胸騒ぎ
『有翼連盟』。
その名の通り、翼を持ったプレイヤーたちの集まるクラン。
イデア全体での最大クランが西の大陸の『レギオン』なのは間違いない。けれども、大陸をまたいで存在する大規模集団という意味では、『有翼連盟』の知名度もなかなかのものだ。
現時点でゲームの仕様上、クランやパーティーは同じ大陸内でしか組めないようにはなっているけども、『有翼連盟』は外部SNSなどを通じて、四サーバーそれぞれの有翼プレイヤーが繋がる形で運営されている。個人主義で知られる北の大陸にすら支部があるのだから、その存在感もうかがえるというものだろう。
……ってのはだいたい、甘愛に教えてもらったことなんですけども。
私の印象としては、まあ、うん。思想強い人たちの集まり。
そんな『有翼連盟』は東の大陸代表クリスレーナさんが町を回って『結わえ草』にたどり着いたのは、開店から少し時間が経ってからだった。
「──店長さんと会うのは二度目でしたね。それとも……司教さん、と呼んだほうが良いでしょうか?」
「どちらでも、お好きなように」
いつだかの騒動の際、代表である彼女が直々に、迅速にチキン野郎どもを回収していったというのは話に聞いている。だから私としてはまあ、思想はヤバいけど悪い人ではないのかな……? という印象。
その折に面識があったのだろうネネカさんは、今回は司教モードで対応中です。
「では折角ですので司教さん、と。……そして。こちらは初めまして、になりますか。月の触手。黒霞の亡霊」
クリスレーナさんの視線、文字通り鷹の目とでもいうべき黄色の瞳がこちらへと移る。
グリフォンの獣人なのだという彼女は、なるほどたしかに大きく立派な翼を背に持っていた。猛禽の脚部めいた雰囲気を備えつつも、シルエットや機能は見るからに人間寄りな両腕。脚のほうはちょっと大型猫科っぽいけど、でもやっぱり主要素は人間のそれ。
腕や首周りに羽毛が見えはするものの、顔はまあほぼ人間そのもの。プラチナブロンドの長髪が、同色の羽毛や翼と重なって境目を曖昧にしている。感情の薄い顔つきはお姉さんというには年若いけれども、なんとなく実年齢は私より高そうな気がする。触手の勘。
服装はー……なんていうんだっけこういうの、ほらあの、でっかい一枚布を上手いこと身につけてるやつ。
「キトンだったかしらね〜。あ、はじめまして〜」
「……ふむ。直に会っても、なにを言っているのかは分かりませんね。女性、というのは感じ取れるのですが」
「ワタシの認識度はマスタードプ鱗と同程度……まあ、グリフォンといいながら“嘴”の一つも無いのだから、そんなものかしらねぇ」
相手が分からないのをいいことに、思いっきり値踏みをしているガーベラ。
一応私も、初めましてのポーズを取ってみる。おっと見逃さなかったぞ、ちょっっとだけ片足が後ずさったの。
「……今回は銀色様に会いたがっている、と聞いていますが。どういったご要件でしょうか?」
タイミングを見計らったその言葉で、クリスレーナさんの視線は再びネネカさんのほうへ。
まあ今日までの経験上、月の触手を直々にご所望なプレイヤーさんというのはみんな、私との決闘を目的にしている。私はこっちの条件を呑んでくれるのなら一度戦うくらいかまわないし、ネネカさんもそれ自体にはもう慣れっこだ。
しかし、それでも仮面の司教さまの声音が低いのは、ぇあー、やっぱり相手が思想強め人だからだろうか。
チキン野郎騒動のときにはクリスレーナさんが直々に町への謝罪までしたらしいから、ネネカさんとしても彼女個人への悪感情はそこまでないだろうけども……でもやっぱ怖いよね、自分たちを上位種と名乗って憚らない存在って。
ほかのプレイヤーさんと違って来訪の報せが私たちのところまで回ってきたのも、町全体に警戒心があったからかもしれない。
ほら見てよ、ラナちゃんもフロウさんもいつも以上に耳をそばだてながらお仕事しておりますよ。二人の店員力がどんどん伸びていってる……
「ああ、そう身構えずともかまいませんよ。私はただ──」
ばぁーん!!!
