梢を手折る
──泥塗れのきったないチキンなんて、いよいよ食えたもんじゃないわね!
なーんてプロミナさんが言いそうなことを脳内で代弁しつつ、考えを巡らせる。ガーベラは笑いを噛み殺していた。
共生体を直接見るのは『太陽教団』の一件以来で、なんか久しぶりな気さえする。
まあ正直なところ、プレイヤーと同様のステータスをもつNPCが共生体になれるのだから、それこそプレイヤーも同じくな可能性を、一度も考えなかったわけじゃない。主に甘愛が。
前に戦ったNPCどもの発言からして、共生体は侵蝕体と違いおそらく双方合意の上で成り立つ文字通りの共生関係なのだろう。ならばなおのこと、プレイヤーも一枚噛めたっておかしくはないわけだ。どういう経緯で、ってのはさすがに、本人たちのみぞ知るところだけども。
「てか、奇襲で殺すの普通に失敗したけど。どうすんの?」
「それな」
んでまあ、ちょっとの睨み合いのうちにまた、フクロウの女とハーピー(♂)が、ハーピー(♀)──ハルハルムを責め始めた。ほんとに仲良しだねあんたら。ピーチクパーチクよく囀りおって……やべ、内なるプロミナさんが漏れてた。
「オスのハーピーなんて、一応はこの世界でも希少種でしょうに……泥塗れでなにがなにやら分からないわねぇ」
ほらガーベラなんてもう、希少種なんて言いかたからして人間未満扱いなのを隠そうともしてないよ。いや、こればっかりは聞こえてなくて良かったかもしれないけども。
実際、彼女の言う通り四人とも『汚濁』で完全に黒濁りしちゃってるものだから、シルエットはともかく細部や服装なんかは判然としない。顔もよくわからん。
しかしそれでも、静かにできない鳥さんたちがいろいろ喋ってくれるおかげで、推測できることもある。
──イデアでは通常、プレイヤー同士の戦闘には双方の合意が必要になってくる。決闘とかね。これは非敵対NPCも同じく。あとあれ、町中(正確には文明圏内? とかなんとか?)では戦闘できないとか細々としたルールはいろいろあるけども、それは今は置いといて。
とにかく目の前の四人は明確に、こちらに対して奇襲を仕掛けようとしてきた。結果的にはこっちが先制する形にはなったけど……合意なしでの攻撃自体は成立している。戦闘可能エリアで突発的な襲い襲われが成り立つ存在と言えば、それは──
「──属性としてはモンスターに近しい状態、かもしれないわねぇ」
ってわけだ。
まあね? 『汚濁』と組んでるんだから、そりゃそうなってもおかしくはなかろうて。
それから、どうもほら。
「……出直す?」
「それは無しダろ。せっかくあのクソ天使がいねぇんだからヨ」
こいつらはプロミナさんの不在を確信して、そのうえで襲ってきたっぽい。私たちの様子を観察してたってことだ。
明確にこちらを狙って出てきた。理由はまあ、言わずもがなだよねぇ。クリスレーナさんの警告が現実のものになってしまおうとは。タイミングが良いというべきか、なんというか。
「ハァー……プランBか」
「だね。ほらきりきり働いてジャンケン弱者男性ども」
「女を殴りたいと思ったのは初めてだぜ」
「嘘つケ」
いや正直ね、強度Ⅳが四人ってだけなら私とガーベラでなんとかなりそうではありますけどもね。しかしそれで済むかなぁこれって話でしてね。だってほら、あいつら見るからに“これからなにかやらかします!!”って雰囲気だし。
だけども。そうと分かっていても、飛んでるせいで下手にこちらから仕掛けるのも憚られる。さすがにレーザー一発じゃ落とせないだろうし。なるほどたしかに、自由に飛べるってのは便利なものなんだろう。
「んじゃ、やりますか」
「だな……」
どうしたって譲ってしまう第二手、オスハーピーとハゲワシ鳥獣人の男二人が、その口火を切った。
「ヴ、グ……ゥ゙ゥ゙ゥ゙…………!!」
「ガ、ァ゙、ァ゙……ッッ゙!」
あー呻き声ってこれかぁ……っと直感的に分かってしまうほどの、苦しげな濁り声。
やっぱむりやりにでもこっちから攻めるべきだったかなぁという後悔も遅く、彼らの内からより濃く濁った泥モヤが溢れ出てきた。体表をさらに厚く覆い、何層にも重なり蠢くそれが逆に羽毛のようにも見えてくる。そしてなにより、彼らの胸部あたりに現出する核めいた『汚濁』の塊。それらが示すものは、まさしく。
[『原母の梢』尖兵 レバガチャ 汚濁共生体 強度Ⅴ]
