山を越えて 3
「んで? その触手カルトの隠れ里になんのご用で?」
お姉さんの言葉を耳聡く拾ったプロミナさんが、皮肉げに言う。いやあなたも最初のころカルト呼ばわりしてましたけどもね。
ちなみに、私からプロミナさんに課している“ほかプレイヤー&NPCとの会話制限”は、プ鱗隊長御一行に対しては封印城攻略時からずっと解かれたままだ。
「あー、すまない……決して敵対心があるわけではないんだ。ただその、彼女は少し……いやかなり小心者でな……」
「ヒィィごめんなさいぃころさないでっ……」
おそらく、いつかのチキン野郎どもの騒ぎも知っていているんだろう。あれSNSでもちょっと話題になったし。だものでお姉さんは、強気に腕を組むプロミナさんにもばっちり怯えていた。なら迂闊なこと言わなきゃいいのにとも思うけど……なんだろう、ここまでくるとちょっとおもろいな……
…………わっ(荒ぶる触手のポーズ)!
「ヒィィィィィッ!!! ァ、ァッ……」
〈軽微な身体異常を検知しました。強制ログアウトします〉
「あらぁ」
……やべ。出来心で脅かしてみたら、軽鎧のお姉さんが光の粒子と化して消えてしまった。
軽微ってことはちょっと心拍数が上がりすぎたか……あるいは、ぇあー、そのぉー……
「チビッたわねあの女」
こらっプロ、プロミナさんっ言わないのっ、そうと確定したわけじゃないんだからっ……!
「……一応、ここにきたのは彼女自身の意思だ。あれで月の触手には感謝もしている。ならばああも怯えるのは良くないと、俺も伝えてはいたのだが……その、あまり脅かさないでやってくれると助かる……」
……あの、ほんとごめんなさい。
迂闊なことはしないようにしよう。うん、ほんとに。
「よく分かりませんが、『来訪者』さんも色々なのですね」
「……っすねぇ……」
一人少なくなった店内に、気まずい空気が流れる。
大戦犯たる私はただ小さく縮こまり、反省の意を示すのみ。愚かな触手の化物に寄り添いながら、亡霊が笑っていた。
「……それで、結局のところどういったご用でこの『ナーナ』に?」
とまあそんな中でどうにか話題を戻してくれたのは、プレイヤーではないがゆえにあまりピンときていない様子のネネカさん。プ鱗隊長も助かったと言わんばかりに頷いた。
「今しがた伝えたように敵対の意思はない。具体的に、ここに来た理由はいくつかあるが──」
一つ、先日の[ヴェグレラの左腕]戦のお礼。
一つ、月の触手との関わりの維持。
一つ、月の触手が育った森と町に興味がある。
一つ、ついでに円形山岳での腕試しも兼ねて。
滔々と述べられるそれらは、たしかに私や『ナーナ』を害するものではなかった。まあ最初っから悪い雰囲気は感じてなかったけど、こう明言してくれるとやはり安心だ。
「信仰心とは違うだろうが、我々も月の触手には感謝している」
「っす。マジあざっす」
「お陰でPVにちょい出演できましたァ!」
各々のテンションで礼を言われ、でも正直あんまりピンときてはいない。私は自分の目的のために動いてただけだからなぁ。とりあえずマルのポーズで返しておく。
「俺としては、亜人種であるこの身をより使いこなすヒントは月の触手にあると思っていてな。できれば今後も、緩い繋がりを維持しておきたいというのが本音だ」
「あんた、たしかSNSでもそんなこと言ってたわね」
「ああ。現状、亜人種アバターの特性を十全に活かせているプレイヤーは多くない。上を目指す手立てとしては大いにアリだろう」
「殊勝な心掛けねぇ〜」
「……すまない。やはり俺には亡霊の言葉は聞き取れないようだ。こちらに向けてなにか言っている、とまでは分かるのだが……」
「ワタシの声すら理解らないのなら、こちら側ではなさそうだけども……でも良いことね、人がルミナの有り様に動かされるのは♡」
おっと出たぜ隙あらば意味深なセリフ。
良いことというのならそれこそ、日々少しずつ自分自身について検証しているガーベラにとっても、判断材料が増えるのは良いことなのかもしれない。
「話を戻すが、月の触手のルーツである『ノクトの森』にも興味がある。差し支えなければ少しの期間この町に滞在したい。無論、森の獣たちには手を出さないと誓おう」
