山岳デート
デートっていうのはやっぱり、目的地に向かうまでの道中も大事だと思うんですよね。
甘愛と遊びに行くときも駅前集合……どころか、まず駅まで一緒に歩いて〜♡ みたいな日もあるし。
昨日のネネカさんとの森デートだって、泉へ向かうまでのお散歩そのものが楽しかったし。
なので今宵のプロミナさんとの山岳デートも当然、現地集合なんてナシ。先に山に入ってもらって耳からログインとかもナシナシ。『ナーナ』から一緒に、空を飛んで円形山岳まで向かいます。
「──到着ゥっ」
……ま、すぐついちゃうんですけども。
『点火天翼』めっちゃ速いからね。というか性質上、速度を出さないと飛べないからね。時間にしてみれば、道中なんてあっという間ですよそりゃ。
でもこうして抱えてぶっ飛んでもらうのだって、プロミナさんとしかできない体験なのはたしかなわけです。高空高速飛翔は、私の跳躍や立体機動なんかとは空気の感じも風の当たりかたもまったくの別物。ジェット噴射の爆音に包まれながら夜空を飛ぶのは、焔の翼を持つ天使様だけの特権だ。
「やっぱりルミナちゃんと一緒に飛ぶのは格別だわァ……」
ってわけで二人して夜間飛行の余韻に浸りながら、円形山岳の中腹ほどに降り立つ。
今日の目的は、少し前からひっそりと情報が出ている“円形山岳で聞こえる謎の呻き声”の調査。
とりあえず、その声が聞こえたっていう地点(複数)のうちいくつかにアクセスしやすそうな場所に降りてみた。
ここからは足で調べます。私は足ないけど。ええはい、歩きです。
空からじっくり調査観察〜、みたいなのは残念ながらプロミナさんの飛行能力ではちょっと向いてない。高速戦闘やひたすら真っすぐ一気に移動するには良いけども。そのあたりはやっぱり、有翼系アバターとは飛行の意味合いが違うなぁと。
なお当人はそんなことは気にも留めず、ルンタッタと上機嫌に硬い地面を踏みしめている。ずっとそのままの君でいて♡
「ルミナちゃんと二人っきり、ひゃほぉいッ!」
ぇあー、まあ大抵ガーベラがそばにいるからね。
昨日のネネカさん同様、正真正銘二人きりというのは久しぶりな気がする。下手すりゃ前のお礼配信以来か?
「あんのモヤモヤ亡霊女、いっつもルミナちゃんにつきまとってたからねぇ……!」
モヤモヤ亡霊女て。
他の人が言ってたらはぁ? ってなったと思うけど、なんだろ、プロミナさんだとまあ許せちゃう。なにかにつけてガーベラとじゃれ合ってるのを見てるからかな? そも、プロミナさんって良くも悪くもこういうの普通に面と向かって言っちゃうタイプだし、言われたガーベラが笑って受け流してるのも容易に思い浮かぶし。陰口感がないのってやっぱ印象違うよね。言い過ぎはめっ、だけども。
昨日もクリスレーナさんをボス鳥呼ばわりしだして、止めるかどうかちょっと迷った。止めなかった。
「だいたい『執心』だかなんだか知らないけど、勝手に思考読んでるヤバ女じゃない……!」
ああそうそう、最近ではガーベラが私の思考まで踏まえて会話を進めてくれることが多くて、天使様的にはそれも面白くないご様子。
もっとも、本人曰くガーベラの私への読心はまったくもって不完全なもの……らしいけども。
月の触手の力で例えれば、深部思考領域対話はおろかその前段階──表層での対話能力にすら及ばないだろう、とのことで。
長い付き合いゆえの経験による補完があってこそ、私の考えを一言一句違わず読み取っているかのようなやりとりができているだけ、なんだとさ。まぁーーーーーね? 伊達に二十年近くつるんでませんからね??