……とまあ勢いよく扉を開け放ったのはだれか。ええ、お分かりですね。プロミナさんです。
用事を終えたのか急いで戻ってきたのか、とにかくまさしく、馳せ参じたという言葉がぴったりな振る舞いで『結わえ草』に入ってきた天使様は、足音すらも勝ち気に響かせ私のすぐそばへ。
「…………」
プロミナさんはいつもの腕組みポーズで、いつもの強気な眼差しをクリスレーナさんへと向ける。ほとんど睨みつけているようなそれを受けてもクリスレーナさんは動じず、一度閉じた口をあらためて開いた。
「貴方とも、二度目ですね。太陽……いえ、今は『月光讃華』の擬似天使、でしたか」
「…………!」
「…………」
「…………!!」
「…………?」
……あ、そっかそっか。
プロミナさーん、その人とはお話して大丈夫よー、っとマルのポーズ。
「──焼き鳥どもの騒動以来ね! あいつらはまだ元気にしてるかしら!?」
「…………あー…………貴方達の関係には、なにも言わないことにしましょう」
なんですかその、いかがわしい関係性でも見ちゃったみたいな目は。私とイカちゃんは極めて健全な相思相愛ですよ。
「んふ♡」
ガーベラもそうだそうだと言っています。
「──しかし丁度良かった。今日ここを訪れたのには、先の騒動の四人が関係しているのです」
「……はァ?」
不意に話が本題に入り、同時にプロミナさんの声が低くなった。
本人的には冗談のつもりで言ったのだろう焼き鳥云々、冗談で済まないのであればそうもなろう。私もネネカさんも話を聞く姿勢が一段階変わる。
「まず前提として、以前この町に迷惑をかけてしまった四人の元『有翼連盟』メンバー。彼ら彼女らは皆すでにクランから永久除名の処分を受けている、というのはご存知の事かと思います」
マルのポーズ。
「こう言っては無責任に聞こえるかもしれませんが。最早無関係な存在である彼女らの動向を、我々『有翼連盟』が詳細に把握しているわけではありません」
それはそうだ。『有翼連盟』にそこまでする義理はないし、なんならそこまでする──無関係なプレイヤーを執拗に追いかけ回す──権利もない。これはあくまでゲームなわけで。
いやさ、仮に現実だったとしても同じ。不祥事を起こしてチームを追い出されたやつの、その後まで気にかける必要はない。
「……とはいえ、あの騒動の影響で、彼女らの顔と名は悪い意味で知れ渡っています。ある程度プレイヤーのいるエリアを訪れれば自然と、その筋では話題に上がる程度には」
……その筋ってのはあれかな。変に有名になってしまったプレイヤーをコケにしたりする感じの……ぇあー、あんまりお行儀は良くないアングラコミュニティ、的な。
「へぇ、詳しいじゃない。あんたもその……ごめん、今のナシ」
プロミナさん、あんたもその筋の人間ってわけ? とか言おうとしたんだろうな。我慢できてえらい♡
「ルミナとの直接対決を避けて町に嫌がらせをした、しかも返り討ちにあった……なんて、この上なく滑稽なのは間違いないものねぇ♡ 執拗に馬鹿にしたがる人たちがいること自体は、分からないでもないわ〜♡」
「……一応、これでも責任は感じていましたから。積極的にとは言いませんが……目耳に入ってくる範囲で、動向は頭に入れていました。あくまで個人的に、ですが」
ガーベラの声には反応できず、ただプロミナさんの言葉に目を少しだけ細めながら、クリスレーナさんは一拍間をおいた。ここからが肝なのだと、聞いているこちらも理解する。
「……しかし少し前から、四人の消息がぱったりと途絶えました。誰も、彼女らの姿を見かけることはなくなった。少なくとも、私の知る限りでは」
今しがたあげたその筋の、つまりちょっとしつこめな人たちですら、ということか。
「『来訪者』さんの世界に完全に帰ってしまった……ということではないのでしょうか?」
いわゆるゲーム引退。普通はまっさきに思い浮かぶパターンの、こちらの世界での言いかたでネネカさんはすぐにそう問うけれども。
「……だったら良いんだけどね」
「ええ、本当に」
こればっかりはプロミナさんもクリスレーナさんも、ガーベラも私も、意見は完全に一致していた。
「我々プレイヤーのこの世界への定着率は非常に高い。他に類を見ないほどに」
そう、一度このゲームを始めたプレイヤーのほとんどは、そのままどっぷりとはまり込んでいく。
『INTO:deep anima』は最初のトライアル期間終了後、一定期間ごとに定額でプレイ権を購入し続けて遊ぶ仕様だ。ある程度以上のクオリティのVRゲーなんてほぼこの形式だし、イデアはそのなかでも正直割高な部類ではあるけども──
「──それでも、トライアルを終えたプレイヤーの離脱率は低い。いっそ異様なほどに、ねぇ」
私の思考を読んだガーベラが、♡のない、ほとんど独り言のような呟きで同調する。
クリスレーナさんの言葉も、計らずもそれに続く形に。
「一度足を踏み入れた人間が、そう簡単に離れるだろうかという疑念はあります。事実としてあの四人も、あれだけ肩身の狭い状況に陥りながらずっとこの世界に居続けていた」
「…………」
「勿論、その消息が追えなくなったからなんだ、という話ではあります」
それはそう。
ただわざわざ、その話をしにきてくれたということは、つまり。
「しかし──彼女らは除名を言い渡されたその瞬間にすら、月の触手や擬似天使、この町への恨みをこぼし続けていました」
「……いや、逆恨みにも程があるでしょ」
「ええ仰る通り…………兎に角、そういった種々諸々から少しばかり胸騒ぎがした、という話です。今さらこの町にとってはなんの関係もなく、問題にもなりはしないでしょうが。一応、町の守り手である月の触手の耳にいれておこうかと」
ってわけで、どうやら話は終わりらしい。
来訪の意図が明らかになって、ネネカさんの雰囲気も緩む。
「……ありがとうございます。わざわざ山を越えてまで、伝えに来てくださって。それから、申し訳ありません。正直少し、警戒してしまっており……」
最初のほうの硬い態度の謝罪まで。私もぺこりと触手を下げる。なおプロミナさんは「ま、助かったわ」とかやっぱりどこか偉そうな態度。
ぇあー、しかしクリスレーナさん、普通に親切な良い人だった。
ヤバそうとか思っててごめんなさい。てかあれだよね、安易に他人をヤバそうとか言っちゃダメだよね。普段そうやって周りからビビられてる私が同じような態度取っちゃいかんな。反省せねば。
と、ちょっとしょんぼりしてる私とネネカさんを見やりつつ、平坦な雰囲気はそのままに、クリスレーナさんはふっと少しだけ微笑んでみせた。
「かまいませんよ。これも翼持ちし上位種としての、下等生物共への慈悲です」
ごめん、やっぱヤバいわこの人。




