腕と触手と霊嬢と 3
デカすぎる中指でのデコピン、それとともに射出されたちっさい指どもこと[剥離残滓]の飛礫まで躱し、けれどもまだ気は抜けない。なにか力の予兆のようなものを感じたから。ヘラジカが放った強烈な波動にも近しい、大きな予兆を。
だから身構える。こちらを向いたままピンと伸びた中指、鎌首をもたげる人差し指と薬指、それらの爪の先にまで意識をあっつぅ!? は!? なに!? レーザー!?!? 指からレーザーは宴会芸が過ぎるだろお前ェッ!!!
「ルミナちゃんっ!?」
プロミナさんの声が物理的に遠のいていく。つまり私だけが落下しているってことだ。
予兆は読み取れても避けられなかった。そりゃそうだ、光線ってのは一瞬で着弾するもんなんだから。それでヘラジカにもプロミナさんにも一度勝ってる私が言うんだから間違いない。
『汚濁』を凝縮した、それでも黒濁りとしかいいようのないレーザー攻撃。いやさ、一本ならまだ対処できたかもしれない。でもそれが五指全部の先端から射出されたとありゃ、申し訳ないけど初見での対応は無理だ。
五本中三本が私に命中、うち一本は私とプロミナさんとを繋いでいた触手を焼き切った。だから私は今、一人寂しく地面に叩きつけられているというわけだ。
「おわぁっ!?」
「親方っ! 宙から触手の化け物が!」
地面でうろちょろしてたプレイヤーさんたちもびっくり。
くそぉ、まさかこの私がレーザーで撃墜される側に回るとは……なんたる不覚……
予期せぬ被弾と落下で身体はスタンしてしまっている。恐らくほんの少しのことだろうけども、しかし大きさのわりに機敏な[ヴェグレラの左腕]は当然、この隙を逃さず私を叩き潰そうとしてくるわけで──
「退避ぃー!」
「逃げろ逃げろ巻き込まれるぞッ!」
プレイヤーさんたちの叫び。降り注ぐ、夜闇よりも濁った巨影。
「──ルミナちゃんっ!!」
「──ここは、恩を売る好機か」
それから、大小対照的な二つの声。
「どりゃぁあああああッッ!!」
まずは一人目は、間違いなく最高速度でかっ飛んでくる天使様。地面スレスレ、激突すればただでは済まない軌道を精密に描きながら、プロミナさんはすんでのところで私をピックしてくれた。直後、ズンッと重たく地面を揺らす音。振り返れば、逃げそびれたプレイヤーさんが数人ぺちゃんこに潰されていた。あのその、なんかごめん。
てかまた助けられちゃったな、へへ……イカちゃんすき……
「──学び、気付き、脱却……どこまでやれるか……」
っとと、そんでもう一人のほうですね。
飛び去る私たちにかわって敵の前に出たプ鱗隊長が、昨日は見なかった独特の姿勢で剣を構えていた。極限まで低く沈み込んだ、ほとんど四つん這いのような姿勢。左手を地面に添えて、右腕一本で握った直剣を肩に担ぐその姿はどこか、弾ける直前のバネのようにも見える。
[ヴェグレラの左腕]が、倒れ込んだ姿勢から手のひらだけを起こし、再び私へと意識を向けた瞬間に。
「──ッ!!」
えらく滑らかな挙動で踏み込んだプ鱗隊長の剣が、その小指を大きく切り裂いた。
「──、──」
切断とまではいかない。けれども小指の根本に深い傷をつける強力な斬撃。左腕の化け物が明確に身悶えしている。
ここまででもっとも有効な一撃を入れたプ鱗隊長は、勢いを殺さず外側にするりと逃れ──そのまま前のめりにずっこけた。
「ヴッ!!」
お、おぉ……顔面から思いっきりいっちゃったけど大丈夫かな。
「なにやってんの、あいつ……?」
私を抱えるプロミナさんも、飛翔を続けながら困惑気味だ。まあ、あれだけ見事な攻撃の直後にギャグみたいな転びかたされちゃうとね……うん、反応に困る……
「……くそっ、重心制御が甘いかっ……いや、ああ成程……このための尻尾──」
ぶつぶつとした呟きも遠ざかり、あまりよく聞き取れない。尻尾がどうとか……? ん? あ、いま気づいたけどプ鱗隊長、尻尾ないじゃん。レオパといえばのあれ、ぷっくりしたトレードマーク。やべ、全然気にしてなかった──
「……なんにせよ好機ッ! パクりレーザーでルミナちゃんを傷つけた落とし前ェ……きっちりつけさせてやるわァッ!!」
──うん、そんなことよりこのバチギレ天使様ですね。
べつにあれ『収斂月光波』のパクリとかではないと思うけど……なんて今の彼女には伝わらない。それはそれは苛烈にブースターを吹かして、プロミナさんは速度を落とさないままの旋回で左腕への再接近を試みていた。もちろん、私を抱えたまま。
「──、──」
敵はいま、自分に手傷を負わせたプ鱗隊長にヘイトを向けている。すっ転んだプ鱗隊長を追って手首を捻っており……つまり、回り込んで飛来する私たちは背面を取れるっ!
