ、なんかヤダーっ!
「…………ええ、まあ。彼女が今後一切我々に近寄らないのであれば、なんでも良いです」
「勿論、その辺りはしっかりと抑えておきます。この町はミネーを所有する上で、大いに役立ってくれましたから」
ミネーの処遇、やっぱり尊大なクリスレーナさんの物言い。それら全部をひっくるめて、さすがのネネカさんももうお手上げといった態度だ。それはそう。
……そんな彼女の、穴一つない新しいローブで隠された腹部には、右腕と同じような銀痕が残っている。
昨日の戦い、『月光讃華』のメンバーだって、命に別状はないとはいえ怪我を負った人もいた。
森の獣たちのなかにも、侵蝕されてしまった子たちがいた。
私の油断や判断ミスが招いた事態だ。『汚濁源泥』の運搬を見逃してしまったこと。いやもっと根本的な部分でも。
町にまで被害が出なかったのはひとえに、『月光讃華』がその設立理念の通りに力を発揮してくれたからだ。町のみなさんの努力の成果。それに甘えて、私が反省を怠っていいってわけじゃない。
『汚濁』にしろハルハルムらにしろ、“一度ならず”というのが問題だ。町と森に手を出した者の排除だけでは、抑止力としてまだ弱かった。
ならば私も──覚悟を決めなければならないか。




