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王都の夜は暑くもなければ寒くもない。
だが、空気が澄んでおり星々だけははっきりと見える。
アイリスはその美しい星空を見上げた。
「私、明日は大聖女として神事を行うんだ…」
やることはこれまでと変わらない。
役職が正式なものに変わっただけだ。
改めて言葉にしてみる。
それだけの事なのにいつもより緊張している自分にアイリスは驚いた。
夜風に当たりたくなったのはそのせいだろう。
夕食後、セドリックは騎士団の事務手続きの関係があると言って、騎士団本部に戻って行ってしまった。
「みんながいないと静かだな」
旅を共にした時間は数日だというのに、そばにいてくれることが当たり前になっていたことにも気が付いてしまう。
星空に呟いてみるが、星々は静かに瞬くだけだ。
神殿の中庭のベンチに座って、手元の通信石を見てみる。
青く光っているのでカミラたちには無事に神事に間に合ったことは伝わっただろう。
あとは明日の神事を終えて…
(終えた後は、みんなと別れちゃうのかな…)
旅の終わりのことなんて考えたこともなかったが、ふいに気が付いて少しだけ肌寒く感じた。
村を出た時よりももっと寂しい気持ちになって、もう一度空を見上げた。
「アイリス…」
ふいに聞こえた声のほうを振り向くと、騎士団本部に帰ったはずのセドリックがいた。
いつもと変わらない顔でやってくると、アイリスの隣に腰を下ろした。
「騎士団の本部に戻ったんじゃなかったの?」
「ああ。簡単な手続き関係の処理だから終わらせてきたよ」
優秀なんだよ、俺は。
そう言って笑うセドリックに釣られてアイリスも笑った。
顔を見ただけで肩の力が抜けて、ほっとする。
「緊張してるの?」
その小さな吐息に気が付いて、セドリックがアイリスを見つめた。
アイリスは眉を下げて、手元に視線を落とす。
「毎年やってたんだけど、今年は『大聖女』なんだなって思ったらね…」
青い光を帯びた石を弄びながら、自分自身の頼りない声にアイリスは顔を曇らせた。
セドリックはそのアイリスの手に自分の手を重ねて、横からのぞき込む。
「まだ、ピンと来てないんだ?」
「ピンと来てないっていうか…」
アイリスが視線を泳がせる。
「私、あんなこと言ったけど、本当に大聖女かどうかの自信がまだないんだよ…」
いまだにそんなことを言っているアイリスに、セドリックは少し気の毒そうな顔をした。
だが、そこは敢えて気が付かなかったことにして、アイリスの手に重ねた自分の手にキュッと力を込めた。
「前にも言ったけどさ…」
アイリスの自己肯定感の低さは、時間をかけて神殿に刷り込まれたものだ。
すぐにどうにかなるものでもないだろう。
だったら、ゆっくりと変わっていけばいい。
「俺はアイリスは大聖女だと思っているよ」
「セド…」
「だからね?」
ゆっくりと正面から向き合うと、重ねた手を放して、すっと取り出した箱を手渡した。
「俺を信じて?」
アイリスは手渡された箱とセドリックを交互に見つめて目を瞬かせた。
セドリックはいたずらっぽく目を細める。
こういう目をしているときのセドリックは油断できない。
「こ、これ…なに?すごく重たいんだけど…」
緊張も何もかも全て吹っ飛ばす、高級感のある箱だった。
アイリスの目がオロオロと泳ぐのを満足そうに眺めると、一度アイリスに手渡した箱を取り戻した。そして目の前でぱかっと開けて見せる。
神殿の象徴である星を象った白銀の台座の中心で大粒のエメラルドが輝きを放ち、周りにあしらわれた金細工が華やかさをさらに際立たせるようにゆらゆらと揺れている。
「こ、これ…なに?」
呆然と同じ言葉を繰り返すことしかできないアイリスの目が半泣きだ。
潤んだ新緑の目の前に、セドリックはネックレスを差し出して見せた。
「アイリスの目の色と同じにしてもらったよ?」
「違うの!そういうことを聞いているんじゃないの!!!」
もはや悲鳴と言って良いだろうアイリスの声に、セドリックはこれ以上ないくらい機嫌よく頷いた。
「アイリスの衣装合わせの時に、こっそり注文しておいたんだ。間に合ってよかった」
「だから!!」
「アイリス…」
詰め寄るアイリスの手に、再び箱を乗せてセドリックが目を細めた。
それは愛しいとか、恋しいとかそういう類の目ではない。
それに気が付いたアイリスがセドリックを見つめ返す。
「あのね、これは単純なプレゼントじゃないんだ…」
「…」
セドリックの言いたいことが分からない。
だけどちゃんと聞かないといけない。そう思ったのでアイリスは黙って頷いた。
「神殿が認めた敬愛すべき『大聖女』であるということを示すためには、身に着けるものも重要なんだ」
シンプルな装いはアイリスによく似合っていたし、声を失うほど愛らしかった。
だが、それとこれは話が別だ。
アイリスを大聖女だと認めていると、王室を含めた全員を納得させるだけの扱いをしておく必要がある。
「馬鹿な事って思うかもしれないけど、信仰を敬うというパフォーマンスは手を抜いていいものじゃないんだ」
節約のために装飾品の費用を出し渋りました、なんて扱われる大聖女に神秘性も何もあったものではない。
アイリスは受け取った箱をじっと見つめた。
信仰はまず信じさせることが大事だ。大聖女として振舞うために必要なことだとゆっくりと理解した。
「ようするに、形から入るはったりも必要ってことだね」
アイリスが何とか自分の言葉で飲み込もうとしているのを見て、セドリックは苦笑する。
やっぱり「はったり」と「気合」で理解しようとしているのが可笑しかった。
「アイリスも結構、はったりをかませるようになってきているからね。もう一つ上を目指そうか」
折角なのでアイリスの解釈に沿って、進めてみる。
アイリスは受け取ったネックレスを大事そうに抱えてセドリックを見つめた。
「うん。私、これがあれば頑張れそうだよ!」
並々ならぬ決意を漲らせる様子が、どう頑張っても小動物っぽくてセドリックは思わず口元を抑えて、横を向いた。
「そ、その調子で…頑張って…」
震える声を堪えきれないセドリックに、アイリスがムッとした。
「もう!折角、気合を入れてるんだから笑わないで!」




