腕と触手と霊嬢と 4
【甘愛視点】
子供の頃のワタシは早熟で、それが特にメリットにもならないのだと気付いたのは、小学校に上がる少し前のことだった。
「甘愛ちゃんは本当に大人びてるわねぇ。将来が楽しみだわっ」
親戚のその言葉に謙遜のつもりで、
「ありがとうございます。でも、二十過ぎれば只の人とも言いますから」
と返せば、一瞬だけ気味の悪いものを見る目を向けられた。すぐにも取り繕い「あら、難しい言葉を知ってるのね、さすが」と笑むその顔を見て悟った。
ああ、たぶんワタシは、見ていてあまり気持ちの良いタイプの早熟ではないんだろうな、と。
いつだかこのエピソードを明里に話したときには、「そのころから厨二病だったんだねぇ。さすが」と感心されたっけか。
そう、そんな明里と出会ったのはそれから少しあとのこと。
小学校の同じクラス、ワタシの右隣の席に彼女はいた。
「──おおせんぼんやり……ってなに??」
少し珍しいワタシの苗字に、ストレートな興味を示してきた女の子。
「……大きな、千本の槍」
「か……かっけぇっ……!」
横着して字面の意味だけをそのまま伝えてみれば、明らかにその子のテンションがあがった。
「なまえはっ? あまっ?」
「甘い愛」
「……甘いのだいすきっ! ってこと?」
「……そうかもね」
「す、すげぇ……カッコいいとかわいいが合わさりさいきょーに見える……!!」
丁度良いかもしれないな、と思った。
その子はほかの子たちと見比べてもいっとう純粋で、思ったそのままが声音や雰囲気に表れていた。
これからの長い学校生活で、賢しらに振る舞って完全に孤立するのはリスクが大きく。しかしかと言って、自分は周囲に完璧に溶け込める類の“賢い子供”ではないことも分かっている。
ならばこの子のような、多少変なやつが相手でも仲良くなれるタイプの近くにいたほうが、なにかと面倒事を避けられるのではないか、と。
そういう存在が向こうから話しかけてきてくれた幸運に感謝しつつ、ワタシはそこでようやく、彼女のほうへと視線を向けた。
「そういう貴女は……そらの、あかり」
「ですっ! なんか、ぇあー……なんだっけ……そう、すんげーうえのほうで光ってる! みたいなイミなんだって! イケてるでしょ!」
「そう……そうね、イケてるかも」
「へへっ……!」
ワタシと視線が合ったのがそんなに嬉しかったのか、その子──明里はいっそう楽しげに、ずいと顔を寄せてきた。
なんの変哲もない黒い髪。派手さはないけれどもパーツの整った顔立ち。白過ぎず焼け過ぎずの肌。身長体型も、同年代の平均と言った塩梅か。
感情そのままの身振り。弾んだ声音。朗らかな笑み。
──そして、ぐるぐると渦を巻く異形の瞳。
勿論、比喩表現だ。明里の眼球はごく一般的な人間のそれ。けれども確かに、ワタシはそこに渦巻くなにかを視たのだ。
そのなにかこそが彼女の本質なのだと一瞬で理解した。理解してなお、それがなんなのかは理解できなかった。
とにかく、いま目の前にいるのは人の形に収められた異存在なのだと、それだけを理解らされた。その“なにか分からないもの”に、強烈に心惹かれた。
「あま、あま……おおせんぼんやりあま……うーむ……聞けば聞くほどイケてるなまえ……」
何度もワタシの名を呼ぶころころとした声が、ワタシとは決定的に異なるなにかに由来しているという事実を、耳孔を撫でられ植え付けられた。
「しかも顔もいい……これはしょーらい美人なお姉さんになることまちがいなし……」
彼女から発せられる全てによって、ワタシの脳が再構築される感覚。
その最中に、自らが早熟であった理由すらも悟ってしまった。今この時に、誰よりも早く、明里という存在に気付くためだったのだと。
「……ね、私たち仲良くなれそうじゃないっ? なまえイケてるコンビ!」
「…………そうね」
この日この瞬間に、ワタシの人生の指針は定まった。
この存在、少し賢しらなワタシ程度では及びもつかない異質異相異形の者を、もっとも近くで見ていたい。その行く末、その世に齎す全てを、特等席で眺めていたい。
……いや。
願うなら。叶うのならば。
もしも、彼女の視座に少しでも近づけたなら。
なにが潜み、なにを映しているとも知れない異形の瞳の一端を、この凡百の身にも得られたなら。
「──ワタシも、そう思うわ……♡」
それはきっと、素晴らしい人生になるだろう。