っと、私も話に戻りまして。
ご丁寧にこちらの許可を得ようとしてくれている隊長、だけど……いや正直、私になにか言える権限とかはないんだよな。町はそこに住むNPCのもの。森は……肩書き上は私が主とはされてるけど、でも結局、プレイヤーがゲーム内でなにをするにしても、ほかのプレイヤーにはそれを制限する権利なんてないのだから。
だからプ鱗隊長たちのこの振る舞いは100%、こちらを尊重した善意にほかならない。
「……そういうことであれば、わたしたちとしては拒む理由もありません。形は違えど、お互い銀色様に謝意を抱く身。良い関係が築ければと思います」
「感謝する。我々も同じ気持ちだ」
一人の町民としても、『月光讃華』の司教としても安心したんだろう。ネネカさんが小さく微笑んだのが、仮面越しにもうかがえた。
──かと思えば、すぐにも「あっ」と小さな声をあげちゃったけど。なんだなんだ。
「ただその……すみません、この町には『来訪者』さん向けの宿がなく……」
……たーしかに。
一応、時折訪れる商人さんが利用する空き家的なのはあって、でもそこは今プロミナさんのスポーン地点設定で埋まっちゃってる。ほかの町のちゃんとした宿なんかは大抵、登録人数制限なんてないに等しいらしいけど……『ナーナ』はそもそも、外から人が来ることを想定してないからなぁ。
「ああ、そういうことであれば我々は町の外でキャンプでもする。『来訪者』の性質は知っているだろう? 休息地さえ用意できれば、実際にそこで寝泊まりする必要はない」
「すみません、もてなしの一つもできず」
「構わない。いやむしろ、突然押しかけてしまって済まなかった」
「さーせんっ」
「っす」
……再三だけど。
ゲームなんだから、突然町を訪れようとそんなのはプレイヤーの自由で。でもその町のNPCたちを蔑ろにしないっていうのは、高位人工知能を相手にするうえでの、大事な大事な良識で。
私がお世話になっている場所に来たプレイヤーが、ちゃんとそれを備えていてくれることが、なんだか嬉しい。軽鎧のお姉さんも、次にきたときにはもう少し怯えずにいてくれるともっと嬉しい。いやあの、私も自重しますので……
「ふふ、やっぱり後方主面しちゃってない♡?」
そっんな、ことは……ある、のかなぁ。
自覚のないうちに、偉ぶってしまっているのだろうか。
「実際、銀色様はこの町の救世主ですから」
ガーベラの声と私の仕草、両方を汲み取ったネネカさんが一歩、私に身を寄せてきた。教祖様でもあり『結わえ草』のネネカさんでもある声音。そう甘やかされると調子に乗ってしまいそうになる。
「──と、いうわけで。折角ですので、銀色様がいかにしてこの町を『汚濁』から救ったのかをお聞かせいたしましょう。そう始まりはやはり夜、一介の町娘であったわたしネネカにとってもまさしく運命と呼ぶほかない──」
……おや?
「おっとなんか始まったぞ」
「PVでは省略された情報を得られるかもしれん。傾聴しよう」
「まじっすか」
やっぱりはりきり司教様モードだったネネカさんの語りが、それはそれは唐突に始まった。しかもプ鱗隊長も聞く気満々。あの、私としてはやっぱり気恥ずかしさが勝るといいますかっ、いや嬉しいっちゃ嬉しいんだけども、いやしかしっ、うぁーっ……
「くっ、これ聞くたびに複雑な気持ちになんのよねぇッ……!」
ああプロミナさんも別ベクトルでダメージを受けておられる。
離れたところではラナちゃんフロウさんも耳を傾けて、いやフロウさんはプロミナさん同様複雑そうな顔してるけども……てかお二人はもう何回も聞かされてるでしょ、たぶん……
「──木々の間を縫って現れた銀色の閃光、それは鋭くもあり嫋やかでもあり、また同時に花びらのようでもあり、月光の化身とは同時に咲き誇る一輪の花なのだと、わたしはひと目見た瞬間に──」
「そういえばルミナもネネカさんのこと、ひと目見て美人と思ったって言ってたわよね♡」
「ガァアアッ……!」
ぇあー……まあ、うん。とにかくだ。
これからプレイヤーさんたちが『ナーナ』の町を訪れるようになる、そのきっかけとなったプ鱗隊長御一行の来訪は極めて平和的なイベントであったと、そういう話だ。




