三人娘
【ネネカ視点】
「……ほんとに理解らせなくて良かったのかしら? あのボス鳥」
『結わえ草』開店の準備をしている最中に、プロミナさんがそう呟きました。
ボス鳥……とは、昨日『ナーナ』を訪れた有翼の『来訪者』さん、クリスレーナさんのことでしょう。あまり人様には聞かせられない呼び方は、お店のバックヤード、調剤スペース内にだけ小さく響きます。
……気持ちは少しだけ、分かってしまうけれども。
「自分から挑むほど対人戦への熱意はないみたいねぇ〜。ルミナったら」
なんと返すか迷うわたしに代わって、返事をしてくれたのはガーベラさん。毎日のように顔を合わせているいつものメンバー。
そしてさらに、ここにラナちゃんとフロウさんも加わるところですが……今日は二人ともゆっくりめの出勤です。昨日、のみならず最近はずっと頑張ってくれていましたから。
すっかりと賑やかになった『結わえ草』、ですがそんな私たちの中心である触手さん──ルミナさんは、今はここにはいません。
『来訪者』さんの世界のほうで用事があるとかで、少しだけ遅れてこちらへ来るそうです。お店の開店準備をするそのわずかな時間ですら待ち遠しく思えてしまうのは、もう、わたしがどうしようもなく彼女に惹かれているからなのでしょう。
「ルミナちゃんってば理性的♡ ……いやでも、やっぱあの鳥のえらっそーな態度は腹立つ。ってかあんたはムカつかないわけ? ルミナちゃんを下等生物呼ばわりとか」
「人間の視点で考えてみれば……自由に空を飛び地を見下ろせるとなれば、自分は特別だと考えてしまうのも無理はないことだもの。ワタシだって背中に翼があって、ルミナと出会っていなければ、もしかしたらあんな風になっていたかもしれないし」
「ふーん、そんなもん?」
わたしがあの銀色の姿を思い浮かべているあいだにも、ガーベラさんとプロミナさんのやりとりは続いています。
触手さんがいないときのガーベラさんは地縛霊としての性質が蘇ってしまうようで、単独でこちらの世界に来ても、前回の帰還の際にいた場所から動くことができない様子。
なので今は、お店裏の調剤スペースの片隅でふわふわと佇んでいるだけ。触手さんが言っていた外見の特徴がうっすらと分かるような、令嬢めいた黒い霞として。
一応いつも通りの会話は可能ではありますが……触手さんがいないというだけで、明らかに声のトーンが違うのが分かります。
……もしかしたら、自覚がないだけでわたしも同じようになっていたりするのでしょうか?
「それに、見たところ『有翼連盟』の連中は“空を飛べること”そのものにアイデンティティを抱いている。決闘で下したとて、「それで? 貴方は自由に空を飛べるんですか?」とでも言われて終わりかもしれないわよ〜?」
「クソうぜぇ……いやてか、空ならあたしだって飛べるし。ルミナちゃんも実質飛べるようなもんでしょ。ついでにあんたもまあ、浮いてるっちゃ浮いてるし」
「ルミナのは跳躍、ワタシは地に足がついていないだけ。プロミナさんのは……ジェット推進だし、彼女らの言う“自由に”には当てはまらないでしょうねぇ」
「ただの屁理屈無敵マンじゃないのっ」
「自分を特別だと思っている人間なんて、案外そんなものよ」
その言葉だけ、また少し違った声音のような気がしました。なにか思うところがあるからなのか、単なる霊体としての揺らぎのようなものなのかは、わたしには分かりません。
「──ちなみにぃ〜。プロミナさんがちょっと偉そうなのもやっぱり、空を飛べるからだとワタシは思ってるけど〜?」
……かと思えばすぐに、声もセリフもプロミナさんの神経を逆撫でするようなものに戻っていましたが。
「あんっっったよりはよっぽど謙虚だと思いますけどねぇあたしはねぇっ!?」
「あはは……プロミナさんの、その……えっと…………勝ち気? な性格に助けられている部分もありますから。わたしも町も、きっと触手さんも」
「めちゃくちゃ言葉選んでくれてどうもありがとねぇ!」
擁護したつもりのわたしの言葉まで丁寧に拾って叫ぶあたり、なんだかんだ律儀なところが出ています。それが面白くて、また小さく笑ってしまう。わたしもガーベラさんも。
実際、プロミナさんの直球な言動はときに、わたしたちの鬱憤を晴らしてくれるものです。
以前の有翼『来訪者』さん四人のときも。昨日、触手さんに代わってクリスレーナさんを威嚇していたときも。
「ってかさ、あんたらももうちょいキレてもいいんじゃないの? 町民まで含めて、下等生物呼ばわりされてんのよ?」
「……いえ。わたしたちへの誹りなど、そう気にするものでもありません。外様の勝手な言い草であるなら、なおのこと」