◆ ◆ ◆
「──はぁ♡」
月明かりに照らされて、黒い霞が人の形を取った。
長身、艶貌、美人お姉さん。つまり、現実での甘愛にわりかし近い姿を。
黒く長い髪やおっとりとした細目はそのままに、纏う雰囲気はより超越的な……人の形ながらも只人ではないと感じさせるようなもの。肌はまるで透けているかのように青白く、いやこれほんとにちょっと透けてるな? うんまあ、幽霊ですからね。
とはいえ黒霞としての性質も失われてはいないらしく、ナイトガウンのような黒い装衣は布地なのか霞なのか判然とせず、空気に溶け込むように輪郭も曖昧。
前に本人が“見た目は霞だけど操作感は人型アバターに近い”的なことを言っていたけど、いまの姿を見れば納得だ。
そんな彼女、ガーベラがふわふわと、けれども迷いなく私のそばへと寄ってくる。まだ封印城の瓦礫の上だけども、しかしその足取りは間違いなく、もうこの場所に縛られてはいないのだと分かる軽やかなもの。ま、足見えてないんだけどね。
「ふふ、さあほら……“ガーベラ”をご覧あれ♡♡」
目の前まできたかと思えばくるりと後ろに回り込み、上機嫌に私を抱きしめるガーベラ。普通に喋っているのか、それとも私にしか聞えない声なのかは、まだ分からない。
[墓無き執心の霊嬢 ガーベラ]
技量素養:101
魔術素養:119
『執心』:──(対象[月の触手 ルミナ])
『執心の艶貌』
全ての身体素養が永続的に失われる
全ての体力が永続的に失われる
全ての死が永続的に失われる
『執心』を得る
それは死して霊姿を得たのではなく、ただ霊姿でもって生まれた
それは執する相手の見つからぬ限り、ただ儚き黒霞のままである
肉体に拠らない霊姿はある種の極致とされる
しかし生まれながらにそこへ至る者は得てして、逃れ難い空虚に倦んでいる
ゆえにこそ、彼女は見出したのだ
蠢き渦巻く異形の中に、自らの導べたる明かりを
ともかく、そのステータスは暴かれた。
『月光』と同じく、三大素養の一つと引き換えに独自の能力を獲得しているようだけど……実数値が線で消されているのは初めて見た。秘匿状態とは違いそうだし……もしかして数値自体がない? 分からん……
ほか二つが始めて数日にしては異様に高いのも『執心』の影響なのかなんなのか。これも分からん……
んで説明文の通り体力ゲージそのものがない。てか死って失われるものなんだ。もうなんも分からん……
ぇあー……まあ、見えても読めてもよく分からんという意味では、まさしく『月の触手』と同類だ。それはなんというかこう、ちょっと、いやだいぶ嬉しい。この世界での初めての同類が甘愛ってのがね。へへっ……
「とりあえず、フレンド申請〜♡」
おっとと、ここで通知が一通。
後ろのほうではまだどったんばったん大騒ぎが繰り広げられているんだけども、ガーベラはそんなことお構いなしにフレ申請を投げてきた。当然、即承認。私のフレンドリストに初めての、そして唯一の名前が載る。
え、プロミナさん? 前に申請きたけど断ったよ? だって私の友達は甘愛だけだから。視聴者第一号と友達が別枠なんて言うまでもないことでしょ。
「さてさて♡ 色々と考察しがいのありそうなアバターだけども……その前にあれ、助けにいく♡?」
私にくっついたまま、ガーベラは首だけを傾けて背後に流し目を送る。なんか、触れてるんだけど触れてないような、霞に包まれてるようだけどでも人肌を感じられるような、不思議な触り心地だ。ガーベラアバター……
「ルミナ〜♡?」
……あ、いやいや、そうね。[ヴェグレラの左腕]ね。
私も振り返って見てみれば、ガトリングかってくらい撃ち出されまくっている[剥離残滓]から、プロミナさんがぎゃーぎゃ騒ぎながら逃げ回っていた。あいつ、あんなばっちぃもんでプロミナさんを狙いやがって。許せね〜っ。
「んふ……ルミナのそういうところ、好きよ♡」
んー? これは経験則で思考を読んだのか、それとも実際に伝わっているのか……どっちだ? あの多幸感はないから、深部思考領域対話が発生してるわけじゃなさそうだけど…………いやいいや、とにかく今は戦場に戻ろう。
本懐を遂げた今、[ヴェグレラの左腕]撃破はもう手段でもなんでもない。
戦っても戦らなくてもいい。つまりは気楽に楽しめる、記念すべきガーベラの初戦闘だ。
もちろん、戦るからには勝つ気でいきますけどもねェッ!!