[『原母の梢』尖兵 心臓が強い 汚濁共生体 強度Ⅴ]
うん、無茶なパワーアップだって相場で決まってる。
「ぁ゙ぁー、クソ……気持ち悪ぃ……」
「慣れないな、こればっかりは……よっ!!」
ここまでの膠着から一転、力を増した男二人はそのまま、愚痴を吐きながらこちらへと急降下してきた。
オスハーピー(レバガチャ)は両脚で、ハゲワシ鳥獣人(心臓が強い)は翼とはべつの人型両腕に装備した鉤爪で、ヒット&アウェイをしかけてくる。純粋な速度ではプロミナさんに及ばないけど、小回りが利くのと二人がかりなのが鬱陶しい。
レバガチャ、ぇあー……レバーと、心臓……ハツでいっか。うん、内臓コンビの攻撃をいなすこと、ほんの十秒足らず。だけどもそれだけあれば残りの二人、フクロウ女とハルハルムはやりたいことができてしまうわけで。
「ぅ゙、きもっ……」
「文句言うナ……ぅ゙ェ゙……」
やっぱり呻き声をあげながら、二人は地面からそれを引きずり出していた。
鳥獣の両脚でどうやってか、いっとう不定形な泥モヤを掴み空中へと持ち上げている。
[汚濁源泥]
『汚濁』の、より純粋で根源的な形姿
侵蝕にせよ共生にせよ、それは他者を泥濘に導くことをこそ使命とする
星の原母としての本能、混濁合一を成すために
やがて見えた全貌は、二人がかりでも運搬に難儀しそうな巨大な泥のかたまりで。
『暴く月導』が示したのは、それがろくでもないシロモノだという事実だった。
「じゃあナ、月の触手。てめぇの住処に、悪夢の再来をプレゼントだヨ!」
「言い方キモ」
ばっさばっさと重そうに、けれどもこちらへの煽りは心底楽しげに、女二人は高度を上げていく。
咄嗟に追おうとした私を、男二人が全力で妨害してくる。強度Ⅴだ、さすがに瞬殺はできない。
「ってわけだから」
「お前らはしばらく、俺らの相手しててくれよ。『ノクト』がまた『汚濁』塗れになるまでな」
……『汚濁源泥』とやらの見た目は、侵蝕体を倒した際に地へと還っていく『汚濁』の姿とそっくりだった。テキストの通り、あれはなにかに取り付く前の『汚濁』そのものなのだろう。
「それをわざわざ、『ノクト』に撒こうってわけねぇ……」
ガーベラの呆れたような声も、今回ばかりは残念ながら、私の怒りを抑えるには足りなかった。
一度警告はしたはずだ。『ナーナ』と『ノクト』に再び手を出せばどうなるかと。それでも懲りずに、わざわざプレイヤーまで尖兵に引き入れてこんなことを。
「こいつら的には利害の一致、なのかもしれないわねぇ。月の触手への逆恨み……本当に愚か」
絶え間なく降り注ぐ爪や『汚濁玉』をいなしつつ、考える。確実に遠くなっていくハルハルムどもの背中へ『収斂月光波』を撃ってはみたけれども、レバーとハツに身を挺して防がれた。
こうなると、あれを直接捉えるのはもう無理だ。結局のところ私は、単独では高高度飛行に対処できないのだから。
一応、ネネカさんの銀痕を通って即座に町へ戻ることはできる。プロミナさんの耳から出るみたいに。それで危機を伝えて、みんなとともに迎撃の準備をして……だけども、そうやって目の前の二人を放置するのは、はたしていま打てる最善なのか。
ああもう、反省点が多すぎる。自分が情けない。不甲斐ない。
「追加の『汚濁』を引っ張ってこられる可能性は、あるわねぇ……」
ガーベラの言う通り、『汚濁源泥』の運搬がフクロウ女とハルハルムにできてこいつらにできない道理はないだろう。ただ倒せばいい、処理すればいいという話ではない。森の獣たちへの侵蝕を、可能な限り抑えなければならない。
……再び町と森が、明確な悪意によって『汚濁』の脅威に晒されようとしている。それに対する怒りはたしかにある、けれども。
「──『ナーナ』も『ノクト』も、以前のようにやられっぱなしじゃない。それはきっとこいつらよりも、ワタシよりも、ルミナがよく知ってる……でしょう♡?」
そういうことだ。
私はまずこの場で、迅速に、私の成すべきことをする。戴冠者ではないⅤ級と戦うのは初めてだけど……
「ま、うっかり俺らがお前を倒しちまうかもしれないわけだが」
「結局こいつって、今まで数押しで戴冠者倒してきただけだしな」
「……あんまり舐めないほうが良いと思うわよ〜? ルミナも、彼女に導かれた者たちも」
自分にも相手にもムカついてるこんな状況で、私とガーベラを止められるだなんて万に一つも考えるなよ。