もとより、小さく閉ざされた集いとはそのような憂き目に遭いがちなものです。気にしたってしょうがない。
そして、だからこそわたしたちはその分、わたしたちに良くしてくださる方々に良く返したいと思っている。
……それに。
「触手さんを下等生物呼ばわりしたことのほうが、よほど……面白くない話です」
これこそ『ナーナ』の総意。
「ですが、それでも……」
わたしたち『ナーナ』は昨夜、町へ留まることなく去っていったクリスレーナさんを、表面上は穏やかに見送った。
今回の警告と前回の四人組での対応で、クリスレーナさん個人の誠実さそれ自体は伝わっています。例え言動や思想が好ましくなくとも、最低限の義理は通さなくてはならない。
なにより、触手さん自身が対立の構えを見せなかったから。
「……ルミナ自身も、ある意味ドン引きしちゃってたというか。あのレベルでヤバい人の発言なんて気にしてもしょうがない、帰ってくれるんならそのまま放っておこう……って感じだったわねぇ」
もっとも、町に長く滞在するつもりなら釘を刺すつもりだったっぽいけども……と、そうこぼすガーベラさんの言葉に少しだけ嬉しくなる。
「ルミナさんがそうして堪えてくださったのですから。わたしたちも、彼女と同じ心持ちでありたい」
それこそがまさしく、そうまさしく、彼女を旗印とするわたしたち『ナーナ』の総意です。
「みんな冷静ねぇ……正直、そういう大人な社会からドロップアウトしたあたしには難しいっていうか。殴れるなら殴ってたわよ、たぶん」
「あら、プロミナさんだってルミナの顔を立てて踏み留まってくれたんだから。町の皆さんと、考えは同じでしょう?」
「あたしはルミナちゃんに絶対服従ってだけの話!」
当人は本気で、純粋な気持ちで発したのだろう言葉に、またわたしとガーベラさんが笑ってしまう。
黒い霞から聞こえてくるからころとした声が、わずかばかり店のドアベルの音を想起させて。それでいよいよ、今日もお仕事の時間だと意識させられる。
『月光讃華』の司教を拝命して以来、色々とやることの増えてしまった身だけれども。『結わえ草』店主としてのネネカも、変わらずわたしの一部なのだから。
「──ま、もういいわ、あんないけ好かないボス鳥の話なんて。せっかくこれからデートなんだから……!」
「アナタが始めた話でしょう〜?」
「え、そうだっけ?」
さて開店時間も迫り、けれどもそれ以外の理由から、プロミナさんがそわそわと浮足立ち始める。そんな彼女を、わたしは少し羨む気持ちを込めて見つめてしまったりして。
触手さんがこちらに来ると言っていた時間まで、もう少し。
本当に残念ながら……今日の触手さんはお店に一度顔を出したあと、円形山岳に向かう予定になっている。プロミナさんと二人で。
なんでも少し前から『来訪者』さんたちのあいだで、“円形山岳で時折聞こえる謎の呻き声”とやらの噂が出始めているらしく。円形山岳で鍛錬をしていたプロミナさんにも聞き覚えのないというその現象がどうにも気になったのか、触手さんが一応の調査を決めたと、そういう流れなんだけども。
「ねぇ〜、やっぱりワタシも行っちゃダメかしらぁ?」
「ダメダメダメダメッぜぇーったいダメッ!!」
ガーベラさんの同行を頑として拒否するプロミナさん曰く、「昨日の森デートが二人っきりだったんだから今回はあたしに譲りなさいよ!!」とのことで。
わたしとしてはええ、その、モヤモヤしないと言えば嘘になりますが、けれども昨日の優遇を引き合いに出されてしまえば反論もしづらく……頷かざるを得ない言葉ではあります。
モヤモヤしないと言えば、嘘に、なりますがっ。
「それ、ワタシは関係ないと思うんですけどぉ〜??」
まったく言う通り、その論調でガーベラさんまで抑えるのは無理があるような、ないような……いえ、そんな主張は口にするまでもなく通じないのだと、プロミナさんの気勢を見ていれば分かってしまう。
「あんたは四六時中ルミナちゃんに引っ付いてるでしょうが! たまには店で地縛ってろ亡霊風情が!!」
亡霊風情という言い回しに少しだけ、クリスレーナさんの下等生物という言葉を思い出される。先のガーベラさんの“飛行能力が人を偉ぶらせる”という考えも、あながち間違いではないのかもしれない……
「できることならずっと、無限に引っ付いていたいのだけどもねぇ」
「重いのよあんたァ!!」
「プロミナさんには言われたくないわぁ〜」
……なんて。
言われたガーベラさんがクスリと笑ったのだから、なんの問題もないんでしょうけど。