「なぁーーーーーにが“他の人ではこうはいかないでしょうねぇ〜♡”よ……! ルミナちゃんに頭ん中くすぐられたこともないくせにィ……!」
律儀に声音まで真似て思い出しギレしてるプロミナさんが面白い。
……いやしかし。
ガーベラはガーベラで最近こう、余裕綽々なようでいて意識的にか無意識的にか“幼馴染 兼 親友ですけれどもなにか〜??”みたいなアピールが見え隠れしている気もしないでもない。いいぞもっとやれ。
「…………まあいいわ。空輸はあたしだけの特権。ルミナちゃんっ、どっか行きたいところあったらこれからもあたしを顎で使ってね!!!!」
対してプロミナさん、やはり対抗心を燃やしてかものすごく綺麗な笑顔でそう告げてきた。いくらなんでも私に都合が良すぎやしませんかね? いや、今といい封印城の件といいたびたびお世話になっておりますが。
ぇあー……まあ、空輸にしろ、先行してもらって耳から合流するにしろ、それがプロミナさん独自の強みなのはたしかだ。えらい。すごい。なでなで。
「ぅ、んお゙ぉ……ッ♡」
……頭を撫でただけで内側には入っていないはずなのに、なんかちょっといかがわしい声を出された。いや、健全なる触手としてそういうのはめってせざるを得ないよイカちゃん。
「ん゛っ♡」
どっちにしろいかがわしい声が漏れ、でもまあ正気には戻り。プロミナさんは頑張ってキリッとした表情を作りながら前方を見据えた。
『ノクトの森』ほど鬱蒼と茂ってはいないけれども、まあ山岳ですねってくらいには自然豊かな視界の先、情報と照らし合わせてみれば一応、ここも例の呻き声が聞こえたポイントではあるんだけども。
「…………べつに、なんもないわね」
ねぇー、のポーズ。
見えるのは硬い地面に草木、ところどころに顔を覗かせる岩肌、普通に襲いかかってくる普通の山岳モンスターくらいなもの。飛んでくる火の粉どもを払いつつ、私にもプロミナさんにも、とくに変わったところは見つけられない。
「こいつらの鳴き声ってわけでもないでしょうし」
山羊っぽい捻じれツノ四足歩行モンスターの群れをサクッと処理してから、プロミナさんは首を斜めに捻った。私も合わせて触手を傾げる。
──今回の目的である“円形山岳で聞こえる謎の呻き声”とやら。
甘愛が調べてくれた限り、それが言及されるようになったのは、プレイヤーさんたちが『ナーナ』を訪れるようになって以降らしいのだけども。
私個人としては……ぇあー、ちょっとの違和感というか、妙な感覚を覚えている。
「正直、なんの話やらって感じだわ……」
焼け焦げた山羊どもを見下ろすプロミナさんは、今日までそんな呻き声なんて一度も聞いたことがないという。
ほかのプレイヤーよりもずっと前から円形山岳に入り浸りステ上げに励んでいた彼女が、この現象にまったく遭遇していないことがまず不可思議だ。
もちろん、偶然プロミナさんが気づかなかっただけという可能性もある。
そもそも円形山岳はその名の通り、『ナーナ』と『ノクト』を360度ぐるりと囲う天然の壁のようなものだ。円形山岳内で〜といったとて、その範囲はかなり広い。そのうえで、件の呻き声とやらは山岳の複数の場所から聞こえてきているらしい。時間も地点もバラバラに。
あるいは、なにか特定の条件が満たされたことで……例えばプレイヤー流入の際にだれかがなにかしらのイベントフラグを踏み、それでこの現象が始まったとかのパターンもある。噂が流れ始めた時期的には、むしろそっちの可能性のが高いかもしれない。
とはいえ、今のところほかのプレイヤーさんたちはみんな「円形山岳ってそういう場所なんっしょ? こわ……」みたいに捉えているようで、この呻き声が常ならぬ現象だと感じているのは私たちだけ。情報もぽつぽつとしか得られていない。
……まあ、昨日のクリスレーナさんの警告でちょっと過敏になっているって言われたら、否定はできないけども。
なんにせよ、町と森の近くで今までにないことが起こっているというのなら、一応の調査は必要かなと、そう思った次第なのであります。
「──どう? ルミナちゃん」
っとと、バツのポーズでお返事をば。
一応『暴く月導』を使ってみたけれども、とくになにも起きはしなかった。つまり、少なくとも山岳がなにかを秘しているわけではない……いや、ほかの地点もチェックしてみないと断定はできないけども。
「んー……まっ、見てても分かんないし、次いっちゃおっか?」
プロミナさんも同じ考えなようで、私たちはすぐにも、足並みを揃えて次の呻き声スポットへと向かった。
──ころころと転げながら、頭上に浮かぶ月を見上げてみる。
月はまた、新月に向かって少しずつ細まっている最中。
『ナーナ』にプレイヤーさんたちが訪れるようになってから、なんだかんだもう四週間になろうとしている。月が巡るのも早いものだ。
今月こそ悪目立ちするようなことはしていないし、次のPVはさすがに絡めなそうというか、ほかのプレイヤーさんたち──それこそ山岳を越え得る者たちの軌跡、みたいな感じになるんじゃなかろうか。
なーんて思考が脇に逸れていたせい、とは思わないけども。
結局このあとも、いっそ不自然なほどに、今日の探索はなんの成果も得られなかった。
呻き声とやらがなんなのか、なにが関係しているのか。なにも分からないただの山デートだ。いや楽しかったからいいけども。
……ちなみに途中で偶然、まだちょっと実力が不足していそうなプレイヤーさんたちがモンスターどもにボコられてるところに遭遇した。ので、助けてあげた。んで、めちゃビビられた。なんでだ。




