腕と触手と霊嬢と 5
ガーベラとともに見やる先、キャンプ群の只中にまで進攻した[ヴェグレラの左腕]は、プロミナさんを執拗に狙っていた。
「あ゙っ、たっ、るっ゙……かァボケェッ!!」
灼焔とダミ声の尾を引きながら、ひたすらに飛んで逃れる天使様。彼女へ向けられる、四指を使ったリズミカルな連続デコピン&伴って射出される大量の[剥離残滓]。物量と絵面のキショさがすごいけど……それでも、しっかり躱し続けているプロミナさんの技量が光る。見なよ、私のイカちゃんを……
とはいえ『点火天翼』は翼での飛行ではなく、焔のエネルギーによる高速飛翔。制御も難しく、戦闘中の長時間使用には不向きだ。いつまでも彼女に負担を強いるわけにはいかない。
……いや、あのその、勝手に戦線離脱したのは私のほうですけれども! そこは許して!
「誰にも聞えてないわよ〜♡」
とにかく城の残骸を転げ降り、外壁付近までたどり着く。なんとか破壊を免れていた外門両サイドの柱に触手を伸ばしましては──ええはい、そろそろお馴染みパチンコ射出体勢でございますっ。
「ゴーゴーっ♡♡」
チアガールみたいなガーベラのかけ声に合わせて、私自身を高速の弾丸と成す。触手をねじり束ねて円錐状に、なんの遅れもなくついてきた黒い霞とともに、高空へ跳躍──そして着弾ッ!!
「──、──」
手の甲側、中指の付け根に私が直撃した[ヴェグレラの左腕]は、[剥離残滓]の射出を止めて身悶えした。不意打ちとはいえ、えらく攻撃の通りがいい……というか、なんかこれまでにない当て感があった。ダメージも想定より多い。
それは恐らく、左腕への接触部分に濃く寄り集まった黒霞によるもの、なのだろう。たぶん。知らんけど。
とにかく、いつも触手ボディで物理攻撃を当てたときの感触に加えて、ぇあー、なん……なんだろ……すっごい独特のものがあった。『月光波』直当てとも違う、いっそ物理的な現象ではない? でもたしかに、ぶつけた触手束の先から感じられた。こう……極めて静かで、透明なインパクト? 的なやつが? なに言ってんだ私。
ねぇガーベラ、いまのなに?
「うーん……ワタシ的にはタイミングを合わせてキック? とかしてみた感じ? なんだけど♡」
頭の中で問いかけてみれば、答えは声として返ってきた。へぁ、あの黒霞は脚部だったと。正直さっぱり分からなかった。というか本人も完全には理解できてなさそう。まあ私も『月光』まわりは探り探りでやってますからね、同類たるガーベラも同じ感じなんだろう。
『執心』だとか霊姿だとか、それがなにを意味するのか、本人が検証できる段階にようやくこれたというわけだ。
……てか、やっぱり思考読まれてるなこれ。深部領域までは繋がってないっぽいけど。なんにせよすんごい便利。
「とりあえずルミナは好きに戦って♡ こっちはこっちで色々試してみるから♡」
りょーかいっ。
とりあえず手の甲側に纏わりついてヘイトを稼ぐ! プロミナさんを休ませてあげないとねェ!
「──おかえりルミナちゃんっ!!」
私の復帰と意図を即座に察したプロミナさんは、やはり円運動を描きながら高度を落としていく。
「……と、あんたがっ……」
「どうもぉ〜ガーベラです〜。よろしくね、プロミナさん?」
「はンッ!」
ぐるりと回るすれ違いざまの、ごく短いやり取り。うん、仲良くなれそうだね。
というかこの感じだと、いまのガーベラの姿や声はほかのプレイヤーにも普通に認識できるっぽい? 人型に近いシルエットになったのと同時に、コミュニケーション能力も獲得した……って解釈でいいのだろうか。
まあこれも、本人が確かめてくれることでしょう……っとぉっ!
「──、──」
大きく揺れて私を振り落とそうとする[ヴェグレラの左腕]に抵抗しつつ、再度触手を束ねて攻撃。今度は素直に鞭として、中指の第二関節を引っ叩くっ。先程と同じく黒い霞がより集まり、ヒットに独特の感覚が乗った。
いまのは?
「ビンタ♡」
とのことで。
んでやっぱり怯みモーションが大きい。明確に痛がっている。ダメージ量も少しではあるけど増えてるし。
「…………物理的なものじゃない……魂、霊姿への……内なる宙への…………しかし対話ではない……ふふっ……ルミナのようにはいかないわね……」
同時、思考の内へと沈み込んだ、私へのものではない言葉がガーベラから漏れ出てくる。♡のない低い声音も、それはそれでけっこう好き。底知れないお姉さん感があって。
っとと、さておきとりあえずもう一発、次は中指の第一関節へ『月光波』混じりの横薙ぎ一閃っ。これで中指関節スタンプラリー無事コンプリートォ! 景品は痛がる[ヴェグレラの左腕]となっておりますッ!!
