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第7話:消えた手首と、誤算

 取調室の重い扉が、勢いよく開け放たれた。


「……取り調べはそこまでだ。その女性を解放してやってくれ」


 室内の空気が一瞬で張り詰めた。


 椅子に座らされ、両手を縛られたエレナ。彼女を取り囲んでいた三人の衛兵と、腕組みをしていたギルドの鑑定官が一斉にこちらを振り返る。


 その中の一人、ジラスの相棒であり、先ほどまで一番熱心に怒声を浴びせていた衛兵、バーロウが、顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。


「貴様、何の真似だ! ここは部外者が足を踏み入れていい場所ではないぞ!」


「バーロウ。あんた、さっきから右手のポケットばかり気にしているな」


 俺はゆっくりと歩みを進めた。


「部屋に入ってからもう三回、指先で中身の感触を確かめた。金属製で、細長い形状のものだ。触れるたびに、ひどく怯えた顔をしているぞ」


「な、何を馬鹿なことを!」


「ギルドの鑑定官殿。あんたは現場の惨状を見て魔術の儀式と決めつけたが、なぜ現場にジラス自身の血液以外の魔力残滓が一切なかったんだ? 呪術を行使するなら、術式を編むための対価魔力が必ず残留する。……答えは簡単だ。魔法なんて最初から使われていないからだよ」


 鑑定官が息を呑み、言葉を詰まらせた。


「ジラスを激しく拷問したのは、彼が守備兵として知っていた詰め所の内部情報を聞き出すためだ。だが、途中で致命的な計算違いが起きた。……ジラスを拘束していた手錠の鍵を、現場で紛失してしまったんだ」


 部屋の中の衛兵たちがざわめき始める。


「ジラスは拷問の途中で絶命した。慌てた犯人は手錠を外そうとしたが、鍵がない。手錠には衛兵個人のシリアル番号が刻まれている。そのまま放置すれば、自分が犯人だと一発で割れてしまうからな。……だから、手錠ごと両手首を叩き切って持ち去ったんだ」


「で、デタラメを言うな! 証拠はあるのか!」


 バーロウが声を荒らげる。だが、その額には冷たい脂汗が滲んでいた。


「証拠なら、あんたのポケットの中にある。……現場で落とした鍵を、後から回収したのはいいが、衛兵隊の紋章が刻まれた共通鍵をそこらの路地に捨てるわけにもいかない。かといって自宅に隠せば血痕の付着した決定的な証拠になる。処分する隙を見つけられず、肌身離さず持ち歩くしかなかったんだろう」


 俺は歩み寄りながら、右手を軽く振った。


 指先から放たれた極小の《終焉の理》が、バーロウの上着の右ポケットの底布――その繊維の結合だけを解体する。


 チャリン。


 乾いた金属音が床に響いた。


 転がり落ちたのは、衛兵隊特有の刻印が刻まれた銀色の鍵。そして、その細い溝の隙間には、洗い落としきれなかったどす黒い血痕が付着していた。


「こ、これは……」


「それだけじゃないぞ」


 俺は上着の懐から、備品管理室で回収してきた『予備の手錠』を取り出し、テーブルの上へ放り出した。


「A-402。あんた個人に割り当てられた番号だ。刻印をよく見てみろ。予備の手錠の元の番号を削り落とし、自分の番号を無理やり打ち直して帳尻を合わせている。鍵穴の内側には、鍵をなくして針金でこじ開けようとした無数の傷が残っているぞ」


 バーロウの顔から完全に血の気が引いた。


「そして本物の手錠は、切り落とされたジラスの手首に嵌められたまま、あんたが隠した場所にあるはずだ」


 ギルドの鑑定官が震える手で床の鍵を拾い上げ、魔導の光を当てた。


「……ジラスの血液反応と一致しました。間違いありません……!」


 バーロウは膝から崩れ落ち、床に手をついてうなだれた。

 詰め所の衛兵たちが駆け寄り、取り調べ用の縄をバーロウの腕へと素早く巻き直していく。



 詰め所の外へ出ると、冷え切った朝の空気が頬を撫でた。

 エレナは無罪放免となり、涙を拭いながら俺たちに何度も深々と頭を下げて去っていった。


「……お見事でしたわ、アルス様! でも、どうして鍵がポケットにあるって確信が持てましたの?」


 隣を歩くラピスが、目を輝かせて尋ねてくる。


「あんな雑な証拠隠滅をする奴は、最初から精神的に追い詰められているのさ。怯えている人間ほど、自分を破滅させる一番危ない証拠を手元から離せなくなるものなんだよ」


 もっとも、服の上からでもポケットの中にある鍵の輪郭がはっきりと見えていたのは秘密だが。


「さて。エレナさんから、お礼にとこれを預かったぞ」


 俺は懐から、ずっしりと重い革袋を取り出した。


「これ……金貨!? それに、お肉の引換券ですわ!」


 ラピスの青い瞳が、宝石を見るよりも眩しく輝いた。


「ジラスが生前に貯めていた結婚資金の一部だそうだ。悪い奴を捕まえてくれた恩人に使ってほしい、とさ」


「ジラスさん、本当にいい方でしたのね……! よし! 今日こそは街で一番高い、あの大蛇の特上ステーキを食べに行きますわよ! アルス様、ルナ、出発ですわ!」


 ラピスは跳ねるように駆け出し、足元の影の中からルナもふわりと顔を出して、楽しそうに彼女の背中を追っていく。


「……おいラピス! その引換券の有効期限は今日からじゃない、明日からだ!」

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