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癇癪を起こすカミラに、グレンはいよいよ不機嫌に深いため息を吐いた。
「泣くな。悪かった」
「そんな顔で近づかないで!」
「…どんな顔だよ」
がしがしと頭を掻いてグレンがカミラに一歩近付く。
じり、とカミラが一歩下がった。
「あー。分かった、分かった。怖かったな、悪かった」
もう一度、手を伸ばして頭に軽く置いた。
「こ、子どもじゃないのだから、それをやめなさいよっ」
カミラはそう言いながらも、その手を振り払わない。
グレンがそのまま顔を覗き込むように近づいた。
「あのくらい適当に流せるだろう?」
「…流したくなかったの」
先ほどとうって変わり、少し優しくなったグレンの声にカミラは俯いた。
ナチャに揶揄われたのは恥ずかしかっただけだ。
だけどグレンに言われたことに噛みついたのは悲しかったからだ。
そんな細かいことまで伝えてやる気はないけど。
「おまえは貴族の娘なんだから、分かるだろう?」
グレンの言っていることは正しい。
はっきりとは言わないけど、きっちり線引きをしてくるところが、憎らしかった。
「ちゃんと前を向くまでは付き合ってやるから、ゆっくり考えろ」
「なんなの、それは…」
そんなの、平民のグレンに言われなくても分かっている。
超えられないものはいつだってたくさんあるのだ。
「…このまま、おまえを侯爵家の終身雇用の下働きに引き抜いてやろうかしら」
「やめろ、俺はエルダリアの騎士だぞ」
物騒な妥協案にグレンは苦笑した。
カミラはそんなグレンをチラリと見上げると、思い切り息を吐いた。
「おまえの言う通りだわ。考えても仕方ないことは、気にしても仕方ないわね」
ようやく落ち着いたカミラにグレンが目を細めた。
賢い女だ。ちゃんと分かっている。
ただ少しだけ。
せめてこの村にいる間だけはこの感情に名前をつけずにいてやろうと、グレンは最後にもう一度頭を撫でてやった。
「…ほーん。人生なんて何があるか、分からんもんだけどねぇ?」
ひゃひゃひゃと、老婆が笑った。
面白いものを見たと、満足げな顔にカミラとグレンが嫌そうな顔を向ける。
「騒いで悪かったな、ばぁさん」
一応詫びるグレンに老婆はニタニタと笑う。
「ババァ…、その顔、やめろ」
「ひゃひゃ!意気地のない男は嗤われて当然じゃ」
苦虫を噛み潰したような顔をするグレンをほったらかしてカミラに手招きをする。
「…?」
「もっとじゃよ」
言われるままに老婆のそばに顔を近づけると老婆がこっそりと囁いた。
「ああいう男は、意外と押しに弱いもんだよ。諦めるのはまだ早い」
カミラが思い切り顔を上げて耳を押さえた。
「な、な、なっ!!」
老婆が楽しそうに笑う。
まさか、隠してるつもりだったとは!
娯楽の少ない村の年寄りの楽しみが増えたと、にんまりする老婆を真っ赤になって見つめたカミラは、それでも胸の内で老婆の言葉を反芻した。
「…そ、そうよね。やっぱり、人生に必要なのは気合いとはったりなのよ!」
カミラの気合いの言葉は、あいにくグレンには聞こえなかった。老婆はカミラの背中をたたき、無責任に激励をしたのだった。
気持ちのブレが一通り落ち着くと、カミラはようやくアイリスと交わした約束を思い出した。
「そうだったわ!」
大切に持ち歩いていた小さな石をポーチから取り出した。
「なんだ、それ?」
「通信石よ」
物珍しいのか、グレンと一緒に老婆も覗き込む。
「簡単なことにしか使えないけど、あの子にも持たせたの」
「ふーん?どう使うんだ?」
「神事に間に合ったなら、この石が青く光るわ。だめなら赤ね」
取り出した石は青く光を帯びていた。
「間に合ったか…」
グレンは特に心配していなかったのか、淡々とその石を見つめた。
「驚かないの?」
「連れてったの、セドだからな」
あとはアイリスに任せるだけだ。
まさか、その二人が王室と神殿を相手にグレンの地位向上の取引をしてるなどとは思ってもみないグレンとカミラは、顔を見合わせて頷いた。
「それなら、わたくし達も神事に乗り込んでやりましょ」
カミラの目がキラリと光った。
「驚かせてやるわ!」
どちらが驚くことになるのかは、まだ分からないが。
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