「オラァッケジメじゃ指詰めろやァッ!!!」
とてつもなく物騒な咆哮とともに、プロミナさんが焔剣を小指の傷へ突き立てる! 同時に私はプロミナさんから分離&小指に巻きついて力をかける! 慣性でぶっ飛んでいく勢いに任せましてェそれをぉーーっ! っしゃァ引きちぎってやったわァ!!!
「──、──っ」
勢い止まらず地面を転がる最中にも、私以上にジタバタのたうち回ってる[ヴェグレラの左腕]の姿がはっきりと見えた。すんごい痛そう。ざまみろ。ダメージはしっかり入っているし、レーザーの発射口を一つ潰せたというのも大きい。
「あーオレのテントォー!?」
「わたしの荷馬車ァー!?」
……左腕があんまりにもジタバタしてるもんだから、庭園や外壁はおろかプレイヤーさんたちのキャンプにまで被害が出ちゃってるけど。ほんとごめん…………いや、でもべつに私は悪くないか? うん、たぶん悪くない。きっと悪くない。
とか罪を否定しながらもう少しごろごろ、封印城の残骸の山をクッションにして停止。
巻き付きっぱなしだった小指を──それがひとりでに動いたりしないのを確かめてから──放り捨て、そこで気付く。自分と[ヴェグレラの左腕]との位置関係に。
「はっ、これでどっからどう見てもスジモンね。カビ臭い地下で腐ってんのがお似合いだわ!」
煽る声に苛立ってか、まだ痛みに地を這いながらも左腕は、睨みつけるようにプロミナさんへ手のひらを向けている。そう、城の瓦礫から離れたキャンプ群に踏み込む形で。
これだけ距離があれば、あいつの纏う『汚濁』も届かない。つまりこの封印城にはいま、光が射している。細く淡く、けれども間違いなく秘を暴くに足る月明かりが。
振り返る。
瓦礫の中を少しだけ進む。残骸の小山を転げ登る。
再び暴れ始めた[ヴェグレラの左腕]も、それと戦うプロミナさんも、ほかのプレイヤーたちも。背後で起きるすべてを放り投げて彼女の元を目指す。いやほんとごめん。でもこれが本懐だから。ボス打倒は偶発的に生じた手段であって、目的じゃない。
チャンスが生まれたなら、後回しにするなんてあり得ないから。
そしてほんの数秒のうちに、私は再び彼女と、ガーベラと相対した。
瓦礫の上に鎮座するベッド、その上に佇む深黒の霞。
──待ってたわよ♡
そんな幻聴まで聞えてきて、そしたらもう次の瞬間には、『暴く月導』を使っていた。
今度こそ暴く。この城の秘を曝け出させたように。私の甘愛を、詳らかにする。
[墓無き執心の霊嬢 ガーベラ]
『執心の艶貌』
それは死して霊姿を得たのではなく、ただ霊姿でもって生まれた
それは執する相手の見つからぬ限り、ただ儚き黒霞のままである
案の定、なに言ってるのか分かるような分からんような勿体ぶった物言い。たぶん私と、『月の触手』と似たようなタイプだ。
だけども。
[『執心』の対象に選択されています。受容しますか?]
直後、脳内に響いたアナウンスへの返答は考えるまでもない。
──なぜなら私がァ! 甘愛を拒むはずなどないからなァ!!
霊姿だか『執心』だか知らんがッ、どんと来い超常現象ォ!!!