「今のは左グーパンチ♡! …………うん、とりあえず今は、物理的なショック耐性を無視できる追加ダメージだと思っておいて♡」
三撃目にもやはり乗っていた霞の加護を、ガーベラ自身はそう言い表した。
明らかにそんな単純な話じゃなさそうだけど、まあなんか効いてるからヨシッ!
「──、──」
効いてるということはそのぶん、怒りに任せた反撃も飛んでくるという話ではありますけれども…………少なくとも、さきほどの指先レーザーは、二度目の気配をまだ感じない。
あれはヘラジカの波動攻撃と同じような圧があった。おそらくそう軽々と連発はできないはず。
もちろん、それこそヘラジカのように周囲から『汚濁』を徴収してクールタイムを踏み倒すパターンもあり得なくはないかもだけど。
しかしそもそもこの[ヴェグレラの左腕]は単騎だ。ヘラジカが従えていた、侵蝕された森の獣たちのような子分はいない。[剥離残滓]を生み出せるとはいえ文字通りの鉄砲玉扱いで、どこへ飛んでいったのかすら定かじゃない有り様だ。徴収しようにもその当てが自分自身しかないとなれば、少なくとも矢継ぎ早の連射は無理だと考えていいだろう。
見たところ、代わりに[ヴェグレラの左腕]自身の単体性能というか、サイズ感に伴う頑強さや攻撃範囲の広さが強みって感じだろうか。
実際、黒霞の追加ダメージを踏まえてもなお、こいつの体力はまだイヤになるほど残っている。怯みはすれども、そもそも硬すぎる。
地上のプレイヤーさんたちが、位置関係ゆえに有効打をほとんど与えられていないのも難点だ。
いっそ私も降りて、地上への攻撃を誘うか? そうすればさっきのプ鱗隊長のように大技でダメージを与えられる可能性もある。いやしかしそれはそれで、ほかプレイヤーさんたちを巻き込むリスクが高まる……せっかくの頭数だ、戦う以上は無駄にしたくない。
「──ねぇ、ルミナ♡」
なんて、もにょもにょ考えていた私に向かって、ガーベラはまったくいつもの調子で声をかけてきた。
「『月の触手』が……」
一見して私の思考とは関係がないような、けれども間違いなく、それを読み取ったうえでのものだろう言葉が、ずっと私に寄り添ったままの黒霞から滲み出る。
「信仰と畏怖を欲しいがままにする触手の化け物が、こんな左腕程度に苦戦するのって正直どう思う♡?」
……ゔ。
そーーれはぁー、そのぉー……
「正直に、どうぞ♡」
……まぁーー、たしかにあの、見方によってはちょっっっっと、イケてない……かもぉー……的なぁー……?
──いや、いやね、べつにイキってるわけじゃないんですよ?
でもやっぱほら、ね、あるじゃん、ブランドイメージ的な。『月の触手』のイケイケっぷり的な、ね?
なんだかんだ私、ヘラジカ初戦以降負けてないからね? うんもう言っちゃうけど、たぶん私、強いほうだからね?
それがなんか、薄ぼんやりと停滞した戦いをしてるってのは……あーイケてない、これはイケてないですよ、うん。
「じゃあほら…………ちょっとだけ、本気出しちゃえば♡?」
…………いやでも、でもねぇ……あんまり変なことしすぎて敬遠されたくないって気持ちも、たしかにあるんですよ。だって私ってば小心者な一般成人女性ですし。
「大丈夫♡ ちょっとだけ♡ ほんのちょっとだけだから♡」
いや、いや…………ほんのちょっと……ちょっとか……
「そうそう♡ 一瞬だけ♡ 少しだけ素直になる、それだけよ…………ね♡♡?」
うぅー…………いや……でも…………
………………、
…………、
……ぅー。
…………まぁ…………少しだけなら…………いっかぁ……♡?
「♡♡♡っ──」
一瞬ふるりと、声が、黒霞が歓びに震えて。
「じゃあ、そう……そうねぇ……♡」
少しも待たず、待ってましたとばかりに、ガーベラはそれを唱えた。
「──『耽溺:解放の甘言』……とか♡♡?」
そうして発動した、たぶん、いま名前が付けられたガーベラの魔術。
そのテキストを読み解く前に、もう幾度目かの、無機質なアナウンスが脳内に響く。
[『執心』の教唆を受けました。顕界度が一段階上昇します]




