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セドリックは騒然としていた部屋で咳払いをひとつして、レイヴァンドに向き直った。
「で、そういうわけでですね?」
「この流れで、それができるお前を尊敬するよ…」
レイヴァンドは心の底からそう言った。
何事もなかったことには絶対ならないのに、力業でそれを押し切る。
真似できない図太さだ。
「今の話でお分かりの通り、皇国の魔法は条件さえ整えば、どこへでも転移ができるわけです」
セドリックの説明にカミラが頷く。
セドリック同様、先程まで大声で言い合いをしていたとは思えない切り替えの早さだ。
同時にレイヴァンドはカミラの反応を意外に思った。
「それは我が国に明かしてもよい情報ですか?」
「条件を含めて、基本的には実効性が乏しい研究段階の魔法ですわ」
この魔法を使用するための座標指定に必要な魔鉱石は高額な上に極めて希少だ。
加えて、膨大な魔力を要するため、皇国でもエドワードとレオニスほどの術者が二人揃ってやっと可能になる魔法だ。
それをレイヴァンドに教える気はないが、そもそも魔法そのものは秘匿していない。
むしろ、頻繁に使えないことは隠しつつ他国を牽制するために、周辺諸国には敢えて仄めかしているくらいだ。
(いつ、使われるか分からない。そのくらいが脅しにはちょうど良いもの…)
カミラの口元が緩やかな弧を描く。
心の内を読ませない、優雅な微笑みだった。
「そうですか、分かりました」
それ以上、探りを入れるのは難しそうだと判断してレイヴァンドも微笑み返した。
「でも、よくカミラのお父さんとお兄さんはカミラを送り出してくれたね?」
レイヴァンドにとってありがたいのは、この大聖女がちょくちょく空気を読まず、核心を突いてくることだった。
(本人は純粋に疑問に思ってるだけのようだが…)
黙って見守っていると、カミラが少女らしい様子を覗かせて、ふふんと顎を上げた。
「転移魔法を使ってくれないなら、この男と二人っきりで数日間の馬車の旅をするわって、言ってやったのよ!」
折角、取り繕ったセドリックが勢いよく吹き出した。
アイリスは目を瞬かせてグレンを見る。
「俺を見るな!説明できることは何もねぇ!!」
レイヴァンドは、セドリックからの申し入れを正しく思い起こそうと、高速で記憶を辿った。
グレンを貴族にして、アマンディアス皇国筆頭貴族のご令嬢を落とす。――勝算有り。
(なるほど、これか)
セドリックの言う「面白いこと」に俄然興味が湧いてきた。
勿論、そこに国益が絡むなら大歓迎だ。
セドリックに目配せをすると、もう一度咳払いをして頷いた。
闇雲に爵位を与えるわけにはいかないが、もっともらしいお膳立てが用意されているなら、グレンへの叙爵に問題はない。
「大聖女アイリスの騎士ということなら、おまえでもいいのではないか?」
わざとらしくセドリックに尋ねると、セドリックは静かに首を振った。
そして胸元から騎士団と聖女との誓約書を取り出した。
「こちらをご覧ください。アイリスを護衛する騎士はグレンです」
レイヴァンドは書類に目を通す。
正式に押印されている書類には確かにグレンを正騎士とし、補佐としてセドリックが入ることが示されている。
「あ、ちゃんと私がお願いしました」
アイリスがはい、と手を上げる。
正確にはカミラが交渉したのだが、そこは伏せておく。
その代わりカミラは別のことを口にした。
「詳しくは申し上げられませんが、わたくしは政治的な思惑によって呪いをかけられておりましたの」
レイヴァンドは小さく頷いた。そこも一応聞いている。
『呪われた令嬢の魂が、大聖女に取り憑いている』
何度聞いても意味が分からなかったが。
「大聖女アイリスにはその呪いを解いていただいた恩がございますの。その後もわたくしのことを心配して大事な騎士をわたくしに就けてくださいましたわ」
(いや、さすがにそれは嘘だろう…)
短いやり取りの中で、グレンとカミラにそんな美しい後日談があるようには見えない。
だが、これも必要な茶番なのだろう。
レイヴァンドは苦笑しながらも黙ってうなずいた。
「家族もみんな感謝しておりますのよ?」
優雅に微笑むカミラの目に、再び政治的な光が戻る。
途中から何の話になったのか分からなくなったアイリスが、困った顔でグレンを見たがグレンも肩をすくめて顔をしかめている。
「できればこちらの国と縁を持ちたいとも思っていますわ。ええ、絶対に」
ここまで来てセドリックの片眉がピクリと上がった。
セドリックは、グレンに爵位を持たせて聖騎士という肩書を与えることでカミラと釣り合う立場を用意するだけの予定だった。
だが、カミラの思惑がほんの少し自分の計画とずれている。
(グレンを手に入れるためにカミラ嬢がグレンに爵位を取らせようとしているみたいじゃないか)
一体、自分たちが離れている間に二人に何があったのか。
グレンのほうを見てみても、渋面を作っているだけだ。
どうやらグレンの気持ちとも関係ないらしい。
カミラを動かしているのはルウイ村の老婆のアドバイスなのだが、ここにいる誰もがそのことを知らない。
(身分が釣り合わないなら、釣り合わせればいいのだわ!)
ルウイ村の老婆が言っていた。
人生は何があるかわからないものだ、と。
まずは自分の気持ちにはっきりと名前を付けたほうが良いと思うのだが、恐ろしいほど効率主義者のカミラは目の前の片付けやすい問題からさっさと解決しようとしていたのだ。
「『大聖女の聖騎士』のグレン様でも問題ないですが、我が家も侯爵家なものですから」
まっすぐにレイヴァンドを見つめて、小首をかしげた。
「…ねぇ?」
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